ミッション10:君藤先輩に✕✕せよ!!

 息を切らし、親友莉茉の帰路に辿り着く。


「莉茉〜っ!!」


 叫ぶ声に反応はない。かと思ったら、曲がり角からひょこっと顔が覗いた。


「え?何やってんの由紗!」

「約束!今日じゃなきゃだめなんじゃん!!」

「由紗、あんたは律儀だねぇ。別に一人でも買えるしさぁ、心配無用なのに。でもありがとね」


 最近できた彼とのラブエロなひとときを過ごすため、莉茉に『下着選びを付き合って欲しい』と頼まれていたのだ。日々バイトに明け暮れる忙しいJK莉茉に、今日限定で懇願されOKしていたことを、自分のエロ妄想によって思い出したという不覚っぷり。


「さっき志希先輩に連れ去られる寸前、莉茉が何か言いたそうにしてたのは、私との約束があったからだよね?」

「まぁそうだけど、時と場合があるからね?本当大丈夫なのに、あんたって子は律儀だよね~!」


 なんだかんだ言って嬉しそうな表情を見せる莉茉。間一髪約束を思い出せたことに、ほっと胸をなでおろした。



 **


 どピンクな店内。経験したことのない刺激による胸騒ぎ。初来店の処女には刺激がありすぎる店内。セクシーランジェリーが評判な店なのは以前から知っていた。いざ足を踏み入れると、惚れ惚れする刺激的なデザインのランジェリーに堕ちるしかないのだ。


 小花レースを全体にあしらった薄桃色のブラジャーと紐ショーツに一目惚れし、それらに触れようと手を差し出した時ーーーー



「「あっ、ごめんなさい!」」



 人気があるため、たった一点しかないものを求め、二人の手が触れ合う。


 ドラマでよく見るシーンを、まさか自分が体験するなんて思ってもみなかった。しかも、相手は必ず自分と関わりのある人物で。”恋敵”ならおもしろい。ドラマなら。


 現実には、勘弁願いたい。いや、勘弁願いたかったよ...。君藤先輩のカノジョさん。


「あの...私は大丈夫なのでどうぞ」


 久しぶりに一目惚れしたブラジャーだった。正直”私は大丈夫”ーーーというわけではない。なんで譲っちゃってんの?と、お人好しな自分に嫌気がさす。当然彼女さんへの忖度を撤回できるはずがなく...。


「じゃあお言葉に甘えて。......あー、ちょっとサイズが小さかったみたい。だから逆にどうぞ!」


 なんて羨ましいことを!


 胸のサイズが大きいらしい彼女さんが、貧乳とは言わないが、彼女さんよりやや小ぶりサイズの私にエロかわいい下着を逆に勧めてきたから面食らった。


 ところで、なぜこの人が君藤先輩の彼女さんなのだろう。やらしい目で彼女さんの胸をガン見していると。


「でもデザインはピカイチなんだよねぇ。あなたもそう思ったんだよね?」

「はい。ピカイチに好みの柄で、サイズもぴったりなんです!」


 私に譲っていただけるのは嬉しいのだが、欲を言うと、君藤先輩も譲っていただきたい。


 そう懇願したい衝動に駆られているので、理性が少しでも働いているうちに、自主的に他のことに気を取られることにする。


 かわいい。かわいすぎる。なんでこの人はこんなにもキラキラ輝く瞳で、かわいいランジェリーを眺めているのだろうか。


 ここで思い出す。君藤先輩と彼女さんの抱擁シーンは、私にどれだけのショックを与えたことか。きっと目の前にいる彼女さんは知らないでしょう...。


 心が癒えないうちに対峙するとは、運命のイタズラってやつですか?


