ミッション10:君藤先輩に✕✕せよ!!


 ガタガターーーー

 ゴトゴトーーーー



 下の階が騒がしくなった。それはママが仕事から帰ってきた合図。


「由紗ー!あのねぇー」


 ”あのねぇー”はこっちのセリフ。


「ママぁー!訳あって体が重くて起き上がれないのー!すみませんが老体に鞭打って電気つけてもらえませんかぁーっ!!」



 ドアが開いたと同時に、部屋の明かりが点いた。



「老体って失礼すぎ。まだアラフォー半ばの美人ママさんじゃん」



「......へ??嘘ォ...!!」



(なぜここに!?!微笑ましいカップル像をつい1時間前に見せたあなたがなぜここにいるのだろう。本物ですか???...どう見ても本物だ!!!)



「君藤先輩っ!!!」


「うるさー...」



 あれほどにまで重かった体が、いとも簡単にベッドの上で跳ね上がった。



「聞いてたのと違う。帰ろうかなぁ」


「ダメです!」



 つれないことをわざとらしく言う君藤先輩は、きっと確信犯だ。


 私は元々重病人ではなかった。精神面からくる脱力感のせいにしておく。けれど、恵瑠くんが気を使って都合よく重病人に仕立て上げてくれたのだろう。


 君藤先輩をここに向かわせるためにーーーー。


 ぎこちなさ漂う二人だけの空間。


 彼女持ちの君藤先輩に心配していただけて、なんて私は罪深いんでしょう。


 でも、君藤先輩に今日また会えたのは、超絶嬉しすぎて涙が出る寸前。



「かっこいいわー。ほんと先輩って...」



 なぜか声色が低すぎるあゆみくん。よって、ご機嫌ななめ確定。訳がわからない。



「な、なぜ君藤先輩がここに!?」


 コチラも訳がわからない!


「家に帰ったら恵瑠と萌香がお前んちに行けって。わかりづらい手書きの地図を頼りに来たら、表でお母さんに会って、訳話して家に入らせてもらったんだ。で、お前の失礼すぎる要求を率先して俺がお母さんの代わりにしてやったってわけ」

「サプライズ登場、ありがとうございます♪」


 そういえば、恵瑠くんのありがたいお言葉に甘えて懇願しましたっけ。ただ君藤先輩のお顔を拝みたい的な発言に対し、律儀に叶えてくれたんだ。改心してくれて、本当にありがたい。


 わかんねぇよーなどと吐露しながらも、懸命に我が家を目指してくれた君藤先輩を想像し、かわいさが募ってニヤけ顔になる私。



「...不気味すぎるわー」



 私にひいてはいるが、何気に自然体の君藤先輩に、心和むのは必然で。そして、君藤先輩にほぼ毎日会っているにも関わらず、二人きりで話をするのは久しぶりのように感じた。君藤先輩は、ベッドの横で胡座をかいた。


 君藤先輩に聞きたいことはあるけれど、どうにも勇気がわかない。が、聞かないとモヤモヤが収まらない。



「君藤先輩...。唐突ですが、送り狼になりましたか?」



 ...なんてバカな質問をしているのだろう。撤回しようとして口を開いたが、すぐに君藤先輩が返答したため、ただぽかーんと口を開けたまま聞いていた。


「・・・・・は?送り狼?なんで?」


 困惑後、テンポ良き疑問符三連チャン。


「俺がそんなことするように見えんの?」


 鬼の形相。


「い、いやぁ〜。彼女宅に誰もいない状況なら、当然の行為なのかなぁ~って」「はー?」


 鬼の形相part2。


「それに、”都合のいい女”なんですよね?菫先輩は」


 ますます馬鹿な発言に拍車がかかる。


「あー...都合のいい女とは言ったけど、そんな卑猥な意味じゃねぇよ。...、お前が弱ってたのって、それが原因?」


 あの”都合のいい女発言”は、どういう意味で言ったというのだろうか。どうやら言うつもりはないらしい。


「弱りそうだったけど、特効薬が現れたので大丈夫です。それより、前にも同じようなことを言いましたが、私はどんなことが起きようとも、何度振られようとも、ずっと君藤先輩を好きでいるんです!」


