ミッション11:他の男とデートせよ!!

 次の日の朝のこと。



「おはよう、由紗さん。...って、まあ起きるわけないか。でも発表します!今日のミッションは、ドドドドドドドドン!!学校に行ってからのお楽しみ〜♪」



 スヤスヤ眠る私の耳元は、大変賑やかすぎた。


 自己完結な言葉。陳腐なドラムロール。結局お預けされた今日のミッション発表…。目覚まし時計が鳴るより先に目覚めてしまった。寝ぼけ眼を擦りながら不満を吐露する。


「んー...?今言ってぇ...」


「ダーメ。”焦らし”もたまには必要だよ」


 必要じゃない。意味がわからない。気になって仕方ない!!



 てなわけで、ミッションの全貌はまだわからないが、学校に行けばわかるらしい。このパターンはお初だ。



「あゆみくん...何企んでんの?」



 返答なし。真相は学校に行くと明らかになるのだろう。


(それにしても昨日は幸せだっなぁ〜♡)


 私はベッドの対角線上に位置する本棚の上からコンパクトな置き鏡を持ち、まず自分の顔をチェック。


「髪ボサボサだけど、顔色よーし」


 ここからが本番。まずふーっと息を吐いた。鏡を持つ手に力を込め、手首で顔よりやや下方向に角度をつける。顔をあちこち傾けちょうどいい場所で固定した。


「キャーッ♡キスマーク、夢じゃないっ♪」



『マーキング成功』ーーーー



 胸を打ち抜かれたあの君藤先輩の素敵なセリフとともに、左右の首筋に走った鈍痛を思い出してニヤけてしまう。



「キモーイ」


(あゆみくん、今は幸せすぎる余韻を堪能している最中なので、声かけは御遠慮くださーい!)



 心落ち着かない状態が続く中、朝の支度を終え、いざ学校へーーーー。



 登校中、一定の距離をあけ、君藤先輩を拝み倒すという幸せな日々の日課を終え、いざ校舎へと歩みを進めた。


 朝のHRの真っ只中、あゆみくんがいつものように私の耳元で話し始めた。思えばこのような日常は普通じゃない。けれど、もうかれこれ1ヶ月近くこんな毎日を送っていること。そして、こんな毎日が当たり前のように思えることに驚いている。


『この担任の先生ってサイボーグみたいだよね』とか『あ、あの窓際の彼、今教卓近くの女子のことをガン見してるし』とか、とにかく気付いたことをその都度耳元で呟くから、気が散る時もあるほどで...。


 しかし、今日は出だしから少々真剣な声だったものだから、私は身構えてしまった。


 何かやっぱり企んでる模様なのです...。


「ねえ由紗さん。キモい話だけどさ、俺とデートしようよ。これが今日のミッション」


「・・・はあ!?」



 担任の神崎先生(50代・♂)の抑揚のないお経のような喋りが悪い意味で耳に馴染み、クラスメート皆ダラけムードの中、私はそのお経を中断させてしまった。


「どうした相川〜。今の先生の話に驚くとこないぞ〜」


 教室中にクスクス笑いが充満し、恥ずかしくなるも、へらへら笑って後頭部をポリポリ掻いて誤魔化す。


「アハハ...すみません」


「恥っず!みんなに迷惑かけんなよなぁ〜」


(誰のせいで!...あゆみくんが冗談言ったから動揺したんですーっ!!)



「冗談じゃないし」


(へ?...ウソでしょ?)


「ウソじゃないし。で?俺とのデート、真剣に考えてくれる?てか、ミッションだから強制だよね」


(また志希先輩に憑依する気?デートすることになんの意味があるの?そもそも前もその気があるフリして恋愛感情ない的発言したよね?)


