ミッション10:君藤先輩に✕✕せよ!!

 お昼の弁当を食べ終わり、机に突っ伏す。脳が忙しく働いていないからだろう。君藤先輩と彼女らしき人物のあの抱擁シーンが、頭から離れなくて困る。


 彼女らしき人物の顔はよく見えなかったが、とても華奢で守ってあげたくなるような”The愛しい彼女”ってオーラが私にトドメをさした。


(あ〜...。ミッションを遂行し始めてからというもの、こうも毎日ありえないほどいろんなことが起こってるんですけど!?)



「俺のせいって言いたいの?」



(うわっ、出たあゆみくん!)


「出るよ。マジいい加減慣れてくんない...。風呂、着替え、トイレとか、見たくないものを見る可能性がある場合を除けば、喋んないだけで結構そばにいるからね、俺。前も言ったよね?いい加減理解しなよ」


 そんなに怒ったような言い方をしなくてもいいじゃないですか...と、口を尖らせる。


 微かに読み取れる感情。声だけでしか君を理解してあげる術がなく、もどかしい日々を送っていることを君は知らない。


 日々の生活の中で、あゆみくんと他愛のない話をすることがある。その会話の中で、しっかりしていて私思いだなぁと思う節が何度かあった。私の一番の理解者でいてくれていると思っていた。


 だけど、時折ポロリとこぼしてしまう君の本心。私の幸せを願う言葉は、本心ではないのかもしれないと疑ってしまう。


 考え込んでいる私に気付いたあゆみくんは、短く呟いた。


「もう…やめたい?」


(…それは、ないよ。)


 ずるいと思った。元気がない問いは、母性本能を刺激することを知ってて実行しているのではないかと疑いたくなる。


 この時の、”ミッション遂行をやめないでほしい”というあゆみくんの心情が、切ない声色となって表れたのだと気付くのは、あともう少し先のことーーーー。



 正直こんな風に精神的に追い詰められることなんて、生まれてこの方まったくなかった状況のため、落ち込む他為す術はない。だけど、あゆみくんには是非とも私の力になってもらいたいと、願わずにはいられないのだ。


(ねえ、あゆみくん...。あの君藤先輩と一緒にいたかわいらしい人って、君藤先輩のリアル彼女だと思う?)



「先輩が彼女のことを大事に触れてた...って風には見えなかったけど?...ねぇ頼むからさ、いつまでも病人みたいなオーラ出すのやめてくんない?らしくないから!」


(...じゃあ、もっと楽〜なミッションを与えてよ。そしたらすぐクリアして、君藤先輩を私のものにできて、幸せな日々を送れるんだけどな。)


「幸せな日々なんて、誰しも一生は続かないんだよ...」



 きっと同世代の若輩者であろうあゆみくんが、まるで酸いも甘いも知り尽くした人生の先輩なみの説得力ある発言をするものだから、面を食らう私。


(それでもいい。なんなら一日でもいいんだ。その日だけでも君藤先輩が私といて幸せだって思ってくれれば...。)


 小春日和のぽかぽかとした暖かな日差しは、教室内にも優しく降り注ぎ、由紗を眠りの世界へと誘った。


 小っ恥ずかしい寝言とともにーーー。



「君藤先輩...抱いてください...」



 当然、あゆみくんの耳には届いていた。



「・・・・なんだこの胸やけ感...。今のは聞かなかったことにしよう」



 **


「由紗ちゃん帰りましょ〜っ!♪」


 我が教室のドアから大音量で響いたその声とともに、キャーッと黄色い声が教室内に響き渡った。


 だが、たった一人だけは、冷静な目でその人物を見ていた。


「ねぇ由紗...。高山志希先輩って、あんなハイテンションなキャラだったっけ?」


 そんな莉茉同様、私もこの状況は非常に理解に苦しむのです。なぜ志希先輩が私と帰りをともにしようとしているのでしょうか...??


