ミッション8:君藤先輩に触れてもらうべし!!

 **


「ねえねえ。あんたってさ、君藤海李の彼女なんでしょ?」



 私はそんな突拍子もない質問をしてきた同年代であろう見ず知らずの男子に、動じることなく、冷静に。


「まさか」


 と、即答した。


 君藤先輩に触れてもらうという今回のミッションを早々とクリアしたくて、その機会を登校時に託したのだが。結果焦りが祟り、上手くいかず...。その後、校内でもチャンスの時をうかがっていたものの、君藤先輩の姿すら見ずに放課後を迎えた。


 もう時間がない。今朝志希先輩に忠告された手前、下校中に君藤先輩に接近することはできない。だけど、君藤先輩の自宅付近ならまだ接触可能なのかもしれないと思い、先輩宅方面へと足を向かわせた途端、予期せぬ事態が起こった。


 私の頭上から降ってきたのは、君藤先輩よりもやや高めの声だった。


(誰?この人...。ナンパ!?)



「ナンパなら君藤先輩の彼女かって聞いてこないって」


 ここであゆみくんのご登場。


(そっか。しかしこの男子、中性的なイケメンなんですけど!...学ラン着てるってことはうちの高校はブレザーだから、他校ってことだよね?)


「うん。でも俺、こんな登場人物知らないし」


 ん...?なんだか変な言い回し。


 あゆみくん...じゃあどの物語の登場人物ならご存知なのでしょうか...?



「でも...この人どっかで見たような気もする。どこでだ?」


 おとぎ話の世界か、はたまた現実の世界か。そんなあゆみくんの発言は、いつも実に不可解だ。


 目の前に佇む初対面のイケメンくんの容姿はと言うとーーー。


 長身(君高コンビと同じくらい。推定178cm)。手足が長くスタイル抜群。中性的。猫っ毛でやや長めの緩やかなくせ毛(パーマかも...)が彼の柔らかい印象を助長させている。


 そして、率直に”美人さん”と言ってもおかしくはない。そのような印象を受ける要因の一つとして、一つ一つの所作がしなやかであることがあげられる。


 君藤先輩も負けず劣らず”美人さん”だけど、君藤先輩の色気は男の色気だとわかる。だけどこの人は、どうも雰囲気が異色なのだ。世の限られた女性しか纏うことのできないという女の色気を、この人は性別の垣根を越え、当たり前のように纏っているような気がする。男性の格好をした”女性”なのではないかとさえ思ってしまう。


「もしかして、僕に見惚れてるの?なーんてそんなこと恥ずかしくてーーー」

「はい。美しい人は目の保養ですから」

「...あんたって、バカ珍しいほどに素直だね」

「そうかな。普通だよ。素敵な人を見たいという本心を恥ずかしいからって隠そうとは思わないなぁ。咄嗟に人を欺けないし」

「あんたってさ、誰とでもそんな感じなの?」

「うん、多分。自分の醜い部分までさらけ出しちゃうから、たまにドン引きされるけどね。君藤先輩には特に...」

「そりゃあ、お気の毒様〜♪」


(なんかすごく喜んでるんですけど......。ところで私ったら、会って間もない人間に何をペラペラ話してんの!?そんでもって彼の目的は一体なんなのよ!)


「僕ね、ここ最近何回かあんたと君藤海李が一緒にいるとこ見てんだよねぇ。君藤海李は女嫌いで有名なのに、まんざらでもない顔してあんたと一緒にいたんだよねぇ...」


 おまけに物腰が柔らかいときてる。初めて出会う人種かもしれない。


「あのー、ところであなたはどなた?」


 その私の問いかけに対し、思いもよらぬ返答をする美人くん。



「今からあんたをさらおうと思ってる拉致犯だよ」



(堂々拉致予告!?!ていうか、名前を名乗れー!)


