ミッション10:君藤先輩に✕✕せよ!!
♪〜キーンコーンカーンコーン〜♪
1時限目終了のチャイムが鳴ってから数分後、保健室に私の保護者っぽく現れた莉茉。
「早穂先生うちのすってんころりん娘が大変ご面倒をおかけしました〜。連れて帰ります〜」
「そうしてもらえると助かります〜。色ボケ少女は手に負えませんので〜」
養護教諭の早穂先生に、色ボケを晒してしまっていたなんて...。嗚呼不覚!!
丁重にお礼を述べたあと、私はその足でまだグラウンドにいるかもしれない君藤先輩の姿を探し求めた。莉茉を道づれに...。
「足、大丈夫そうだね。猛ダッシュできたからね、今あんた...」
「ええ。そうですとも!君藤先輩に会いたい一心で駆けったら案外楽勝だったわー...。けど、あの中に君藤先輩いなさそうじゃない?」
グラウンドにはまだ数人男子が残っていて、その中にはもうすでに君藤先輩と志希先輩の姿はなかった。
「残念だったなぁ〜...。着替えなきゃなんないし、もう教室戻ろう。付き合ってくれてサンキュー!莉茉」
トボトボと体育館脇の通路を経由して教室に向かおうとした時だった。
「あっ、由紗ちゃんだ」
志希先輩を発見!志希先輩だけを。
「こんにちは。あの...」
「海はね、あー...そのぉ......」
志希先輩はらしくなく目を泳がせるものだから、私はただならぬ不安を覚えた。
「あっ!いた...」
そう叫んだ莉茉の視線の先を追った。
体育館入口付近で、男子が女子の肩を抱き寄せているではないですか。まさにラブラブカップル!
莉茉はあの彼を君藤先輩だと思って凝視している。
「莉茉ぁ〜、あの彼を君藤先輩と見間違えるなんて...」
私の知っている絶世の美男子君藤先輩は、女嫌いで有名で、”観賞専門イケメン”のはずだ。だから勝手に安心していた。だから大いに油断してしまった。
あの彼女らしき人物の肩を抱き寄せている彼はどう見ても、
君藤先輩だったーーーー。
なのに、人違いだと自分に思い込ませた。そうでもしないと平常心を保てなかった。
果たして、これは現実??
パチンッーーー
自分の頬を容赦なくぶってみた。
痛い。泣きそう。
これはもう受け入れるしかない現実で、胸の苦しみから逃れられないと痛感した。
もういい。もういっそのこと壊れてしまおう。
「...ええぇぇぇぇーーーっ!!莉茉正解!君藤先輩であってるやん!!!」
下手な関西弁が繰り出す始末。あまりのショックにふらつき、その場にしりもちをついた。
「...あーあ。ショックでいろいろやられてますやん...」
莉茉の下手な関西弁を右から左へ受け流す。
”カップル”が私を見た。
君藤先輩は私を見ても、あっという口の形を作っただけで、女子の肩から手を離すことはなかった。
(カノジョ、カクテイ......?)
「由紗、こんな時に悪い。もうタイムリミットだわ。戻ろ」
「...うん」
志希先輩と別れ際、先輩は深刻そうな顔をし、私をなだめるようにこう言った。
「あのね、由紗ちゃん。これには深いわけがあるんだ。だからまた話そう」
「深いわけ?私に彼女の存在を隠してた深いわけですか...。それわかりますよ、私。一方的に君藤先輩のことが大好きな私に彼女がいることを知らせてしまえば、私が何をしでかすかわからないから、彼女と隠れて逢引していた。というわけですよね」
「え?いや、それはーーー」
「すみません志希先輩!頭冷やします...。莉茉、行こう」
私の耳は、今現在誰の言葉も受けつけない。決して志希先輩は悪くないけれど、少々困らせてしまった自覚はある。だから自分に嫌気がさすのだ。
私の心情をなんとなく察してくれた莉茉は、休み時間も昼休憩も、ただただ静かに私のそばに寄り添ってくれた。そして、遅れて登校してきたスーミンも然り。めずらしく落ち込んだ様子の私を気遣える二人の友には感謝しかない。
昨日救世主(キューピット)と化し、粋な計らいで私に幸せをもたらしてくれたスーミンには、なぜ私が今このような状況に陥っているのか不思議でならないだろう。
仲のいい友人の存在だけが、今の私を癒してくれている。
**
立ち入り禁止の屋上ーーーー
2時限目の授業をさぼったイケメン二人が天を仰ぎ、寝そべっている。
「なんでお前までここにいんだよ...」
と、イケメンの片割れに呆れ顔を向ける君藤。
「ほっとけなくてさ」
ぼそっと控えめに呟く志希。
「キモ...」
再び天を仰ぐ二人。
「海はほんと、不器用にしか立ち回れないよな」
