ミッション9:ストーカー退治の手助けをせよ!!

 私は昨日、二度目の失恋をしたーーーー。


 が、私には恋愛成就の神がいる。


 きっと昨日は私の傷心に配慮し、声をかけず、そっとしておいてくれたのだろう。意地悪も言うけれど、結局は優しい守護霊兼、恋愛成就の神だと信じている私。


 何がなんでも、どんな状況でも、あゆみくんは私の恋を成就させてくれるはずなのだ。


 14つのミッションをすべてクリアすることーーーー


 これが私の執念なのだと諦め、没頭する他ないと思った。


 決意を胸に、今日はやや早朝に登校。正直今日だけは、君藤先輩に顔を合わせることは、はばかれた。


 教室に入った途端、ある男子一名発見。


「おはよう、スーミン。彼女とは順調?」


 今日も陸上部の早朝練習があったのだろう。既に学生服を着ているから憶測だけれど。


「さすがユーミン。朝イチに言うセリフじゃないよ、それ」


(ん...そう?一応傷心の私としては、努めて平静を装おうつもりで発した彼女持ち男への、”ありふれたご挨拶”だったんですけど?)


 首を傾げそうになるも、感覚が違うのかもしれないと解釈することにした。


「まぁお蔭さまで、本当ユーミン様様だから」

「私?」

「そう。あの体育祭のあとの尾行がなかったら、俺らは関係が悪化してたかもしれない。だからユーミンの猪突猛進な性格には感謝してる」


 スーミンからの思いがけない感謝の言葉に涙腺が緩み、崩壊も時間の問題だと思っていた矢先、今度は突如別の感情が加わることとなる。


「ていうか聞いて。俺この頃、多分男にストーカーされてんだ」



 別の感情。それは、驚愕ーーー。


 男が男にストーカーなんて、BL漫画や小説の世界。はたまた犯罪の世界。


「へ!?ええーっ!!」


 このスーミンこと、住田くんの衝撃発言が、まさかのーーーー



「それだ。それでいいや。ストーカー退治の手助けをする。今回のミッションはそれに決まりー。そうしよー」



 ーーーーミッション指令に繋がるとは...。



(ちょ、ちょっと待ってよ、あゆみくん...!)


 あゆみくんのミッションを告げるあの緊張感。それが今は皆無だったことに、違和感しかない。


 脱力感満載、適当、投げやり、棒読み。声だけでこれらを表現できるなら、いっそイケボ声優にでもなるがいい。


(まあいいや。私のための任務だから当然従うけど...。)


「あら?なんか不服そうだね」


(とんでもございません。気のせいです。)


「棒読みだし」


(そっちだって!...いや、なんでもない。で?私はスーミンのストーカーを特定して成敗すればいいわけ?)


「そう。本当にできる?もしかしたら危険が伴うかもしれないよ?」


(正直言うと、あゆみくんへの不信感はなくもないけど、君藤先輩との恋愛を成就させるには、ミッションに頼る他に手立てがないの。だから、何がなんでも必死に頑張るよ!!昨日また振られたの見てたでしょ?私にとっての恋愛成就の神はただ一人、あゆみくんだけだから。)


 どれだけ私が君を必要としているか、思い知ってほしい。


 変なミッションを発令したり、他人に憑依して私とデートしたり、レベルの高いダンスを披露したり、いろいろ訳がわからないことを発言したり、摩訶不思議な君。だけど、なぜか私の元に取り憑いてくれたことが、最大限に愛おしく思えてしまうのだからタチが悪いったらない。


「......ほんとまっすぐだなぁ。だけど、俺にもブレない決意があるから、同情はもうやめて、鬼になり下がるからね」


(最初からの無謀なミッション指令からして同情なんてなかったじゃん。鬼だったよね。ずっと!)


「まあね」


 開き直るあゆみくん。だけど、なんとなく君藤先輩似のイケボが、私の心を寛大にさせている要因なのかもしれない。どこか安心してしまえる君の声は、私にとって、媚薬なのかもしれない。


