ミッション11:他の男とデートせよ!!
随分と引きづられるように歩いた気がする。腕が痛いと訴える私の声は聞こえていないってことはないはずなのに、なぜガン無視?と思って間もなくのこと。結愛くんは私の腕を解放した。
「痛かったよね…。ごめん……」
反省しているのならそれでいいと思った私は甘すぎでしょうか。君藤先輩たちに面と向かってお別れの挨拶ができなかったことは大変悔やまれるが、結愛くん(君藤先輩以外の男子)とのデートを遂行しなければ、ミッションクリアにはならない。だから、今はそれに専念することにした。
「痛かったけど大丈夫。デートはどこに行く?」
「俺ずっと決めてた所があるんだよね」
「うん!行こう行こう!!」
「すっごい楽しい場所に案内するよ。来て!」
結愛くんはそう言ってまた私の腕をガシッと掴み、楽しい場所へと私を誘った。
**
「……結愛くんあのぉ…この煌びやかなネオン街ってまさか…ラッ、ラブホテルのメッカじゃないですか!!」
目的地に到着する数歩前から、私はすでに胸騒ぎがしていた。
(マジ!?嘘でしょ…?結愛くんとは今日知り合った仲だというのに、この場所でのデートだなんて…それってさ、遊び人の発想じゃない!?)
「わー懐かしい〜!ホテルジャスミン。さ、躊躇せず中に入ろ」
”懐かしい”?そうか。そうですか。常連さんだったりするのか…。
「躊躇せずってムリだよ!ここは躊躇せず入れる場所じゃないじゃん!」
案の定、ラブホに到着。着いて早々、結愛くんに入館を急かされるの巻…。
「何言ってんの?ラブホは複合娯楽施設じゃん。高校生のトレンドじゃん。一階にはスーパーもあるし、カフェもあるし、下着屋さんもあるじゃん。それに屋上にはナイトシネマもあるじゃん。これを複合娯楽施設と呼ばずしてなんと呼ぶわけ?」
「…そんな便利すぎるラブホ、今の時代に存在するの?」
「…え?あ〜…そっかぁ…」
あ〜そっかぁってなんなのよ。なんて思いながらも、私は即座にスマホを取り出し、『ラブホ スーパー カフェ 下着屋 ナイトシネマ』を検索。結果、そんなラブホは全国どこを探してもない。よくもまあそんな都合のいい嘘をつけたものだ。だがそんな所があれば、繁盛するなぁというのが率直な感想であり、関心すらする。
「結愛くん...そんなに私とエッチしたいの?」
「なわけないじゃん。微塵もない」
バッサリだった。そういえばさっき言ってたっけ。
『俺、一生この人に欲情なんてしないから』ーーーーって。
浮世離れした感覚だと思った。一般的に、好きな子とセックスしたいって願うのが健全な男だというきらいがある。だけど結愛くんはそうじゃないらしい。新しい感覚の持ち主なのかもしれない。
「じゃあ由紗ちゃんは俺とセックーーー」
「微塵もないよ。君藤先輩にしか捧げないって決めてるから!」
「バッサリだね…」
「お互いサマでしょ」
「先輩なんかに捧げなくてもいいんじゃない?あの人昔からモテてたみたいだけど、まったく女に興味がなかったっていうじゃん」
「あー、その点ならノープロブレム。前に君藤先輩んちで立派に私に欲情してたかーーー」
「わー!わー!わー!」
結愛くんは咄嗟に自分の耳を塞ぎ、大声で叫びながら私の言葉を遮った。
「そんなに聞きたくないことだった?」
「当たり前じゃん。由紗ちゃんのことが好きなのに」
「ならなんで私に欲情しないの?ひょっとして…」
結愛くんはゴクッと喉を鳴らした。
「結愛くんも恵瑠くんといっしょで私じゃなくて君藤先輩のことが好きなんでしょ!」
「は?」
「だから不本意ながら私を痛ぶって、君藤先輩に二度と顔向けできない女にしてやろうと企んでるんでしょ!」
「恵瑠くんといっしょにしないでくれる…。あの人のことも知ってるけどさ、いつも暇さえあれば先輩にベタベタしてウザいじゃん。嫌いにはなれないけどいっしょにされなくない」