 ふふんと目尻を下げ、悪意のない柔らかな笑みは、拉致犯とは程遠い。


 なのに。ふいに伸びてきた手によって、私の身柄は拘束され、まんまと美しい拉致犯にさらわれたのだったーーーー。



 **


 私が住んでいる町には、やや小さめのノスタルジックな赤い鳥居が目印の神社が存在する。辺りの木々は紅葉真っ只中とあって、今が見頃となっていた。


 鳥居も含め、赤色と橙色と緑色の色彩が美しく、知る人ぞ知る穴場スポットとなっている神社なのだ。いわゆる観光スポットとしては、あまりポピュラーな場所ではないけれど、地元民にはデートスポットとして訪れたい場所ナンバーワンを誇っている。


 私も密かに君藤先輩と神社デートをしたいという願望はある。神聖なる神社に二人で訪れ、末永い交際を誓い合えることができればなぁ〜♡︎と、乙女心全開の私。


 運命的なことに、その神社は私にとってはとても身近な場所。


 実はこの<相川神社>。


 何を隠そう、我が祖父が神主を務めているのです。


 いつか君藤先輩と来れたらいいなと、切に願うに日々。


 なのに...。この状況は解せない。


 なぜなら私は今、その神社に君藤先輩とではなく、今日出会った見知らぬ拉致犯とともに訪れているから。


 君藤先輩が隣にいて成り立つ神社デートなのに、今私の隣にいるのは、イケメンとはいえ、私の絶対的ヒーローの君藤先輩ではない。


 ということで、美しい拉致犯は、祖父が神主を務める相川神社に私を連れ去ったのですーーーー。



 境内の一角にある古い御影石のベンチにやや離れて座った私たち。きっと傍から見ればカップルに見えているのかもしれない。


「紅葉綺麗だよね。君藤海李と来たかったでしょ」


(そうだよ。あなたではなく、好きな人と来たかったよ......。猛烈に...!!)


 と、心の中で本音を吐露した。


 聞いてきた拉致犯には、コクンコクンと強く頷くだけで表現した。


「きっと今頃、君藤海李のところに僕の友人が到着してる頃だなぁ〜」

「え?」

「この状況、つまり、君が僕にさらわれたってことを報告に向かわせたからね」

「...ねえ、なんで私を拉致したの?」

「あ、さっき自己紹介しそびれたけど、僕の名前は佐倉川恵瑠(サクラガワエル)。君藤海李と同じ17才。以後お見知りおきを」


(人の話を聞いちゃいねぇ...。美人さん改め、恵瑠くん。)


 呆れていると。


「えぇぇぇぇ〜!?!」


「うわっ!ちょっとー!!耳元で叫ばないでよ、あゆみくん!!」


 この人物の存在を、数分間完全に忘れていた......。というか、またもあゆみくんに発した言葉が、意図せずとも私の声によって恵瑠くんの耳へと届いてしまったはずなのに、無反応…。


「......嘘だろ?コレが、あの恵瑠ちゃん?どっかで見たことあるとは思ったけど、こんなだったんだぁ......」


 そんなことをブツブツと呟く私の背後霊くん。相変わらずあゆみくんの言ってる意味はよく分からない。だけど、またもや今回の恵瑠くんという新たなる登場人物に関しても、何か知っているのは明白だろう。


 それにしても、あゆみくんの”恵瑠ちゃん呼び”に違和感ありすぎなんですけど...!


 言葉の真相を明かす気など更々ないあゆみくんのことは、ここで一先ず放っておくことにする。


 あゆみくんの驚愕の叫び以降、ずっと泳いでいた私の視線は、目の前の視線とぶつかる。


 いつぞやの君藤先輩のように、真正面から私に若干鋭い視線を向ける美人な拉致犯こと恵瑠くん。けれどもやっぱりなんだか...同性に視線を向けられているようで、変な気分...。



「あゆみくんって」


 ほら来た。『架空の人物です』という言葉を準備し、その言葉を紡ぐ時を待つ。



「架空の人物、じゃないでしょ」



(え?...疑問符じゃなくて、断定?)


