ミッション9:ストーカー退治の手助けをせよ!

 ふわっふわでインスタ映えしそうなパンケーキを前に、二人はテーブルに頬杖をつき、見つめ合う。


 そしてヒソヒソと愛の言葉を、わざとらしく囁き合う。


「おいしい?ユーミン。いつもおいしそうに甘いものを食べる君は本当に愛おしいよ」

「あらいやだわ、そんなこと言って。あらあら、お口の横にホイップクリームがついてるわよ」


 私はすかさず、スーミンの口横についているホイップクリームを指で取り、自分の口元へと運ぼうとした。そう。ラブラブなカップルがよくやるやつ。あれを実行し、外で私たちをロックオンしているであろうストーカー野郎に見せつけてやるつもりだった。が、直前でスーミンに手首を掴まれ、私の指からホイップクリームを奪い取り、顔を私の耳元へと近づけた。


「そこまでしなくていいよ、ユーミン。好きでもない男の食べかすを舐めさせるなんてこと、演技だとしてもできないよ」


 そう言って柔らかく微笑み、指のホイップクリームをペロッと舐めた。


「あーらやだ。舐めるならもっと艶っぽく舐めなきゃね。いつも私に見せてくれてるよ・う・に♡」

「...あのさ、外まで会話が聞こえるはずがないのにまだ頑張るわけ?このなんちゃってイチャつき劇場」

「もちろん。だってさ、口の動きで会話の内容を読み取るストーカーなら、私たちの企みに気付くかもしれないでしょ!」

「徹底しててすごいなぁ。って、ユーミンも頬にホイップクリームつけてるし」

「え!マジで?」


 私は慌てて右頬を手で拭った。が、手に白いものはつかない。



「そっちじゃない。反対側」


「え?」



 反対側と指摘を受け、今度は左頬を拭おうとした。ところが、なぜかスーミンの顔がすでに左頬に近づいていた。


「...へ?あっ、ちょっ......」


 咄嗟に目を瞑る私。



 ペロッーーーー



「ひゃっ!」



 スーミンが、当たり前のような顔をして私の頬を舐めた。


 いや、正確には、スーミンが私の頬についたホイップクリームを舐めた。


「す、好きでもない女子の頬を舐めるなんて、言語道断だぞ...!!」


 私は全力で動揺している。


 そんな私の心情を勘の鋭いスーミンに悟られぬよう、機嫌が悪い表情を作り、弱めのパンチを腕にお見舞いした。が。


「かっわいー、ユーミン。照れ顔最高〜」


(コイツ...。)


 やはりバレていた。正直に言うと、茶化されたことが意外にも嫌ではなかった。それは単純に、友達としてーーーを強調させてもらうが、大好きな人間だし、恩人だからだ。


 だけど、なんだか腑に落ちない。


 スーミンの頬についたホイップクリームを拭った私の指は、断じて舐めさせてくれなかったくせに、私の頬についたホイップクリームは直接口で容易に舐め取る大胆な行動。


 やっぱりスーミンの行動力はスゴすぎる。


 素早い行動だったため、周りのお客さんに気付かれることなく、事なきを得た。


 スーミンは口をアワアワさせる私を嘲笑っている。


(あれ?そう言えば...。)


 私はあることを思い出した。


 スーミンが私の頬にホイップクリームがついているとこを指摘した時、視線は私の右頬にいっていた。だから私は右頬に触れたのだ。


 わざと反対側の頬に視線を向け、私の気を逸らさせたのだとしたら...。そうやってフェイントをかけた方が、反対の頬に接近しやすい。


 はっとして、スーミンの顔を見つめた。


 すると、スーミンの勝ち誇った顔に圧倒されてしまった。すでに見透かされていた模様です。



「今だけ俺を男として意識させる手っ取り早い方法、どうだった?」



 だからって、仮の彼氏ってだけであんな大胆なことをするとは、素人男優だがアッパレと言わざるを得ない。本当のカップルであるかのように装う上で、クオリティの高いリアルは必須。だから、意識を高め合うことの大切さはわかる。


 自分たちは親密な関係だということをまざまざと見せつける絶好のチャンスを、スーミンは狙っていたのだろう。


「まんまと意識したよ。今限定で」

「ドキドキした?」

「...した」

「うん。知ってる」


 ーーーですよね。私の心情がバレてたこと、私も知ってる。



「なんか二人ってお似合いじゃん。超キレイな彼女いるけど取っちゃえば?由紗さん」



(あゆみくん...それ、冗談でも言っちゃダメなやつだからね。私の君藤先輩への気持ちが揺るぎないと知っててそれはないでしょ!)