「そっか。すみません…」
ここにきて結愛くんはますます私の頭を混乱させる言葉を紡ぐ。
「言っとくけど俺、女の子のこと抱けないわけじゃないよ。由紗ちゃんオンリーで抱きたくないだけ」
「…へ!?それ、めちゃくちゃ失礼じゃん。私のこと、本当に女子として好きなの?」
「ちゃんと好きだよ」
「…それ、異性としてじゃないよね 」
これは疑問ではない。断定だ。あまり抽象的ではなかったと記憶しているが、いつかもこんなふうなやり取りをしたような気がした。
(ねえ、あゆみくん。さっきから声の出演ないけどさ、教えて。こんなやり取りしたのっていつだったっけ。キミとしたよね。…志希先輩に憑依した時。)
無視してる。だけど一応は粘ってみる。勘違いならそれでいい。でも…。
(どうしたの?あゆみくん。今すぐ知りたいから教えてよ。)
「由紗ちゃん?どうしたの?俺の顔ジーッと見て」
意地悪な笑顔。確信犯の顔をしている。
「結愛くんは、もしかしてーーー」
「あれ?由紗じゃん!なんでこんな所に君藤先輩以外の男といんのぉー!?」
私の親友・莉茉がラブホの中からひょこっと顔を覗かしたから不思議な感覚に陥った。なぜなら彼女は今頃、せっせとバイトに励み中なはずだから。
「え…?莉茉こそ!なんでここに…。まさか、バイトってのは表向きの言い方で、本当は”彼氏との戯れ”だったの?」
「いやー上手いこと言うわー。ていうかそんなに興奮しなさんな。ーー”バイトの日”と称する日は四六時中愛する人との情欲に溺れる莉茉であったーーなんて、小説のワンフレーズみたいで素敵~♡って、バカップルかってのうちらカップルはぁーっ!少しは健全なお付き合いしてるっつーの!言えなかっただけだよ。ここでのバイトのこと」
「こんな所でのバイトなんて羨ましい限りだよ!」
「…そっか。あんた結構興味ありそうだもんね。こういう世界」
「そう。私結構淫乱だよ」
「ぶっちゃけたなー。それもう二度と口にしない方がいいからね。…あのね、実はここ、私の両親が経営してるラブホなんだ。家業ってやつ。あんたらが口外するとは思えないけど、どこで誰が聞いてるかわかんないじゃない?念には念をってやつ。悪く思わないでね」
「わかったよ。でもさ莉茉。ここは恋人たちの聖地だよ!どこよりも濃厚に愛し合える場所だよ。ワンダフルプレイスじゃん!」
「え、なんで英語...。いやさ、まだまだ古い考え方の人ばかりな世の中っていう認識なんだよね、私。もっと開けちゃってくれていいのにって思ってる。由紗みたいな理解力のある子ばかりじゃないじゃん?実際。でも、パパが今病気で入院しててさ。ママだけじゃ回せなくてね。おじいちゃんの代からやってる老舗ラブホテルをこのまま潰すなんてできないから、できる限り私が手伝ってるってわけ。ママといろんなアイデア閃かせてさ、儲ける策を考え中なんだ」
「体は大丈夫?莉茉が疲労で倒れちゃったら、おじさんおばさんが心配するから自分の体も労わってね」
「ご心配ありがとう。若さを武器に奮闘中だけど、睡眠も足りてるし、何より楽しんでやれてるから平気!」
ぱ〜っと花が咲いたような笑顔を見せる莉茉。現在充実した日々を送っている証拠なのだと思った。
「ホテルの名前ジャスミンはね、私が生まれてパパの代になってすぐに改名したの。ジャスミンは別名茉莉花(マツリカ)って言って、その中の漢字に私の名前が入ってて縁起がいいからって。だからここは、私の大切な大切な居場所」
「素敵だなぁ。ここには莉茉と家族みんなの愛がいっぱい溢れてる」
「でしょ。だから心配ご無用〜。愛しい助っ人もいるしぃー」
「助っ人?」
「実はね、最近彼氏も手伝ってくれてるの。それにね、仕事の合間にイチャイチャできるってサイコーじゃん!」
「イチャイチャ!?」
「ムフフ...♡」
「全然健全じゃないよね、ソレ」