「んー...。ハイテンションなキャラではないはず。でも、君藤先輩と違って柔軟な対応ができるからなぁ...」


 微妙な反応の私に業を煮やした志希先輩は、私がいる窓際の席まで私を迎えに来た。


「さあ、帰ろっ!由紗ちゃん!!」


 ニコニコ笑顔が眩しすぎるほどのイケメンだけれど、これは少々違和感がある。


 手を引かれ、教室をあとにすると、ヒャ〜ッ♡とまた黄色い声が鳴り響いた。明日登校してからの情景が目に浮かび、思いやられる。


「あー、由紗!」

「何?莉茉!」

「...いやっ、今日は志希先輩に譲るから行きな!」

「ん?あー...ごめん!」


 賑やかな放課後。らしくない志希先輩によって強引に連れ去られる私。羨む視線。


 一体何が起こっているのか、不安ながらも目まぐるしく時に流されていく。


 流れに従い、やっと平静を取り戻した私は、志希先輩と下校途中、老若の女性たちが志希先輩を見て釘ずけ状態になっている光景に、何度も遭遇した。


(この状況、君藤先輩と二人で歩いてる時にもあったなぁ。今は多分あのかわいい彼女と二人きりで、きっと彼女もそれを実感してる頃かも......。)



「なんかみんなジロジロ俺のこと見てて気分害するんですけどぉ〜っ!」


 やっぱりこのハイテンションは違和感があって、嫌な予感がするのです。


「いや...それは仕方ないですよ。志希先輩がかっこいいのがいけないんですよ。女性たちに罪はないです」

「ひどっ。由紗ちゃん今日はひょっとしてご機嫌ナナメだったりしちゃってるわけ?」


 やっぱり違う。志希先輩のすべてを知っているわけじゃないけれど、優しく落ち着いた印象の志希先輩らしくない。こんな言い回しの志希先輩は存在しないと断言できる。


 私は歩みを止め、志希先輩と向き合った。


「どうしたの?由紗ちゃん」


 少し上目遣いで志希を見つめる由紗は、いつもより低い声で志希に問うた。


「...またやったの?あゆみくん」


「え?」

「とぼけないで。志希先輩はこんな軽いノリで話さない人だもん。あゆみくんがまた憑依したに決まってる!」


 おとぼけ顔の志希先輩は、見る見るうちに両方の口角を上げ、勝ち誇った表情で微笑んでいるではないですか。


 どうしたのだろう。その表情はどういう心境からくるものなのだろう。さっぱり検討がつかないからモヤモヤが膨れていく一方で。


 すると、志希先輩がようやく口を開いた。


「あゆみくんっていうんだね。俺に乗り移った幽霊くんは」


 いつもの落ち着いた声に戻った志希先輩の声。私はなんとなく気付いてしまった。


「志希先輩...?まさか、何者かに憑依されてたこと、気付いて...。あっ!ハイテンションなのはわざとですね!?あゆみくんのフリをして...」


 ふふんと笑い、私の肩をぽんっと軽く叩いた。


「作戦成功。彼のことずっと気になってたからさ」


「じゃあもしかしてあの時、すべて知ってて記憶がなかった時のことを私に聞いてきたんですね。私の反応をうかがうために?」

「まあね」

「人が悪いですよ、志希先輩。でも私、あの時うまくごまかせてませんでしたよね...?」

「うん、そうだったね。あのさ、これ本当の話なんだけどね、俺小さい時から霊感が強かったんだ。だから、乗り移られたらその霊の心情が無情にもまざまざと伝わってくるんだ」

「特殊な体質の大変さ、お察しします。...そっか。あゆみくんのこと、もうとっくにお見通しだったんですね」


 えっへん、と得意顔の志希先輩。なんてかわいい顔をするのでしょう。


「あゆみくんって、由紗ちゃんの守護霊にしては異色だよね」

「そんな気しますよね...。勝手なイメージなんですが、守護霊って優しく静かに見守ってくれてそうじゃないですか」

「あー、そうかも」

「あゆみくんはそんなんじゃなくて、”静”というより”動”って感じなんですよねぇ。幽霊なのかもしれないけど、幽霊じゃないような...。何度頼んでも姿を見せてくれないから、イケメンくんかどうかもわからないんです。余談ですけど、声はなんとなく君藤先輩似なんですよ」

