ミッション7:君藤先輩と距離を置け!!

「そんな〜っ...!!じょ、冗談でしょ!?」


「なんで?いたってまじめに考えた挙句のミッションだけど?」



 ありえません。なぜあゆみくんはそんなにも今まで以上に過酷すぎるミッションを、私に課せようとするのでしょうか。理解できなさすぎる。


 今までだと、体育祭のクラス対抗リレーで1位をとるというミッションで、その練習期間だけ数週間君藤先輩断ちをしていたけれど、それ以外は君藤先輩絡みのミッションばかりだったはずじゃありませんか。


(また君藤先輩断ちは嫌すぎる!絶対に無理!!)


「ふーん。じゃあ、恋愛成就させてあげられないなぁ」


「そんな無慈悲な〜...。鬼あゆみぃーっ!!」


「なんとでも言って。前にも言ったじゃん。ミッションが苦労なく簡単にクリアできたら、その恋の価値が下がるって。俺から見ると、今までのミッションは少し甘すぎたって思ってる」

「え...?あれが...?」

「絶体絶命級のハプニングに見舞われて、精神的に追い込みたいよね」


 鬼すぎていっそ清々しい。


「成功する可能性が高すぎるミッションじゃ意味ないんじゃない?苦難を乗り越えてこその恋愛成就だと思わない?」


「...そりゃ、そうかもしれないけど......」


(あーあ。ブーブー言ってるし。でも...もうそろそろ鬼に徹しなきゃ...由紗の未来は不幸になるんだよ。鬼になるのが遅すぎたぐらいだっつーの...。)



「こんなにも近くに君藤先輩がいるっていうのにぃーっ!あー...あの細く華奢に見えて実はガッチリしてる体に抱きつきたいよぉーっ!!」


 ※妄想からの断定系...。この時点では君藤先輩の裸姿を拝めていません。まだこの時点ではーーー。


 これは、目の前のパラダイスな光景を目の当たりにした色ボケ女の率直な感想なのです。



 今は登校中ーーーー


 いつものように君藤先輩軍団の中でひときわ輝く君藤先輩の背中を見つけた瞬間、胸の鼓動が騒がしく、身悶える。


 そして、二日ぶりの尊い登校風景に、意気揚々としていた時、ボソボソと私の耳元で悪魔が囁いたのだった。



『決めた!今回のミッションは、一日君藤先輩を無視して距離を置くっていうのはどう?』ーーーー



 そして、冒頭のやり取りに至るのです。


 あゆみくん…。今日のミッションを決めかねていたのかもしれないけど、いつものように、遅くても家を出る前に今日のミッションを伝えて欲しいものです...。


(それにしても、君藤先輩の後ろ姿たるやーーー最高すぎだ!!歩くたびにシワが寄るスクールシャツ。きっと無自覚なアンニュイ歩行。控えめに靡く髪。とりあえずそれだけでもたまらんのです!!抱きつきたい!!)


「その煩悩、朝からはキツいって...。ま、やれるもんならやってみて。朝から変態呼ばわりされてもいいんならね。ていうか、それした時点でもうミッション失敗になるからね。それとも、潔く断念する?」