私が突っ込む前に、結愛くんが突っ込んだから笑えた。
「さっきからめちゃくちゃ存在感ありありなこの彼が例の?」
「そう。スーミンの友達の結愛くん。...じゃなくてーーー」
「由紗ちゃん、何が言いたいの?」
もう私が何を言わんとしているのか、結愛くんは気付いているはず。
「顔面偏差値高っ!何気にうちらの周りってさ、イケメン揃いだよね」
「…あー、うん。目の保養はさせてもらうけど、私の中では君藤先輩に勝てる男なんていないよ」
「じゃあなんで結愛くんとラブホにホイホイやって来ちゃうわけ?あまりにも軽はずみな行動をとってると、大好きな人を逃すことになりかねないんだからね、由紗」
そうだ。莉茉の忠告は正しい。いつも間違った私に真っ先に喝を入れてくれるのは莉茉だった。
結愛くんとデートをするために連れ去られたのは、ミッション遂行という目的があるから。
だけど、事情を知らない君藤先輩は、もしかしたら今、誤解をしているかもしれない。
他の男子と去った私に対し、”やっぱり女は信用できない。心変わりして俺から去って行った”と。そしたら私は、取り返しのつかないことをしてしまったことになる。
おごった言い方だけど、もう二度と寂しい思いはさせたくないのに。
自分の考えの甘さゆえ、嫌悪感に押し潰されそうだが、これも自業自得なのだ。
思い返せばここ最近はあゆみくんの意味不明な策略により、君藤先輩に嫌われてもおかしくないミッションばかりだった。…いや、ここ最近ではなく、実はブレることなく最初からそうだったことに、今さらながら気付く。
あゆみくんの正体は未だに不明だが、あまりにも私思いで、こんなにも人のために力を貸してくれようとした人物はいないと感銘した。だから脳内麻薬に侵されたのだ。
幸せをもたらせてくれると都合よく信じた。実際のところ信憑性は定かではないが、”あゆみくん自身を生き返らせるためだけのミッション”だったとしても、情が芽生えるという関係性を築くことができたと自負している。だから、それはそれでよしとしようと思ってミッションを遂行してこれた。自分の恋愛成就はさておいてでも、あゆみくんが生き返るためなら力を貸したいと心底思った。
「ごめん。俺が強引に誘ってここまで連れて来たんだ。ここでしたかったのは、エッチなんかじゃない。そんなことはできない」
知ってますよ。もういい加減。
「ここは楽しいところだから、由紗ちゃんと思い出を作りたかっただけ」
「思い出…?」
「そうだよ、由紗ちゃん。…さっき先輩を挑発したりしたけど、あれは、最後の見極めのつもりだった。先輩の反応を見て、由紗ちゃんへの気持ちを最終的に知っておきたかったんだ。まぁ、もうずっと前から勘づいてたけどね」
あゆみくんは君藤先輩のどんな気持ちに勘づいていたのだろう。
「莉茉さん、絶対由紗ちゃんに変なことしないから、ここの一室を少しの時間だけ貸してほしいんだけど可能?」
「…いいよ。あんたを信じる。でも、ここはさ、体を重ねることが目的ってだけのしがないラブホテルだよ。思い出に残るような楽しいものはないよ」
「…そっか、この頃はまだそんなことにはなってないんだぁ。残念」
”この頃は”?意味不明ワードだったため、スルーしてしまったが、あることに対するキーワードだったことに、後々気付くことになる。
「ん?なーに言ってんのかねぇ...。あ、カラオケでワイワイならできるよ!あとは~、大人のオモチャもあるけーーー」
「結愛くん行こ」
莉茉が赤面必須なことを口走りそうになったため先ほどとは逆で、今度は私が結愛くんの腕を掴み、ラブホの中へと誘ったーーーー。
わざと全体の照明を暗くし、ベッドへの照明をピンポイントで強調した室内。思わず「さすが」と呟いてしまうほどのエロムード満載の空間だった。
こんな時でも君藤先輩の顔が脳裏に浮かぶ。こんなふうにラブホへと足を踏み入れるのは、君藤先輩とがよかったなぁと率直に思った。