「そりゃあテンション上がるわー。...あ。もしかして、寝る前に海似の声だからって毎晩囁きボイスで眠りについてるとか?」

「志希先輩...。それじゃ私変態じゃないですか...ってそれ、ナイスアイディアじゃないですか!!」

「変態だよね。リアルに...」


 私は恥ずかしくなり、ゔゔんと咳払いをし、気を入れ直して話を続けた。


「あゆみくんが霊感のある志希先輩に取り憑くことができたってことは、幽霊な気はしますが、ダンス好きってこと以外、あまりよく知らないんですよね」

「俺の体、筋肉痛になったからね。翌日...」


 あれは君藤先輩宅へ、二度目の訪問をした日のこと。君藤先輩の帰りが遅く、近所の公園で帰りを待つことにしたのだが、話の流れであゆみくんが得意のダンスを披露してくれたのだ。志希先輩の体をお借りしてーーー。


「本人に代わり、お詫び申し上げます...」

「いいよ。久しぶりだったけど憑依には慣れてるから」


 憑依に慣れる。そんな異次元なことを爽やかに言えちゃうところに、なんだかとても器の大きさを感じてしまった。よって見惚れる始末。話を続けてと催促され、我に戻る。


「彼と会話はよくしてるんですけど、肝心なことは何も教えてくれないっていう。でも、並々ならぬ思惑はあるような気はします...」

「そう。その謎だらけのあゆみくんだけど、しっかり俺に伝わってきたよ」

「何がですか?」

「愛情。すっごく由紗ちゃんのこと大好きだよ、彼。愛の種類まではわからないけど、想いが強くてびっくりするくらいの愛を感じた」

「私のそばに四六時中いて、わりとなんでもお見通しで、会話の中から善も悪も感じる掴めない彼ですが、情というか、なんだか母性にも似た感覚が生まれちゃってて」


 きっと14すべてのミッションをクリアしたのちは、あゆみくんとお別れすることになるのかもしれない。その時のことを考える度に、心が締めつけられるほど寂しい気持ちが押し寄せてくるのだ。


 あゆみくんと私の関係を、一体なんと呼ぶのだろうーーーー。


 恩人だけに留まらない、なんとなく家族に似た存在なのは間違いない。はっきりと正体がわからない分、あゆみくんのことは”なんとなく”で締めくくってしまう。


 ーーーー未だに思う。あなたは誰?



「多分あゆみくんのこと、言っちゃいけなかったんじゃない?」

「あ...そうだったっけ...?」



「そうだよ...」



 突如登場したあゆみくんは、物忘れの激しい私のとぼけた発言を、低音ボイスという名のイケボで肯定した。ギクッと肩が跳ねた。


(あゆみさまっ!何卒穏便なご対処をお願いします!!)


「調子いいなぁ...。ま、いいや。俺志希さんのこと好きだから、契約違反なことしたって良好な対処はできるよ。あー、でもこの場合はセーフだなぁ。だって由紗さんからバラしたんじゃなくて、霊感の強い志希さんだからこそ気付いたわけだから」


 あゆみくんが物わかりいいのは、単純に志希先輩好きが高じたからってだけではなく、正当な判断だった。


 だけど、なぜ好きなの?かっこいいから?性格が好きだから?それとも体の相性がいいから?(あ、卑猥な表現...!もとい、憑依の対象として体的にしっくりきちゃった?)


「今もしかして、あゆみくんと心の対話してる?」

「あ、はい。すみません、放ったらかしで...」

「いいよ。きっと海のことも放ったらかしにしてたんでしょ」

「はい...。あゆみくんには振り回されっぱなしなもんで...」


 志希先輩はふーんと言ったっきり、数秒間黙して語らなかった。その間私は、美しい志希先輩の顔を拝んだ。


「そっか。俺わかったかも。あゆみくんは由紗ちゃんに膨大な愛情を抱いているわけだから、決して困らせるために振り回してるんじゃなくて、由紗ちゃんのために必死になってるってことじゃない?」

「なぜそう思ったんですか?」

「取り憑かれて感じたんだけど、彼は悪意を持って人に感情をぶつけて嘲笑うなんてこと、できないはずだから」

「彼が私の元にやって来たのは善意だと思ったんですが、最近はどうも言動が怪しくて...。悪い子じゃないとは思いますが、引っかかるところもあって...。ていうか、志希先輩...もはや霊能力者なのでは?」


 志希先輩はハハッと爽やかに笑った。


「霊能力者になれるくらい幽霊の感情が伝わってくるから、正直困ってるんだ。でもさっき由紗ちゃん、あゆみくんは姿を見せないって言ってたけど、実は俺にもなんだ。幽霊にしては姿を透視できないんだよね。きっと姿を見せたくないという念が強すぎるんだと思う」