「似合ってるし、由紗さんを守ってくれそうだからつい...。ごめん」


(私への愛情を感じたから許す。でも、守ってくれそうなのは、君藤先輩もって思わないの?)



「あの人だと...由紗さんは幸せには...」



 ならないとでも言いたいのだろう。


 勘なのだろうか。それとも、何か根拠が。まったくわからない。


 私と関わる人すべてを知っているかのような口ぶりの時があったあゆみくん。その中でも君藤先輩のことはあまりいい風に言わないのが気にかかる。


 それならなぜお勧めしない君藤先輩との恋愛成就を謳って、私に近づいてきたのだろうーーーー。


 とても気にはなるけれど、今はそんなこと考えても埒が明かない。なぜなら、今までも数々の意味深発言について、あゆみくんはずっと口を閉ざしたままだから。言いたくないものは聞いても仕方がない。だから私は無駄に考えることをやめたのだ。


 さて、今は目の前の難題を早急に解決しなければいけない。


 このままじゃスーミンカップルは、いつまで続くかわからない不安な日々を送るはめになる。


「じゃあユーミン、行きますか」

「よし、行こう!」


 ストーカーはいつ逆上し、どう出てくるのだろうか。緊張を押し殺し、二人は再び帰路を辿るーーーー。



 **


 学校から住田家までの道中は実に平和すぎて拍子抜けし、どうしたものかと考えあぐねた結果、住田家で対策を練ることにした。


「散らかってないからどうぞ上がって」

「散らかってないならそのセリフはいらないから!お邪魔しまーす」


 階段を上ってすぐ左にある部屋がスーミン部屋。これといって特徴のない学生部屋?って感じの...。ウォールナットのような温かみのある木を基調とした家具に囲まれた部屋。


「今頃気になって申し訳ないんだけどさ、いいわけ?君藤先輩以外の男の家に来ちゃって」


 テーブルを挟む形で座る二人。


「君藤先輩は...振った女の動向なんて興味ないよ。それに、今はストーカーを撃退することが最優先なんだよ、スーミン!」

「そう。じゃあこうしない?俺とユーミンがうちでセックスした体にして、そのままユーミンち付近まで送り届ける。あー、でもそれじゃあ今度は逆恨みでユーミンのストーカーになりかねないか...」

「それならまた対処するよ。相手はどんな人間かわからないけど、話せばわかってくれるかもしれないし」

「それ、超お人好しの軽はずみな発言にすぎないからね」


 じろーっと怒っているようにも見えて、呆れているようにも見える、そんな心情をまざまざと主張する冷たげな三白眼に、若干怯む私。


「ユーミンが俺を恩人って言うなら、俺にとってもユーミンは恩人ってこと、忘れるなよ。っていうか、俺と怜羅のな」

「うん。ありがとね」


 この先何が起きようとも、私には味方になってくれる友達がいてくれる。それだけで私の心は十分満たされるだろう。


 たとえ君藤先輩が私のそばにいてくれなくても、そうであってほしいと願わずにはいられない。



 **


「ユーミン、俺の腕に縋るように歩いて。いかにも”あ〜セックスがよかった”って感じを醸し出さなきゃ」

「未経験者には至難の業だわー...」

「ふーん。やっぱ処女かぁ。ユーミンが捧げる日が早く来ますように」


(お恥ずかしいことをけっこうあっさりと...!!)



「ほんとこの人って、由紗さんにぴったり合う人だと思うんだけどなぁ」


(ねぇ、あゆみくん…。なんでそう思うわけ?)


「由紗さんにとって害のない人だから」


(何そのわけのわからない理由。...あ、てことはさ、君藤先輩は害があるとでも言いたいわけ?)


