ミッション8:君藤先輩に触れてもらうべし!!

 ーーーあゆみsideーーー



 最初からそうするべきだった。


 そうすれば、ミッションなんて一回コッキリで終らせることができたかもしれなかったのかなって思う。


 先輩のことなんて諦めるしかない状況にもっていけたのに。


 つまりは、失敗させることができたのにーーーー。



 なーんてことは、由紗には言えない。



「ねえ由紗さん。次のミッションは、君藤先輩に触れてもらうってのはどう?」



 AM6時すぎーーーー


 夢の世界にどっぷりハマっていた由紗は、突如現実の世界へと引き戻された。スマホのけたたましい目覚ましミュージックによって。


 上半身を起こして寝惚けまなこを擦り、未だ脱力気味の体を左右にフラつかせては頭をコクリッ。今にも二度寝に突入しそうだった。


 が、俺はそんな使えない目覚まし機能の代わりに、驚きのミッションを由紗の耳元で元気に発表した。そして、完全に目覚めたらとっととミッションを遂行させようと企んだ。


「...は?......ええ!?うそ、冗談でしょ?私の体を??...どうやってそんな状況にもっていけばいいの?どうしよう...どうしよう。......でも...キャーッ♡︎先輩をオカズにした妄想が止まらないーっ♪!」


 ほらね。1発で起きた。マジちょろいわー。


 ...って、おいおい。ヤバいってその顔...。白目になってんじゃん...。変態気質があるとは思ってはいたけど、やっぱこの人、変態だなぁ...。(断言!)


 ”驚愕””不安””快楽”という3つの感情が同時に押し寄せた時、これほどにまでイカれてしまうものなの?


「ねえ、由紗さん?」


「んー?ナーニ?あゆみく〜ん♡︎♡︎」



 ダメだこりゃ...。妄想で夢見心地の由紗は手に負えない。妄想の世界はさぞかし平和そうで何より。


 少しの間悲しい思いをさせてしまう。だからこそ、平和で幸せそうな由紗の顔を拝むことができる”今”を、この目に焼きつけたいーーーー。


 だけど、俺の勝手すぎる願望は、当然の如くーーーー誰も知らない。


 ・・・・・・

 願望その1:ミッションの結果は失敗に終わる。


 願望その2:先輩との恋愛は成就せず、約束通り先輩との恋を諦めなければならないという結末を迎える。


 願望その3:やがて由紗は先輩以外の男を好きになる。

 ・・・・・・


 それらの願望を叶えた暁には、俺はもう、


 いなくなるーーーー。



 由紗が未来で幸せに生きるためには、俺は”過去の由紗”を悲しませることなど厭わない。



『願い事はね、あゆ。ブレずに願い続ければ、絶対に叶うんだから!』ーーーー



 今のあんたじゃないあんたは、そう断言してたじゃん。


 あんたに何度も何度も元気と勇気をもらい、自信に繋がる言葉ももらったよな。


 俺はもう、それだけで十分なんだ。



 とはいえ、意地悪も言いたい衝動が...。


 きっとこれ、親父の血が原因。


 ”親父”かぁ。一度もそう呼んだことなんてないんだけどね。



「由紗さんはさ、どこを触れられると理性崩壊しちゃうの?」



「......え?」




 あれ...?


 長い間といい、その困惑に満ちた反応は想定外なんだけど。


「考えたことなかったけど......手、とか?」



 うぶぶってるよ...。手、だって。んなわけあるか!それじゃせいぜい顔を赤らめる程度じゃんか。理性崩壊なんて程遠いわ。ていうか、あんた以前先輩の頬に自ら積極的にキスした分際だぞ!?どの口が言う?手が触れただけで理性崩壊するんなら、あの時はどんな状態だったわけ?


 ...って、何むきになってんだ、俺。由紗相手にアホらしいーーー。




 **


 ーーー君藤先輩に触れてもらうーーー



 これが次のミッションとなる。


 はっきり言って難しい。触れてもらうって、手じゃあまりにも幼稚すぎるの?



