ミッション10:君藤先輩に✕✕せよ!!
昨日は結局家に帰ったらすぐに風呂に入り、疲れがピークに達していたために即就寝。よって、スーミンにお礼を言い忘れてしまった。
スーミンは昨日、ストーカー恵瑠くんの暴君を阻止すべく、君藤先輩に助けを依頼。よって間接的に私の純潔を守ってくれた。
『安心しな。俺はユーミンの救世主だからね』ーーーー
私がピンチの時に救ってくれたあの魔法の言葉。余裕があり、自信が漲っていた。
即有言実行を果たしたスーミンのことを、私は一生大切にしようと心に誓った。
スーミンは私の救世主ーーー。
朝起きて、即SNSにて感謝の言葉を述べた。スーミンから秒で返ってきた言葉。それは。
【よくよく考えたら救世主よりもキューピットの方が横文字でかっこいいと思って、君藤先輩のもとに走った結果だよ】
さすがです。
意表を突く返答こそ、スーミンあるあるってやつで。
ところでスーミンは今日、ものもらいが悪化したため、眼科に寄ってからの登校になるらしい。悪化させちゃった責任を感じる...。私の謝罪文に、スーミンからおかしな文面が返られてきたから笑えた。
【昨日ユーミンにムリさせられたからなー。謙虚なユーミンのせいにして、パンケーキでも奢ってもらっちゃおーっと!※これは心の声です】
ここは喜んで奢りましょうとも!!
謝罪と感謝の意を込めてーーーー。
**
今日はいつもと違う、とても珍しい朝を迎えている。
場所は学校の下駄箱ーーーー
「由紗、よそ見せず教室に向かいなよ!」
さかのぼること、15分前ーーー。
登校中から私が歩くすぐ後ろに違和感を感じていた。なぜなら、距離を取らずに私のすぐ後ろに接近。学校まで急かされながらというか、追い立てられながらというか。とにかく、屈辱を感じながらの登校だったのだから。
なぜか、高山志希先輩にーーーー。
いや、正確に言えば、志希先輩にではない。志希先輩の体を一時的に乗っ取り、 波風を立てさせるプチ常習犯こと、あゆみくんにーーーー。
そして、下駄箱に着いた瞬間、私に圧をかけてきた。
よそ見せずに教室に行けだなんて...。すぐ隣の2年生の下駄箱には、君藤先輩がいるっていうのに、なんの権利があって私の行動を制限するのだろう。
登校中、志希先輩の後ろには、私が愛してやまない君藤先輩がいたというのに。つまり、先頭から私、志希先輩、少し距離を置いた君藤先輩の順に連なって登校していたというわけだ。
なのに、私の君藤先輩への好意を承知済みの志希先輩(あゆみくん)はあの時、私に距離的に急接近し、圧を与え余裕をなくさせ、学校へと早急に向かわせたのだ。
ーーーー恋のキューピットであるはずのあゆみくんが、なぜ私と君藤先輩の仲を邪魔するようなことばかりしてしまうのだろう。
ローファーを下駄箱に置き、上履きに履き替え、志希先輩に憑依した君に向かって心の中で叫んだ。
(あゆみくん、もうそろそろ志希先輩を解放してあげてよね!悪ふざけはそこまでだよ、まったくもう!登校中のお楽しみ、”君藤先輩観察”ができなかったじゃん。最悪なんですけどー...。)
(うるさいなー。)
(うるさいとは何よ...。あゆみくんお願い。今すぐ私のところに戻ってきて!多分今なら君藤先輩のそばでフラつくだけで済むと思う。だからほら、チャイムが鳴る前に志希先輩の体を解放してあげて! )
あとのことはあゆみくんに託し、後ろ髪を引かれる思いで教室へと急いで向かう。
その後、私の後方から私に向けて叫ばれた言葉。それはーーーー。
「由紗。よそ見せず教室に向かいなよ!」
なんでここで呼び捨てなのでしょう。そんなにも余裕がないのだろうか。
そして、その声は君の声ではなく、志希先輩の声だった。つまり、心の声(あゆみくんの声)ではなく、憑依したあゆみくんが志希先輩の声帯を震わせ、志希先輩の声を発したのだ。周囲の生徒が何事かと一瞬ザワついた。
申し訳ないけれどあゆみくん。私がよそ見せずにはいられないことをわかっているでしょうに。
志希先輩(あゆみくん)の忠告を無視し、振り返るとーーーー
志希先輩(あゆみくん)はすでに君藤先輩に寄りかかり、意識を手放していた。
「うわっ、おい志希!お前大丈夫か?」
憑依された志希先輩の異常時に、倒れて頭を打ちつけないよう咄嗟に頭を抱き抱え、真摯に対応する君藤先輩。
意外と素直に私の願いを聞き入れ、志希先輩の体を解放したあゆみくん。
こんな状況でも君藤先輩に見惚れて立ち尽くす私は、言うまでもなく、遅刻してしまうのでした...。
