ミッション6:休日逢瀬作戦再び!!(2日目)〜イチャラブへの道〜
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「うぅっ!痛ぁ〜いっ!」
気が付いた時には、私はなんらかによる痛みによって悶絶していた。その最中、薄目を開け、ある対象を捉えた。
私の体の上で小さなピンク色をした小動物が右往左往しているではないか!
(なっ、何!?)
「あ、目が覚めちゃったよねー、由紗ちゃん!ごめんね、クルミが興奮して突進しちゃって〜」
(クルミちゃん......?)
悶絶もほどほどに、呼吸を整え、思考回路が回復したことで、ゆっくりと状況を把握する。
どうやら私は、君藤先輩のペット、ミニブタのクルミちゃんに、どえらい衝撃と少しの痛みを与えられたとともに目覚めたらしい。
気が付けば横たわる私の真上に、見覚えのある顔が二つと、見覚えのない顔が一つ。心配顔はほんの数秒で、私の起床を心待ちにしていたかのように、嬉しそうに顔をほころばせて私を見下ろしている。
この中に、君藤先輩はいない。
凜子さんに萌香さん。そして見覚えのない端正なお顔立ちの40代ぐらいの男性。多分前回君藤家にお邪魔した時、部屋の奥から声だけ聞いたことがあるはずのこの男性が、凛子さんの彼氏さんなのだろう。
君藤先輩のお母さん、お母さんの彼氏さん、新妻が会するという緊張感が生じる環境(君藤家)に、私は今、身を置いているらしい。
きっと今ここに不在の、君藤先輩の企みによってーーーー。
ここは大好きすぎる君藤先輩の自宅でもあり、かなわぬ恋敵・萌香さんが在する敵地でもある。
私はようやく上半身を起こし、床に足をつけたと同時に、あのー...と三人衆をおずおずと見つめた。
「私、なぜこちらにお邪魔しているのでしょう」
確か...気が動転してしまって...君藤先輩の背中を見送り...ふっと力が抜けて路上に倒れ...なぜかリターンズボーイになった君藤先輩にお姫様抱っこしてもらって...先輩の胸の中で気を失い...気が付けばココに横たわっていたのだから、何がなんだか...。
すると、憎き恋敵が嬉しそうに身振り手振りで話し始めた。
「私は萌香。昨日会ったよね!」
「あ、はい…。相川由紗です」
眩しいくらいに明るくてフレッシュで、人懐っこいコミ力高い優れ者の萌香さんをまえに、劣等感しかない私...。
「よろしく!さっき海くんがね、帰って来るなり『ちょっとこいつ寝かせてやって』って、お姫様抱っこしてた由紗ちゃんをうちらに預けたってわけ。なんか知んないけどすっごい機嫌悪かったんだよー。...あ!申し遅れましたが私は海くんの...あ、これ、私の口から言ってもいいやつ?」
いいえ。言わないで下さい。もう薄々わかっているものの、今ネタバレされて耐えられるメンタルじゃないですから。
「もちろんいいんじゃない?」
「いずれわかることだし、いいとは思うぞ。でも、海李くんがお連れしたお嬢さんだからなぁ...。海李くんを差し置いて話すっていうのは違う気もするな」
と、あっさり承諾する凜子さんと、慎重派の彼氏さん。今の会話は、2人の微笑ましい関係性が表れていると感じた。いい意味で楽観的且つ白黒はっきりしている凛子さんの意見を、まずは肯定した上で控えめに正論を伝えていた彼氏さん。
凛子さんを見つめる彼氏さんの瞳の温かさや包容力によって、凛子さんは守られているように思えたのだ。
君藤先輩は母を取られた寂しさを心に秘めているのかもしれないが、この彼氏さんなら凛子さんを幸せにしてくれると思える場面を、今の私のように目の当たりにしたのかもしれない。
とにかく、彼氏さんは素晴らしく好印象なわけです。
そして、恋敵萌香さんの分析にも余念がない。
萌香さんは顔立ちがとてもかわいらしいが、時折見せる大人っぽい仕草も魅力的な、好感度の高い女の子なんだろうなぁと推測する。公園での君藤先輩との会話からして、クールな君藤先輩を萌香さんの圧倒的な人懐っこさによって振り回す系女子とみた。珍しく君藤先輩が若干タジタジだったことに、正直モヤッとしたことをふと思い出す。
「いいよ。教えてやって。こいつに」
そこに、コンビニの袋を持った君藤先輩が現れた。帰るなり、私に向けられた射抜くような視線に、案の定、胸が高鳴る。けれど、その言葉はとても私にとって残酷な結果を生むような気がした。
君藤先輩は無言で私にそっと冷たいオレンジジュースのペットボトルを手渡し、ソファーの背もたれの上に座った。
「わかった。あのね由紗ちゃん、もうすぐ私は海くんの...」
(嫌っ!聞きたくない!)