『由紗さんはさ、どこを触れられると理性崩壊しちゃうの?』ーーーー



 私は君藤先輩になら、体のどこを触れられても理性が崩壊してしまう自信がある。嬉しすぎて狂ってしまうでしょう。


 昨日は君藤先輩、一段と素っ気なかったけれど、結果的にはミッションクリアへと繋がり、恋愛成就へ一歩前進となった。


(昨日の君藤先輩不足を今日解消できるなんて、パラダイスか!!)



「パラダイスでーす...」

「あゆみくん...」

「頭ん中お花畑ってやつ?余裕ぶっこいてるように見えるけど、戦略はあるの?どうやって触れてもらうわけ?」

「う...」


 戦略は、まだない。あゆみくんが指摘したように、私の頭の中は現在お花畑に占領されていて、ミッション失敗のことなど微塵も想像できないおめでたい思考となっておりますので。


「言っとくけど、触れるって言っても故意じゃない触れられ方は却下。例えば、隣を歩いていてどっちかがよろめいて一瞬手が触れちゃったとか、『この子のほっぺすっごいすべすべしてんだよ。触ってみ』って誰かに促されて触るとかはダメってわけ」

「了解。だけどさ、故意ってのはやっぱ難しいよね...」

「武器使うしかないかもね」

「ぶ、武器?そんな物騒なもの......まさか」

「そう。銃を先輩に突きつけて、『撃たれたくなかったら私の体を触って』って脅すんだよ。とでも言うと思った?低レベルすぎて呆れるわー」


 言葉の最後にハァ〜...という重苦しい本気のため息が耳の後ろから聞こえてきて、一瞬泣きそうになる。ただふざけただけなのに...。


 本当はわかってます!武器の本当の意味ぐらい!


「はいはい。なんとかして女として意識してもらって、触れたいって思われるように頑張ればいいんでしょ!」

「...最初からはぐらかさずに言えばいいじゃん」

「あのね、女の武器なんて言葉...私にはまだ早すぎて恥ずいよ...」


「そういう純粋なとこ、変わんなくて好きだなぁ」


 そんな言葉を本気モードでサラッと呟かれ、不覚にもドキンッと心臓が跳ねた。


 イケボだし。事実、あゆみくんにときめくのってこれで何度目なのだろう。



 ちょっとここで余談ーーーー。


 今の言葉からすると、まるで過去の私を懐かしんでいるかのように聞えた。


 それと、意味不明なのだが、時々私に好意があるようなことを、今までにも何度かあゆみくんに言われたことがあった。最初は恋愛対象にされているのかと思った。けれど、私に対し恋愛感情はないらしい。


 その後も何度か過去の私を知っているかのような発言は続いた。自分が記憶喪失になって、大切な人から意味不明な言葉を投げかけられているような錯覚に陥り、とても不思議だった。


 現実の私は当然、記憶喪失ではない。


 だけど、あゆみくんのどこか切実そうな声色が、大袈裟だがそのような空想の世界へと私を導いた。


 ”本気モードの声”は、恋愛モードではないにしろ、決して嘘ではないと信じたい。


 この不思議な感覚は、これからも続くのかもしれないし、もうおしまいなのかもしれない。


 姿なきあゆみくん自体がもはや不思議な存在なだけに、今後不思議なことが起こったとしても、ある程度のことは受け入れられるような気がする。


 そんな予感とともに、余談終了。



 焦りは禁物だけど、そろそろ本腰を入れてミッションに専念しなければ。


 私の本心を言わせてもらうと、君藤先輩に女の武器を使って触れていただくのは、気が引けるというか...色気ゼロの私らしくなく...心苦しいというか...。とにかくそのやり方は腑に落ちないので、違うやり方を考案したい。


 当然軟派な触れ方ではなく、君藤先輩らしい不器用な触れ方をしていただく方法をーーーー。


 君藤先輩は硬派の中にも、”男の欲望”はちゃんとあって、以前一度だけこんな色気不足な私相手に”欲望スイッチ”が作動したことがあった。まああの時は、【個室・ベッド・自分に好意を寄せる女】という誘惑材料がちゃんとあったから、健全なる男子たるもの、狼と化すのは当然のような気もする。未遂だったが...。


 そしてこれから、現実問題と向き合うべき時が訪れた。


 お色気抜きで無事にミッションをクリアしてみせる!!!(意気込みだけはいっちょ前。)



 そして現在私は、今回のミッションに最適な場所を陣取っている。


 ヒント★過去3回のミッションはここで起こっています。(早速解答です↓)


 ”ミッションは会議室で起きているんじゃない。登校中に起きている”ってやつです!