 声色に、冷たさを感じてしまう...。


「距離縮めたと思ったのにな。残念...」

「...ん?」

「あゆみくんのミッションのおかげで、君藤先輩とはいい感じになりつつあったけど、あゆみくんとは...」

「由紗...さん?」



 なぜにこんなにも上手くいかないのだろうか。


 最近君藤先輩とは、着々と成功するミッションのおかげなのか、恋愛面で一歩一歩前進しているように思えた。


 なのにあゆみくんとは、だんだんと心の距離が離れてしまっているような気がしてならない。


 あゆみくんにとって、私に課せるミッションとは、暇潰しのゲーム感覚なのではないだろうかと思わずにはいられない。


 ならばボイコットすることも選択肢の一つなのかもしれない。だけど、私は当初から、あゆみくんを信じてミッションを遂行すると決めたのだ。


 たとえ疑わしいことがあったとしても、この信念は曲げてはいけないと、頭の片隅に存在する冷静な自分が声を大にして叫んでいるのだ。


「あゆみくん...私、やる。どんなに過酷なミッションだとしても、やり遂げたい」

「無慈悲で心離れた感ある俺が指示するミッションでも?」


 ハハハ...と笑うその声色から、苦笑しているのだとわかる。


「私の心の声、気にしないでくれるとありがたい...」

「いちいち気にしてられないよ...。で?ミッションを遂行するつもりなら、今後どう行動すればいいのかわかる?」

「......うん。今日一日、もし君藤先輩が話しかけてきても、話さず無視!」

「いいねー。その意気込み」


 決して意気込みではない。投げやりだ。


 たかが一日。されど一日なのだ。


 たったの一日でも君藤先輩と話ができない日が来るなんて......私にとっては、酸素が薄い世界で生活するのといっしょだ。


 大袈裟ではなく、胸が苦しくなるに決まってる。そして、大袈裟だけど、途方もなく寂しすぎて死ぬかもしれない。


 でも、あゆみくんには想像以上に情が湧いているからこそ、抗えないーーーー。



「あ、由紗ちゃん発見」


 君藤軍団の30m後方をとぼとぼ歩く負のオーラを纏った私を発見したのは、君藤先輩と人気を二分する高山志希先輩だった。そして最近、あゆみくんが二度も憑依させてもらった人物だ。


 君藤先輩は、んー?てな感じで後方にいる私を一瞥したが、動じず正面を見据えた。


(え?)


 そんなにも素っ気ない、いわゆる塩対応の君藤先輩に、私は下唇を噛まずにはいられないわけで...。


(まあ、いいか。今日は君藤先輩を無視しなきゃいけないんだし...。)


 冷酷な君藤先輩の横で、器用な後ろ歩きで私と向き合う志希先輩。実に対照的に感じてしまうお二人。


 志希先輩は何か言いたげに含み笑いをしているのが見受けられるのだが、ここは目を逸らし、スルーを決め込む。


 だけど志希先輩は、横にいる君藤先輩を親指で指差し...。


「この隣の男、ムッツリでかわいいんだよ」


 何を仰る志希先輩。そんなことはとっくの昔に気付いてましたよ...。なんてことはとても言える状況ではなさそうで。


「だって、由紗ちゃん見た直後、バレないように一瞬顔ニヤつかせてんだもん。ね?かわいいでしょ」

「は?んなわけねぇだろ。うるせーよ、志希。悪趣味も大概にしろよな」

「ハイハイ」


 でも本当のことじゃん。と、私に大袈裟なクチパクで訴える志希先輩。何気に恋バナが好物なようです。君藤先輩に悪趣味と言われちゃうほどに。


「志希、絡むとうぜーからそいつの方は見ずに前向いとけ」

「はぁ?それひどくない、海」

「いいから」



(......ん、あの......あれ?君藤先輩、ご機嫌ナナメ?)



 君藤先輩は歩く速度を上げ、のろのろ歩行の私から遠ざかっていく。私と向き直るどころか、再び視線を向けることすらしてはくれないらしい。


(なぜだろう。おかしいな...。)


 いや、違う。おかしくはない。これが本来の君藤先輩であることを、私は忘れていた。


 君藤先輩を見てるだけじゃ物足りなくなった私は、恋愛成就のために課せられたミッションを遂行すべく、勇気を出して君藤先輩に接近。奇跡的にお近づきになれたのだ。


 そんな経緯があってこその今があることを忘れてはいけない。


 もう一度自分に言い聞かせる。


 今目の前にいるそっけない態度の君藤先輩こそ、私と絡む以前の君藤先輩本来の姿なのだと。


 今回のミッションは君藤先輩を無視すること。すなわち、再びの【君藤先輩断ち】なわけで、今日は私からアクションを起こしてはいない。


 お互いに素知らぬ振りをする仲ではない気もする。だけど、君藤先輩は私の前方にいる。私がいることに気付いても、普段から注目されている先輩が、わざわざ後ろを振り返ってまで一人の女子の元へと近寄るはずがないのだ。