**
少しだけ遅刻した朝のHRが終わり。
「おーい、遅刻少女!」
「うるさいよ、莉茉...。君藤先輩に見惚れて遅刻して何が悪いのさ」
「あぁ、そういういきさつなわけね。うん。悪くない、悪くない」
遅刻した挙句、開き直るタチの悪い私を宥める私より大人な莉茉。
「おっと時間がないよ、色ボケ由紗ちゃん。早く着替えなきゃ!」
1時限目は体育。今日はグラウンドで持久走なのだが、なぜか今日はツイているらしい。
この展開、いつもじゃありえないのだからーーーー。
1年のうちのクラスと、なんと2年の君藤先輩のクラスが合同で体育の授業をするのだ。
本来なら2年生は体育館でバスケットボールの授業なのだが、体育館の床一部の補修工事をするため、今日は体育館を使用できないらしい。よって、2年生はやむを得ず、グラウンドを下級生と共用する運びとなったのだ。
朝イチから君藤先輩に会えたものの、誰かさんの思惑によって、顔を合わすことができなかった。そのリベンジチャンスがすぐさま訪れるだなんて、夢なんじゃないかと有頂天になる。
「ねぇ、由紗。さっき教えてくれた話なんだけどさぁ」
頭の中がお花畑中の私は、莉茉の声によって現実に引き戻された。
「え?あ、うん。昨日の出来事だよね」
「そう。ストーカーくん、えーと...恵瑠くんだっけ。その彼んちから帰る道中、君藤先輩と何か話さなかったわけ?」
「...あれ?どうだったっけ...」
恵瑠くんの家の外に出ると、君藤先輩の義理パパさんが車に待機してくれていた。あのあと君藤先輩と車の後部座席に座り、家まで送ってもらって...。
(あっ...!そういえば。私は家までの道中に眠ってしまってたんだ...。そして家に着いて起こしてもらった時、私の頭は君藤先輩の肩に預けられていたのか強引に預けてしまったのか...とにかく!そう!私と君藤先輩の距離は0cmだったはず!!)
「あーっ!」
「なになにあんたはもうっ!マジうるさいから!それに、鼻息急に荒らげてキモいんですけどぉー」
莉茉は眉間を寄せて疎ましそうな顔を向けてくる。昨日の別れ際の記憶が鮮明ではないことに今更ながら気付く。だから、もう一度頭の中で別れ際を振り返る。
私の頭を肩に乗せた君藤先輩が、冷たい声で『おい...』と強弱をつけながら何度も私に向かって言い続けていたような...。ようやく目覚めた私は自分がおかれている状況に驚き、咄嗟に君藤先輩の肩から飛び起きた挙句、ドアに頭をぶつけるという一幕があったような...。そして別れ際、義理パパさんと君藤先輩にお礼を言い、車の外で深々と礼をしたあと、窓越しに、近づいた君藤先輩から何かを言われたような......。
『お前、ーーーーー』
(マッ、マジなの??嘘でしょ!?やっぱり肝心な部分を覚えちゃいない...。いや違う。覚えてないんじゃなくて、タイミング悪くバイクが通りかかったから騒音で肝心なところが聞こえなかったんだ!)
「なんて言ったんだろう。あの時...」
莉茉は私の言葉の意味を理解したらしく。
「私は豊臣秀吉派だな」
「豊臣秀吉...??」
まったくもって理解に苦しむ発言に、私は首を傾げ、回答を待つ。
莉茉の”なんちゃって歴女っぷり”が、妙に板についていた。
「そう。秀吉の”鳴かぬなら鳴かせてみせようホトトギス”ならぬ、”言わぬなら言わせてみせよう君藤海李”だよ!」
「へ...?」
「アホ面ヤバ。だから、不可能を可能にするって意味だよ!!一度言った言葉はもう二度と言わないのが普通なのよ。でもさ、君藤先輩があんたに向けて言った言葉なら、あんたにだけもう一回くらい聞けるチャンスがあるかもしれないじゃない?ま、実現させるためにはあんたの努力が必要だけどね」
私に向かってかっこよくウィンクをし、ご機嫌気味に柔軟体操に参加し始めた莉茉。
”言うべきことは言った。あとはあんた次第だよ!”ってことなのだろう。
(でも...君藤先輩があの時言った言葉を、どうやってまた聞けばいいのだろうか...。私がどう努力すればいいって言うの!?”言わぬなら言わせてみせよう君藤海李”かぁ...。)
ため息をつき、適当に視線を向けた先には、柔軟体操中の君藤先輩の姿があった。持久走への意気込みが伺い知れるキリッとした表情は、たまらなくそそられる。(ムッツリ女、鼻の下を伸ばすの巻。)
本日二度目の見惚れモードです。
まず先に男子が持久走を終え、いよいよ女子の番。気合いの入った体育教師の『ヨーイ、スタート!!』の声を合図に走り出した女子たち。
ここで事件勃発ーーーー!!