 恨み節の一つや二つ言ってもバチは当たらないでしょう。それにしても本当にこの人はかわいい人で、不覚にも見惚れてしまっていた。


「あ、ごめんね。どうぞこれ、譲るね」

「え?あー、下着、だけですよね...」

「ん?下着だけ?」


 私の口よ。これ以上は慎め。


「...いえ...あ、そう!隣に掛かってある柄がお揃いのベビードールも一点しかないみたいですけど、それも譲っていただけるのかなぁ〜なんて」


 口が躊躇なく調子に乗り始めた。


「そうね。必要ないからどうぞ〜」

「ありがとうございます〜...」


 あっさりとセクシーランジェリーも譲っていただいたのだが、正直私の方が必要ないのです。見せる相手がいないので...。


「私は雪永菫(ユキナガスミレ)です。よろしくね」


 人の心に温かさをもたらす破顔を向けられ、敗北感に苛まれた。


「...私は相川由紗と言います。よろしくお願いします」


 お互い社交辞令だとしても、よろしくすることは何もない。むしろ、恋敵と仲良くするつもりはないのだ。きっとこの人もそうに違いない。


「私知ってるよ、あなたのこと。宮浜高校の1年生だよね?」

「え?...あ、はい。よくご存知で」


 あの抱擁時、顔になんの特徴もないごく普通の私の顔を一瞬でも見て、奇跡的に覚えてくれたのだろうか。だけどなぜ1年生とわかったのだろう。幼く見える外見のせいかもしれない。


「由紗ー、いいの見つかった?......あっ!あなたは!!」

「コラコラ、莉茉...。声が大きい。年上の人に向かって指を差さないの」


 驚くのはわかるけど、事を荒立てることなかれ。私と雪永先輩に人差し指を何度も交互に差す驚きを隠せない様子の莉茉。


「大丈夫。それぐらいじゃ嫌な気持ちにならないから。それより二人とも、私のこと、菫って呼んでね」

「「はい。菫先輩!」」


 調子のいい莉茉と私。寛大な心の持ち主の菫先輩に対し、猛烈に戸惑いつつも好感が持てた。


「いい返事。よろしい!」


 超絶ご機嫌の菫先輩に、手懐けられてるような気も...。


 いつの間にかめぼしい下着を手に持っていた莉茉は我に返り。


「で、この下着、どう思う?」


 と私に聞いてきたにも関わらず。


「黒とピンクのレース使いがエロかわいくて、彼氏が喜ぶと思うよ♡」


 と、即座に感想を述べる菫先輩...。


(あー、なんかこの感じ...”女スーミン”って感じするわぁ。”予想外の展開運び名手”なとこが激似!)


 目をパチクリさせ、動揺を隠せていない莉茉だったが、勢いに任せ。


「...でしょー!!...興奮しすぎて手に負えない状態にさせてやりますぜ!!♡」


 完全に間違った返答をしてるよー...。なんて思いきや。


「そうね。あなたの彼、興奮度MAXに達して、すぐあなたの✕✕✕に腰を✕✕✕✕✕かもしれないわねっ♡」


(上乗せして下ネタキターーー!!未経験で無知な私には刺激が強すぎるのですが、菫先輩...君藤先輩とそんなにも刺激的なことを!?!)


 と、余計な思考が邪魔をし、立ち直れない...。よって、ガクッと項垂れる始末。


「菫先輩、由紗は今のところまだウブなんですから、それ以上の刺激は与えないでくださいね」


 と、釘をさす莉茉に対し、菫先輩はなぜか私に顎クイをして。


「じゃあ、私がいろいろと教えてあげてもいいんだけどなぁ♡」


 この接近をどう捉えたらいいのやら。見解はざっと二つ挙げられる。


 一つ目は、元々君藤先輩好きがバレバレの私を知っていて、彼氏にちょっかいを出す(ミッション上に限る)私を良く思わない菫先輩が、彼女の立場を利用して私を挑発しているのか。