「妹になるの!」
「.........へ!?あの...い、妹!?!...じゃあ萌香さんは、彼氏さんの娘さんってこと!?」
「そうだよ。初めまして。近々凛子と結婚することになった深海遥輝です。そしてもうご存知のように、コレが娘の深海萌香です。連れ子ってやつ。今日は僕一人でただ遊びに来るってことになってたんだけど、萌香がどうしても私も行きたいって強引についてきてしまってね。そしたら凛子が結婚して正式に一緒に暮らすまで、週末だけでも一緒に過ごそうって提案してくれて、今に至るってわけなんだよ」
「そうなんですね。新生活の予行練習って感じが初々しいです」
「我ながらナイスアイディアって思ったんだよね〜。...まあ、まだ早いってグズグズ言う我が息子を説得するのに時間を要したんだけどねー...」
(あ...。君藤先輩があの時すぐ帰ると言ったのに1時間以上帰らずじまいだったのは、グズグズ週末予行練習に文句言って説得されてたからなのか!)
それにしても、私は大いなる勘違いをしていた。萌香さんは凛子さんの彼氏さんの娘さんで、君藤先輩を見初めた凛子さんの知り合いではなかったのだ。スーパーで一同会していたわけが、ここにきて理解できた。
「あっ、私も改めて自己紹介させてください。私は君藤先輩のことが無性に好きすぎることが悩みの、学校の後輩、相川由紗と申します」
「おい...そのしょうもない自己紹介、恥ずいからやめろ...」
「さっすが私が見初めた女の子だわ〜!おもしろ〜い♪」
ありがたいことに、私という変人を凛子さんは気に入ってくれている。
「それより、やっぱお前萌香のこと、誤解してたよな。...ま、俺の思惑通りなんだけど」
「へ...?!...さては先輩、誤解してる私を嘲笑ってたんですね。鬼畜!」
「なんとでも言え」
「もしかして由紗ちゃん、海くんと私が結婚するって思ってたの!?」
「はい...。先輩の紛らわしい言動によって謀られてしまってたようで...」
やっぱり君藤先輩は、私の心を弄ぶ快楽犯なのだ。萌香さんが自分の幼妻だと自分にゾッコンな私に誤解させ、落胆、悶々とする様を愉快だと思う鬼畜っぷり...。それでも嫌いになれませんが。
そして君藤先輩の口から、さらなる衝撃発言が飛び出した。
「15才は結婚できねぇから」
主語がなかったけれど、誰のことだかすぐに理解できた。
「え...萌香さんって、15才!?」
「そうだよ。お前より多少体に凹凸あるし、わりと大人っぽいから自分より年上だと判断したんだろうけど、萌香中3だからな」
君藤先輩が指摘したように、萌香さんは私よりも発育が良く、大人っぽいという理由から少し年上とばかり思っていたけれど、実際は一つ年下の中3だというのだから、驚くしかない。
そこで再び萌香さんが君藤先輩の腕に密着し、手を絡ませたのだから、私は心乱されるはめに。
