ミッション11:他の男とデートせよ!!
放課後ーーー
スーミンとの会話を静かに聞いていた莉茉は、「じゃ、そろそろバイトの時間だから行くねー」と先に下校した。
「そういえば莉茉って、なんでほぼ毎日休みを返上してまでバイト三昧なんだっけ?」
「んー、俺も知らない」
バイトに明け暮れる理由。それは本人の口から聞いたことはない。今さらそんな疑問を持つなんて、希薄な関係っぽい気がして嫌だなあと思った。
莉茉が下校して約10分後、私は意を決し下駄箱へ向かい、靴に履き替える。
校門まで、およそ50mーーー
ということは、50m先にはすでに初対面の与田結愛くんがいるかもしれない。そう思った途端、少しだけ緊張してきたから腹が立つ。同じ緊張でも君藤先輩とのデートならよかったのに...。他の男子に免疫がなく緊張するなんて不覚。
校門を抜けたところで何やら女子が集まっていて、黄色い声が響き渡っている。
まさかとは思うけど、私の今日限定でデートする相手、与田結愛くんがあそこにいるのではなかろうか。いや待て。これはほぼ毎日の光景といえばそうなのだが...。君高コンビが下校しようものなら、熱を上げる輩が発生するのは必然なのだから、二人がいるってこともあり得る。
でも、やはり今日は何かが違う。インスピレーションなのだが、女子たちの新参者を見るような目からして、やはりあそこに結愛くんがいてもおかしくはない。
真相を確かめたくて、校門へと足早に向かう。
いざ到着すると、真相は明白。且つ、予想の斜め上を行く展開に遭遇した。
「......え?」
他校の制服を着た結愛くんと思われるツーブロックの黒髪イケメンボーイが…なぜなのだろうか。状況がまったく飲み込めないが、近距離で対峙していたのは、君藤先輩だったーーーー。
そして、私が現れた瞬間、結愛くんは私を見るなりパァ〜ッと花が咲いたような笑顔を見せた。
かと思いきや!すぐさま無表情になり、目をとろ〜んとさせ、私を指差した。
(え、なになに??)
「君藤先輩。この人俺にくれません?」
「…は?」
君藤先輩が私を見た途端、目が据わり、ハア〜…と深いため息をついた。それはもう…視線だけで人の心を抉れるんじゃないかってほどの。そう。軽蔑とも捉えれるような、とても痛く胸に突き刺さる視線だった。
(なんでお前はこいつにも好かれてんだよ…。 イラつくわー。)
君藤先輩のそんな心の声など、当然知る由もない。
君藤先輩は近隣の高校のみならず、中学校でも話題に上がるほど有名な美男子高校生だ。だから結愛くんも当然のことのように君藤先輩の存在を知っているのだと思った。
なぜ君藤先輩と私のことを ”デキテル”と勘違いし、私をくれだなんて言ってしまったのだろう。それは、私を君藤先輩の彼女だと勘違いし、拉致した恵瑠くんも然り。
私は何度もへこたれずに好きです攻撃をくらわしてるだけのチャレンジャーです。おもしろがられてるのかなんなのか、距離が近いときもあるけれど、期待は禁物!彼女になりたいのに拒否された身です。だから、決して彼女ではありません。
と、むなしくも理解を求めたい心境の由紗なのであった。
一緒にいる時、君藤先輩が周囲の人間層を瞬時に分析し、ヤバい層(同校JK)が周囲を取り囲む場合や、そうじゃない場合でも万が一に備え、私を意図的に突き放した。そのおかげもあり、変な噂がたつことを免れていた。
だから、私を君藤先輩の彼女だと思っている人はいないはずなのだが...。
可能性として挙げられるのは一つだけ。
恵瑠くんによる監禁事件の時のように、こっそり君藤先輩を尾行し、放課後私と一緒にいるところ(私がミッション中だと推測)に何度か出くわし、勘違いをしたーーーという経緯が考えられる。それが一番妥当な線だと思う。
「あ、でも安心して。俺、一生この人に欲情なんてしないから」
(・・・・・は?なんてことを唐突に!?)
「お前さあーーー」
「お前って超失礼じゃないですか?初対面なのに」
「だからさっきからお前は何ほざいてんの?結愛」
(ゆ、結愛!?知り合い??)