実は神社とラブホが、私の念願デートスポットランキングのトップ2なのだ。そんな情報はどうでもいい...。
結愛くんと私は当然ベッドではなく、真っ赤でふわふわな可愛らしいソファーで向き合った。気まずさが漂う二人。先に声を発したのは、結愛くんだった。
「さて問題です。俺は本当に由紗ちゃんを恋愛対象として見ている。見ていない。どっちでしょう」
「見ていない。ていうか、見れない。キミは前にそう言ったんだよ。好きだけど恋愛感情じゃないでしょ?今回も」
「これはデートだよね。歴とした。恋愛感情がない相手とのデートねぇ。ま、デートはデートだよ」
「キミにそう言ってもらえたならそうなんでしょう。結愛くん」
「わざとらしー。もう付けないの?さっきの”じゃなくて”って言葉。”結愛くんじゃなくて”って意味の否定形」
「あー…」
「…もう気付いてるんだよね。どの時点で?」
「そもそも欲情しないからで始まって、女の子のこと抱けないわけじゃなくて私オンリーで抱きたくないって言ったじゃん?キミ」
「うん」
「どこかでそれと同じような言葉を聞いたような気がしたの。それを思い出すまでは一瞬だった」
目の前にいるのは結愛くんであって結愛くんではない。”中の人”は、あゆみくんなのだーーーー。
「よくわかったね。でもまだ気付いてないことがあるよ」
「えぇ!?何何?早く教えて気になる!」
「ヒントをあげよう!結愛くんのフルネームを頭に浮かべて」
「よだゆあ?…全然閃かないよー」
「逆さ読み」
「逆さ?よだゆあだから、あ・ゆ・だ・よ。あゆだよ?あーっ!あゆみだよってことかぁ」
「ビンゴー!」
「…あー、だから結愛くんの存在知った時、『メッセージ性があっておもしろい。運命感じる』って言ってたんだぁ〜。いやわかんないわ、それ」
「すごいでしょ、俺~」
ドヤ顔炸裂。
「でもさ、私を気に入った相手が都合よく現れたってだけで、結愛くんに憑依したわけじゃなかったんだね。解明解明〜。スッキリした〜」
結愛くん(あゆみくん)は、私の頭をポンポンとした。思えば当たり前のことだけど、あゆみくんは自分の体で人に触れることはできない。それって、どんな気持ちなんだろう。
「あ、だけどさ、また軽はずみに憑依しちゃったから、結愛くんが元族の一員だって知らなかったでしょう」
「あー、あれね…」
バツが悪そうに小声になる結愛くんが滑稽で、私はついつい調子に乗って責め続ける。
「偶然運悪く顔見知りの君藤先輩と再開してしまった上に、なんの気なしに挑発したもんだから話が噛み合わなくて参ったでしょ。あの時は」
「ハイハイ、その通り。もう言わないでくれる…」
まぁいいかと勘弁してあげたかったが。
「志希先輩に憑依した時も君藤先輩の呼び名間違えるし…」
「それ言うと思った…。前の話を持ち出すなんてイジワルだよねー」
こんなやり取りさえも、時が過ぎればすぐに思い出に変わる。それが堪らなく切なくて寂しい。
「…あゆみくん。思い出を作りたいって…急にどうして?」
「…みんなが大好きだから、みんなと過ごしたい気分なの!」
「ふーん。変なのぉ」
(どう足掻いても、このままじゃ俺は誕生してしまう。それを阻止するために最後の策に頼るしかない。それが、俺と神様しか知らない”秘密の任務(シークレットミッション)”。俺がいなくなるということは、みんなの記憶に俺は残らない。ただ一人を除いては...。だから今を純粋に楽しみたいって願ってもバチは当たらないよな。)
「あゆみくん、もうすぐで終わるから、ミッション頑張るよ!恋愛成就はもういいよ。元々影から見守るだけでよかったんだし、2回も振られちゃ自信消失。完全に嫌われてなくても、君藤先輩は私を彼女にはしてくれないなら、もうそれでいいって思う。ずーっと君藤先輩を好きでいる決意は揺るぎないんだもん。それより願わくば、あゆみくんは必ず、絶対に生き返って欲しい」
