ミッション9:ストーカー退治の手助けをせよ!

「じゃあスーミンくん、由紗ちゃんは僕が送り届けるから安心して」


 嘘だ。そう言ってスーミンを安心させておいて、私に何か...痛手を負わせる気なんじゃないだろうか。


 怖い。怖すぎてこの数日恵瑠くんによるストーカー被害に遭っていたスーミンに対し、思わず”助けて”と、手を伸ばしたい衝動に駆られてしまった。


「スーミン...!!」

「...どうしたの?ユーミン」


(これは罠なの。私を痛めつける...。なんて、言えない。大好きな友人に、心配をかけるわけにはいかない。)


「いや...その...なんかいろいろとごめんね、スーミン。恵瑠先輩は悪気がなかったはずだから、どうか許してあげてね」

「......わかった。安心しな。俺はユーミンの救世主だからね」


 救世主ーーーー


 スーミンはどうして今、その言葉を使ったのだろう。


 でも、まるで子供に言い聞かせるかのようなスーミンの優しい口調に、またも胸がほっと安らぐ。


 たけど、そのあとのスーミンの目は、何か言いたげだった。その意志の強い目に、私は少々戸惑った。


 私の表情からそれを敏感に感じ取ったスーミンは、次の瞬間にはもう、優しく微笑み、


『大丈夫』


 と、発声なし、口の動き(口パク)だけで私をなだめた。



 俺はユーミンの救世主だから、何があっても安心してて大丈夫だよーーーーそう言ってくれていると解釈した。


 それだけでこの恐怖と不安しかないような現状に、希望の光を見出せるのだから。



 スーミンが去ったあと、恵瑠くんは私を迎えの車に乗せ、連れ去ったーーーー。



 **


(ねぇ、あゆみくん...これって、まだミッションクリアしてないの?)


「この状況でそれ言う?なんでそう思うの?」


(結局のところ、恵瑠くんがスーミンのストーカーをしたのって、私をおびき寄せるための作戦だったわけじゃない?もう恵瑠くんが目的を果たした時点で、必然的にミッションクリアしたことにはならないかなぁ〜って。)


「なんで?言ってる意味がわかりませーん」


 ターゲットの私を生贄にしたのだから、もうこれで恵瑠くんがスーミンに対し、ストーカー行為をすることはない。あゆみくんもそう推測していると思ったのだけど...。


(もう!さっきからなんでなんでって...。それと、全然私の身を安じてない感じが腹立つなぁ。)



「安じてるよ。もどかしくておかしくなりそうなほどに」



(......え?そんなの...そんなよくも淡々と...。あのねー、姿が見えないんだからさぁ、せめて声色で気持ちを表してよね!)


 まさかあゆみくんが私を思いやることをサラッと言うなんて、信じられない気持ちが嬉しさをほんの少しだけ上回る。


「声で表現なんてこと、俺しなーい」


 コイツ...。


 この時点で普通なら、あゆみくんへの信頼は薄れるばかりだと思う。なのに、本当は私を心配してくれているという事実を知ってしまった。そして、何度も悪態をつかれても、結局は私の味方でいてくれるはずだという、根拠のない自信が心のどこかで存在している。


