あゆみくんの真実

 日曜日ーーー


 君藤と志希は、朝からCD屋巡りをしていた。


 今はその帰り道。


「なあ志希」


「んー?何?」


 志希よりも少し前を歩く君藤が、不意に立ち止まり、後ろを振り向いた。



「好きな女を俺のものにした」



 君藤からの思いもよらない報告に、志希は度肝を抜く。いや、もとい。そのような報告があるということ自体は、ぶっちゃけ予想はしていた。


 思いもよらなかったのは、そこではない。報告時の生々しい言葉。そっちにだった。



「……は?…あ、うん。昨日のあの慌てっぷりからして、二人がくっつくのは時間の問題だなとは思ってたよ」

「でしょ」

「いや、でしょじゃないのよ…。なんなの?その報告」

「は?…変?」

「変というか、むしろ男らしくてかっこいいんだけどさぁ。それだとまるで好きな食べ物を食べちゃいました的なあっさり…あっ!えっ!?もしかして…もう食べちゃった?」

「なわけねぇよ。どうしたらそんな発想になんだよ。だだ一緒に朝まで眠っただけ」

「…へぇー、もったいない。普通のオトコなら付き合った瞬間に即食いだから」

「ケダモノ」


 なぜか罵られてしまった健全男子・高山志希は、目の前にいる天然記念物男子・君藤海李を哀れむ目で見つめた。普段ではありえない会話が繰り広げられていた。


 初秋だというのに、話の内容はまるで春のように色づいていた。


「そばで無防備に眠る好きな女を前に、お前よく我慢できたな」

「…ムラッより、眠気の方が勝った」

「まあ昨日のお前は珍しく取り乱した挙句、アクティブに体張ったからね。族ん時以来じゃん?」

「かも」

「俺さぁ、海の恋が前進してくれて嬉しいよ。…でもなぁ海、女の子だって彼氏にはケダモノになってほしい時があるってこと、忘れんなよ」

「…」

「ていうかさ、今日は休みじゃん?付き合い始めた彼女がいるのにどうした!?なんで野郎に時間割いちゃってんの?」

「お前との約束の方が先だったから」

「お前のその律儀さ、玉に瑕だぞ。でも悪かったな」

「なんでだよ。お前との約束があんのに、キャンセルしてあいつに会いに行ったら、あいつに軽蔑されんじゃん」


 真顔でそんなことを言う君藤に、男ながらに胸を擽った。


「由紗ちゃんのことのみならず、俺のことにまで気を使えるお前のそんなとこ、心底関心するわー。大好き」

「大好きはマズいだろ。好きな女にだけ言ってろよ」

「この堅物!…あ。さては由紗ちゃんにそう言って告ったな」

「当然」


 そうドヤ顔で返した君藤に、余裕かよ…と、片方の口角を上げて笑う志希。そして、君藤も同じ笑みを浮かべた。


「海。改めて、由紗ちゃんとの交際、おめでとう!!!」

「うるさい。声デカすぎ…」


 照れてる顔なのは一目瞭然。かわいいなぁ、こいつ。そう思うのはきっと志希だけではないはず。


「だけどさ、海のファンの子たちにバレたら由紗ちゃん、危険じゃない?」


 君藤は迷いのない、強い意志を持った瞳で真っ直ぐ志希を見つめ、答えた。


「あいつをそばで守るために、付き合うことを決めたんじゃん。志希の心配には及ばねぇよ」

「すごい自信だな。由紗ちゃんが羨ましいわ、俺」

「え。お前も恵瑠の部類…?」

「いやあっち系と違うわ!お前に恋心なんて抱いてないしっ!!」


 君藤がははっと珍しく無邪気に笑ったかと思えば、柔らかくも真剣な表情に変化した瞬間を、志希は見逃しはしなかった。


「そっか。…でも、男心とか、勉強になった」

「……お前さ、本当総長時代にケンカしかしてこなかったんだな。モテるポジションにいながらもったいないわー」


 なおも君藤は真剣な顔で。


「…総長の女になりたがる女はことごとく寄って来てたけど、そんなの嫌悪感しかねぇよ」

「何その超絶イケてる外見とのギャップ感情。大抵の男の下半身ってのは、寄ってくる女を拒めないもんなんだけどね」


 今や”もったいない天然記念物男”だが、そんな男でも空回りしながらも密かに、猛烈に執着し、やっとの思いで手に入れた希少価値女子・相川由紗はどれだけ魅力的な人物なのだろうか。と、志希は悶々とするのであった。