「ほっとけよ。ちょうどよかった。あいつ、これで俺を諦めれるんじゃねぇの」
「本当に諦めてほしい?」
志希が真剣な表情で自分を凝視するものだから、君藤は顔を逸らし、瞼を閉じた。
「...お前だけには白状するけど......俺あいつのこと、すっげぇ好きだよ」
その素直な告白に、志希は耳を疑った。
「うっわぁ〜。お前本当に海なの?けど、素直でよろしい!」
ややテンションが高い志希の反応が可笑しくて、思わずハハッと笑みを零す君藤。
「生まれて初めて母性を感じない異性を性的に好きになったからーーー」
「いや言い方...」
「多分...いや、絶対いろいろやりすぎたし、困らせたりしたと思う。でも、両想いになって付き合ってめでたしってことが、幸せだとは限らないんだよな」
「考えすぎんなよ。もっと気楽でいいんーーー」
「いいなんて思えない」
君藤はすぐさま志希が言おうとしていた言葉を察知し、それを否定した。そして言葉を続ける。
「危険な目に二度もあわせた責任の方がデカくて、もうあいつを俺に近寄らせることなんてできねぇって思ってても、無性に顔が見たくなる。...勝手だよな。二度も振っといて」
「すっげぇ好きなのに...両想いなのに...それって二人とも報われないんじゃない?」
「あいつの体が傷つかずに平和なら、俺は報われるけど?」
「そっか。まさか俺の想像以上に相当愛してるとはな。由紗ちゃんのこと」
触れられたくなかった核心に触れた志希を、君藤は唇を噛んで睨みつける。
志希はむくっと起き上がり、君藤を見下ろした。ただならぬ空気を感じ、君藤も起き上がり、志希と向き合った。
「今朝のことなんだけどさ。ほら、由紗ちゃんのことを由紗って呼び捨てしてるのかって聞いてきたでしょ?海」
「...うん」
「俺も白状するけどさ、あれ、俺の発言じゃないんだ」
普通じゃありえないその発言に、首を傾げるしかない君藤。
「確かにお前が呼び捨てしてたのに...。え...?さっぱり意味わかんねぇけど?」
「驚くかもしれないけど俺の体、誰かに乗り移られたことが何度かあったんだ」
本当にさっぱり意味わかんねぇ状態の君藤は、もはやお手上げ状態。
「......ん?」
「だから、少しの間記憶が途絶えてたことが何度かあったんだ」
「まさか...幽霊に?」
「そう。内緒にしてたけど俺、霊感がめちゃくちゃ強くてさ、実は今までも何度かこんな経験があったんだ。だから今回も霊が俺に取り憑いて、利用したんだと思う。まぁ、なんかいつもの憑依とは違う気もするんだけどねぇ…」
「お前、なんでそんなにも淡々と話せるわけ?」
「知ってて協力しようと思えたから」
「協力?」
「そう。俺に由紗ちゃんのことを”由紗”と呼び捨てにさせたのは、その霊が俺に取り憑いたせい。その霊の由紗ちゃんに対する並々ならぬ熱意や愛情の深さが一瞬で伝わってきたから、俺は快く体を貸してあげたってわけ。あと、深刻な苦しみと悲しみもね」
「苦しみと悲しみ?その霊の正体に心当たりはないの?」
「まったくないけど、男なのは確かだよ」
「男!?」
「まさか海、幽霊にまで嫉妬してる?」
一瞬宙を舞った君藤の視線は、またすぐに志希へと着地した。
「...男の霊が、あいつに対して深い愛と苦悩を抱いてるっていうのは、あまりにも危険すぎねぇ?」
「そうだね。本当に並々ならない、強い念だったからね。だけど不思議と生活背景は見えなかったけどね」
「生活背景?」
「フラッシュバックみたいな感じでその霊の生前なのか、生活背景がところどころ見えるんだけどね」
「お前特殊すぎて心配するわー」
「サンキュー。でも慣れてる」
「...ひょっとして、公園であいつがお前に抱きついてた時って、そいつに乗り移られてた?」
「あ、そこ気付いたんだ。うん。そうだよ。あの時乗り移られてた。で、多分由紗ちゃんもそのことに気付いてたと思う。だってさ、あの子が海以外のこの世の男に抱きつくなんてありえないじゃん。でも、気を許した幽霊にならその程度は許せるんじゃない?」
君藤は片手で頭を抱え、深いため息をついた。
「ハァ〜...マジかぁ...。幽霊に嫉妬するなんて...俺やっぱヤバいよな」
「相手が幽霊だからこそヤバいんじゃない?」
「それどういう意味?」
「どんな形の愛情かはわからないけど、由紗ちゃんを意のままに操れるかもしれない」
「俺の運を使い果たしてもいいから、一生あいつが平和に暮らせるようになんねぇかなぁ...」