 だけど、言わずもがなミッションを実行するのは自分一人だけ。


 そして、いつものようにあゆみくんの指示のもと、今回もミッションを実行している最中だったのだが、今度こそ絶体絶命。


 ミッションクリアのことばかりに焦点を当ててばかりもいられない状況に陥っている。拉致監禁罪が適応するレベルの凶悪事件へと発展する予感大なのだ。



「...ところで由紗さん。俺のイチオシのあの人が意味深発言してたじゃん。どういう意味なんだろうね、アレって」


 あゆみくんの言う”イチオシのあの人”とは、スーミンだ。



『安心しな。俺はユーミンの救世主だからね』ーーーー



 あれはどういう意味かはわからないけれど、今のこの緊迫した状況で、私に質問しないでほしい…。


 私は今、どこかへと移動中の車の中にいる。


 この居心地の悪い後部座席の隣には、恵瑠くんが長い足を組み、薄ら笑って正面を見据えている。体が強ばる。


 少しでも気持ちを落ち着かせるために、無理矢理車外の風景を見るよう努めた。


 車の中から見る外の風景ーーーー


 春が訪れたのかと錯覚してしまった昼間のポカポカ陽気とは、ガラッと変化していた。陽が差し込まないどんよりとした雲がとても印象的な、寒空と化していた。


 余計に気持ちは落ち込むばかりです。



 約20分間、困惑・恐怖心・不安感に煽られ、無情にも敵のアジトに到着した模様。いや、アジトと言うには似つかわしくない立派な門構えの閑静な豪邸に到着。


「由紗ちゃん、到着したよ」


 さっきまでの怖い表情の恵瑠くんとはうって変わり、作り笑いの猫なで声。だから恵瑠くんは信用できない。


 警戒心が強いあまり、いっそう体を強ばらせた。


 平常心。平常心ーーー。そう自分に言い聞かせ、マインドコントロールを試みた。そしてなんとか成功。(したと思い込むことにしよう!)


「ここってどこ?」


 上擦る声。(オイオイ...平常心だってば!)


「僕んち。豪邸でしょ。僕ボンボンなんだゼ!」

「...!!ブハッ」


 オネエの恵瑠くんが、わざとらしく”ゼ”を強調するからついつい笑ってしまった。緊張の糸が切れた瞬間だった。


「何がおかしいわけ?」


 美しき蛇女ならぬ、蛇男に睨まれ、即怯む私。


「うっ...だ、だってね、美人なオネエの恵瑠くんが、らしくなく男言葉を使っちゃってるからおっかしくてぇ〜...あっ、ごめんなさい」


 膨れっ面だけど、なぜか驚きを隠せない表情をしている恵瑠くん。


「なんなのあんた!気を遣うでもなく、そんな簡単に...オブラートに包むべきデリケートなコトをぶっちゃけるなんて信じらんない!」


 よって拳を挙げる。ではなく、拳を力一杯自分の大腿部に叩き込んでいる。


「え。多分私って...正直者っていうか、嘘つくのが下手だから、かな〜?」


 恵瑠くんのことを怖がっていたはずなのに、私ったらよくも思い切った言動ができたものだと、後悔先に立たず。


 さて、おそらく狂気に満ちたであろうあなたはどう出てくるのだろうか。皆目見当もつかない。


「ねえ、来て」


 性急に腕を掴まれた。


 腕に込められた力は、意外にも痛みを伴うほどではなく、拍子抜けした。


「まったくありえないんだからね。あんたって...本当調子狂わせる女よね。海李にもそのてで攻めたんでしょ」


 まくし立てられているが、なんのことやらさっぱり...。そして、なんだか違和感を覚えた。その原因は、言動とは裏腹に、恵瑠くんの耳がとてつもなく赤くなっているから。


 そしてもう一つ。恵瑠くんの手が汗ばんでいるから。手汗と心の状態は親密に関係していると、テレビで聞いたことがあった。何かをドキドキしながら見ているとき、緊張する場面などで起こる症状らしい。いずれにせよ、心に余裕がなくなる時に起こる症状なのだと感じた。


 昨日恵瑠くんという人物に出会ったばかりだからすべて理解できているわけじゃない。でもおそらく今この瞬間、余裕のない様子なのではないかと容易に想像できてしまう。


 仕方がない。女子にはまったく免疫がないのだろうから。


 だけど、昨日の恵瑠くんには、焦りなどまったく無縁だったはず。本当、どうしてしまったのだろうか。


 迷路のようなただただ広いお屋敷を、私は恵瑠くんに腕を引かれ、ともに駆け巡る。


 軽やかな足取りでお屋敷を駆け抜け、ともに少々疲れてきた頃のこと、ため息と”ぶつくさ低音イケボイス”が前方から聞こえてきた。



「ハァ〜...あんたみたいな特異な人間初めて見た。今まで僕の周りにいる人間はさ、僕にいちいち気を使って、本音でぶつかって来る人なんていなかったんだけどなあ。...本当なんなのあんた...」

「.........ん?今何言ったの?」


 後ろにいる私に視線を向けないのは、自己満足で言葉を紡いでいるからだろう。私にとってそれはもはやBGMにすぎなかった。


 なぜなら、微妙に聞こえる程度の声をまったくもって理解できず、不覚にもイケボが耳に馴染んでしまっていたから。


 イケボは私の耳に馴染みやすいのだろうか。君藤先輩、あゆみくん、志希先輩、スーミン、そして恵瑠くん。思い返せば、最近の私はイケボ三昧。(うちのパパはというと、ついついおじさんに期待してしまう渋ボイスではなく、ややダミ声に近い残念ボイスだから例外だが...。)