「そう。元を辿るとね」


 でました。自己完結発言。


 その後の展開は、実に早かった。


 スーミン宅をあとにしてすぐのことーーー。



「あれ?もしかして由紗ちゃんじゃない?」



 聞き覚えのあるその声に、恐る恐るスローモーションのように振り返る。


 予想は的中した。


 短時間だったけれど、昨日私を監禁した男・恵瑠くんだったーーーー。



「また出た。恵瑠ちゃん」



 昨日に引き続き、あゆみくんのちゃん付け呼びは、やはり違和感ありだがスルーしとく。



「なーんて偶然を装う俺〜。会いたかったよ、由紗ちゃん♡」



 ニコニコ顔が実に不気味で、身震いがするほどだった。



「......あ、髪型といい顔の雰囲気といい...多分この人だ。例のストーカー男」


「え。マジで!?」



 この男ならやりかねない。ていうか、否定しないということは、肯定していると受け止めてもいいだろう。


 私の瞳には、悪びれもしない恵瑠くんのニコニコ顔が不気味に映っていた。


 昨日は監禁男として現われ、今日はストーカー男として現れるなんて、どういうつもりなのだろうか。


「ユーミン、知り合い?」


 驚いた顔で私を見下ろすスーミン。


「まあ...」


 私はスーミンに視線を送ることなく、小さな声で短くそう答えた。


 どういうことだろう。恵瑠くんは私だけじゃなく、私と仲がいいスーミンの様子まで伺ってたなんて...。


「由紗ちゃん、来て」


 私が何か言いたそうなのを察したのか、恵瑠くんが私の名前を呼び、手招きをした。恐る恐る私は恵瑠くんのそばに近づいた。そして。


「話合わせて。じゃないと、海李に媚薬飲ませてめちゃくちゃにしてやるからね」

「君藤先輩のことが好きなのに、そんなことできるの?」

「好きだから僕のこの手でめちゃくちゃにするんじゃん。あんたが僕を狂わせたんだよ。 あんたが僕に闘志を燃やして、対決しさえすればいいんだよ。そうすれば僕の大好きな海李は安全地帯にい続けることができるんだけどね」

「そんな身勝手な...」

「いい?すべてはあんた次第だってこと、忘れないでよね」


 そう小声で言い放ち、ポケットに忍ばせてあった小瓶をちらりと私に見せた。多分媚薬なのだろう。脅しにはのりたくなかった。けれど、恵瑠くんは自分が愛する君藤先輩を痛めつける覚悟をしてまで私に近づいたのだ。本気なのかもしれない。(媚薬が本物なら。)


 恵瑠くんはスーミンのストーカーなんかじゃない。カモフラージュだったのだと察した。



 ーーーーターゲットは私だ。



 スーミンを巻き込んだはた迷惑な計画。


 言わばこれは、監禁第二弾なのだろうーーーー。



「いやー、僕と由紗ちゃんはね、中学校の時の先輩と後輩でさ。ね、由紗ちゃん」


 話を合わせろと恵瑠くんの目が訴えかけてくる。


「...うん。そうなの」

「中学の時、親しくしてた由紗ちゃんが突然転校しちゃって、それからずーっと探してたんだ。そしたらこの前、スーミンくん?と歩いてたのを奇跡的に見かけてね。制服を調べて学校を特定したんだ。それからはほぼ毎日由紗ちゃんに会って久々に話したい一心で、放課後君たちの高校に足繁く通う日々を送ってたってわけ」


 よくもそんな胡散臭いデタラメをスラスラと言えたものだ。だけど、スーミンと私を見かけたという件については事実なのかもしれない。


「もしかして、あなたはユーミンのことが好きなんですか?」


 スーミンの現実とかけ離れた発言に、やや驚愕した。


「妹分としてすごくかわいいって思ってたよ」

「この際聞かせて。由紗ちゃんは僕のこと、どう思ってた?」


(は?ムチャぶりだよ...。まあいいや、演技すりゃいいんでしょ...。)


「ただの変な先輩、かなー?」

「そう。つれないね、君は...」


 すると突然恵瑠くんの話の続きを、スーミンが想像で話し始めた。


「他校の男子生徒が、しかもあなたみたいな高身長で超イケメンがほぼ毎日校門付近にいたんじゃあ、目立ちすぎて逆にユーミンにも迷惑がかかる。だから、身を潜めて待つことにした。そしたらなかなかユーミンに会えず、前にユーミンといた俺が他の女子と毎日帰宅。あの男はユーミンのなんなんだ?もしやあの純粋でかわいかった後輩ユーミンをたぶらかした上に、浮気したんじゃ...。と、気になり始め、証拠を掴んだら成敗する目的で俺らを付け狙ったーーーってとこですかね?」

「おっ、君、勘がいいねぇ〜。全て正解だよ。かわいい由紗ちゃんを傷つけるヤツは許せない」


 そう言った直後、私の耳元に近づき、そっと囁いた。


「僕以外はね」


 自分は許せても、自分以外の人間が私を傷つけることは許せないらしい。つくづく身勝手な恵瑠くんには呆れてしまう。


 この時気付いた。


 恵瑠くんの好きな者と嫌いな者は両極端に存在するけれど、どちらも傷つけるのは自分だけじゃないと許されないということなのだ。


 こんなにも異様な感覚の持ち主と話をしても、埒が明かないのかもしれない。


「ところで、スーミンくん」

「スーミンで結構です」

「...スーミン。君は由紗ちゃんとどういう仲なの?家まで連れ込んで何してたの?」


 スーミンは本当のことを恵瑠くんに打ち明けた。そしたら。


「あー、僕のせいだ。ごめんね。僕の心配性のせいで、面倒な計画を実行せざるを得なかったんだよね」


 何もかもが嘘に聞こえてしまうのは、昨日の一件が影響しているからだ。何を考えているのかまったくわからないのなら、身構えながらも時の流れに身を任せられる。だけど、君藤先輩が女子で唯一気を許したように見えた私を、ただ傷つけたいだけのような気がしてならない。だから厄介で、どう対処すべきなのか、困り果てる。