「いやーん♪”多少体に凹凸がある”ってさあ、どこ見てんの?海くんったらエッチ〜♡︎」
「兄妹でイチャつく設定なんてキモいんだけど」
と、嫌がり、すぐに萌香さんの手を退けた君藤先輩。照れているようにも見えたのは私だけだろうか。昨日は嫌がる素振りもなく、絡ませ放題だったくせに。と、心の中で指摘する。
「冗談冗談。ごめんね、由紗ちゃんが嫉妬するかわいい顔が見たかったんだ」
「兄妹そろって私に対するおちょくりはご遠慮願います...」
なぜか萌香さんの表情がパァーっと明るくなった。
「兄妹かぁ〜。...私、念願だったんだァ。一人っ子だから、ずっと兄弟が欲しかったの」
あ...そういえば公園で。
〜〜〜〜
『海くん、今日海くんち泊まってもいい?』
『改めて確認しなくても、今日そのつもりで来たんじゃん』
『だって、猛烈に強い願望が現実になるなんてさ、夢じゃないかって疑いたくもなるよ』
〜〜〜〜
あの会話はカップルの卑猥な会話ではなく、新しく家族になる兄妹の喜ばしさ溢れる会話だったわけですね。解釈が違えばまったく会話の内容が変わるなんて不思議。萌香さんのやたら甘い声とか、君藤先輩にベタベタにくっついて腕を絡ませてた件は意味不明だけど...。
「だけどさー、海李が由紗ちゃん限定で変態気質があったとはねぇー」
「は?なんで変態なんだよ」
突如、凛子さんと君藤先輩の親子喧嘩勃発。
「あんたはそんなこともわかんないおバカさんだっけ?」
「バカ?」
「まだまだあんたはガキだよねぇ、することが。小学生低学年男子かっての!その歳で女の子いじめて楽しむなんて、もはや変態の域でしょ」
とても険悪なムードに、居心地の悪さを感じていた。
「ふーん。俺が変態ねぇ...。人に指摘されるの初めてだから動揺してるけど、本当はなんとなく気付いてんだよ、俺だって。...酷くて変態で、どうしようもないガキでバカだってことに。...でも、どうしようもなくこいつに意地悪したくなるんだよ」
そこで、凛子さんが決定的なセリフを吐き、親子喧嘩は終焉を迎える。
「へぇ〜。なんとなくでも気付いてたんだぁ。ま、高校生になってようやく遅い春を迎えりゃ、自分でもわかりづらくてややこしくて、バカにも変態にもなるわなー」
「......だろ」
幼少期ならカワイイで終われるものをね〜と、萌香さんがつけ加え、君藤先輩は唇を尖らせた。
「私は初めて由紗ちゃんにあった日に確信してたけどね。この子のストレートさが海李を変えるって♡」
「ハートな感じがキモイぞ、凜子」
手に汗握る場面が一転、微笑ましいひとときへと変化した。私は会話の意味がまったくもって理解できず、きょとんとしていた。
(部外者の私がこの場にいてもいいのかな。...そもそもなぜ私は気が動転して気を失ったんだっけ............)