 某人気映画のお馴染みフレーズをもじったこれを言いたかった私...。



「おはよ、由紗ちゃん。今日も懲りずに海に接近戦?」

「え、あ...はい!言わばこれは戦いですから!」(ミッションをクリアするための!)

「ん?そうなんだ」


 今日も君藤先輩の隣を歩く高山志希先輩。私が君藤先輩の真後ろを陣取っていることに、素早く気付いたのだ。


 最近他の君藤軍団の先輩方は一緒じゃないらしい。みんな彼女がいるから朝からイチャイチャしてるのでしょうか。


 人気者のお二人、君藤先輩と志希先輩には、未だ彼女不在。


 もしかして、理想が高すぎてやしませんか?と、本人たちに質問したくなるけれど、高すぎは困ります!と、ムキになって食らいつきそうな自分を想像し、危惧の末、口を一文字に結んだ。



 そしてーーーー。



「相変わらずお前は朝からグイグイくるよな」



(きゃー!!君藤先輩も振り返ってくれた〜♡︎...て、うぅっ...顔がめちゃ怖なんですけど。ていうか、昨日は大人しくしてましたよ。)


 鼻で小さくため息をついたあと、飄々とした声で。



「俺、学習能力ゼロで想像力を働かさない人間とは話したくない」



 君藤先輩からそんな辛辣な言葉を吐露され、約5秒間。私の瞳は、私を真っ直ぐに見つめる君藤先輩の瞳に捕らわれた。



 そしてゆっくりと視線を落とし、綺麗な瞼を見せつけ、素っ気なく私に背を向けた。ため息を合図に再び歩みを進めた時には、私は先輩の怒りの意味を理解できていた。


 今日は周囲を見渡したって女子の姿はない。それに油断した私は、即座に君藤先輩の後ろをマークした。


 それが結果的にダメだったのだ。


 昨日の君藤先輩不足を補うべく、本日早々に接近し、なんとかして私に触れてもらえるよう仕向けようとしていた。なんの作戦もなく、ぶっつけ本番で強行しようとしたのだ。


 いや、今焦点を当てるべきところはそこじゃない。ミッションのことはさておき、ダメだったところはもう一つある。


 君藤先輩は昨日の登校時、わざと私に素っ気なく接し、あしらってくれた。結果的に君高ファンの妬みから私を守ってくれたのだ。


 なのに今日、私が甘い判断をしたせいで、また君藤先輩を落胆させてしまった。本当、学習能力ゼロだ。”事件は会議室でーーー”発言を心の中で叫んだ自分が馬鹿すぎて嫌になる...。


 ファンたちがどこかの木陰に潜んで君高コンビを拝んでいるかもしれない。それに、君高コンビから遠く離れた前方、あるいは後方にいる登校中のファンたちが、望遠鏡を使って監視しているかもしれないのだ。


 本当、君藤先輩の言う通り、想像力を働かせて行動すべきだったと思う。


 こんな私はきっと、嫌われるに値する。自分のことばかり考えて行動に移すのは良くないこと。ミッション重視に考えてしまい、周りが見えていなかった。


 その点君藤先輩は私のことを考えてくれていた。よって、二日間連続でキツい言葉で私を罵るという”悪役”を演じさせてしまう結果となった。本当にいろいろと自分が情けない。


 登校中、いや、下校中も含め、君藤先輩に接近するのはもうやめておこうと心に決めた。


 立ち止まったままの私。遠ざかる君藤先輩。そして、その二人の距離を辿って私の元へと歩み寄る一人の人物。高山志希先輩だ。


「不器用な海のために、フォローしに来たよ」

「え?ありがとうございます!」


(な、なんて心優しいお方なの!!!)