 そろそろ目的地に到着するのか、徐々に走る速度を緩め、そっと私の腕を解放した。


 そしてまもなく、完全に歩みを止めた。


 どうやら目の前に存在する目的地は、恵瑠くんの自室らしい。


 私の顔を一瞥し、ふんっと意地悪気な笑みを浮かべた恵瑠くんは、再び私の腕を掴み、その部屋の中へと私を誘った。


 部屋の中は、ベッドサイドの一箇所だけにぽつんとやや暗めの照明が灯されていて、薄暗さに緊張が走る。


 その緊張感に追い討ちをかけるように、バタンッとドアが閉まる大きな音が鳴り響き、ガチャッと鍵を閉められ、肩がビクッと跳ねた。



 密室ーー意地悪な笑みーー掴めない男ーー



 恐怖心を煽るワードが脳裏に浮かび、さらに息を呑む。そして恵瑠くんはゆっくりと私の背後へと移動し、さらなる緊張感が走った。


「僕は女になんか...興味ないんだ。男しか...海李しか興味がない。女なんて...近づいてくると虫酸が走る。...でも、あんたはなぜか......」



 吐息が肩にかかるのがわかったと同時に、恵瑠くんが後ろから私の肩に額をくっつけた。


「んえ...!?」


 変な声が出てしまった。


 私を毛嫌いしていた人物からの突然の甘えモードに戸惑い、体が硬直した。緊張感はピークに達する寸前。精神が壊れ気味の私は。


「あ、あの...恵瑠くん!?多分特別私のことを女として見えてないから平気なんだよね?ハハハハ...」


 私のデリカシーのなさに、男と同然とみなされたのだと感じた私は、大いに壊れた発言をしていた。


「違う。僕のことを偏見視しない人間がたまたま女で、心が少し動いたってだけ。...なんか落ち着く。もう少しだけこのままでいさせて」


 拍子抜けとはこのことだ。


 薄暗いこのムーディーな空間に、その甘ったるい感情はやや危険だと感じた。


 油断大敵。それは重々承知のはずだったのに、一瞬力を抜いてしまった。



「もう、海李にもこんなことされた?」

「え?...イヤッ!何してんの、恵瑠くんっ!やめて!!」



 首筋に熱いような痛いような、今までに味わったことのないわけのわからない衝撃が走った。一瞬吸血鬼かと錯覚したが、どうやら血は吸われていない。そうなると、あれしかない。


 キスマークーーーー



「ちょっ、恵瑠くんやめて!」


 振り返って恵瑠くんの肩を小突いただけでは、私を解放してくれなかった。


 力づくで反対の首筋にもキスマークをつけ始めた。


「ごめーん。二つ跡がついちゃった」


 恵瑠くんは悪びれもなくそう言うと、指でそこをなぞった。少し前に額をくっつけていた私の肩に、今度はしなやかな手を置き、私と目線を合わせるために腰を屈めた。


 そして。


「ざまあみろ。今からあんたの”ハジメテ”、全部僕が貰うからね」


 妖艶な美人さんにそんなことを言われながら、危険なほどうっとりした視線を向けられている。媚薬を飲まされて脳が痺れたような感覚に陥ってしまった。そして、不覚にもときめいてしまう始末...。


(ん...?でもなんか違う。これって男性へのときめきじゃなくて、憧れの女性を間近で見れた幸福感のような...。そう!やっぱり私、恵瑠くんを男性視してないってことなのかも!)


