あゆみくんの真実

「きっ、君藤先輩!ということは、私と先輩は…そのぉ…」


(待て待て!!これは口走ってはいけない分野なのでは!?)


 と、危惧するも、君藤先輩はーーーー


「そう。一線を超えちゃったってわけ。愛の結晶…だもんな」


「そっ、そんなあっさりと先輩!!」


 あゆみくんという、未来から来た自分の息子に会った君藤先輩なのだが、至って君藤海李ペース(動じず無表情)を崩さない。


 だけど、視線の先はどこか遠くを見つめ、感慨深い様子でーーーー。


 こんなにも人間味のある君藤先輩を見るのは、初めてなのかもしれない。


 君藤先輩と志希先輩は今、この摩訶不思議なファンタジーを、微塵も動じることなく、そして、なんの躊躇いもなく受け止めているように見える。17才にして、懐の広さを感じずにはいられない。


 懐の広さ=モテる男たる所以なのかもしれない。


「あゆみ、消えるまであと30分じゃ。もう時間がない。この目の前にいる若い両親に会うことは二度とないんじゃ。なんでもいい。最後に話をしとくことじゃ」


 そうおじいちゃんが促すと、あゆみくんは少し表情を強ばらせ、私を見つめた。が、すぐにいたずらっ子のような表情に早変わり。


「何その顔。未来の息子を見てドキッとした?言っただろ。俺の容姿を見ると惚れちゃうって。…うわぁ、固まってるし」


 率直に聞かれ、図星ですと答えるのは恥ずかしいから口を噤む。


 あゆみくんは常日頃の君藤先輩と同じように、ふんっと鼻で笑い、言葉を紡ぎ始めた。


「由紗は母親だけど、俺は子供の頃からずーっと、由紗のようなドジで手に負えなくて、すっ飛んでるような女の子が理想のタイプだったんだ。守りたくなるじゃん。そういう方が。ね?そうでしょ、先輩」


 そう言って君藤先輩に視線を移した瞳は、同士に向ける柔らかな瞳だと感じた。だけど、キラリと鋭い瞳に変化した瞬間を、私は見逃さなかった。


 君藤先輩を凝視したまま、あゆみくんは話を続けた。


 君藤先輩譲りなのか、飄々と話すことが常なあゆみくんなのだけれど…。今、珍しく動揺しながら話すその内容は、ここにいる一同を驚愕させるほど信じ難い話だったーーーー。



「俺のどタイプであり、母親として大好きな由紗を、あの日、俺のせいで………俺と一緒に…交通事故に遭わせてしまったんだ。…俺のせいで……」



(え…?交通事故!?!…あゆみくんと私、未来で事故に遭うの!?)


 あゆみくんのとても悲痛な姿を目の当たりにしておきながら私はーーー。この直後、とても辛い質問をあゆみくんにしてしまった。


「…じゃあ、私は…死んだの?」


「びくともしなかったから…。ほんと…ごめん……。俺が生まれてこなければ、由紗を危険な目に遭わさずにすんだんだ。だから、過去にさかのぼって…先輩に嫌われてほしかった。そしたら二人は結ばれず、俺は生まれずにすむと思ったから…。だから…」


 あゆみくんは俯き、肩を震わせていた。


 それを見た由紗は、事故への自責の念が強すぎるのだと感じた。




 あゆみは事故の日、父親・海李のことで由紗と言い争ってしまった。


『先輩はいつも由紗に酷い言い方するのに、なんで由紗はいつもバカみたいに喜んじゃってんの?見てらんねーわ…』


 その直後に家を飛び出したあゆみ。そのあとを追い、由紗も全力で駆け出した。あゆみは前日のダンスの練習時に痛めた右足をかばって走ったため、由紗に追いつかれそうになる直前。スピードを出し過ぎてコントロールを失った暴走車があゆみに迫っていた。足に激痛が走ったあゆみは、暴走車に気付かず立ち止まってしまい、いち早く暴走車に気付いた由紗はあゆみの前に立ちはだかった。