「嘘だろ…。なんでそんなにまで…?知ってるでしょ。俺は悪い男だよ。だからあんたにそんなふうに思われちゃいけないんだよ。俺なんて…もう十分…。あんたに幸せになってもらいたいし、守りたいって思った。…でも、やっぱりやめよう。ミッションなんて…。そんなことしなくても、きっと二人はーーー」
「やる!私はやるよ!あゆみくんの命がかかってるから!!」
意固地になった私に呆れ返ったのか、ハァ〜…っとため息をつく。そして。
「…あのさ、誤解してるのを放置して悪かったけど、生き返るのは俺じゃないよ」
……にわかには信じられない気持ちが勝ってしまい、じゃあ誰が生き返るの?と伝えようにも、驚きのあまり上手く発声できない。
「由紗ちゃん、聞いてる?」
「……へ?うん。……いやいやちょっと待って!生き返るのは現在死者であるあゆみくんじゃないの?そう思うのが必然だと思うけど!?」
「あ、それと『生き返る』って言い方はだいぶ語弊があったかもしれないなぁ。正確には『生死をさまよい中のある人の人生の軌道修正』のため…かな」
頭の中、こんがらがってすんなり理解できない自分に苛立つ始末。
(ていうか、長ったらしくて頭に入ってこないって!)
「なんか難しそうな顔してるね。んー、じゃあそうだなぁ。『死に直面するような悲劇を回避』っていうのも適切かもなぁ」
その言葉を聞いて、私は魔法使いの話みたいだと思った。そもそも私とあゆみくんがおかれている環境や関係性はそのようなものだと思っている節がある。
「ミッションをクリアしたら多分、いや本当に由紗さんの恋愛は成就するはず。だけど俺は、薄々知っての通り、ミッションをクリアさせたくなかった。失敗こそが由紗さんに幸せをもたらし、守ることになるから」
今までのあゆみくんの意味不明な独り言には度々違和感を抱いていた。勘づいていたキミの本心を、キミの口から明確にされてしまった。
でもやっぱりミッション失敗=私に幸せをもたらすという方程式は理解できていない。
(ひょっとして、”生死をさまよい中のある人”って、私だったりする?…いえいえ。私はこんなにもピンピンしてますけど!あー、訳がわからなさすぎる。)
混乱気味の私は、ダメ元でも率直に聞いてみた。
「ミッション失敗がなぜ私に幸せをもたらし守ることになるの?常識的には逆でしょ!ミッションクリアこそが恋愛を成就させ、幸せをもたらしてくれるんじゃないの?そう言って私に近づいたくせに、今さら理解できないよ…。ふざけないでよ」
「俺は至って大真面目だよ」
はっきりと力強い声でそう言われちゃあお手上げだと思った。実際ふざけてくれてたらよかったのに。私の不満の声は止まらなかった。
「私がミッションをクリアすると、あゆみくんはぽろっと悪気もなくありえないほど素直な悪態をついて、不信に思って…今もまだ燻ったままなんですけどー」
「…ごめん。由紗」
なんとなくの勘だけど、私に本心を暴露したあゆみくんが、現実世界から去る日は近いのではないだろうか。
どんな結果になろうとも、私は最後までミッションを遂行したかった。あゆみくんがもう手立てはないと諦めたのは、どこだったのだろう。
あゆみくんが今日私に”他の男とデートせよ”ーーーと指令を出したのは朝のこと。
君藤先輩じゃない他の男なら誰でもよかったのだ。当初、志希先輩ではない男子に、あゆみくん自身が憑依してデートをしようと企んでいた。なのにタイミングよく私とデートしたいという結愛くんが現れ、すんなり憑依先を見つけたあゆみくん。
私に黙って結愛くんに憑依し、デートにこぎつけたのだ。自ら私のミッションクリアに加担したのは、単にデートさせることが目的ではないような気がしてならない。
想像の域を出ないが、私の知り得ないことがこれから起こる予感がする。