「......え?なんで結愛呼び!?」
今の結愛くんの反応から推測するに、結愛くんは忘れていたのだろうか。偶然にも君藤先輩と与田結愛くんが知り合いだったということをーーーー。
「あー、ちょっとタンマ。お取り込み中悪いけど、ここじゃちょっとまずいわけ。ほら、海絡みの男女の話に耳ダンボな輩がここにはわんさかいるからハイ、移動〜移動〜」
ーーーというわけで、少しの間傍観していた志希先輩に促され、すぐ近くの市民公園まで移動するはめになった。
つい先程結愛くんに会ったばかりだが、私は結愛くんの印象をこんなふうに感じていた。
飄々とし、物怖じせず言葉を発する今どきの若者。少しツンケンしてる。君藤先輩に挑発的。…そして、私のことを気に入った人間だとはとても思えない。
こんな感じで思考を巡らせてばかりいたため、公園までの移動中、私は君藤先輩がそばにいるにも関わらず、浮かない顔でとぼとぼ歩いていた。
そして公園に到着。仕切り直してーーーー。
「久しぶりに会ったら人変わってるし。お前は昔、ある”チーム”にいて俺に敵対心メラメラに燃やしてたよなぁ...」
(えっ!?結愛くんも族仲間だったの?)
「たかが1個上の俺に敬語使うなんて。しかも”先輩”呼び。あの頃の尖ってたお前からは考えらんねぇんだけど?」
三白眼をギラつかせている君藤先輩は、恵瑠くんの時と同じで、身震いがするほど圧倒的な凄みがある。そんな昔の名残が垣間見えた一瞬だった。
「……だから何?わけわかんねぇし」
「うるせぇよ。わかんねぇなら黙れ」
次第に目が据わりつつある君藤先輩を前にすると、結愛くんはひと呼吸置かずには、声を発することができなかった模様...。動揺しているのがよくわかった。
「カリカリしてどうしたの?先輩。珍しく余裕ないとか?」
「は?…もういい加減うんざりなんだよ。そいつは、俺の女じゃねぇから」
君藤先輩のそんな力強い言葉を聞いた途端、突如脱力感に襲われ、私は頭を垂れる。
そんなことぐらい私だってわかっています。わかっているんです。でも、こう何度も否定されると、やっぱりもう君藤先輩との恋愛は難しく、絶望的なのではないだろうか。
下降していた視線は、それでも見たいものを求めて浮上する。すると、誰もが萎縮するほどだった君藤先輩の力強い瞳は、細く弱々しい瞳に変化していた。
「関係ねぇから…。頼むから、こいつに危害を加えるのはやめてくれ。頼む…」
気丈の中に垣間見える弱さは、どんな思いから生まれたのだろう。
「危害なんて加えないよ。いや、俺はただ由紗ちゃんを気に入って、デートしたいなぁって思っただけだよ」
「マジで偶然?」
「…そう。偶然」
「なんで…こいつのことを?」
「ここの学校に友達がいてさ、由紗ちゃんの話を聞いててタイプかもって思って無理言って会ってもらったら、顔もドタイプだったから驚いちゃってたとこ。信じられないかもしれないけど、安心して。由紗ちゃんに危害なんて加えるはずがないよ。こんなにも大切だから…」
結愛くんに向けられた熱視線から逃れたくて、ふいに目を伏せた。出会ったばかりの人間に向けられる瞳ではないと感じたからだ。本気の愛ある瞳を向けられたと感じたものだから、心がザワついてしまった。今しがた結愛くんが紡いだ言葉通り、大切にしてもらっていると錯覚を起こしてしまいそうだ。
どうして今日初めてあった結愛くんが あんなにも切なく、愛しそうに私を見つめることができたのだろうか。やっぱり過去にどこかで会っていた?それとも、会ったことのない私を妄想の世界で溺愛していて、その流れで…なんて考えすぎか。
「彼女じゃないなら遠慮はいらないよね?」
「…」
無表情で結愛くんを見つめる君藤先輩の心情を窺い知ることはできない。
「俺ら、これからデートするんだ」
「ふーん。展開早くねぇ?」
まずい。会ったことのなかった男子と今日初めて会って、早々にデートする女なんて尻軽女としか言いようのない状況ではないですか。
「き、君藤先輩...!これには深いわけが!あゆみくんにっ...」