 これがあゆみから聞いた事故の全貌であるーーーー。


 皆が息を飲み、絶句した。


 そして、あゆみが苦しむ理由を誰もが理解した。


 その時君藤は、以前志希があゆみに憑依された時に感じたというあることを思い出していた。


【並々ならぬ熱意や愛情の深さ】

【深刻な苦しみと悲しみ】


 志希は誰よりも早くにあゆみの心情を理解していた。



「お前を苦しめたのは他の誰でもなく、未来でも変わらず不器用すぎる…俺なんだよな」



 ぽつりと君藤が呟いた直後、勢いよくあゆみが躍起になって否定した。



「ごめん先輩、それ違うから。俺のくだらない思春期特有の幼稚な思考と、母親愛をこじらせた末の自業自得の事故だから、先輩は1ミリも責任なんか感じなくていい!」


「…お前、俺に気を使うんじゃねぇよ」


 ため息をつき、虚ろな目になるあゆみ。


「違う。けど、先輩が苦しむ必要はないって言いたいんだよ。今言った通り、事故ったのは俺のせい。起こるべくして起こったんだよ…。だから、そんな風に思わないでよ。頼むから…」


 やはり、あゆみくんの心の傷は深く、自分を消したくなるほど自責の念が相当強いのだと、改めて思い知る。



 おじいちゃんは、あゆみくんの願いである”私を幸せにする(守る)ため”にこの過去の世界にあゆみくんを来させたのなら、なぜ事故の寸前ではなく、両親の高校時代に来させたのだろうと、疑問に思った。でも、その答えは今あゆみくんが話してくれた話の中にあった。それは、ある方程式から成り立っていたということもわかった。


 <あゆみくんが私を幸せにすること=自分を誕生させないこと=私が君藤先輩に嫌われて接触する機会をなくすこと>


 そのためには、私と君藤先輩が出会った高校時代にワープする必要があったのだ。だから、無理難題なミッションを私に遂行させ、失敗させたかったのだろう。


 そしてきっと神様(おじいちゃんの幽霊)は、私と君藤先輩の絆からミッション結果を見越し、どんなミッションでも乗り越えると信じて見守ってくれていたのかもしれない。これはあくまでも都合のいい解釈にすぎないのだけれど、事実であってほしいと願うのです。


 そして私は今、16才にして突如芽生えた早すぎる母性により、目の前で苦しんでいる未来から来たという痛々しい我が子を救いたい衝動に駆られていた。


(あゆみくんは悪くない!だから、なんとしてでも救ってあげたい!!)


 その一心で、私は言葉を必死に紡いでいたーーーー。



「あゆみくん、顔を上げて。あゆみくんは自分を責めすぎだよ。未来の私は、事故に遭っても、それでも十分幸せだったよ。まだ知らない未来のことだとしても、自分のことだからよくわかる。だからお願い。そんな悲しいこと言っちゃダメッ!」

「由紗…」

「私を見くびらないで。大好きな君藤先輩と結ばれて、大好きな君藤先輩似の、こんなにも頼もしくてたくましいイケメン息子にも恵まれたんだよ?これ以上のことを望んだらバチが当たるレベルなんだよ!!…私がいつ死を迎えても、未来の私は心配しなくても絶対に間違いなく幸せだったから。だから…信じ…て……」


 意識が遠のく。目の前には心配して駆け寄るあゆみくんと君藤先輩の有り難き切羽詰まった表情が近づき、君藤先輩に支えられた。


「すみません。…でも私、大丈夫です。自力で…立ってられます」


 由紗がそう言うと、君藤は由紗に触れた手をそっと離した。


「君藤先輩、聞いて」

「うん。何?」

「あゆみくんはすーーーっごくダンスが上手なんですよ」

「ダンス?そうなんだ」

「K-popヒップホップダンスグループも顔負けのキレッキレで、見る人を魅了させる洗練されたダンスは、そう簡単に誰もができるもんじゃないと思うんです。この才能は罪レベルってほどに!!」