 さっきのスーミンの想像は、恵瑠くんに優しい想像だと思った。けれど私の想像は少し違う。


 単純に帰路を共にする仲のいい私とスーミンなら、ストーカーに狙われたら必ず話す関係だと見越した。だから私と仲のいいスーミンを狙い、当分スーミンにわざと気付かれるレベルのストーカー行為をくり返した。


 私の大切な友達をも巻き込んで困らせるために。


 そして、私がどう出てくるのか、恵瑠くんは息を潜めて見守った。ところがスーミンは、私に心配かけたくなかったからか、少しの間様子をみていた。待てども私が一向にスーミンと現れない。それどころか、スーミンは別の女子と現れる始末。そんな予想外の展開に、恵瑠くんは焦りを見せ始める。


 まだまだその後(の想像)を時系列で辿ってみる。


 恵瑠くんが業を煮やした結果、昨日はスーミンへのストーカー行為を取り止め、直接対決。つまり”第一弾由紗監禁事件”を強行。君藤先輩をおびき出し、きっと私を痛めつける場面に遭遇させたかったに違いない。だが、直前で君藤先輩に阻止され、未遂で終わる。


 時を同じくして、スーミンは自分だけへのストーカー行為ならまだしも、怜羅ちゃんをも巻き込んでいることに、心苦しさと不安を抱き始めた。怜羅ちゃんと話し合い、仲のいい私にも相談してみようということになり、おくらばせながら今日、恵瑠くんご期待の展開となった。


 だが、まさかまさかの連日の監禁事件に発展してしまうなんて、たまたまであって想定外だったに違いない。



『あんたが僕に闘志を燃やして、対決しさえすればいいんだよ』ーーーー



 今がその対決の時なのかもしれない。


 だがここで、この私の格好について、ある重要なことに気付く。


 男性であるスーミンをつけ狙っているのは男性だと確認した結果、同性愛者の仕業だと思い込んだ。そんな感じでいろいろと推定し、実行に移したのだが、無駄だったのだ。


 つまり、ターゲットはスーミンではなく私だったのだから、男装して同性愛者を刺激し、嫉妬させようとする必要はなかった。恵瑠くんにただの男装好きな女と勘違いされるだけだ。


「ところで由紗ちゃん、君、男装マニアかなんか?」


(ほらね...。)


 再び恵瑠くんと向き合い、軽く睨みつける。


「違う!」

「顔は完全に女子だから、格好だけ男子ってだけじゃ世間を欺けないからね。今後はそこに気をつけるといいよ」

「......ご忠告ありがとう」


 恵瑠くんから男装について忠告を受け、めちゃくちゃ悔しかった。だけど、短時間の変装ゆえ、クオリティの低さを認めざるを得なかった。


「じゃあスーミンくん、やっとのこと由紗ちゃんと話せる機会が訪れたんだ。ちょっと場を外してくれない?」


 この男、身勝手にもほどがある。


「その前に恵瑠先輩、スーミンに言うことないですか?」


 フッと笑い、私が何を言いたいのか理解した様子の恵瑠くんは、ゆっくりとスーミンに近づいた。


「スーミンくん、ストーカーまがいなことをして、ごめんね。許してくれる?」

「...とりあえずは許しますけど、先ほどのあなたの言葉をそのままお返しします。

 ”かわいい由紗ちゃんを傷つけるヤツは許せない”」

「...」

「覚えておいてくださいね。じゃ、用事思い出したんで失礼します」


 何度も言うけれど、スーミンは私の恩人だということはさることながら、スーミンも私を恩人だと言ってくれた。私がストーカー退治に意欲を燃やしたのは、私の恩人を傷つけるヤツは許さないという強い思いがあったから。スーミンも同じことを思っていてくれたことを知り、一瞬喜びで心に温かい火が灯った。


 これでストーカー事件は終焉を迎えたのだろうか。すぐに胸騒ぎに襲われる。


 昨日出会ったばかりの恵瑠くんだけど、私の中ではすでに”危険人物”に認定済みだ。



 ーーーー不安を抱いていた矢先、案の定、恵瑠くんが早々と行動に出た。



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