 ここで冷静なる低音ボイスが耳を擽った。


「だからさぁ、俺の姿を見せたらあんたらを混乱させちゃうんだってば」


 あゆみくんは何度もそう言うけれど、あゆみくんのことについて志希先輩と話をした今だから、なんとなくわかる。


 あゆみくんは、常に私の幸せを願ってくれている。そんなあゆみくんだからこそ、どんなに酷いことを言われても、きっとそこには愛情があってこそなのだと。


 私が君藤先輩に執着するように、あゆみくんも私に執着しているのだろう。だけと間違いなく愛情の種類は、恋愛ではなさそうだ。


(じゃあ...友情?家族愛?きっと限りなくそれらに近い気はする。)


「この世の者じゃない姿を見せて怖がらせたくないんじゃないかな。要するにあゆみくんは、人を思いやることができるんだよ」


 ”霊能力者”志希先輩から”謎男子”あゆみくんについて、お墨付きをいただいた。


「志希先輩、なんか、いろいろと…ありがとうございます!気持ちが楽になりました。もうそろそろ家付近なので、この辺で大丈夫です」

「そっか。じゃ、また何か困った事とかあったらいつでも相談にのるから言ってね。あゆみくんによろしく」


 爽やかに立ち去る志希先輩を見つめ、不思議な感覚に陥っていた。まさか誰かとあゆみくんの話ができるなんて信じられなかった。あゆみくんに情が移っている分、霊感の強い志希先輩に、あゆみくんのことを理解してもらえたことがとても嬉しかった。


 昼間と打って変わって、夕方は夕日に照らされていても、やや風が吹いていて肌寒い。再び残り短い帰路を急ぐ。


(あゆみくんって、人を思いやれるいい子なんだね。好きな志希先輩から褒められてよかったね!あゆみくん)



「俺...褒められちゃダメなのに......」



 え。それは一体なぜ?


 そういえばあゆみくんは、以前にも同じようなことを言っていた。あゆみくんが他人の体を借りてではなく、あゆみくん自身の体でダンスを踊ってほしいと私が願った時のこと。



『もう無理なんだ。俺なんて...そんなこと願ってもらっちゃ...ダメなんだ』ーーーー



 ”俺なんて”というフレーズが気になった。


 その時も今回も、どうしてそんなにも自分を卑下するのかを知りたい。今はそのわけを話さないだろうから、時が来るまで待つことにする。


 あゆみくんへの謎は、深まるばかり。


 私の恋を成就させるべく、結構過酷なミッション遂行を指示したかと思えば、君藤先輩以外の人を勧めてきたり…。本性が1ミリも掴めず、私を精神的且つ肉体的にも振り回す罪深い元人間だと思うわけです...。


 だけど根っからの性格は、なんだかんだ言って私の幸せを願ってくれるし、心優しい元人間だと思うのです。でも。


「本当のところ、君藤先輩と私が上手くいくとさ、機嫌悪くなるじゃない?私が不幸になるって思ってる節があるよね?あゆみくん。それがわからないところなんだよねぇ...。なぜ?」