ついつい口走ってしまった。しかし、君藤先輩の表情はいたって無表情だから、解釈に困っていると。
「”妄想のカレ”は、未だにお前を支配してんだな」
私は返答に困り、黙り込んでしまった。あゆみくんは日々私にミッションを課す。そのことを支配しているとするのなら、それは、私の恋愛成就という名目のため。
だけど、このことは誰にも言ってはいけない。
「じゃあもう行くね。先輩、邪魔しないよね?由紗ちゃんはあんたの彼女じゃないんだもん」
(そりゃそうだけどさ...。)
さすがにその言葉は、私の胸にズキッと突き刺さってしまった。
「そうだよ。彼女じゃない。俺にとって最高にうぜー女だよ」
(うぜー、かぁ…。)
「そんな誤解されるような言い方じゃなくてさ、もっと素直な言い方をすればいいのに。海、不器用ってツラいね」
ずっと傍観していた志希先輩だったが、さすがに言葉が過ぎる君藤先輩のフォローをせざるを得なくなった。さすが志希先輩だと思った。”相棒君藤先輩”の本質をよく知ってらっしゃる!と感心したものの、小さな疑問が生まれる。”うぜー女”という言葉は、誤解を招かぬよう素直に伝えようとしても、”うざったい女”でしか変換できないのでは?志希先輩。
「なんとでも言えよ。まあ、今の俺は…蛇の生殺しってとこかもな」
蛇の生殺しって、どういう意味なのだろう。さっぱり真意がわからない。
「それってこういうこと?気持ちはハッキリしてるのに、またなんらかの危険を及ぼすかもしれない自分のそばにはおいてはおけない。だから自分の気持ちを殺して、みすみす他の男との接触を見逃すしかない。当たってる?」
「さあな。本当の意味は結愛なんかに教えなーい」
結愛くんは勘ぐりすぎだと思った。きっと君藤先輩は私と接するうちに、愛情というよりは、情が生まれてしまっただけなのかもしれない。”彼女”にしたいという感情は微塵にもないはず。
「だけどさー先輩。由紗ちゃんが鈍感すぎることをいいことに、結構思い切ったこと言ってるよね。何気に楽しんじゃってる?」
やはり鈍感だからか、意味不明な会話にそっと首を傾げた私。それを見た君藤先輩はプッと吹き出し笑いをした。
「こいつの疑問顔ウケるからついなー。…結愛、あのさぁ」
君藤先輩は結愛くんに近づき、耳元で何かを呟いた。くぐもった声は微かに聞こえるものの、意味をなす言葉となって私の耳には届かない。
「デートは許す。でも…✕✕✕✕」
「…は?ねぇ、なんの権利があってそんなこと言うわけ?」
「束縛ねぇ…。じゃなくて、ヤバいほどの執着かもな」
「…へぇ。今度は素直に答えるんだね。本音を吐く=俺を牽制したいってことだよね?」
「結愛、心理学者にでもなるつもり?すげぇなお前って」
視線を逸らしたままの二人だったが、どちらからともなくお互い顔を見合わせた。そして、なぜか二人ともに勝ち誇った表情をしている。
「変わらないよね。そうやって茶化して核心から話を逸らそうとするとこ…」
「あのさ、俺を知ってる風なこと言ってるけど、それっておかしくない?」
「は?」
「俺とお前って、こんな風に話したことなかったよな」
「あ…」
なぜかやってしまった顔の結愛くんの口が、だらしなく開いている。なんとなく会話が噛み合っていないと感じた。
「ケンカ仲間ってだけの間柄だったから、怒りに任せて暴力で会話することはあっても、会話を交わすことなんて皆無だったじゃん」
「んー?」
急に様子がおかしくなったあゆみくんが、チラッと私を一瞥した。私が知らなくて当然な過去話は継続中。
「だからまともに会話したのって、今日が初めてのはずだけど?」
「…そうだっけ。俺は先輩のことを結構知ってるよ。今のあんたを知らないだけ」
「俺さ、あの頃の俺を知ってるヤツらに会いたくないんだわ…」
「だからそれはさ、守るべきモノに危害が及ぶことを危惧してるからでしょ。…それにしても、みんなを魅了する難攻不落な君藤海李が”執着”って…。結局変態だったんだね」
「変態!?…それ、前にも誰かに言われたような…。凛子か」
束縛ではなく、ヤバいほどの執着ーーーー
