ミッション9:ストーカー退治の手助けをせよ!

 ーーーー好きな人の前では瞳孔が開く


 いつだったかそんなことを聞いたことがあった。


 まさに今、私が身をもってそれを体感している。変な感覚だが、その人をよく見たいという信念ゆえに、瞳の中心がより鮮明さを求め、必死にピントを合わせようとしているような。もうとにかく瞳すらその人を欲しているのだと気付き、我ながら関心すらしてしまうのです。



 しばらく佇んでいた君藤先輩は、ようやく部屋の中へとゆっくり歩みを進めた。


 恵瑠くんに飛びかかっているクルミちゃんを落ち着かせるべく、そっと床に餌らしきものを放り、恵瑠くんと対峙した。



「恵瑠。今のお前...らしくなく顔が男だぞ」



 それが第一声だった。


 恵瑠くんはどう見ても女性に間違えられてもおかしくない、しなやかさがある美人さんだけど、”顔が男”??


 普通なら、『顔が男だなんて、男なんだからあたりまえじゃん?』ってツッコんでもおかしくないところだけれど...。本当に恵瑠くんは誰が見ても女性的な美貌の持ち主なのだ。よって、君藤先輩の指摘に対し、『いやいや、顔が男だなんて嘘でしょ?』と疑ってかかっても、見れば納得。恵瑠くんの顔はともすれば、”女性以上に女性的”なのだから。


「僕が男の顔ねぇ。......ねえ海李。なんでそんなにも不安そうな顔をしてるの?この子に男しか愛せない僕が手を出すとでも思った?」

「それはないって言える?」


 私は恵瑠くんの顔を覗き見た。なぜだか今の恵瑠くんの表情は、キリッとしていて隙がない。これがまさに”男の顔”なのだろう。


「...なぜかわからないんだ。女の子のハジメテを奪ってやろうだなんて...今まで一度も思ったことなんてなかったのにね...」


 じゃあキスマークは、私の初めてを奪うためのムード作りの一環だった?なんて恥ずかしいことは知らなくていい。


 ところで、なぜ君藤先輩とクルミちゃんがここに来てくれたのだろうか。


「そういえばなんで海李とクルミちゃんがここにいるわけ?」


 恵瑠くんのグットタイミングな質問に、グッドジョブ!と心の中で興奮気味に叫んだ。


 君藤先輩の視線は私に向けられた。


「学校の下駄箱で靴を取ろうとした時に、こいつの男友達が猛ダッシュで走ってきてさ、お前がこいつを連れ去ったって教えてくれた」


(...え?スーミンが!?…そういえば!)



『安心しな。俺はユーミンの救世主だからね』ーーーー



(即有言実行してくれたってわけ?なんて尊い友達なんだろう。スーミンをストーカーから救うはずが、私が救われてしまったなんて。)


「へぇ〜。だから俺のことを毛嫌いしてる天敵のクルミちゃんをわざわざ引き連れて、敵地に乗り込んだってわけねぇ」

「...」

「どうしたの?らしくなく敵地にそんな小道具持参するだなんてさ。前の血の気の多い海李じゃ考えられない。......へぇ〜、そっかぁ。余裕はなくても確実にこの子を救うために考えた策ってわけね。成長したよねぇ〜」


 キッと、恵瑠くんを睨みつける君藤先輩。


「お前深読みしすぎ。凛子が体調不良でクルミの相手してやれないから、散歩してやれって朝言われてたんだよ。だからそれ実行しただけ」

「...ふーん。猪突猛進という性質を持つブタの散歩にリードなしだなんて、無謀だね」


 ニヤけている恵瑠くん。


「何笑ってんだよ。......ああ...そうだよ。お前の勘通りなんじゃねぇの。クルミは小道具っつーか、戦力のある武器として抱いて運んできたんだよ。わざと走らせなかった。運動不足の解消として、相性の悪いお前に飛びかかって暴れるように仕向けた。それが真実だよ」

「そんなとこだと思った〜」


 君藤先輩が私を救うためにここまで来てくれたことが嬉しすぎた。



「あ、そうだ。お前を救いたい一心で汗だくで頑張った男友達からの伝言。『俺のために手助けしてくれて嬉しかった』って。...いい関係性だな」

「そうなんです!大切な友達なんです!!」

「うん。よかったな」


 柔らかな笑みを浮かべ、私を見下ろす君藤先輩に当然の如くときめき、ほっと胸を撫で下ろした。


 昨日振った相手に対し、そんな優しい表情を向けてくれるなんて、思いもしなかったから。


「はい!君藤先輩、ここまで来てくれてありがとうございます!!」

「お礼なら俺じゃなくて、男友達に言っとけ」

「はい。ありがとうございます」


(スーミン、ありがとう!!私のハジメテは守られたよ。助かった〜。)


 手助けするはずが、から回ってたにもかかわらず、お礼を言われるなんて思ってもいなかった。


(聞いた?聞いた?あゆみくん!今のスーミンからの伝言の結果、今回もミッションクリアしたってことでOKだよねっ!ねっ♪)


「...はいはい。そうですねぇー...」


 ムカつく棒読みだこと。そのあとはたまにやる、小声のぶつくさ攻撃が続いた。本当聞こえやしない、毎回...。


「スーミンさん、余計なことを...。今回は強引にミッションクリアならずってことにしてやろうと思ってたのに...。あと、由紗のハジメテを恵瑠ちゃんに奪われそうな展開に賛成してたのに...。そうなれば、先輩を諦めると思ったんだけとなあ...。本当最低なんだよ、俺は...」