「へぇ。ダンスの才能あるんだな」

「はい。それはもう!!だから、早く未来の世界に帰って、思う存分ダンスをさせてあげたい。将来ヒップホップダンスグループの一員として華々しくデビューしてほしい!絶対に叶うから、生きて…人生を一緒に楽しもう…ねぇ…。あゆみくん…。君藤先輩……」


 そして、私は完全に、意識を手放したーーーー。



 力なく倒れ込む由紗を咄嗟に抱き抱えようとしたあゆみだったが、当然由紗の体はすり抜けて行き、支えることができない。すかさず君藤がフォローし、由紗を無事に抱き抱えた。あゆみは余裕なくも、素直に君藤に助けを求めた。


「由紗?どうした…!?先輩、こんな時どうすればいいの!?」


 君藤は、それでも冷静に。


「落ち着け。こいつが死ぬわけがないじゃん。つーか死なせねぇ。どこにいても、離れてても…俺の念は最強なんだよ」


 それはまるで、未来で由紗の伴侶となった自分に言い聞かせているような言葉だったーーーー。


「…ごめん」

「なんで謝んだよ、バーカ。こいつは眠ってるだけだよ。いろいろ混乱して興奮したり、安堵したりでさ、感情が過去最高に慌ただしかったから限界を迎えちゃったんじゃねぇ?本当に眠ってるだけで必ず目を覚ます。きっとこいつは今夢の中で、未来のお前に会ってるよ。だからこいつを信じて安心してろよ」


 由紗はうっすら笑顔を浮かべている。


 コクリと小さく頷き、「信じる」と呟くあゆみ。


 実際、由紗が意識を手放す直前、嬉しそうに未来のあゆみの成長を夢見ていた。それでもまだ、あゆみは心配顔で由紗を見つめた。


「…それと、あゆみ」

「ん?」

「絶対的に、俺のことも信じろ」

「…威圧感、半端ないんだけど…」


 君藤の鋭くも真っ直ぐすぎる視線に射抜かれた愛由海は、もはや降参状態もいいところ。


 若すぎる両親二人からの切なる想いを受け取ったあゆみは、両親のことを誤解していたことに、罪悪感を覚えていた。


「わかった。信じるよ、先輩…ごめん。誤解してたんだ。俺…」

「大丈夫。ゆっくりでいいから話してみて。俺は…お前の親父は、酷い人間だったんだろうな。最低な父親だって思うよな」


 君藤先輩から視線を逸らすことなく、あゆみははっきりとした口調で答えた。


「正直、それっぽいことは思ってた…。最低というか、酷いって思ってた。先輩はいつも仏頂面で、感情が読めなかったんだよ。でもそれは、愛情の裏返しだったんだよね。この世界に来てそのことを思い知らされたんだ。まざまざと。すべて俺の思い込みのせい。正直先輩はいつも俺には優しかった。でも…由紗にはいつも『うぜぇ』とか言ったり、『ウザい女はお前の手には負えねぇよ。あゆ』って俺に言ったりもしてた」

