ミッション9:ストーカー退治の手助けをせよ!

 その日の放課後、教室にてーーーー


「いい?スーミン。何度も言うけど、私たちは今から行動を共にするの。お互いのそばから決して離れないこと」


 ハァ〜...とため息をつき、困惑した表情を浮かべるスーミン。


「だからさぁ、ユーミン...。俺何度も言うけど、それってかなりリスクありすぎだって」


 そう。リスクはなくもない。


「彼女がいることは許せても、好意を寄せるスーミンの恋人が自分と同性、つまり、彼氏がいるとなると話は別ってことになるんじゃないかな」


 そう。私はスーミンの恋人役、といっても、”彼氏役”を率先して勝手に引き受けた。ストーカーは、どうも男性好きな気がしてならない。そんな男好きストーカー撃退に効果があるとして、彼女役ではなく、あえて”彼氏役”を買って出たのだ。


「俺のことでユーミンの身に何かあったら、君藤先輩に合わす顔がないよ」

「そうだよ、ユーミンちゃん。ストーカーを逆なですることになるかもしれないよ。私も危険すぎると思う」


 心配そうに私を見つめる美男美女カップル(スーミン&怜羅姫)。


 とりあえず大丈夫です。君藤先輩には振られたので、その心配はございません...。


 二人の心配はありがたいけど、私のスーミンに対するリレー練習の恩は膨大だった。


 私の16年の人生において、あれほどにまで親身になって力を貸してくれた人は、親以外にはいなかった。あゆみくん指令による重要なミッションでもあるけれど、何より大切な恩人が困っているのだ。決して放っておくわけにはいかない。たとえ私に危険が及ぶとしてもーーーー。


「怜羅ちゃん、ごめんね。スーミンをお借りしますこと、お許しください」


 深々と頭を下げ、頭上から怜羅ちゃんの言葉が降り注がれた。


「ユーミンちゃんだけは許す」

「ん?」


 その言葉にいてもたってもいられず、私は即顔を上げた。


 私だけは許すーーー。その真意とは?


「他の女子と長時間一緒にいることは認めないけどね。だって、住田くんは言葉にはしないけど、ユーミンちゃんは特別だって思ってるの知ってるから」


 スーミンと顔を合わせる怜羅ちゃんは、ドヤ顔だった。そして。


「友達以上恋人未満な感情を抱いてるでしょ」


 動じず怜羅ちゃんの顔をじっと見つめるスーミン。否定をしないスーミンの代わりに、私がその役割を果たす。


「いや、そんなことはないって」


 その瞬間、仏様のような穏やかな表情に変化した怜羅ちゃんにとても驚いた。


 普通なら、彼氏に友達以上恋人未満の女友達がいるんじゃ?ってなると、気が気じゃなく激怒するとこだろうに、穏やかすぎるから調子が狂う。無理して感情を殺してるのかな。と、私が少々思い悩んでしまいそうだ。


 本心は、『何もわかってないあなたは平和でおめでたいわね』ーーーそんなところではないだろうか。


「確かにユーミンと君藤先輩に進展が見られるとザワつくし、ギューって抱きしめたくなる」


(オイ!なんでよ!!彼女の前で何をカミングアウトしてくれちゃってんの?頭おかしいの!?)


 もう怜羅ちゃんの顔を見るのが怖い。


「ごめんね、ユーミンちゃん。そんなこと言われちゃうと困るよね。でもね、住田くんって変わり者だけど、案外私想いなの。やましい気持ちがあったら私を傷つけないために黙っておくはずだと思うんだけど、私に平気で言えちゃうってことは、ユーミンちゃんをギューって抱きしめる。そこまでで留まれるんじゃないかなって、信じてるんだ」


(だから肩を抱きしめるまでで留まってくれたのか...。今怜羅ちゃんが言ったことが本心だとすれば、スーミンが言ってたように、怜羅ちゃんは心が寛大すぎだよ!器の大きさに脱帽っ!)