「俺が結婚して、子供ができても?」


「それは正直無限大にキツいですね...。でもそうなるとお会いすることはできませんが、思い出とともに生きていきます...」


 顔を逸らし、プッと吹き出した君藤先輩は、次にハァーと長くため息をつき、呆れた顔で私を射抜いた。



「これだからお前といるの飽きねぇわ。でも、何やってんだろう、俺...」


「はい?」


 君藤先輩は急に肩を落とし、俯いた。ベッド上に座っている私からは、床に座る君藤先輩を見下ろす形になるため、表情を伺い知ることはできない。そして、ぼそぼそと自己完結な言葉を吐露し始めた。


「遠ざけるつもりがやっぱり関わりたくなって、企んで、弱らせて...。やってることは鬼畜だよな」


 私は言ってることを理解することができず、首を傾げる。



「あいつは違う」


「え?」



 とろーんとした三白眼に見つめられ、胸を焦がす。一文字に結んだ唇がぴくりと微動し、そこに視線を移す。すると、艶を帯びた唇が小さく開いた。その色香の虜となった瞬間、低音ボイスが耳を掠めた。



「雪永は、俺の彼女じゃない」



「えぇーっっ!?!...マジ、ですか!?」



 ということはーーーー


 菫先輩の私に対するあの態度は、自分の彼氏に恋い焦がれる女を、彼女が挑発したーーーという解釈は間違っていたのだ。ということは、単なるオッパイ好きのリアルな反応だったのだろうか。



 希望の光ーーーー


 よく耳にするフレーズが、私にも突如現れた。



「今日初めて喋った。あいつから話しかけてきたんだ。内容は内緒だけど...」

「内緒、ですか......。プライバシーの問題もありますもんね」

「そうなんだ。で、そのあとあいつ、持病の目眩に襲われて、咄嗟に支えたところをお前らに見られて勘違いされたってわけ」

「そう...なんですかあ!?」

「語尾がうるさい。...そうだよ。あいつは俺のことなんて好きじゃねぇよ」


 私はストンと腑に落ちた。


 菫先輩は君藤先輩のことに興味がなかった。というのも、私が君藤先輩の義妹になる萌香ちゃんの話をしても、まるっきり興味ゼロだったから。それとーーー


「志希先輩は何か知ってたんですよね。あの時」


 今思えばだが、抱き合っている二人を見てイイ仲だと疑った私に、志希先輩は何かを弁解しようとしていたような。


「志希は少し前から雪永の相談役になってたらしいからな」

「相談役...?」


(なんの相談なんだろう。)


 うん。とだけ言い、君藤先輩は急に素っ気ない態度をとった。かと思えば、ジロリと私を睨み、また大きくため息をついた。


「あのさあ」


 どんなことを言われるのか、急に緊張が走り、ゴクリと生唾を飲む。



「無自覚なんだろうけど...結構モテてるぞ。お前って...」



(え?私が!?!あの...それって、話の脈絡がないような気がするのですが...?)


 予想だにしない言葉を言われ、返答に困りつつも、君藤先輩の表情と話の間のとり方に、なぜか胸がザワついた。


 ”私が、モテてる”ーーーー


「私が誰にモテてるんですか??」


「固有名詞は内緒」


 君藤先輩のいたずらっ子のような表情はとても新鮮だと感じた。


「多分この世の者と、あの世の者だと思う」


「あの世の者も!?」


「これ以上はナーイショ」


 私がもし君藤先輩より年上だったら、頭を思う存分撫で回した挙句、頬ずりまでするだろう。間違いない。それほどにまで愛らしい表情だったのだ。


 一体誰が私を気に入ってくれているのか。なぜそんなことを君藤先輩が知っているのかをしつこく問いただすも、断固として教えてはくれなかった。すごく気になるっていうのにこの人は...。きっと”あの世の者”発言は冗談だろうけど。


 気になるといえば、先程の胸が急にザワついた理由もそうだ。なんというか、デジャヴに似た感覚だったような......。


「あっ...!もしかして、そのことだったりしますか?」

「何が?」

「恵瑠くん宅からの帰り際、車から降りた私に君藤先輩が言った言葉ですよ!」


 君藤先輩はフンッと意地悪に鼻で笑った。


「やっぱりあの時、バイクの爆音で聞こえてなかったよな」

「はい。すみません...」

「すっげぇ腑抜けな顔してたもんなぁ。あん時のお前」


 そんなことをさらっと言い、ちらりと流し目で私の反応を待つ。わざとらしく頬を膨らます私に、案の定の反応だと察しがついていたのだろう。言葉を発せずとも、そのことを表情で訴えかけてくる。艶を帯びた唇を、今度は両口角をキュッと形よく上げている。三白眼の涼しげな目元は至って変わらず。