「おーい...。俺のカミングアウトから何黙っちゃってんの?変にソワソワしたり、眉間にしわ寄せたり。顔が七変化してるけど、情緒不安定なの?君藤先輩関係?」


 いいえ。現実世界から逃避し、異世界の人(あゆみ氏)との会話に没頭してました。なんてこと、スーミンには言えません。


「へへ。…あのさ、体育祭のリレーの時は、スーミンに力になってもらったでしょ。今度は私がスーミンの力になりたいの。だからストーカー対策を練ってたんだ…!」

「いやいや、そんなこといいよ。本当のこと言うとさ、ストーカーのことをユーミンに言っておもしろ反応期待しただけだから。七変化最高〜」


 やっぱスーミンは変な男なのだと、改めて思う瞬間だった...。


「変人最高〜」


 スーミンの脱力気味な言い方を真似た途端、私は昨日に引き続き、肩を抱き寄せられ、体は硬直。鼓動が高鳴るーーーー。


 昨日私の肩を強引に抱き寄せたのは、君藤先輩だった。


 でも、誠に残念ながら今日は、悪ふざけが過ぎたスーミンによって、それはもたらされた。


「ス、スーミン...コラッ...彼女がいるのに好きでもない女子の肩を抱くなんざ、言語道断だからねッ…!」

「あからさまに動揺してるし。それに大丈夫。彼女とはこれ以上濃厚なスキンシップしてるから」

「...そんな込み入った恋愛事情は聞きたくありません!ていうか、女子の気持ち全然わかってないよ、スーミンは!」

「ユーミンは初めてできた大事な女友達なんだよ。だからうちの彼女、このくらいのスキンシップくらい許してくれるから。絶対に」


 思っていた以上にスーミンという男は、変人なのかもしれない。そんな変人ならではの感性だからこそ、寛大な彼女の存在はありがたいのかもしれないけど...。


 だけど。これは...やりすぎな気が...。


「ねぇスーミン、そろそろ離れようか』

「なんで?」


(なんでって...。)



 立場は違えど、君藤先輩を頭の中で現在のスーミンに置き換えてみた結果、嫉妬心メラメラで理性が効かなくなる自分を容易に想像できた。


(まったく...こんな肩抱かれシーンを君藤先輩に見られでもしたら、どんな風に感じるのかなぁ...。まあ、ここは1年の教室だし、ありえないけ)


「ど!?」

「どって何?どうしたの、ユーミン」


 目を見開き、教室の外を凝視する私の視線を辿ったスーミン。


「あ。君藤先輩」


 私たちの教室前廊下から垂直に位置する渡り廊下の手すりに頬杖をつき、私とスーミンが抱擁中の教室の中を、無表情で凝視している君藤先輩がいたのです。


 いたたまれなくなった私は、強引にスーミンの手を払いのけようとしたが、スーミンは意外にも強情っ張りらしく、ますます私の肩を抱く手に力を込めた。


(スーミン、そこは私の肩をパッと解放するところだよ...。それにしても君藤先輩は、なぜそんなにも...感情がない表情で私たちを見てるの?)


 渡り廊下を渡り切った向こうには、君藤先輩たち2年生の教室がある。歩みを進める途中、たまたま見つけた1年生の教室での肩抱かれ現場が目に入る。歩みを止める。あいつ、俺のことを好きなくせに、振られた次の日にもう他の男に肩を抱かれてやがる...てな感じで尻軽女(誤解...)の動向を見守っていたのだろうか。


 目が離せられない。離してしまったら、もう二度と私のことを見てはくれない気がして...。


 それに、なぜあなたはそんなにも危ういオーラをまとっているのだろうか。その危うさは感覚でしかわからない。


 無表情だが、意思を持った目に射抜かれている。


 君藤先輩は今まで淡々とした冷たい雰囲気で、私たち女子を寄せつけない、見えないバリケードを張っていた。


 だけど最近は、雰囲気が若干緩んだ気がする。でもそれは、私がミッションで君藤先輩に強引に近づいたから、そう錯覚してしまったのかもしれない。


 君藤先輩は小さく息を吐き、私からゆっくりと視線を遠ざけた。


 もう私を見ていない君藤先輩は、背筋を伸ばし、ゆっくりとした足取りで自身の教室へと歩みを進めていた。


 無性に虚無感に襲われた。だが、追いかけるわけにはいかない。昨日振られた分際で、なおも接近することは、はばかれた。


 悪ふざけが過ぎたスーミンが、私の肩を抱く手を今更ながらに解放した。


「あーあ、行っちゃった。ねぇ、もしかして二人って、目と目で会話できるほど深い仲になってたの?」

「その逆だよ。追えば距離が近くなったり、遠くなったりを繰り返してる。でもね、振られたからってそう簡単に諦めてやんないんだから!」

「そっか...。振られたんだ」


(いいんだよ、スーミン。慰めの言葉はいらないからね!!)