 二つ目は純粋すぎるゆえに無知な私を不憫に思い、ボランティア精神が強いあまり、私への性教育?を買って出てくれたのか。真相はわからない。


「もしかして菫先輩って、女子にも興味あったりします?」


(えぇ!?んなバカな!なんて無礼な質問を...。)


 もう一つのありえない見解を淡々と述べた莉茉。想定外です。


「さあ、どうかな〜」


 と、はぐらかす菫先輩をフフンと鼻で笑う莉茉。その後私を意味深に一瞥し、何やら見透かした様子でレジへと向かった。


(ねぇ、あゆみくん。菫先輩のことは知らない人物なわけ?何も言ってこないけど。)


「知ってるよ。やっぱこの時期もかわいいなぁって見惚れてた」


(やっぱ知ってんだ...。”この時期も”ってことはさ、過去にやっぱり出会ってるんだね。)


「ご想像にお任せしまーす。ていうかさ、こんなとこで俺に話しかけないでくれる?」


(なんで?なぜかなんでもお見通しのあゆみくんに教えて欲しいことは山ほどあるんですからね!...あ。やっぱこんなにも色気のあるお店にいるなんていたたまれないとでも言う?)


「あー、全然平気。こういうの免疫あるから」


(ふーん...。チャラ男の言うセリフだからね、それ!)


「あ。でも唯一無理かも。由紗さんの下着見るの」


(複雑だけどそれでいいよ。君藤先輩以外の男子に見られるなんて、お嫁に行けなくなっちゃうから!)


「それってさ、ウブ女子の夢見る夢子発言っていうの?キモいからやめてよ」


(発言には気をつけなさいよね、ムカつく〜っ!ただリアルに純粋なだけなんですー!!)


「はい、はい」


 なだめるようなその声は、子供扱いされているようで癪に障る。口を尖らせ、声のする後方を仰ぎ見ていると。


「ちょっと前から挙動不審だし、自分の世界に入り込んでますけど、どうしたんだと思います?この子」

「さあ〜...。でもおもしろくてとてもキュートだと思うなぁ。私は」


 私の目の前で莉茉と菫先輩がそんな会話をしているのに、私は気付かない。


 あゆみくんとの会話中恒例なのだが、耳を研ぎ澄ますからなのか、他の音がすべて耳に入らないシステムになっている。(多分個人的に...。)