「あーーーっ!!!」
「なんだよ。うるせぇな」
「どうしたの?由紗ちゃん」
「あの、凛子さん!にっ、妊娠はどなたが!?」
「凛子だよ。お前、俺と萌香の仲を誤解した上に、萌香が俺の子を妊娠したって思ってたよなー?」
わざとらしい言い方。そして、薄ら笑っている。
小悪魔男子君藤海李の策士っぷりに、あっぱれと白旗をあげる私。(脳内にて。)
「君藤先輩...。さては私が萌香さんからの”祝妊娠”メッセージを見て誤解をしてると察しても、おもしろがるだけで真実を説明せずに放置してたでしょ...」
「は?なんのこと?」
私にずいと顔を近づけ、そんなことを言う君藤先輩の顔はやはり美形すぎて、強気で応戦しなきゃいけないこんな時でさえ顔を赤らめる始末。これじゃあ敗北感でいっぱいです...。惚れた弱みってやつです...。
「そ、その言い草わざとらしいですよ、マジで!...そのせいで私、ぶっ倒れたじゃないですかぁ...!!」
「けど俺はお前をお姫様抱っこして、この家に到着するまで長時間密着できてよかったと思ってるよ」
「ひっ、卑猥…!でも、それ本当ですか?」
「嫌いじゃないって言ったじゃん」
急に真剣な眼差しを向けるものだから、私の心臓は早鐘を打つーーーー。
「ヒューヒュー!」
凛子さんと萌香さんに、やや古い表現で冷やかされるはめに...。
ーーーーだけど君藤先輩は、なぜ何度も私が誤解をするように仕向け、心をかき乱すようなことをするのだろうか。
もちろん、私にいじめたくなる要素がいっぱいあるからだろうけど…。策士になってまでこんな私に時間を割いてくれるのはなぜなのか知りたい。
「由紗ちゃん、私の口からも報告させて」
そう言って穏やかな表情をした凛子さんが、私のそばに腰掛けた。
「遥輝と結婚して、この家でこの四人とクルミ一匹で暮らそうと思ってるの。遥輝との子供にも恵まれ、もしかしたらそのことが海李を少し寂しがらせるかもしれないけど、私だけじゃ海李を癒せない。おこがましいけど、ようやく役目を分担してもらえる人物も出てきてくれたことだし〜っ!」
(凛子さんがいやらしい目で私を見ている。てことは、”分担してもらえる人物”は、私ってこと!?)
その言葉を聞いて、特に君藤先輩が反論することはなかった。それはとても意外だった。ということは、凛子さんの発言を肯定していると判断して間違いないのだろうか。
私は凛子さんが言う ”ようやく役目を分担してもらえる人物”の対象者が、私のことだと都合よく判断した。
「凛子さん、遥輝さん。ご結婚とご懐妊、おめでとうございます」
「「ありがとう!」」
「そして萌香さん。念願のきょうだいができてよかったですね!おめでとうございます」
「ありがと〜う♪」
「お前、そこもおめでとうって...」
「だって心底おめでたいことなので」
私は君藤先輩を愛するがゆえに、萌香さんにおこがましく願い事をぶちまけた。
「お義兄さんが寂しい時、子供同盟を組んで、あなたのその明るさで、お義兄さんの寂しさを吹き飛ばしてあげてくださいね!もちろん萌香さんの時は、君藤先輩がそうしてあげてください!」
「ありがとう、由紗ちゃん!そうする。絶対に!ね?海くん」
「わかったよ」
君藤先輩と萌香さんは顔を見合わせ、照れ笑いをした。
二人はもう一人っ子卒業なんだよね。きっと喧嘩しながらも上手くやっていくんだろうなぁと、想像できる未来があった。
「あー、それじゃあ私、だいぶ気分も良くなってきたので、これで失礼します」
そう言って立ち上がった時だった。
私の腕は、君藤先輩によってガシッと掴まれたーーー。
「帰るな。まだ十分二人っきりで過ごせてない」
「えっ、あっ...!」
家族の皆さんがいらっしゃるにも関わらず、そんな甘いセリフを言うと、やや強引に私を連れ去った......ーーーー。
「先輩っ!どこへ?」
「俺の部屋」
それは嬉しいのですが、いかんせんこの状況じゃ......。
「先輩っ、痛いです。ちょっと待っ...」
今度は私が、先を急ぐ君藤先輩の腕を引っ張ると、振り返り俯く先輩の顔は、今にも泣きだしそうで。