「その質問には答えませーん。でも、一つだけ教えてあげる。志希先輩は正直霊感が強すぎて、俺の心の中まで見透かされそうで怖いから憑依すんのやめた」


 見透かされちゃ困るほど胸中はドス黒いのだろうか。


(まあ...いいよ。デートぐらい。)


「やった!じゃあその時を楽しみにしててね。今のところノープランだけど、デートは必ず今日実行するって決めてるから!」


(誰に憑依するの?唐突にデートだなんて...。また何か企んでるよね?)


「単に由紗さんとデートがしたいだけだよ。じゃあもう授業に集中してね」


(…わかった。けどもう一つ質問。)


「何?」


(なんで今日のミッション発表、家で言えたはずなのに学校でってもったいぶったの?)


「目覚めはどうだった?」


(え、目覚め...?おかげで気になって一発で起きたけど、それがどうかした?)


 ふん〜...と鼻でため息をつくあゆみくんは、呆れたような声でこんなことを言った。


「由紗さんのママさん、最近仕事で疲れてるじゃん。だから起こす声が日に日に弱々しくなってたから気になってさ」


(あ、そういえば、人手が足りなくて普段の倍以上働いてるってボヤいてたね...。)


「でしょ。なのに由紗さん、悪気はないんだろうけど毎日平気で二度寝三度寝しちゃうんだもん。見かねた俺が由紗さんが即座に起きる策を練ったってわけ」


 だから眠ってる私の耳元で、起きずにはいられなくなるような言葉を賑やかに言ったのだ。ドラムロールとミッション発表の焦らしもピカイチの策だったと賞賛に値する。自分でも朝が苦手すぎてどうしたらいいものかと困り果て、お手上げ状態だった。それはきっとママも然りだと思う。


「単純にママさんの朝の負担を減らしてあげたかったんだ」


(あゆみくんは優しいね。娘の私は自分のことに精一杯で、気に止めてあげてなかった...。ありがとう。ごめんね。)



「いいよ。俺にとってもママさんは大切な存在なわけだしね」



 あゆみくんとママはまったく接点はないものの、一応取り憑いている(寄り添っている)人間の家族も大切な存在だと言いたいのだろうか。


「俺がいる間に起きれない病を治せよな」


(はい。承知しました…。頑張ります。)


 このところ、あゆみくんへの印象が変化した。


 あゆみくんが初めて現れた当初。不憫な私に手を差し伸べてくれた、親切な姿なきあしながおじさん的な印象だった。


 でも今は違う。本当は自分が生き返るために、なぜか私に14ものミッション達成を命じたのだ。


 若干冷酷で策士な司令塔であり、今みたいにとても親切な性質も持ち合わせている。まったくもって掴めない。




 **


 1限目の授業が終了し、休み時間突入。すぐにスーミンが私の机の前でしゃがみ込み、頬杖をついて子犬のような眼差しを向けてきた。そして、こんなことを懇願したのだ。



「ユーミン。俺の願いを叶えて。ありがとう」

「いや、おーい...。今の発言おかしいおかしい。まだ君の願い事すら聞いてもないし、承諾なんてもってのほかなのに礼を言われても...」


 スーミンワールド全開。困り果ている私をよそに、スーミンは急に本題に突入した。


「ていうか、正確には俺の他校の友達の願いなんだけどさ」

「ん?どういうことかな?」

「そいつとデートしてほしいんだけど、どうかな。ダメ?」


「・・・はあ!?」


 この状況。デジャブ。


「あ、それまただ。さっきのHRの時と同じ驚き方」

「そうだよ。まただよ。...デートしろデートしろってさ、モテ期到来なんて望んでないっつーの!」

「え?他にもデートしてって頼まれたの?」

「そう。姿なきイケボくんにね...」

「...へ?あーごめん、ユーミン。ストーカーの一件でかなり疲れてるよねぇ...」

「あれはスーミンのせいじゃないって。むしろ私のせい。でもね〜、君藤先輩がヒーローの如く現れて、結果的に私得だったわけだし♪って...話逸れちゃってるじゃん。疲れてない。いたって正常だからね、私!」