「うそ…マジか…。俺、息子にも嫉妬すんのかよ…ダセェ」


 思いがけなく父親に本音を吐露され、あゆみは頭を軽く殴られたような衝撃を覚えた。


「え…。あれって、嫉妬してたの?マジか…。わかんないわぁ…」

「俺に邪険に扱われてもこいつは、『君藤先輩』って言いながら、見えない尻尾を振って近づくだろ?」

「え?うん。まさにそれ。何もかもずーっと変わらないんだね。信じられないくらいに」

「こいつらしいな。あのさ…こいつにウザいって言ってる時の俺の顔、見たことある?」

「んー……多分ない。それ言ったあといつも由紗や俺に背を向けてたから、先輩…」

「だろ」

「…だろ?」


 未来の自分のことを熟知しているような君藤の発言は、自分の由紗への気持ちが未来でも変わらず持続していることを確信したからこその発言なのかもしれない。


「あー、そっか。見せらんないよね。キャラ的にデレた顔なんて」

「…」

「プッ。肯定してんねぇ〜。わかりやすいよ、そのだんまり」

「…恵瑠みたいなこと言ってんなよ」

「本当、こっちの世界に来ていろんな人から先輩のことを教えてもらったなぁ」

「…ならよかった」


 そう言って、咄嗟に未来の息子から顔を背けた君藤。その顔は、まるでチークでも塗ったかのように、薄桃色に染っていた。


「ふーん。悪態ついたあとってこんなデレた顔してたんだぁ」

「お前…。覗き見てんじゃねぇよ」

「わぁ〜!ゆでダコになってるし」

「…黙れ」

「言葉とは裏腹で、こんなかわいい先輩を見逃してたなんて…。あの時気付いてたら、俺はここに存在しなくて、みんなを混乱させずにすんだのかもなぁ…」


 あゆみの後悔を知り、君藤は珍しく、多くの言葉を紡いだ。


「お前は死んでないんだから、なんも後悔する必要なんてねぇよ。爺さんのありがたい計らいで、誰もが経験できない未来に来れて、いっぱい気付けたこともあったわけじゃん。だから二度と後悔なんてすんな。それに、俺も責任感じるじゃん。俺の表現力が乏しいばっかりに、ずっと誤解させてたって」

「うわぁ、なーんかすっごい新鮮。先輩、今日口数多いね」

「まあ、一大事だからな…」

「ありがと。…俺もいっぱい先輩と話してんなぁ。こんな俺たち見て、一番喜ぶのは誰だと思う?」


 はそぉ〜っと寝息のする方を覗き見た。


 そして君藤は、うっすら笑みを浮かべ、自分の腕の中でスヤスヤ眠る由紗の頭を優しく、愛おしいそうに撫でた。


「こんなにもすげぇ大事な女なのに…神様が俺たちのとこから連れ去るわけねぇじゃん」


 一同耳を疑った。君藤が公に由紗に対する”赤裸々な想い”を語ることなど、皆無に近いと思っていたからだ。


 君藤は、未だ眠る由紗の額に自らの額をそっと押し当て、切なげに小さく息を吐いた。それは感情に身を任せた、とても自然な行動だった。


 もう一度切なく息を吐いた君藤は、慌てて我に返ったのち、何事もなかったかのように、冷静且つ平然と愛由海に問いかけた。


「ところで未来の俺は、お前のことをあゆって呼んでんだな」

「そうだよ。両親の名前の頭文字、”由”と”海”に愛してるの”愛”を先頭に持ってきて、って書くんだよ。って、俺の名前をつけてくれた人に教えてんの、変な感じ…」



 ーーーー君藤愛由海ーーーー



「いいな。その名前」

「そりゃぁもう。”海李と由紗の愛の結晶”だからね!単純な由来でしょ?」

「お前が言うな。…でも、そのまんまの意味だよな。愛由海は俺らの…そういうことだよ…」

「そう。俺は”先輩と由紗の愛の結晶”だよね」

「…」


 二度も言葉にされてしまったものだから、照れて口を噤む君藤なのだった。


 気を取り直して、話題を変えることにした。


「で、なんで俺のこと、父親なのに”先輩”って呼ぶわけ?」

「それも単純なことだよ。由紗がずーっと『先輩』って呼ぶから俺も自然とね。それとさ、心配しなくても未来で先輩は由紗のこと、ちゃんと『由紗』って呼べてるよ。俺が『由紗』って呼ぶ癖がつくほどにね」

「え?それはうそだろ…。この俺が?」

「そっ。信じらんないだろうけど、未来の世界ではそうなの。ちなみに、あのめちゃくちゃ綺麗なばあちゃんのことは、『凛子さん』って呼んでる。怒られるもん。凛子さんに…」

「凛子らしいな」

「でしょ」


 傍観者の幽霊爺と志希は、父と息子のとても和やかな空気感を、ともに目を細めて傍観していた。


「それと、俺も先輩も同類だから」

「…は?なんだよ急に…。同類って、具体的にどこが?」

「それはもちろん!”母親大好きおっぱいフェチ”」

「・・・・・は?」

「違うの?」

「…」

「先輩、黙る癖やめな。わかりやすくてウケるから」



 父と息子の和やかな時間は、刻一刻と終わりを告げようとしていたーーーー。


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