 どうしてこうも私を惑わすのだろう。


 あゆみくんも恵瑠くんも。


 そして、君藤先輩もーーーー。


 昨日私を振ったくせに、スーミンからのSOSを受けてこんなにも遠くまでやってくるなんて。あのあとスーミンがすぐ君藤先輩のところに向かったとしても、君藤先輩がここに到着するまであまりにも時間がかかっていない。君藤先輩はくるみちゃんを『抱いて運んできた』って言ってたけど...。


「君藤先輩、ここまでどうやって来たんですか?」


 疑問はすぐさま聞くに限る。


「なりふり構わず猛ダッシュで。って言えたらかっこいいけど、すんげぇ楽な方法。仕事中なのに無理言って車で連れてきてもらった。義理パパに」


 率直に、”なりふり構わず猛ダッシュ”よりもかっこいいと思った。


 関係的に頼みごとを言い難いであろう義理パパさんに、しかも仕事中にコンタクト取ってまで私の元に急いで来てくれたのだと思うと、私はまた感情のまま突っ走ってしまった。



「うわっ」


「大好きです。先輩♡」



 クルミちゃんを抱きかかえる君藤先輩に、無理やり抱きついてしまった......ーーーー。



 嫌そうで嫌じゃないような、想定内な君藤先輩の反応に、クスッと笑みをこぼさずにはいられない。


 しかし、ここでまた急展開!


 なんとその直後、君藤先輩に抱きついている両腕を恵瑠くんに強引に剥がされ、半回転。そしてなぜか、恵瑠くんの胸の中に閉じ込められていた。それも、すごく大事そうにギューッと!


 それはまるで、奪い取られた大事なモノを取り返し、二度と取られないようがんじ絡めにしている様だ。


「え...!?なんで??」

「僕もわかんない...」

「俺はわかるけど」


 全てを理解しているのか、ヒントをくれたのは、意外にも君藤先輩だった。


「らしくなく男の顔をしてたのは、その感情が原因なんじゃねぇの?」


「この女を汚せば、海李とは上手くいかなくなると目論んだものの、さっきからおかしいんだ。大好きな海李を邪魔者だと感じたり、こんなちんちくりん平凡女のハジメテを、海李に奪われてたまるかって思ったり...」


「は?まさか、お前...」


 君藤先輩は、乱れたベッドシーツを凝視し、眉間にシワを寄せた。


「本当に未遂だよ。ただ押し倒しただけ。まあその前に首筋に2ヶ所キスマーク付けちゃったけどね」


 君藤先輩の虚ろな目が一転、鋭く変化した。



「......は?」


「ちょっ!」


(それを言っちゃあ潔白を主張したところで、ホワイトではなく、グレー扱いになるじゃない!)


 君藤先輩の視線は、乱れたシーツから私の首へと移行した。2ヶ所のキスマークを確認したのか、眉間のシワは更に深まり、冷酷な目を私に向けた。油断をしたバカな私を目だけで叱っているのだと感じた。



「...無性に吸い付きたくなった。こんなこと初めてで、戸惑ってるんだ」


(え?あの、それってまるで、恵瑠くんが私に対して恋愛感情を抱いてるみたいだけど...。いやいやいやいや、それは気のせい。何か思惑があるはず!)


「俺への嫉妬心が、お前にわけのわからない初めての行動へと突き進ませたんじゃねぇかなぁ」


(ウソッ!君藤先輩真に受けてるじゃん!?)



「恵瑠とは昔からの腐れ縁だから、本当か嘘かなんて簡単に見分けがつく」


 言葉を発しなくても、私の表情から心情を理解した君藤先輩。そして、驚愕のあまりフリーズしていた恵瑠くんが、瞬きを数回し、呼吸を荒げた。


「海李に嫉妬心?嘘でしょ...。信じたくない」

「それでいいよ。信じるな」

「...あー、やっぱりそっか。僕が恋する男の顔してたから、さっきあんなにも不安な顔してたんでしょ。認めなよ」

「...」

「無理やり嘘つかずにだんまりを決め込む。肯定する時の癖、変わらないね。まったく、わかりやすくてかっわいい〜♡」


 君藤先輩は茶化す恵瑠くんを一瞥したのち、私にクルミちゃんを預け、一言。


「外に義理パパが待っててくれてるから、車に乗って待ってて」


 女子全般が恋焦がれるその綺麗な美形顔が、今は私だけを見つめている。


 この瞬間は私だけのものーーーー。


 そう思い込んでもバチは当たらないでしょ。


 入室する時は恐怖に押しつぶされそうだった。だが、まさかまさかの展開を迎え、幸せすぎる余韻を残し、私は恵瑠くんの部屋をあとにした。



「はっきり言う。あいつは俺の彼女じゃない。もうこれっきり、あいつの前に現れるな」

「うん。恋のライバルとして痛めつける目的であの子の前に現れるのはもうやめる。だけど、その逆で現れるんならいいよね?」

「その逆?」

「痛めつけるのぎゃ〜くっ♡僕さ、これまでとはまったくの畑違いだからか、まだあの子を好きなのかはわかんないけど、少なくとも興味はある。触れたい、奪いたいと思うのは自由でしょ?」

「...」

「昨日と今日のことを反省して、優しくする目的なら会うのも構わないはずだよね。海李」

「...あいつは絶対にお前を好きになることはない」

「あーら、すごい自信。あいつは俺のことを一生好きでいるって?僕も海李のことを一生好きでいるよ。時々嫌いになることもあるかもしれないけどね。じゃ、名残惜しいけど下まで送るよ」



 恵瑠の宣戦布告に、心穏やかじゃない君藤は、拳を握りしめ、ただ床を見つめるしかなかったーーーー。


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