「君藤先輩。今クセの強い凶悪犯の顔してますよ」


 そう教えてあげると、急に真顔になる。表情をリセットされてしまい、大袈裟だが空虚さを感じた。



「冗談です。本当は、すごーくエッチな顔してるなぁって、ドキドキしてました♡」

「......はぁ!?バッ、バカじゃねぇのお前...!」


(焦ってます、焦ってます。そのかわいらしい顔見たさに私ったら、なんてことを軽く口走ってしまったのでしょう。)



 そこで、小悪魔くんが囁いたーーーー。



「厄介ついでにミッションクリアしちゃえばぁ〜」



 今回のミッション。それはーーーー



【君藤先輩に✕✕せよ!】



 そうなのだ。今が絶好チャンスの時!!


 ”鴨が葱をしょってくる”的な状況、つまり、”君藤先輩がチャンスカードを持ってくる”という状況が生まれているのだ。


(正直諦めかけていた今回のミッションを、今こそ遂行しようじゃないですか!!勇気を出して!!)


 誰にも遠慮することはない。勇気を出して君藤先輩に衝動でしてみたいと思うことがある。普通ならそんなことをすれば嫌われてしまうのだけど...。これは賭けだ。お酒の力を借りたいとこだけれど、当然私は16歳の未成年だから、お酒は飲めない。


(ハタチ以上の大人なら、お酒の勢いで...ってことも可能なのになぁ〜。)


 と、これほどまで大人の世界に強い憧れを抱いたことはない。


(ミッションはもう、私だけのミッションじゃない!あゆみくんのためにも潔く散ってきます!!)



 私は君藤先輩へと近づく第一歩を、力強く踏み出した。伸ばした両手は、君藤先輩の肩に着地し。


「何やって...」


 標的目がけて力を込めた。



 チューーーッ......ーーーー



「ーーーーッ!?オイ!」



 結果。焦燥感丸出しの、貴重な君藤先輩を拝めることができたーーー。



「…うわぁ。ヤなもん見たわぁ…」


(ヤなもんとは酷すぎるよ、あゆみくん!これはミッションだからね!勇気を出してこんなことを実行した私に敬意を表してくれてもいいのに。)



 私はそっと君藤先輩から離れ、赤いそれを確認する。


(あっ、わぁ、初めてにしては上出来!!)


 私が目がけて飛びついた場所。そこを手で押さえ、切れ長の目を丸く変化させ、”何やってくれてんだ”と言わんばかりの表情を私に向けてくる君藤先輩。


 ところが数秒後には、見覚えのあるいたずらっ子の表情へと変化した。


「これ...順番無視だからな」


「え?それ、どういう意味なんですか?」


「ナイショ...」


「あっ!またナイショですかぁ〜」



 私が飛びついた、というより、吸い付いた場所。そこは、君藤先輩の首筋。


 先輩は順番ぬかしだと言いたいのだとしたら、どう順番を守ればよかったのか見当がつかない。



「しかもコレ、跡ついてるよな。ヒリヒリする...」


「はい。キスマークつけました」


「つけましたって...。お前はいつもそう。唐突な行動ばかりで普通じゃない。...だけどやっぱり、嫌いじゃない」



 私の唐突な行動。つまり、インパクトのあることをする傾向にあるのは、あゆみくんが課してきたミッションの賜物といえる。どれも難関だった。


 今回は【君藤先輩に✕✕せよ】という大まかな表題があった。だが、いつになく、✕✕の部分は自分で決めるパターンで、きっとこれまでと同じく、難関をすんでのところでなんとかクリア!な展開じゃないと、あゆみくんからクリアだと判断してもらえないかもしれないと思ったのだ。だからあえてハードルを上げ、勇気のいるミッションにしようと決めたのだ。


 それと、君藤先輩が言った『嫌いじゃない』という表現は、ストレートに『好き』と言われているわけじゃない。曖昧なだけに解釈が難しい。私のことを好きなのかも...と、うっかり浮かれてしまいそうになる言葉なのは間違いないが、真に受けてはいけない。