君藤の発言から、由紗のことは like(好き)やdislike(嫌い)ではなく、Love(愛)なのだと推測から確信に変わった瞬間、結愛は落胆した。
まったく由紗に執着しているようには見えない男が、実は心底由紗に執着している。
(どうすればその気持ちを覆らせることができるんだろう。)
思い返せば、君藤先輩は私のことを彼女じゃないと言うくせに、思わせぶりなことを言うのは今まで何度かあった。その度に結局は突き放され、期待させてはまた突き放すの繰り返しだった。きっと今回もそのパターンに違いない。いっそのこと、思わせぶって私の心を弄びたいって言ってくれたら、憎んで諦めがつくのにーーーー。
突如、私の片腕の一部が暖かい温もりに包まれた。そこに目をやると、結愛くんの手が私の腕を優しく掴んでいた。
「じゃあ俺ら行くね」
私を君藤先輩たちの前から連れ去ったーーーー。
「ちょっと結愛くん!歩くの早すぎだし、手首痛いってば!それに、君藤先輩と志希先輩にちゃんと挨拶できてないんですけど!!」
本当はもっと言い訳をしたかった。こんなことになってしまった経緯を私の口から説明したかった。でも、結愛くんが私を性急に連れ去るものだから、それは諦めるしかないと思った。
結愛の脳裏には、君藤のあの言葉が何度も駆け巡り、由紗の訴えを無意識に受け流していた。
『デートは許す。でも…俺より先に手ぇ出したら許さない』ーーーー
(ハァ〜…なんだよあの静かなる脅威は。ヤバいほどの執着とか、手出したら許さんとか…。なんなの本当。邪魔するチャンスなんてないレベルじゃんよ…。あんたの”変態”は罪だよ、まったく…。)
由紗の手を引き、連れ去る結愛の姿を見た君藤はこう思った。
自分たちから由紗を引き離したい一心からくる行為なのではないかと。
「結愛は本当にあいつのことが好きなんだな。初対面なのになんであんなにもムキになって足掻けんだよ…」
「何弱気になってんの?海。あの結愛くんって子、なんとも言いようのない強い念を感じるんだよね。由紗ちゃんへの愛情が深いみたい。あの二人、今日が初対面のはずなのに…厄介だね」
やたら感受性や霊感が強い志希が、ポンと君藤の肩に手を置き、そっと肩を抱いた。
君藤は志希の言葉をきっかけに、初めて結愛という男に危機感を覚えた。
そして、結愛に手を引かれ、あたふたしながらも歩みを進める由紗を見ながら、君藤はため息をつきボヤいた。
「…なんであいつはホイホイついて行くんだろうな」
「前にも言ったけど、好きなら好きってちゃんとはっきり言えばいいじゃん。そしたら間違いなく事態は変わるから。俺の忠告なんて聞かずに頑なに自分の信念貫いて…。バカだよ、お前は」
「知ってる」
「いろんな厄介事をスパッと解決するためにはさ、人の意見を聞くことも大事だぞ。本当、不器用極めてるから不憫だわ、海くん…」
「そんな弱々しい目で俺を見んじゃねぇよ」
君藤は志希を軽く睨んだあと、消えゆく由紗の後ろ姿を今一度見つめる。
ダダ漏れになりそうな心の声。過去の自分と対峙する。
<君藤side>
俺の過去に存在する人物は、ほとんどが敵だらけだった。心底安らげる場所なんてなかったんだ。今になってやっと”場所”を見つけたのに、邪魔ばっか入る…。
思えば幼い頃からずっとそうだった。
母親に愛を求めても、まだ若かった母親は祖父母に自分を預け、男とばかり時間を過ごしていた。
ただそばにいてほしかった。
母親の愛する相手を邪魔だと思っていた。幼ながらに安らぎの場所を求めた。単純に、自分の母親と過ごす時間を求めただけなのに、どうしてああもままならなかったのだろう。未だに不思議でならない。
そして、未だにままならないのは継続中。それは母親にではなく、両想いの相手にーーーー。
あいつは、長年擦りむいたままの俺の心を癒してくれる救世主。
その救世主は今俺の目の前で、他の男に連れ去られた……ーーーー。
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