 そして我に返った時には。


「あ......ごめんなさい...」


 意図的ではないにしろ、放置しすぎていたたまれない気持ちになると同時に、反省もひとしおなのです。


「病院送りになるところだったよ、由紗...」

「で、由紗ちゃん。そのずーっと手に持ってる下着、買うの?」

「はい!一目惚れしたので♪」

「そっかぁ...。ただねぇ...由紗ちゃんって、Dカップはあるんじゃないかと思うのよねえ〜」


 その直後。


「ひゃっ!」


 菫先輩は、私の両胸を揉みしだき始めたのです。それも結構な強さで。


「マシュマロみたいに柔らかなこの胸、やっぱDカップはあるんじゃないかしら」

「いや先輩...。ここはそんなばかげた方法で確かめなくても、採寸してくれる店員さんがいらっしゃるじゃないですか。あ、いた。すみませーん!」


 莉茉が気を利かせ、やや行き過ぎる菫先輩から私を守る策に出た。


 店員さんに採寸してもらった結果、Dカップだった。菫先輩の読みが当たってて驚いた。


 ようやく菫先輩は私の胸を解放してくれたのだが、辱めにあった私としては、穴があったら入りたい心境…。


 かわいいピンクのショップ袋に入った私のかわいい下着たちを大事に抱えて、ショップをあとにする。


「菫先輩ったらやりすぎですってばぁ!ホントにもうっ!」

「だって莉茉ちゃんのまな板オッパイじゃなくて、由紗ちゃんのマシュマロオッパイを性的に触りたかったんだも〜ん♡」

「いや、言い方〜。触るどころか強烈に揉んでましたやん!」


「え、マジで!?私も触りたーい!!」

「キャッ!ちょっと誰!?!」


 突然私の胸を後ろからソフトタッチするノリのいい女の子に目をやると。君藤先輩の義妹、萌香ちゃんがニコッと微笑んでいる。


「萌香ちゃん!」

「お姉さま方。ここは私の中学校の登下校ルートなのよ。思春期真っ只中の子供たちが頻繁に通る時間帯なわけ。少々刺激がある会話は謹んだろうがいいんだろうけどぉー、私は大歓迎〜♪由紗ちゃんのマシュマロおっぱい本当柔らか〜い!」


(声がデカい!あなたが一番慎むべきっ!揉むんじゃない!)


 莉茉と菫先輩に萌香ちゃんを紹介。


「ふーん。君藤くんの妹ちゃんなわけ。ていうかさ、胸、バカデカくない!?由紗ちゃん、成長過程が違うのかもね」

「はぁ…」

「でも私は由紗ちゃんの控えめなマシュマロおっぱいが一番好みよ〜♡」


(いやいや菫先輩。場所が場所だけに仕方がないのかもしれないけど、お胸のお話ばかりは困ります...。それより...なんでだろう...。)


 私は腑に落ちないでいた。菫先輩は萌香ちゃんの存在が気にならないのだろうか。彼氏の妹なら、もっと興味を持ってもおかしくないはずなのに。私に気を使っているのかもしれないが。


「由紗ちゃん、もういっかいマシュマロおっぱい触らせて〜」

「あ、ずるい。私も〜」

「由紗、お気の毒様ー」


 二人の変態(菫先輩&萌香ちゃん)と冷静沈着な莉茉。意外と三人の空気感はしっくりきているような気がする。


 キャラの濃いメンバーが偶然揃ってしまい、てんやわんやな時間が過ぎていった。


 私たちは今日出会った菫先輩と随分濃い時間を過ごしてしまった。恋敵と仲良くするつもりはなかったのに...。かわいくもやや強引なところに振り回された感があるけれど、きっと悪気はない。ただ揉みたい衝動に駆られただけ。それほど菫先輩の目には、私の胸がとても魅力的に映っていたのだ。ナイスポジティブ!!


(彼女さんは、エッチでだいぶ変わってる強烈キャラですね。君藤先輩。こんな彼女と一緒にいるということは、手練れなのでは?)


 チクリと胸が痛んだ。


 一気に妄想がエロスへと加速する。


 なんだか目眩がする。


(...んん?違う。私の目が回ってるんじゃない。隣にいる菫先輩の体が揺れてんじゃん!?)


 どうしたのだろう。急に立ち止まり、静かになった菫先輩は目をぐっと瞑り、苦の表情を浮かべて体をふらふらと揺らしている。


「菫先輩!?大丈夫ですか?」

「まったくもうっ!あなたはなんでこうも慌ただしいのぉーっ!ちょっと由紗!ちゃんとそっち支えて!」


 菫先輩を両サイドから支えているものの、力にも限度がある。いくら菫先輩が華奢な女子だとしても、脱力状態になると体がフラフラしていて女子二人で支えたところで支えきれない。


 もうすぐ3人諸共倒れる寸前のところで、私と莉茉は突如、苦難から解放された。


 突然現れた影が、ひょいっといとも簡単に菫先輩を抱き抱えた。いわゆる、女子なら誰もが一度はされてみたいと願う”お姫様抱っこ”。この黒い服を着た人は、フードを深く被っていて、顔が見えにくくなっている。