 私はてっきり、スーミンの口から慰めの言葉が紡がれるのだと思っていた。けれど実際は、予想していなかった言葉が紡がれ、首を傾げて困惑した。



「もしかしてユーミン、あの君藤先輩の凝視を勘違いしてんじゃない?」

「え?...それ、どういう意味?」

「ユーミンは、あの視線は自分に向けられたものだと思ってるでしょ」

「違うの?」

「あの目はユーミンじゃなくて、俺に向けられてたんだよ」


 完全に私に向けられたものだと感じてしまっていたけれど、そう言われると、私との距離間ゼロだったスーミンに向けられたものだと感じられなくもない。


(もしや...ゲイ疑惑は本当なの!?わりとかっこいいスーミンのことを見てたとなると、その可能性もあるんじゃ...。)



「あの目は、挑発した俺への牽制だよ。きっとね」


「ちょっと待って...。挑発って?」

「実は俺、君藤先輩がこっちを見てることをいいことに、ユーミンへの抱擁をしつこくしちゃったんだ」

「なんで?」


 本当、皆目わかりません。


「正直妬み。あんなかっこよすぎる男がなりふり構わず取り乱す様を見てみたいなぁって」

「変な趣味...。でも残念だけど、キャラ的にそれはありえないよ」

「だよね。あの目を見て即諦めたよ」

「じゃああの長い抱擁もすぐに諦めるべきだったでしょうに!」

「い、いや~、だってユーミンの体がも…もちもちで気持ちよくてさ…」

「変人で変態だったんだね…」


 そして、いつも堂々としているスーミンには珍しく、ロボットのようなぎこちない動きで私から顔を背けた。


(なんなの?スーミンらしくなく目が泳いでたな。もしや、あんなにもかわいい彼女の体を独占できているというのに、華奢すぎてもの足りないとか?だから、わりと脂肪の多い私の体を抱きしめたるまでしたの?つまり、ややぽっちゃり系女子の体に飢えているとか!?うそ...マジかァ......。)


 私はじとーっとした目でスーミンを見てしまっていたらしく。


「おーい。勝手な想像と思い込みでスーミンさんを軽蔑の眼差しで見るの、やめたげてくんない」


「ちょっとーッ!」


 不意をついたあゆみくんの登場。


「え。ユーミンどうしたの、急に」


 何がなんだかわからないと言った表情で、私を見下ろしているスーミン。


「あ、なんかあっちの方でカップルが公開キッスしてたから」


 咄嗟のデタラメにもかかわらず、スーミンは興味津々に、私が指差す方向にいると思い込んでいるリア充カップルを探し始めた。


「もう俺の登場に慣れてくれてるって思ってたんだけど」


(いや、だって...今いつも以上に君藤先輩ボイスを欲してる身としては、わりと似てる君の声で猛烈に反応して、ドキュンッと胸を射抜かれてしまうのは当たり前なのよ♡︎)



「オンナになるな。調子狂うだろ」


(はい!?私は生まれもっての女です!また変なこと言っちゃってるし...。ていうかあゆみくん、ご機嫌斜め?)


「そんなことよりほら、スーミンさん放ったらかしてちゃダメじゃん。今回のミッションはスーミンさんのストーカー対策ってこと、忘れないで」


(そうだった...。君藤先輩似の声に脳が甘く痺れてしまったのか、現実逃避してしまってたよ...。)


「それ、俺のせいじゃないじゃん」


 やっぱりご機嫌斜めだ。


 振られたのにもかかわらず、まだ色ボケ女に徹する私のことがムカつく。そんなとこなのだろうか。



「カップル多すぎてムカつくね、ユーミン」


 当然のことなのだが、公開キッスをしているカップルなど見つかるはずもなく、諦めてカップルの多さに焦点を当てるという切り返しの早いスーミン。さすがです。


「あ、でも恋人繋ぎや腕を絡ませてない男女は、ひょっとすると友達関係とかかもしれないか」

「まあそうだよね。カップルでもないのに恋人繋ぎや腕を絡ませるなんてするわけがないもんね......あ、それだ...!」


 スーミンとの会話の中から、私はあることを閃いた。



「ねぇスーミン!私と恋人のフリ、しませんか?」

「いいよ」


(だよね。スーミンからその返事がくると思ったよ。え?なんのために?ーーーこれが一般的に多い返事だろうけど、やはりさすがです。スーミン!)


「なんのためかわかってる?」

「ストーカー対策でしょ?俺には彼女が二人いて、女子しか興味ないから諦めてね作戦」

「惜しい!残念!」


 絶対正解だと思ったのに!という顔をして口を尖らせているスーミン。


「最近は彼女と下校してたよね」

「うん。ほぼ一緒に帰ってる」

「ストーカーの気配感じる?」

「うん。俺一人の時もね。だから俺がターゲットってわかったんだわ…。彼女持ちってだけじゃやめてくれないから。......あー、まさかユーミン...」


 無謀だとは思うけれど、いっちょかましてみせましょう。


 彼女持ちへの濃厚なまでの恋人繋ぎや、腕を絡ませる行為は気が引けるけれど、私がスーミンのリアルな恋人役を演じれてみせる。


 消して友達だと思わないくらいの恋人役を。


 今回ばかりは、私のミッションのためだけではなく、困っているスーミンのためにも成功させなくちゃーーーー。

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