「つい最近メガネをやめてコンタクトに変えようとしてたけど、私が眼鏡フェチだって言うと、やっぱ目が痛くなるかもしれないからやめた〜って言って未だに眼鏡男子でいてくれてるの。あと、ご家族に私を紹介してくれたし、なんと言っても付き合い始めてからすぐに求めてくれたし...♡」


(う...。さすがにそこまでの濃厚ラブラブエピソードは他人に話さない方がいいんじゃないかなぁ...。)


「あのさ、大丈夫だよ。牽制しなくても私は一生君藤先輩一筋で、天地がひっくり返っても他の人に目移りなんてしないから!」

「うん。それ、わかってるよ。ユーミンちゃんがあの超美形な先輩にどんなにゾッコンかってこと、住田くんから何度も耳にしてるから。それに、ラブラブエピソードを話して牽制したかったんじゃなくて、感謝してるの。ユーミンちゃんに」

「え...私に?」

「そうだよ。前付き合ってた時はね、住田くんなかなか本音を言わないし、言うことも冷めてたんだよね。だけど今回復縁してからの彼は、素直にいろんなことを話してくれるの」


(良いことも悪いこともね...!)


「いい意味で大胆になってくれてるし...本当、いいとこだらけで日々満腹状態。住田くん言ってたんだ。ユーミンちゃんと数日リレーの練習をしたことが改心へのキッカケになったって。それと、自分の気持ちに正直に生きることの大切さを学んだんだって。強がり抜きで言わせてもらうと、こりゃあ友達以上恋人未満な感情が芽生えるのは当然だなぁって思うの」


 暴露しすぎる怜羅ちゃんに困惑する私。


「怜羅ちゃんがスーミンを信じてるのなら、私はその信頼に甘えて、今日の放課後はスーミンと離れず、ストーカーにダメージを与えてストーカー行為をやめさせてみせるからね!」


 迷いのない真っ直ぐな瞳を私に向けてくる怜羅ちゃん。


「私はね、ユーミンちゃん。私に対する住田くんの強い愛を信じてるし、何かあったら住田くんがユーミンちゃんを守ってくれると信じてる。だからユーミンちゃん。無理はせず、二人で力を合わせてこの件を解決してね!」


 できた”嫁”とはこんにも余裕があるんだ。


(天使が実在してるよ!うわ〜...。一瞬でも怜羅ちゃんをあざとい系女子だと疑ってしまった自分を殴ってやりたい。)


「じゃあ、ぼちぼち行きますか。ユーミンは俺が守るから」


(あんたは本当に...。まあいいや。寛大な彼女がドスンと肝を据えてくれているから、あなたの欠点でもあり、長所でもある自由奔放さを維持できてるんだよね。素敵な二人に出会えたことに感謝!!)


 ーーーーところで、今回のミッションで急遽男装すると決めたのはいいのだが、服装はどう調達するとか肝心なことはまるっきし考えが及んでいないことに気付く。スーミンちに借りに行こうか。いや、それじゃいけない。だって、一歩外に出るとストーカーが待ち受けているかもしれない。もしも私がこのまま女子の格好でスーミンと下校したところで、今日はいつもの美人とは別のさえない女と帰ってるな、だけで終わってしまう。


 油断は禁物!やるからには気を抜かず、徹底的に実行しないといけない。



「あ、忘れるとこだった。ユーミンちゃん、これ使って」


 怜羅ちゃんが勢いよく紙袋を私に手渡し、その中身を即確認したら。


「.........へ?コレって!」


 察した私はもはや脱帽もので、冷静になるよう努めた。


「怜羅ちゃんさ、私と同じことを私よりも早々と実行しようとしてたんだね」「うん。そう…なの」

「やっぱりデキる女は違うなぁ。用意周到〜」


 つまり、紙袋の中のモノとは、男子学生服一色だったのだ。


「うちの兄に借りてきちゃった」


(破顔がめちゃくちゃ天使すぎてヤバいんですけどぉーっ!)