「ねぇ、あんた具合悪いの?」


 この声、聞き覚えあり。女子なみに細い腕のくせに、力強く菫先輩をお姫様抱っこしているこの人物の正体はーーーー。


「お久しぶり。由紗ちゃん」


 俯き加減の顔を私に向けた。やはりそうだ。一歩後退る私。あからさまな拒否反応が出てしまうのは仕方がない。


「昨日も一昨日も、会いたくもないのにお会いしましたよね...。佐倉川恵瑠くん」


「怒ってるんだね。ごめん...。もう悪意を持ってあんたに近づくことはないから、怖がらないでほしいんだ」


 真剣なこの表情を、信用してもいいのだろうか。私は考えあぐねた。が、君藤先輩とは別物の、この目の前の美人すぎる顔に見惚れてしまった。


 佐倉川恵瑠くんは、短時間ではあったが、二日間連続で私を監禁した君藤先輩の昔からの知り合いだ。


「この超絶美人さんが例の恵瑠くん!?!」


 莉茉の問いかけに、ため息とともに頷く。この恵瑠くんのおかげで、二日間怒涛の日々を過ごしたのだ。だけど最終的にスーミンと君藤先輩の連携によって救われたから、結果オーライということで。


「で、この子。どこに運べばいいの?」


 あいにく菫先輩の家など知らないし、どうすばいいんだろう。



「俺が送ってく」



 声がした後方を振り返れば、そこには思いもよらない人物、君藤先輩が立っていたーーーー。


 なぜここに君藤先輩がいるのだろう。


 なんて、野暮なことは言わないでおこう。偶然この場所に居合わせたなんてとても考えられない。きっと君藤先輩は、下着選びを手伝う約束であのお店に向かっていたのではないだろうか。”カレカノ”という濃密な関係性の二人を目の当たりにして、絶望感に打ちひしがれるしかなかった。


「海李?え...どういう展開になってるわけ?この子、海李の知り合い?」


 今居合わせたばかりの恵瑠くんには、当然なんのこっちゃな状況なわけです。


「うん。都合のいい女だよ」


 その、ともすれば卑猥を連想される言葉を聞いた私は、母親以外の女性に対してはあまりにも無知で、素っ気ない男ーーーという、君藤先輩への概念が間違っていたのではないかと疑った。


 絶望感はMAXまで達してしまった。


 莉茉は状況を飲み込み、いつものように静かに見守り、恵瑠くんは驚きのあまり言葉を失った。萌香ちゃんは、顎に手を当てて目を細めて君藤先輩のことを凝視中。


「ところで恵瑠。なんでお前がここにいんの?」

「由紗ちゃんに会いに」


「...」


(私に...?第三の拉致事件勃発の危機!!...でも、なんか今日はすごく表情が優しい気がするのは気のせい?)


「安心しなよ。言ったじゃん。痛めつける目的じゃなくて、優しくする目的で会うって。でもごめん。嘘ついた。会いに来たんじゃなくて、偶然会った」

「偶然?それマジかよ...。ストーカーじゃなくて?」

「そうだよ。僕の行いが悪いから海李に信用されてないのは自業自得だけどね。うちの姉ちゃんがこの辺に引っ越して来たから、お祝い持って来たついでにぶらついてたんだ。そしたら偶然この子たち発見〜ってなったわけ。これって運命感じちゃうでしょ!」


「...そっか。もう自分の気持ち、自覚できたんだな」


「さあ。どうだろうね」


 数秒恵瑠くんと見つめ合った君藤先輩は、恵瑠くんにお姫様抱っこされている菫先輩の元へと歩み寄った。そして。


「おい雪永。帰るぞ」


 ーーーー彼氏さんのお出迎えです。


「んー?...え、君藤くん。と、誰?このお美しい女の子は」

「僕は歴とした男の子だよ」

「え!?ごめんなさい。で、この状況は何?知らない男子にお姫様抱っこなんて...。降ろして」


 きっと菫先輩は、美形男子にお姫様抱っこされて恥ずかしいのだろうと思った。だけど、どうも様子がおかしい。


「......さっきまでとっても楽しかったのに。由紗ちゃんの柔らかいマシュマロおっぱいを揉みしだけて幸せだったのに...」



「は?揉みしだけて...?」


「うそ。まさかの変態女?」



(す、菫先輩...!君藤先輩の前でなんてことを...!!ヤメテーーーッ!!!)