 準備していた言葉は、声帯を震わせ、声として発する機会を逃した。


 恵瑠くんがその言葉を発した直後の表情から、直感で自信があるのだと感じた。瞳からは読めないが、口角がクイッときれいに上がっている。


 やっぱりあゆみくんが”架空の人物”だなんて、無理があるのだろうか。君藤先輩の時はうまくはぐらかせたと思ったけれど、ひょっとして私の勘違いだったりするのかも。


 しかし…この恵瑠くん。なんでそうもはっきり断言できるのだろう。


「ねぇ、なんでなんも言わないのかな?正解なんでしょ?ね?」


 なおも自身の見解に、”自信”を畳み掛けてくる恵瑠くん。


「......はい。正解です...」


 恵瑠くんはへへっと笑い、自信満々にまた口角を上げた。


「どうして...架空の人物じゃないって思ったの?」


 そんな私の質問に対し、恵瑠くんはなぜだかとても不思議そうな表情で私を見つめた。


「何言ってんの?そんなの誰だってわかるよ」


 私は終始自信満々気な恵瑠くんにやや圧倒されるも、その言葉の真意に辿り着けないでいると。


「本当に単純な気付きだよ。だってさ」


 どうやら答えをくれるらしい。


「架空の人物に対して感情をむき出し気味に話すなんて、普通の人間の傾向としてはあり得ないよね?当然、架空の人物相手にーーーってなると、精神科への通院をおすすめしちゃうレベルでしょ。だからあゆみくんって子は、架空の人物ではない」


(あゆみくんのことはスルーしてくれたらいいものを!!......その点、君藤先輩はあゆみくんのことをスルーしてくれましたけどね。)


「あ、さっきの質問に答えるね。ほら、なんで拉致したのかって質問」


(え。ていうかこの人…名前にしろ拉致動機にしろ、私の質問をなぜ忘れた頃に答えるの!?わざと振り回して楽しんでる?いや、天然!?)


「なぜ拉致したか、答えは一つ。あんたの存在が気に入らないから。あんたが君藤海李の彼女じゃないにしろ、今までそばに女を寄せつけなかったあの君藤海李が、あんたみたいな幼稚な女を...なんで...」


 私はなんとなく、こう推理した。


 恵瑠くんは前々から君藤先輩に根深い嫌悪感を抱き続けていて、ダメージを与えて困らせるために、彼女だと勘違いした私を拉致したのだと。


 だけど本当はどうやらその逆で、君藤先輩への愛と、私への嫌悪が入り交じった感情が爆発してしまったのではないか。


 だけどそれは私からすれば、なんともはた迷惑な話なのだ。


(あー...なんかムカついてきた。美人だからってね、何しても許されるなんて思うなよーっ!!)



「ん〜そうだな〜。私が君藤先輩に好かれてるとすると〜、きっと私のウザさがヤミツキになったのかもしれないなぁ〜」


 拗ねている様子の恵瑠くんに対し、適当なことをわざと語尾を伸ばして言ってもっとイラつかせてやれ!と思ったのだ。


 そしてその作戦は、成功した。



「ふざけたこと言うのもいい加減にしな」



 出会った瞬間から所作も声も、なんとなく柔らかい印象だった恵瑠くんに、急に豹変するきっかけを与えた私。


 背筋が凍るほどの鋭い目つきと、静寂の中、微かに響いた重低音ボイス。感情の起伏によって、ここまで音域を広げれるのは凄いというのが率直な感想で...。


 その静かなる怒りは、不気味さをも含んでいたせいで、怒鳴って怒りを露わにされるよりも迫力が増強していた。


(......一応謝っとかないと、身への危険すら感じるんですけど...。)


「あー、今とりあえず謝っとくか、みたいな顔してる」

「へ......」

「図星らしいね。...まったく、表情がコロコロ変わってかわいいね、あんた」


 不気味に笑ったり、怒って鋭い視線を向けてきたり、かと思えば機嫌良さそうに笑ったり。表情がコロコロ変わるのは、意外にもあなたもだよ。と指摘したら今度はどんな表情に変化するのだろう。


 今度は、また意地悪気に笑ったーーーー。


 そして。



「ねえ、知ってる?君藤海李の過去の話」

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