 あからさまな質問をしてみたところで。


「では質問です」


 逆に質問をされる始末...。


「いやいやあゆみくん...。今の私の疑問に質問で返すんじゃなくてさ、答えもしくはヒントをくださいな!」


 するとあっさりと。


「わかった」


 と言い、承諾してくれたから期待していたのだが。


「由紗さんはさ、自分が存在することで大切な人が破滅するって知ったら、どうやってそれを阻止したらいいと思う?」


 やや高度な質問を返されたものだから、厄介にも程がある。それは、切迫した事実に基づく質問なのか、ある興味からくる質問なのか。


 だけど、声色がふざけていたり、おちゃらけてはいない。だから私は、真剣にその質問に答えようと思う。


 ”破滅を阻止”って、一体どんな世界なのだろう。仮想世界だとすると、ゲームの世界の可能性もあるわけで。いや、やっぱりそれはなさそうだ。


 真剣に。真剣に答えようーーーー。


「うーん...。漠然とした世界だからピンとこないけど、大切な人が破滅するっていう確証があるのなら、私はなんとしてでもそうならないように命をかけて阻止すると思う」


「由紗さんも命...かけるでしょ?」

「もちろん!!」


 ということは、あゆみくんも命かけてるってことなのかな。とは言っても、そもそもすでにあゆみくんの命はこの世にはないのなら...。


 私の大切な人はーーーー両親はもちろんのことだが、やはり君藤先輩だ。色ボケの私ゆえに、命を捧げて守りたい人だと声を大にして言える。


「私の大切な人が、自分の存在のせいで破滅するなんて...耐えられないよ。あゆみくんも命かけてるの?」


「まあね。...だから俺は、由紗にミッションを課せたんだよ」


(......え?)


 ちょうど家に到着し、あゆみくんと落ち着いて話をすべく2階の自室へと急いだ。


「手洗いしてないよ」

「あとでする。今日はまだママが帰ってきてないから怒られないし。そんなことより、恋愛成就させるためだと偽善者ぶって私に近づいたけど、本当は大切な人の破滅を阻止するためのミッションだったってことなの?」


「偽善者かぁ。そういう解釈は仕方ないけど、正直その言い方は癇に障るなぁ。救世主って言ってもらいたいとこだけどね」

「よ。救世主」

「棒読みだな。心ここに在らずって感じする」


 あゆみくんが私の救世主だとすると、過酷なミッションを課せた本当の理由がわからない。頭が混乱しつつも、脳をフル活用させてみる。


 あゆみくんは私の幸せを願ってミッションを課せたということは嘘じゃないとする。そのことから、あゆみくんの大切な人が私だとする。私はあゆみくんのことを知らなかったけれど、どこかで出会っていて、知らない間に恩人的な存在になっていたのだろうか。


 本当に私があゆみくんの大切な人だとすると、それならなぜ私がミッション実行者に選ばれ、私の破滅を阻止するために、私自身がミッションを実行しなければならなかったのだろう。あゆみくんの肉体はもうこの世にないから、自分じゃ守れない。だから自分の身は自分で守れということなのだろうか。


 私の愛する君藤先輩を巻き込んでまで遂行させた数々のミッションは、すべてクリアしたのち、どのように幸せな未来をもたらせてくれるのだろうか......ーーーー。



「きっと深刻に考えたところで、答えには辿りつかないよ。由紗」



 咄嗟に私の名前を呼び捨てにしたってことは、余裕のない心情の表れなのかもしれない。


「なんかすごくもどかしいなぁ。真実がわからずミッションを遂行するなんて、モチベーションが上がらないよ...」


「これだけは言っとくよ。すべて、由紗さんの未来のためなんだ。余計なことは考えず、残りのミッションをクリアすることに専念しなよ」


 あゆみくんの発言を基に、あゆみくんがひた隠す”真実”を解明することは不可能だと感じた。


「でも...君藤先輩との恋が成就しなかったら...」

「何度何度も言ってんじゃん。すべては由紗さんの幸せな未来のためだって」


 君藤先輩との恋愛成就にこだわる私は、なぜか君藤先輩を忌み嫌っているあゆみくんに対し、不満を抱くのは当然の流れなのだ。しかし、情というものが邪魔をし、憎みきれないから厄介だ。


 今までの君藤先輩絡みの過酷なミッションは、運良くすべてクリアしているが、逆に失敗した場合こそが、幸せをもたらすとでも言いたいのではないか。


 ーーーーこれ以上はもう、考えるのをやめることにした。


 癪だけれど、今さらミッションを遂行しないなんてことはできっこない。とりあえずでも、ミッションは最後までまっとうしよう。



「で、由紗さん。ホニャララは何を考えたの?」

「どうしよう...」

「諦めてもいいんだよ。そんなにやる気がないんならね」

「意地悪なこと言うよね...。あーあ、家に帰ってきちゃったし、どうするかなぁ...」


 ベッドに寝っ転がり、天井を見つめた。


 君藤先輩、今頃何してるのかな。...って、考えるだけ野暮か。今頃は彼女と...。あぁ、悩ましい下着姿の彼女さんが脳裏に...。エロい妄想が、あることを思い出させた。



「あーっ!」

「うるさいよ、由紗さん...」

「やってしまったよ...。あゆみくん...」

「何を?」

「下着!選ぶんだったのに〜!!」


「......は!?」

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