 硬直する君藤先輩。そして、君藤先輩と役割を交代するために恵瑠くんは、ゆっくりと菫先輩を地へと下ろした。


「どう?まだフラつく?」

「大丈夫、美少年くん。ありがとう...」


 空気の読めないバラエティアイドルみたく失礼なところもあるが、意外と礼儀はわきまえているらしい菫先輩。


「薬飲んでなかったのか?」

「うん。忘れてた」

「ダメじゃん。帰って早く飲め」


 またダメージを食らった。聞きたくなかった。二人の親密さがうかがえてしまうような些細な会話なんて...。またチクリと胸が痛んだ。


(君藤先輩、嫌だ。菫先輩から離れて。私を見て!!)



「俺、雪永んち知ってるから送ってくる」



 そう言いながら、君藤先輩は私を一瞥し、視線を下に逸らした。私の醜い心の声が、君藤先輩に聞こえたのかと勘違いした。


「みんな、またね」


 最後に私を食い入るように見た菫先輩。確信までとはいかないが、やはり今日の言動は、私への新手の挑発だったのかもしれないと感じた。エロ変態発言があまりにも多すぎて、実のところ、実態は掴めていない。


 菫先輩の歩幅に合わせて歩みを進める君藤先輩。言葉はぶっきらぼうだが、垣間見える優しさ。そんな君藤先輩の隣で今、菫先輩は幸せかみ締めているのだろうか。私もあのギャップのある優しさに胸踊ったものだ。


「菫先輩もそんなところに惚れたのかなぁ。なんて思って二人の背中を見つめてるわけ?あんた」

「相変わらず鋭い...」


 莉茉の専売特許だ。


「どうすんの?あんな微笑ましい姿を見ても、君藤先輩を想い続けるの?っていうかさ、君藤先輩にとって菫先輩は”都合のいい女”なんでしょ?彼女じゃなくて、エッチだけの仲って線も捨てれなくない?菫先輩の家を知ってる風だったしさ。親のいぬまに...」


 莉茉の言うことは理解できる。普通なら誰もがそう思うはず。だけど、ここ数日間、あゆみくんのおかげで君藤先輩に奇跡の急接近をし続けた結果、そんな軽い人間には見えなかった。逆に不器用さが手に取るようにわかった。だから、そんな関係じゃないと信じたいのだ。


「なーんかあの二人、怪しいわねぇ」


(やっぱり恵瑠くんも体だけの関係だと思っちゃうわけ...?)


「体の関係以前の問題っていうか...。とにかくあの二人見てると釈然としないのよねぇ」

「私もなんか、海くんが変だなぁって思ってたんだよねぇ。わざとらしいっていうか、ぎこちないっていうか...」

「そう!それ!」

「よね!」


 意見が合致した恵瑠くんと萌香ちゃんは、瞬時に意気投合し、イエーイとハイタッチをするほどで。


 多分、感受性が強いであろう二人だから。そして、過去に君藤先輩のそばにいて、現在君藤先輩のそばにいる二人だからこそ、君藤先輩の微々たる違和感を容易に感じ取れるのかもしれない。


 萌香ちゃんに関しては、追加の感情があるらしい。再び顎に手を当て、目を細めている。



「ははーん。こりゃまた謀ったな、義兄よ...」




 それは自己完結した呟きだったため、私はそれほど気に留めはしなかった。


(君藤先輩、菫先輩を家に送り届けたら、すぐに帰るのかなぁ?菫先輩は都合のいい女…だとすればやっぱり…。)


 自分が思っている以上に疲労感は半端なかったらしい。徐々に体力を消耗し、今度は私が恵瑠くんにお姫様抱っこされ、気付けば我が家のベッドに横たわっていたーーーー。

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