「昨日言ったでしょ。海はムッツリだって」

「...え?あ、はい...」

「ムッツリってさ、不器用の一種だと思わない?だって、感情を隠しちゃうんだもん」


 やっぱり長年一緒にいる志希先輩には勝てっこない。そしてこの時私は、君藤先輩という人は幸せ者だと思った。志希先輩が君藤先輩の人間性を十分理解してくれた上で、そばにいてくれているのだから。


「だからさ、由紗ちゃん。あいつのムッツリな無言のサインに気付いてやってほしいんだ」

「無言のサイン...ですか?......あっ」


 志希先輩が言う”ムッツリ”の意味が、昨日といい正直今も理解できていない。だけど、”無言のサイン”と聞いて、ある場面の君藤先輩を思い出し、突としてストンと腑に落ちたのだ。


 約5秒間、私を見つめた君藤先輩ーーーー。


 あの時に私は、無言の君藤先輩から念を送られていたのだろうか。でも、どんなサインを送られたのか検討もつかない。


「あの時、君藤先輩は私に心の中でなんて言ったんでしょう」

「正直俺にもわからないんだよね。でも、愛ある眼差しだったのは確かだよ」


 怒ってると思ったあの時、実は志希先輩の言う、”ムッツリな無言のサイン”を私に送っていたのかと思うと、なんだかとても君藤先輩が不器用すぎて愛おしく感じる。


 私から一層遠ざかる君藤先輩の堂々たる背中を、じっと見つめた。


「登下校中はもう、接近戦は自粛した方がいいかもね」

「そうですよね...。私もついさっきそう思ってたところです。後先考えない行動は控えなきゃいけませんよね」

「今まで海に対して積極的に近づく女子なんて皆無だったからさ、あいつの珍しい反応を見るの、俺的にはすっごい楽しいんだけどね。ただあいつ不器用だから、あのままじゃ般若になりっぱなしじゃん?」

「はい、確かに...。君藤先輩のためにも登下校時は自粛します...」

「登下校時以外を期待してるよ」

「え?...はい!でも、調子に乗っちゃいますよ。私」


 それも大歓迎♪と笑顔で答え、かなり先を歩く君藤先輩の元へと戻って行った志希先輩。外見のみならず、内面も魅力的で素敵な先輩です。


(あゆみくんの憑依事件では大変ご迷惑をおかけいたしました...。)


 私に取り憑く男の子による志希先輩への無礼(憑依)を直接謝罪したところで、きっと理解に苦しむだろうから、やむを得ず心の中で謝罪した。


「”事件”なんて大袈裟だと思うけど?」


「ひゃっ」


 いつも私は油断している。だから、私の耳元近くで突如あゆみくんに話しかけられるということに、未だに慣れない。


「大丈夫だよ。俺と志希先輩は体の相性がいいからねっ♡︎」


 約2時間ぶりのあゆみくんご登場...。


「あゆみくん...。その誤解を招く発言とハイテンションやめてくれる...?」

「ごめんごめん。ところでまた君藤先輩ご機嫌ななめだったね」

「感じ悪いよ、あゆみくん。なんか嬉しそうな声だけど?」

「気のせい。気のせい」


 棒読みなのがムカつきますが、スルーします。


「私が悪いんだよ。ミッションを早々にクリアさせたくて、朝から暴走しちゃったから...」

「俺は頑張れとしか言えない」


 なんだか急にあゆみくんの声が冷たくなったような気がした。


「うん。私も頑張るとしか言えない」

「マネすんな」


 そこから当分、あゆみくんが声を発することはなかった。


 あゆみくんの心情は、声色でしか判断できない。


 常に頭の片隅に存在する私の疑問。


 あゆみくんがなぜ私の元に現れたのか。なぜ恋愛成就を切望する私のためにミッションを課し、成就するチャンスを与えてくれるのか。解明される日はいつか来るのだろうか。


 縁結びの神様に徹してくれるのかと思いきや、失敗したらあっさり先輩を諦めろなんて...。色々と理解に苦しむのです。



 神か悪魔かーーーー



 8回ものミッションに辿り着いた今もなお、まったくもってあゆみくんの正体は不明だ。当然の如く、あゆみくんは心の内を明かさない。


 このままならない状況がとてつもなくもどかしく、ガクッと項垂れる。時が経つにつれ、この思いは一層強まっている。

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