「今日は付き合ってくれてサンキュー、海。母親の喜ぶ姿が目に浮かぶわー」

「だけどおばさんって若いよな。見た目も結構若いと思うけど、『誕プレはK-POPのCDがいい』なんてさ」

「お前さぁ、古き良き時代の母親像のまんまなん?今はもう演歌や歌謡曲を聴く母親の方が少ないんじゃない?」

「そっか。そういえば凛子も洋楽ばっか聴いてるわ。ハイカラババア化してんだな。今の時代の母親たち」

「棘ある言い方やめてくんない…」


「……あの…」

「ん?…何?海」

「あのさぁ…その…」

「ウソ…海らしくない。何か頼み事なんだろ?言えよ。いつもみたく淡々と」

「え…?いや、厄介な話になりそうだから、言うのに戸惑う」


 志希は思わず首を傾げた。


 君藤は今まで一度でも、戸惑うという感情をあらわにしたことがあっただろうか。


「お前、由紗ちゃんと出会えてよかったな。本当に」


 君藤が由紗と関わり始めてからというもの、幾度となくありえないくらい人間くさい一面を、志希は目の当たりにしてきた。しかも、誰にでもというわけではなく、自分だけに。だから、そんな君藤の変化が微笑ましかった。


「…なんだよ。急にあらたまって」

「べっつにー♪で?本題本題。厄介な話っての聞かせて」


 志希のその言葉を受け、再び君藤の顔がこわばった。志希はゴクリと唾を飲み込む。


「真剣なお願いなんだ」

「…うん。何言われるのか、ちょっと緊張してる」

「例の”あゆみくん”に…また憑依されてくんない…?」


「……ん??」


 その志希の反応はごもっとも。再び首を傾げている。それもなんとなく想定内の反応だった。が…!!