そうじゃないと今回、私のミッションに手を貸し、早々とミッションクリアさせるようなことはしないはずだから。
もう、この策士は動いている。
「今日はここでワイワイ由紗さんの友達呼んで騒ごうよ!」
「呼んで欲しい私の友達を言ってみてよ。呼んであげるから。でも、今からじゃ約2時間限定だけどね」
あゆみくんが去る日は近いのかもしれない。だから私は名残惜しくなって、言うことを聞いてしまうちょろさ全開で挑む所存なのだ。
現在は6時ジャスト。急がねばあゆみくんの思い出が中途半端に終わってしまう。
「ありがとう。2時間ね。それでもいいよ。少しの時間だけでも大満足。だって声だけじゃ思い出なんて作れないでしょー。人の体借りてる時しか無理じゃん。こんな痛みとともに強烈に残る思い出なんてさーーー」
「え?…ちょっ、何すん…わっ…わぁーっ!イタタタタッ!痛っ!!なんてことを…!」
不意をつかれた。急に伸びてきたしなやかな手先が私の親指以外の4本の指をガシッと掴み、自分の口元に近づけた?と思った瞬間、私の手の甲に柔らかくて温かい感触が伝わった。咄嗟に手を引っ込めようとしたが、結愛くん(あゆみくん)の力に抗うことは不可能だった。観念して力を抜くと、くちゅっという水音を皮切りに、一気にその場所に鈍痛が走った。
前にも何度か体験済みのその痛みに徐々になれ始めた私は、力を抜き、なぜ手の甲にキスマーク?という無言の疑問を冷静な目で訴えかけていた。だがその目に気付いた結愛(あゆみ)くんは、ん?と逆疑問視してきた。
「ごめんごめん。冗談…でしたつもりはないんだけど、びっくりさせたよね」
冗談じゃないんだ。
「由紗さん言ってたんだよ。手の甲の傷は人に見つかりやすいから勘弁〜って」
「覚えてるよ。でもそれは手の甲の傷であって、キ、キスマークじゃないじゃない!…さては、このキスマークを君藤先輩が見てふしだらって思わせたいとか?」
「それもある」
「ほらやっぱりー…」
今は直後だから不自然な赤い痣と痛みを伴っているけれど、そのうち両方消えていく。だけど、ふしだらな思い出は今後も思い出されるだろう。
まんまと”策士あゆみくん”の思惑通りになりそうで口を尖らせる。
「覚えてて。このキスマークが消える頃、由紗にすべてを話すよ」
「本当に!?その日が待ち遠しいよ。でもその前に、私は何がなんでも14つ目のミッションまでやり遂げるからね!」
「由紗…」
目の前に存在する顔は当然、あゆみくんのものじゃない。結愛くんのもの。だけど表情は結愛くんではなく、あゆみくんの表情なのだ。
私を見つめているその目は、笑っているようで決して笑えてはいない。切なげで、たまらなくなる。
「今日は無礼講で2時間だけみんなの時間を俺にちょうだい」
今回も、一応ミッションをクリアできたわけだが、なんとも言いようのない複雑な気持ちになってしまった。
そして。尚且つ。
「みんなと時間を過ごすこと。それを叶えてくれることが次のミッションだとしたら?」
そんな聞き捨てならないことを結愛くんの体を借り、ドヤ顔で言うあゆみくん。またもそんなにも簡単なことがミッションだなんて信じがたかった。
ミッションは過酷な方がクリアした時に喜びが倍増するんじゃなかったっけ。
あなたのアイデンティティはどこへ行った。
「それはミッションじゃなくて、私からの感謝。あゆみくんの願いを叶えてあげるね」
「今は”結愛くん”だよ」
私の判断により、次のミッションとしてはカウントしないことにする。
この願いはきっちり叶えさせていただきます!
ミッション指令史上最も簡単すぎるミッションに困惑したものの、それでもミッションの指令を言い渡されたことに、内心ほっとしていた。
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