「ユーミンちゃんの気迫に押されてなかなか言い出せなかったんだけど、どうかな。使ってもらえると嬉しい」

「ほんと助かる!スーミン、いい女房もらったね〜」

「まだもらってはないけど、10年以内にはもらうつもり」


 そのビシッと宣言する潔さこそ、スーミンの真骨頂なんだと思う。


 顔を真っ赤にしてハニカむ怜羅ちゃんと、怜羅ちゃんをじーっと嬉しそうに見つめ、反応を堪能しているスーミン。


 思えばスーミンは、人の反応を凝視する癖がある。本人曰く、反応を見るのを楽しむということらしいのだが、単純に人が好きなのだと思う。人への好奇心がスーミンの優れた洞察力や直観力を養っているのだろう。


「はいはい、ご馳走さま。じゃあこの制服借りるね、怜羅ちゃん。着替えてくるからそれまで二人でイチャコラしてて」


 ここじゃ無理〜、なんてスーミンの戯言が響く中、私はもうすでにあることへ想いを馳せていた。


 猪突猛進な私は、脳で何かを感じ取る前に、当然の如く体が動いてしまう。スーミンのようにもっと人のことを丁寧に観察し、洞察力や直観力を養えていたら、君藤先輩の心中を察することが出来てたのかもしれないなぁ...。



 **


「え。俺こんなちんちくりんと帰らなきゃいけないんだ」


 スーミンは人の気にしていることを率直に言えちゃうから実に清々しい。が、ちんちくりんはさすがにヘコむ。


「ユーミンちゃん...兄の制服大きすぎだったよね...。すみませんっっ!」


 ダボダボの男子制服を着るちんちくりん女に、勢いよく深々と頭を下げる絶世の美少女。


「あ、ちょっと怜羅ちゃん頭を上げて!私はとても感謝してるよ。だってこんなにダボダボでも男子を表現できるアイテムを準備してくれてたんだもん。本当に助かったよ。だからスーミン、我慢してくれるとありがたい」

「冗談で言ったんだよ。期待してるよ、カレシくん」

「了〜解。よろしくね、カレシくん!」



 着用して即ヤバさに気付いてはいた。でも、紙袋の中には胸を押さえつけるサラシまで準備されていて。やっぱり彼女である自分が住田くんを助けたいっ!怜羅ちゃんはきっとそう思って準備していたのだろう。そのサラシを目にした時、今さらながらに怜羅ちゃんの覚悟を感じた。あとで気付いたとはいえ、私の気迫に負けて役を交代せざるを得ない状況にさせてしまったことに、少々後悔の念を抱いた。


 でも、動き出した私は、もう止まることなどできない。恩義と正義感が原動力となって突っ走ってしまったものを抑制することなど、不可能なのだ。


 いろんな感情が入り混じる中、少しでも男子に見えるよう、怜羅ちゃんにボブ寸の私の髪をセットしてもらった。後ろで束ね、内側に入れ込み、ピン止めで固定し、なんとなく男性ヘアのできあがり。


 そして、決行の時を迎えるーーーー。


 下駄箱で怜羅ちゃんに見送られたスーミンと私は、他の生徒からジロジロ見られながらも、気にせず帰路を急ぐーーーー。



 学校からスーミンの自宅までは徒歩圏内。以前リレー練習をしてた時期は、自宅がわりと近いということもあり、毎日下校をともにしていたこともあった。


 スーミン宅へは、約30分弱で到着する。その間にストーカーをおびき寄せ、とっ捕まえる計画だったのだが...。


「ユーミン、お腹空かない?」

「...は?」


 予想外で突拍子もないことを言うスーミンは無邪気でよろしいのだけれど、その言葉に続くのは多分...。


「ねぇスーミン。もしかして、カフェに寄ってかない?って言うんじゃないでーーー」

「さあ行こ!」


 突然スーミンに腕を掴まれ、パンケーキが美味しいと有名なカフェに、仕方なく寄るはめになった。


(それにしても今のスーミン、私に異常に密着してるし。)


 カフェの店内に入った途端、スーミンの顔が私に近づく。


 何かを耳元で囁かれると予想した私は、不覚にもドキッと心臓が跳ねたものだから、居心地が悪い。


 しかし、聞こえてきたのはーーーー。



「由紗さん」



(...んん?まさかのあゆみくん?)