ボソボソと本心を吐露した君藤は、小さくため息をついた。
「海。やっぱお前の愛し方は間違ってるよ。自分の運を使い果たしてまで守りたい女なのに振るなんて、ただの自己犠牲だと思うけど?」
「は?」
志希は力いっぱいに君藤の肩を叩いた。
「好きなら好きって素直に伝えることが、理屈抜きで相手を一番幸せにすることなんだよ。自分の感情を押し殺すなんて、あまりにも自分がかわいそすぎじゃん」
君藤は真剣に助言をする親友を軽く嘲笑った。
「志希の真剣な顔、マジウケるわー」
志希は揶揄する君藤の心情をちゃんと理解しているようで。
「え、何それ。からかってはぐらかそうとしても、その策略にははまらないよ?」
「志希。俺を理解して労わってくれてるのはありがたいんだけど、俺の幸せは俺自身が決めるから」
志希は君藤の肩に置きっぱなしの手を離し、君藤と顔を突き合わせた。
「普段ほぼ無表情だった海が、最近は今までになく困ったり、イライラしたり、感情が豊かで、表情がコロコロ変わるようになっててさ。こんなにも海に影響を及ぼした由紗ちゃんの存在の偉大さと、海の成長に感動してたんだ。これって兄心に似てるかも」
「そうなんだ。優しいな」
「だろ。俺って常にそっち系のキャラだからな」
「そうだっけ」
「...とにかく、由紗ちゃんとのあの衝撃的な出会いは、少女漫画や恋愛ドラマでよくある”運命の出会い”ってやつなんだよ。海、本当にお前、人間的な魅力増したよなぁ」
思いもよらないお褒めの言葉に、君藤はくすぐったい気持ちになった。仏頂面が常な君藤だが、心を許す志希だけに見せる顔がそこにあった。
「ははっ。すっげぇうざいんだけど」
君藤の緩んだ顔は大変貴重だったため、志希はたまらずニヤけた。
「うわ〜、それそれ!その反応が見たかったんだよ俺!得体の知れない幽霊に協力して憑依させたり、海と由紗ちゃんのために頑張った甲斐があったわー!」
「マジ変なやつ」
そう言って静かに微笑み、俯く君藤を案じる志希は、それでも君藤に伝えないといけないことがもう一つあることに気付く。
「俺、気になったことがあって...。ちょっと前、由紗ちゃんに俺が記憶がなくなった時のことを言って反応をうかがったんだけどさ。彼女、少し動揺したあと、話を適当にごまかしたんだ」
「...ごまかした?」
「そう。なぜごまかす必要があったのかなぁって。例えば誰かに話すと悪いことが起こる...とか?」
「もしそういう理由があるとすれば、俺がその事を詮索して、あいつが話すかどうか...。俺思うんだけどさ、きっとその霊は、志希に取り憑かなきゃいけない理由があったんだろうな」
「取り憑く理由、ねぇ」
「確か最初は遊園地に行った時だったよな。本当あの日は途中から志希感なかったからな。志希が俺に『記憶がなかった』って訴える前、つまり、取り憑かれてる最中の志希は志希らしくなかったんだ」
「ありえなさすぎた?」
「まさにそれ。俺のことを普段”海”って呼ぶくせに、”海李”ってだいぶテンション高めに呼ぶし。それに、今思えばだけど、どことなく俺への挑発めいた感情を隠して平常を装ってたような気がするんだ」
「姿なき、タチの悪い恋敵なんじゃない?」
「そう思うよな。やっぱ危険因子かも...」
「生きてる人間を操る霊こそ最強の相手で、恐ろしい敵なんじゃない?」
「...」
「海。愛するゆえの悲恋で、本当に由紗ちゃんを守れると思う?」
「...」
「あ〜もうっ!大いに悩め、若人よ。でも断言させてもらうけど、俺はやっぱりお前の自己満足な愛し方じゃ、由紗ちゃんを守れないと思うわー」
最後に念を押した志希は、小春日和の優しい日差しに照らされ、屋上をあとにした。
「…自分も若人じゃん」
君藤は屋上の柵に両手で頬杖をつき、去った志希へ声なく心中を吐露した。
(志希。もうとっくに俺は報われてるんだ。長年の俺の屈折した母性愛は、あいつの純粋な直球すぎる愛によって、もうすでに浄化されたからな。それだけでもう十分だと思ったんだ。だからあいつが俺と無縁になれば守れると思った。でも志希が言うように、俺があいつのそばを離れたところで、実際あいつを守れないとしたら意味がない。...俺はどうすれば...。)
揺るがなかった強い決意は、果たして本当に最良の結果をもたらすのか自問自答する君藤。
心の叫びは、誰の耳にも届かないーーーー。
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