「それならよし。でさ、そいつ中学ん時からの友達でーーー」

「ちょっと待ってスーミン。あのさ、まだ私の承諾を得てもらってないから!」

「いいヤツだよ。中学ん時は悪かった時期もあったんだけどさ、根はほんっと熱くて真面目なやつだからさ。一度でいいからデートしてあげて。俺そいつにユーミンの話しょっちゅうしてたらさ、ユーミンのことタイプだわーって言い出してしつこいんだ」

「だけど、さすがに初対面でデートだなんて突然すぎじゃない?それに、私に大好きな人がいるって伝えてないの?」

「突然なことなんて今の時代ありふれてるじゃん。それに、対応力備わってるでしょ」


 いや、それは買い被りすぎやしませんか?


「あと、ユーミンの恋愛事情を何度も伝えてはいるけど、まったく気にしてないっぽい」

「それってさ、単に好きな人がいる女を振り向かせて優越感に浸りたいだけだったりしない?」

「そりゃないわ。ひどいよユーミン。いいからヤツとデートしとこ。そいつ与田結愛(ヨダユア)っていうんだ。名前は女子みたいだけど、歴とした男だから。しかも君藤先輩に劣らないイケメンだよ」


 イケメンに気に入られようが、私がデートしたい相手はただ一人しかいない。


 あゆみくんには情があるし、ミッションも兼ねているから、あゆみくんが憑依した相手とのデートは致し方ないと思っている。けれど、正直不本意ではある。


 スーミンの友達には会ったことがないし、最低限必要な情すらない。お断りしたいのは山々なのだが...。


「由紗さん、俺はデートすることに賛成〜!」


(あゆみくんは黙っててよ。)


「黙れないよ。だってメッセージ性があっておもしろそうなんだもん!」

「メッセージ性?」

「そう。それに運命感じる。ねえ、与田結愛くんとデートしてみなよ」


 まったくこの男は...。


 ついさっき自分が何を言ったか覚えてないのだろうか。自分とデートしてって言ったくせに、他の人とのデートを勧めるなんて、何考えてんだか。


(あゆみくん、もしかして与田結愛くんも知り合いだったりする?)


「名前も顔も、むしろ存在自体知らない」


(そっか…。あのさ、だから”メッセージ性”ってなんのこと?何に運命感じるの?)


「こっちの話。きっと由紗さんにはわかりっこないよ。…あ、そうだ。そうしよう」


(何よ。もう、またなんか企んでる〜…。)


「異例なことだけど、彼とデートすることを今日のミッションに変更〜。じゃ、がんばってね〜!」


(……は!?簡単に言わないでよね!なんていう適当な指令者なの!?コラ、聞いてる?あゆみくん!?)



「だから、運命感じたからだよ!」



(その運命とやらはどこに感じたのかわからないから知りたいのに…!オーイ、あゆみくん?聞いてる?聞こえてるよね??)


 あゆみくんは私のそばにいるはずなのに返答がない。ということは、なんとしてでも今変更したミッションを、有無を言わず実行しろということなのだろう。


 ミッション絡みゆえ、スーミンに渋々、与田結愛くんとのデートを承諾した。


 スーミンから特にどこか待ち合わせ場所を指定されたわけでもなく、多分今日の放課後門で待ち伏せしてんじゃない?…とのこと。曖昧すぎる。それでは困るのだ。与田結愛くんとのデートは今日のミッションなわけだから、私の恋愛成就はさておいたとしても、あゆみくんが生き返る可能性を失うわけにはいかない。だから確実にデートしなければ!!よって、大変不本意ながら、スーミンに強く訴えた。


「与田結愛くんに今日の放課後、門の前で待っててって伝えて!!確実にデートしましょうって!」


(……これじゃあ私が逆にデートに乗り気だって思われるんじゃ…?うわー、マジでヤダ。一瞬死にたい…。)

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