 リレーの練習期間中のある日の登校時に、らしくなく君藤先輩から執拗に後ろから追い回されたことがあった。あの時は幸いなことに、恋に興味がなさそうな大人しく真面目そうな男子ばかりが周りにいたためか、噂にはならずにすんだ。


 あと、体育祭終了後にスーミンと下校していて会った時だって、周りに人がわりと大勢いたが、同じ制服を着た生徒は見当たらなかった。


 きっと私と噂にならなさそうなシチュエーションを選び、声をかけてくれていたのかもしれない。



(あっ...ということは!)



 私はすぐさま周りを見渡した。やはりそうだ。周りにはほとんど女子だらけ。



『志希、絡むとうぜーからそいつの方は見ずに前向いとけ』ーーーー



 常に自分と志希先輩が女子から羨望の眼差しで見られていることを知っている君藤先輩が、志希先輩に前を向くように促したのってーーー別に私に対し、怒ってたわけじゃないのかもしれない。


 私が女子からの嫉妬の対象にならないように、あえて距離を置いてくれたのかもしれない。


 私がミッションで君藤先輩に接近した時はというと、お構いなしに猪突猛進の狂った女が、”女嫌い王子”に無謀な告白をしたと笑いものにされてしまったけれど、運良くそれ以上騒がれることなく、噂話は鎮火した。<ミッション1・2の通称クルミちゃん事件とドーナツ事件参照>



 普段誰に対しても塩対応の君藤先輩なだけに、私に対し、安定の不機嫌っぷりを醸し出しているだけだと誤解するところだった。


 そして、私が自ら行動を起こさなくても、君藤先輩の方から逆に私を遠ざけ、無視したということはーーーー。



「その点でも君藤先輩に助けられたよね。ミッションクリア〜...コングラッチュレーショ〜ン...」



 このやけにわざとらしく、感情がこもらない低音ボイスの理由は...?


「由紗さんを無視することによって、嫉妬に狂う女たちから由紗さんを守った挙句、無自覚だけどミッションクリアにも貢献してくれたんだもんね。君藤先輩......」


 即座に解答をありがとう、あゆみくん...。好きな人に守られ、苦労もなくぬくぬくとミッションクリア〜ってな感じで事なきを得た状態の私にムカついているのだろう。


「無視されて距離置かれて守ってもらえちゃって?結果ミッションクリア?あーあ、やってらんねぇわー」



 あゆみくん......不機嫌に本音を吐くの巻。


(ていうかさ...”腹黒なあゆみくん”を声で猛烈に表現してて、もはや疑われちゃいけない部分を隠す気もないんじゃん!?)



【本当はミッションクリアを望んでいないのでは?】ーーーー



「ねぇ、あゆみくん。まだ今日は始まったばかりだというのに、なぜもうミッションクリアだと断定するの...?それでいいの?」


「いいんだよ。ミッションなんて最初から出来レースのようなもんだからね」


「どういう意味...?」


「だから、ミッションクリアなんてしなくても...あんたらは結局......」



 投げやりにブツブツと呟いた言葉は、私の耳にすんなりと入ってはこなかった。


 ”ミッションクリアなんてしなくても...”まで聞こえ、その先はなんて言ったのかを聞いたところで、きっとはぐらかすから聞き返さなかった。


 とりあえず、本日もミッションクリアした模様ですーーーー。


(...だけどね、由紗。出来レースだとしても、僅かな可能性でも信じて、あがいてでも由紗のために幸せな未来を手に入れたいと思ってるよ。)


 あゆみくんの願望は、ますます強くなる一方なのです。


 今回のミッション中君藤は、無視することで”さりげなく由紗を守る男”をまざまざと見せつけた。結果、やる気をなくしたあゆみが早々と白旗をあげる形となったーーーー。

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