「ねえ、あんたさ、そんなうっとりした顔してるけど、海李オンリーじゃないの?」

「これだけははっきり言える。私は君藤先輩オンリーです!!私のハジメテは、すべて君藤先輩に捧げます!!」

「キッパリ言うよね...。僕が今からあんたのハジメテ貰うって言ってんのに、怖くないわけ?一応無駄に男の力は備わってるから力ずくで襲っちゃうけど」

「怖くないわけないよ。恵瑠くんは一応男の子だから」

「一応...」

「でもね、私にとって恵瑠くんは、恋のライバルでもあり、【私のなりたい顔ランキングダントツ1位】の憧れフェイスの持ち主なの」

「は?」

「何はともあれ、うっとり死にしちゃいそうで怖いっていう恐怖心の方が今現在浮上中...」


 顔面硬直の恵瑠くん。


「...............随分ズレた感性の持ち主だこと。想像を絶するほどおバカなのね、あんたって...。なんか身の危険感じたわ...」



 ♪〜〜ピリリリ〜〜ピリリリ〜〜♪



 部屋に備え付けられている電話から、軽快な呼び出し音が鳴り、恵瑠くんが応答。


「そう。通して」



 ゆっくりと振り返り、私と視線を合わせた恵瑠くんは、らしくなく柔らかな笑みを浮かべた。


 それからすぐ、なぜか部屋のドア鍵を開けた恵瑠くんは、私の方にゆっくりと近づき、私を見下ろした。


「あーあ...。僕の愛してやまない男を邪魔者だと思う時が、まさか来るとはね...。こうなりゃ奪われる前に奪っちゃおうかな」

「え...?ひゃっ!」


 スローモーションで恵瑠くんの腕が伸びてきて、私は瞬く間にベッドへと押し倒されていたーーーー。



「恵瑠くん!?確認するけど、私は女子だよ?恵瑠くんがそそる対象じゃないはずでしょ!?メンズオンリーの君のことだから!!」



 恵瑠くんは私から顔を背け、プッと吹き出し笑いをしたあと、大きく息を吸い込み、ふーっと長く吐いた。それはなんとなく、気持ちを整えている仕草のように見えたのだが、本当のところはわからない。



「そこだよ。そーこ。あんたのそのデリカシーのなさが逆効果だなんてね。ほんと癖になりそうだわー。女はあんたオンリーでね」



 いつもいまいち理解力に欠ける私。その言葉の意味を理解しようと、あれやこれや思考を巡らせていたところ、隙をつかれ、恵瑠くんがツヤッツヤの瑞々しい唇をだんだん私に近づけてきた。


(エッ!?エェェェ〜ッ!!さっきから雄の顔しちゃってどうしちゃったのさ、恵瑠く〜ん...!!)


 ありえなさすぎる展開のさ中、想うのはやっぱり恋焦がれるあの人のこと。


(あーあ...。初めてのキスは君藤先輩とって決めてたのになぁ...。男の力に抗うことなんてできそうもないや...。)



 もはや諦めかけていたその時だった。



 ドンッ!ブーブーブー!



 ”ブーと鳴くモノ”が、ドンッと恵瑠くんの部屋のドアにぶつかった音だとすぐにわかった。


 私と恵瑠くんは、その衝撃音にすぐさま反応し、ベッドから飛び起きた。


 今度はスーッスーッと、まるで犬や猫が体を擦りつけているような音がしてきた。けれど、犬や猫ならブーとは鳴かない。


 言葉ならまだしも、音だけではドアの向こうで何が起こっているのかはっきりとはわからない。しばし落ち着かない気持ちで新たなる展開を見守った。


 鍵がかかっていないドアが突然開き、こちらへと猪突猛進で飛び込んできたのは、見覚えのあるーーーー


 子ブタのクルミちゃんだった......ーーーー。



 何を隠そう、君藤先輩のかわいいペットのミニブタちゃんだ。


「いや、まさか...!本当にクルミちゃん!?でもなんで??えぇー?」


 ブヒブヒと鼻を鳴らし、興奮気味のクルミちゃんは恵瑠くんに飛びかかり、恵瑠くんがキャ〜〜〜ッと女の子っぽくかわいい悲鳴をあげている...。


 襲われ中の恵瑠くんは、クルミちゃんを知っているのか、なぜここにいるのーっ!?!と、私と同様に驚いている。


 すると、更なる驚きが直後に待ち構えていた。



 ドアの向こうに人影を見つけたと同時に、ひょこっと現れた人物。


 廊下のぼんやりとした薄明かりに優しく照らされ、この世のものじゃないような美しい容姿の持ち主が、愕然とした表情で私と恵瑠くんを見ていた。



「え!?ウソ......君藤先輩!?!」



 私が愛してやまないその人が、思いもよらず突然私の目の前にサプライズ登場したものだから、状況はどうであれ、驚くとともに夢見心地になるのは当然で。


 君藤先輩は静かに佇み、こちらを据わった目で見つめていた......ーーーー。



 ところで。



(なぜここに君藤先輩とクルミちゃんがいるのぉーーーっ!?!)

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