持久走の初っ端ですってんころりんしてしまった私。膝を擦りむき、保健室へ直行するという運に見放された展開を迎えた。
(.........嘘でしょ...!?!せっかく君藤先輩の汗にまみれた艶やかで神々しい姿を長時間拝めると思ったのにィーーーーっ!!)
**
「はーい!じゃあ男子はグラウンドの隅に集まれ〜!」
やはり一人気合いの入った体育教師に促され、男子たちは肩で息をしながらグラウンドの隅にぞろぞろと寄った。
男子の持久走が終了後、すぐに女子の持久走が始まったため、男子は倒れ込むほどのしんどさのあまり、女子たちに目を向ける者はほぼ皆無だった。
ようやく体力が回復した頃には、残りの時間を各々自由に過ごしていた。
「海李、由紗ちゃんいなくない?」
「さあなんでかな。なあ、やっぱお前体育見学した方が良くねぇ?さっき気を失って倒れたのに持久走は無謀だろ」
「マジしつこいって。さっきから大丈夫だって言ってんじゃん。なんで倒れたか理由わかってるし」
「理由って、体調が悪いからじゃねぇの?」
「さあねー」
君藤は他に倒れる理由を考えた。だが体調不良しか思い浮かばなかった。
「ところで志希、ちょっと聞きたいことがあるんだけどさ...」
返答をはぐらかした志希に違和感を感じはしたが、それより何より、一番気になったことを聞くことにした。
「ん?何?めずらしいじゃん。海が俺に質問なんて。なんでも聞いて」
君藤の顔は真剣そのもので、つられて志希も顔をやや引きしめた。
「志希、お前...いつからあいつのこと、由紗って呼び捨てしてんの?」
「あら?何それ、嫉妬?」
「違う。ただいつもと違うことに敏感なだけ」
”いつもと違うこと”ーーーー
志希は普段由紗のことを”由紗ちゃん”と呼ぶ。決して”由紗”と呼び捨てはしない。
君藤の嫉妬ではないという返答は、本心ではないと察した志希。
「海、お前さぁ、なんであの子をわがままに振り回しちゃうの?」
「俺がわがままに振り回す?ちょっと待てよ。それは逆だろ。俺がいつもあいつに振り回されてんだよ」
「うわー、無自覚かよ...」
「...?」
「嘘...。海マジ?」
「......ん?」
外見的推測で言うと、その気になれば当然モテ男で、決して女に困るはずのないリア充に簡単になれてしまう逸材であろう君藤。しかし現実問題、恋愛をこじらせている君藤の未来を案じる志希は、途方に暮れるしかなかった。
**
体育の持久走ですってんころりんと派手に転げてしまった私は、保健室で擦りむいた膝小僧を手当てしてもらった。早々みんなと合流しようと思えばできたのに、そうしなかったのは私のエゴのせい。
『先生、なんか胸が苦しいです。胸を打ちつけてしまいました』
そんなことを訴えれば、ベッドへと直行コースなのはなんとなくわかっていたから即実行。
ベッドの布団からひょこっと顔だけを出し、グラウンドでサラサラヘアーを乱して走る君藤先輩の姿を拝んでは、ゴロンゴロンと左右に悶え転がる乙女の至福時間。最高です。憧れてました。だからケガをしたことをいいことに、即実行に移した行動力。我ながら思い切ったものだと呆れ返る始末...。
「あっ!すっかり忘れてた。今回のミッション、君藤先輩とホニャララせよ!だったよね......」
こんな時に肝心なことを思い出せてよかったのやら、悪かったのやら...。
案の定、私はパニくるしかなかった。
君藤先輩とホニャララって!!!
今朝は”ホニャララ”の部分を具体的に説明する気がなさそうだったあゆみくん。
『まあ、自分の思うままに大胆にいっちゃえばいいんじゃないの?』ーーーー
適当主義と化し、私を見放したのだろうか。恋愛成就を謳って私に近づいたわりには、なぜか私の恋が成就しないよう仕向けているし。何がしたいのだろう。
完全に恋の指南役、放棄してませんかーーーー?
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