 なぜなら、私は君藤先輩にあっさりと二度も振られているのだからーーーー。


 勝手な期待は厳禁だということも、周知の事実なのだ。


 だからといって、私は君藤先輩のことを諦められるほど、薄っぺらい愛情を持ち合わせていない。言わば、重たいほどにお慕い申し上げでいる。その感情も相まって、首筋にキスマークという名の”愛の烙印”を押すという行動に走らせたとも言える。


 何はともあれ、きれいに赤い跡を残すことができ、やり遂げた安堵感で満たされた。たとえこのあと、”嫌われ由紗の一生”を送るはめになろうとも...。


 なおも懲りずに、君藤先輩に直球を食らわす。


「じゃあ君藤先輩。私のことを嫌いじゃないんなら、いきなり唇から責めても大丈夫でしたか?」


「......」



 君藤先輩はいつも私に期待を持たせるようなことを言っときながら、私がいざ核心に迫ると口を閉ざす。一体どんな気持ちを抱えているのだろう。


 あゆみくんと同じく、聞いても無駄そうで、為す術がない。私は私の欲望のままに突き進むしかない。


 君藤先輩に振られてしまってからというもの、収まらない気持ちが悪影響を及ぼしてる。振られたことによって生じた欲求不満が、”吸い付きたい症候群” となり、暴走を極めた。この感情こそが、衝動を引き起こした一番の動機ではないだろうか。


 君藤先輩が沈黙を破ったのは、それから数十秒後のこと。そして、思わぬ衝撃が走る。



「お前さぁ、自分の身の危険はかえりみねぇの?」



「......へ?」



 私に向かって君藤先輩の腕が伸びてきて。手首を捕らえられたと同時に、もう片方の手を後頭部に宛て、自分の方へと力一杯引き寄せた。キスされるのかと思うほど、君藤先輩の顔が私の顔に近づいた。が...。



(えっ!?)



 すんでのところで先輩の顔が傾き、耳元へ。



「やっぱお前、油断しすぎじゃねぇ?」



 心地のいい重低音の囁きボイスが耳を擽り、ゾクッという性的興奮を覚えた。気持ちが高鳴り、気恥しさも相まって体が火照る。


 そして、君藤先輩の頭部は耳元からまた少し下降した。そして、首筋に温かく柔らかい唇が触れた。



(キャーーーッッ!!!)



 君藤先輩から漂ういい香りはいつも以上に濃く、この淫靡な状況にうっとり酔いしれていたのだが、突如、鈍痛が走った......ーーーー。


 キスマークをつけられたのだと察した。


 それだけではおさまらず、あっという間に反対側の首筋に沈み込んだ頭部。再びの鈍痛に、私はあることを思い出した。



「恵瑠につけられたココに上書きするのが先だろ」



 そう。鈍痛のあった2ヶ所は、恵瑠くんにキスマークを付けられた場所だ った。



「君藤先輩...!もしかして......」



 先程君藤先輩が言った”順番無視”が意味することはーーーー


 私が恵瑠くんに付けられた首筋の二つのキスマークに上書き。つまり、そのキスマークのある場所に、君藤先輩が再びキスマークを付け直すことが最優先!という意味であって、首筋より先にキスすべき場所(=唇?)を無視したという意味ではなかったのだ。(私、恥ずっ...!)


「マーキング成功」


「えっ!?」


(マッ...マーキング!?それって、縄張りを守ったって意味だよね??)


「なぜこのようなことを…」


「衝動」


 あなたもですか。


【君藤先輩に✕✕せよ】を念頭に、異例のミッションを仕掛けたつもりが、君藤先輩から予想外のミッション?を仕掛けられたのだ。


 余韻に浸るのは危険だと感じた私は、君藤先輩にある質問をした。


「君藤先輩。気になってることをお聞きします。菫先輩と親密そうに見えたし、今日あの場に現れたのは偶然でしたか?」


 君藤先輩は眉をピクリと動かしたのち、数秒間、無表情で私を見つめた。まったく感情が読めなかったが、フッと軽く笑い、やっと表情を緩めたと思ったら。


「さあね。教えなーい。...でも、俺にとって都合のいい女なのは間違いねぇよ」


 またも断言されると、余計気になって仕方ない...。


 あゆみくんもだけど、どんだけ私を振り回す気ですか!?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る