「ユーミン」



(どうした、スーミン!)



 あゆみくんとスーミンの緊張した声は、私の耳限定で聞こえているのだ。そして。



「「外にいるよ。ストーカーが」」



 二人の声が重なったーーーー。



 ストーカーがもう私たちをつけてきたのだ。


(はーん、だからか。)


 スーミンがわざと私に密着してきたのは、おそらく”ボーイズラブな二人”を演出するためだったのだろう。



「決してお互いのそばから離れないことが俺らの鉄則だから、過剰なくらいでもいいんじゃない?」


「過剰、とは?」


 私の質問に対し、スーミンの揺るがない瞳が何かを言わんとしているのを察した。


 私の脳裏に、”友達以上恋人未満”という言葉が急浮上した。


(いや、なんでそれ意識してんの?私...。それって...男子にあまり免疫がないって証拠だよね。)


 私はスーミンのことを、”男性ストーカーに執拗につけ狙われている彼氏持ちBL系男子を演じている演技派男優”ーーーだと思おうと心に誓う。そうすれば、私のよこしまな感情を解放できるんじゃないかと思った。



「スーミンさんとは友達以上恋人未満の仲なんだから、もう少し密着してもよくね?」



(あゆみくん。なんてことを君は...。だけど、友達以上恋人未満って言うのはなし。設定だとしても私は認めてない。スーミンは特別仲良しの友達なの。それに彼女持ちなの!)


「だから何?そんなこと言ってられるの?今やってることはミッションでもあるけど、ストーカーから恩人のスーミンさんを解放するためにもやってることでしょ?今だけはスーミンさんの本物の彼氏になれよ!」



 怒られた。私はM体質だ。


 君藤先輩似の声に怒られた〜 ♡


(あゆみくんっ♡)


「は?何?そのキモい呼び方...。ハートつけんのやめてよ、マジでさー...」


(え?いや、なんでそんなに嫌キモがられてんの?私...。)


「単純にキモい。やめろ」


(この子、本当に私の力になってくれる人材?疑うことしかできないんですけどぉ。ていうか、最近本性隠すことを怠ってるよね?)


「ただ性格悪いだけだよ」

「あっ、心の声消し忘れた!」


 ここ最近は心の声を聞かれないように消すことをおぼえ、聞かれたくない時にたまに実行していた。でも今は感情が先走ってしまい、心の声が爆発してしまった。


「ミッション、別に俺はクリアしなくてもいいんだよ。由紗さん次第なんだからさ」


(また薄情キャラ出たよー...。私の恋愛成就の神のくせにありえないセリフの数々。何企んでるのか知らないけど、私はあゆみくんを信じてる身なんだよ!いい加減わかれよ、バカ!!)


「は?由紗口悪ぅ〜」


 あゆみくんが私の名前を呼び捨てにする時に限り、本性を現す。それはきっと間違ってはいないはずーーーー。


(ねぇ、あゆみくん。口が悪い私のこと、知らなかったの?)


「もちろん知ってるよ。...俺限定だもんね。誰かさんには、いつもバカみたいにシッポ振ってときめいて...報われてると思い込んで...」


(そうだよ。あゆみくんが指令を出すミッションだからこそ、私は...私の未来に希望を持って頑張れるの。信頼が私を動かしてるんだよ。)


「重っ...」


 なんと言われようが、私はこのままあゆみくんをバカみたいに信頼して、ミッションクリアする所存なのです。揺るぎないのです。もういい。この頃のあゆみくんの言動なんて無視無視無視!


 今の私にとって、”混乱”こそが天敵なのだ。ミッションに専念します!


 スーミンの”彼氏”になってみせましょうともーーー!!

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