「それってさ、俺があゆみくんと関わらせてもらえるってこと!?」

「…へ?あ、うん」

「え!いいの!?」

「いや…逆にいいわけ?体に負担かかるんじゃねぇの?」

「うん、多少はね。でもまだ若いから平気。…実は俺、”あゆみくん”にすっごい興味があったからさ、願ってもないチャンスを与えられたって思ってる」


 この志希の反応は、遥かに想定外な反応だった。


「…は?マジで?」

「大マジだよ」

「サンキュー…。じゃあ、今からお願い」

「は?今から?」

「ごめん、疲れてるよなぁ。…でも、あゆみくんには時間がないんだ。今日の17時には消えていなくなる」


 志希は慌ててスマホで時間を確認した。


「え…?もう15時半じゃん…!お前さぁ、早く言ってよ」

「CD見つかってから話すって決めてたんだよ」

「…あー、そっか。ごめん、俺のために」

「いいよ。だから今度は俺のため…っていうか、あいつのために頼む」

「由紗ちゃんのためねぇ〜♪了解!親友の女は俺の女も同然。由紗ちゃんのためにほらっ!走るぞ!!」


 君藤は白けた目で志希を見つめた。そして。


「あいつは俺だけの女だから」


 冗談は通じない模様…。


「わかったわかった。由紗ちゃんを手に入れた途端独占欲強っ!!で、どこ行けばいい?」


 不貞腐れている君藤は、子供のように口を尖らせ、由紗とあゆみの待つ場所を告げた。


「赤い鳥居がある相川神社」



 **


「私、本当に君藤先輩の彼女なんだよねぇーーーっっ!!」


 御影石のベンチに一人座り、目下に広がる街並み相手に、大声でそう叫んだ。ムフフフと幸せそうな笑みを零す、世界一幸福感に浸っているであろう由紗。


「それ、さっきから何度叫べば気が済むわけ?かれこれ20回以上は聞いてるよ。俺」

「…あゆみくんとのこんなやり取りも、今日で最後なんだね…」


 たった今、気分は上々だったはずなのに、急にしんみりする由紗に対し、保護者の如く心配する姿なき本日の主役、あゆみ。


「ヤバい。情緒不安定だ。早く精神安定剤こないかなぁ。…あっ、思いが通じたみたいだよ、由紗さん!」

「へ?」


 徐々に階段をペタペタと登ってくる、一人ではない足音が近くなる。そして、黒髪が見えた途端、由紗は期待に胸が弾む。


 君藤先輩の親友の頭部が見えた途端、無意識に視線をすぐ横にいる人物にシフトさせた。その少し乱れた頭髪にさえも、うっとり見惚れてしまう始末...。


 目があらわになり、その冷たげで罪級に鋭く魅惑的な瞳は、何かを主張している。そして階段を登りきった時、汗ばんだ色素の薄い髪を掻き上げ、ため息のあとに一言。


「…お前、マジ恥ずいからやめろ」


 どんなに不機嫌そうな顔をして、辛辣な言葉を吐露されようと、そんなのはなんのその。君藤先輩はもう”観賞専門イケメン”ではなく、私だけの”彼氏”なのだから。


「由紗ちゃん。彼氏連れて参りました」


 志希先輩にそう言われ、率直に伝えたい言葉が口から飛び出した。


「ありがとうございます。すごく会いたかったんです」


 一瞬、君高コンビの目が驚いていたように見えた。


(えっ…?躊躇わずに嬉しそうに言ったの、おかしかった?)


 そして。


「お前…昨日も会ったばっかじゃん…」


 私から視線を逸らして照れくさそうにしている君藤先輩を目の当たりにし、萌えずにはいられません。


「ずっと一緒にいれたらいいのに…」


「っ!…お前、マジで素直すぎでヤバいって」

「何がですか?」

「我慢の限界がいや、忘れて」

「へ?」


 わけがわからないけど、今ちょっと余裕がない様子の君藤先輩は、とても貴重なのかもしれない。


「やっぱかわいいなぁ、由紗ちゃん。俺もヤバくなりそう」

「は?」


 怪訝そうな顔の君藤先輩。少し胸がザワつく。


「素直さがいいってだけじゃなくてさ、人のものって、こんなにも魅力的なんだなぁ」


 すると、志希先輩の瞳から私をシャットアウトするように、君藤先輩が志希先輩の前に立ちはだかった。


「好きになったとしても、誰も俺には勝てねぇよ」


 じーっと志希を見つめる鋭い瞳に、志希は慄くどころか、笑みを浮かべる。


「わかってるから安心してろよ。ただからかい目的なだけだからさ!」

「悪趣味じゃねぇ?それ」

「本音言うと、由紗ちゃんのこと、もっと知りたいなぁ。俺」


 それはとても思いがけない言葉だった。志希先輩にそんなふうに思われていたなんて、光栄でしかないから。


「だよな。知りたいだろうけど、とりあえずあゆみくんに憑依されてくんない?」

「…興奮した敵をなだめて話を逸らす術を知ったな、海。成長成長!」

「なだめて話を逸らしたんじゃなくて、共感した上で取りかかる優先順位を正しただけだよ。あゆみくんが消えてしまう前に聞きたいことがあるから、お前の要求は二の次な」

「いやだから…まじめか!からかい目的って言ってんじゃーん」

「どうだか…」


 君高コンビだけで繰り広げられていた会話がようやく終焉を迎え、いよいよ一大プロジェクトが始動するーーーー。

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