君藤先輩はきっと、家族が増えることにまだ戸惑っているのかもしれないと感じた瞬間だった。
廊下の照明が、弱く幼気(いたいけ)な君藤先輩を照らし、不謹慎だけど美しいオーラを纏っている。
確信ではなく想像でしかないが、私が帰宅することにより、新しい家族だけの空間と化すこの家にどう自分が存在していいものか、わからなくなったのかもしれない。
だから、今私に帰宅されては困ると思ったのかもしれない。私の存在を頼ってくれたと解釈してもいいのだろうか。
それなら嬉しいのだけど、喜んでばかりもいられない。なぜなら、母親である凛子さんの愛に飢えていた過去と、人とあまり器用に付き合えない現在の君藤先輩のことを察するあまり、君藤先輩が自身の現状を容易に受け入れられないのではないかと、危惧してしまうから。
「入って」
すぐそこに位置する君藤先輩の部屋へと案内され、扉が閉められた瞬間から、もうそこは二人だけの世界になったーーーー。
自室だから気が抜けたのだろう。すぐにアンティークの椅子へと脱力気味に腰掛け、ふ〜と一つため息をつく。
「君藤先輩、大丈夫ですか?」
「何が?」
「凛子さんの結婚のこと、本当は寂しいってーーー」
「いいんじゃねぇ。遥輝さんならあの優しさと包容力で凛子を幸せにしてくれるだろうし、誰よりも萌香が望んでんだから。...萌香は俺を欲しがってくれたから」
「その言い方は語弊があります...!正確には、一人っ子の萌香さんが兄弟を欲しがってくれたから。です!」
あ。また君藤先輩、意地悪そうな笑みを浮かべているではないですか。
もしかして、この展開も先輩の思惑通りだったりして。
「ムキになんなって。とにかく、俺の情緒不安定は今に始まったことじゃねぇし、ていうか、家族が増えるのに寂しがるって変じゃねぇ?」
「凛子さんを独り占めできなくなるから寂しいんじゃないんですか?」
「はぁー?さっきから深刻になってどうした?お前」
呆れた顔をする君藤先輩に、きょとん顔の私。どうやら話は噛み合っていない模様。
「それに、苗字が君藤じゃなくなるんじゃないですか?」
「あー、それなら解決済み。結婚話が勃発して早々、変えるか変えないかは俺の自由だって言われてて、変えないことに決めたから。深海海李って名前になっちゃうと海が二つ続くんだけど、それはさすがにないなぁ...って思うじゃん」
「確かに」
「...正直言うと、今まで二人だけの家族で過ごしてきたから、最初は赤ちゃん含め三人も家族が増えるなんて面倒だと思ってたんだ。けど、他の四人が幸せならそれでいいと俺は本気で思ってるわけ」
(ほら。他の四人が幸せであって、五人が幸せだって言えないじゃない!...じゃあ、先輩の幸せは?きっと一緒に過ごす日々が長くなればなるほど、徐々に幸せを感じる日々も増えてくるだろうとは思うけど。......あっ、そうか!!)
「君藤先輩!先輩の幸せは、家族団欒の邪魔にならない程度で私がもたらしてみせます!!」
フッと笑って身を屈め、目線を私の目線に合わせたと思ったら、いきなり鼻を軽くつままれた。
当然息苦しくなり、口呼吸に移行したところで。
「...そんなの、とっくに期待してたから」
という、君藤先輩からの思いもよらない言葉により、私はまた、ハグ魔と化したのですーーーー。
「うぐっ...!」
「わっ!すみません...!」
自分がまたやらかしてしまったという自責の念から、咄嗟に君藤先輩から体を離した。
「私じゃ…君藤先輩の期待に添えるかどうかわかりませんが…」
「謙虚だな。またタックルなみのハグまでしといて」
そう言って両手を伸ばし、私の体を自身の胸の中に収めた......ーーーー。
今度は君藤先輩主導により、私は先輩の懐へとすぐに舞い戻ったのでした。
「お前みたいな女初めてだわ。おかげで心が騒がしい。自分が対処できないことに直面したくなかったけど、もうどうにも避けられそうにない」
それはつまり、今まで会ったことがないタイプの私と関わりたくなかったけれど、避けられそうもない私の愛を受け入れてくれるって意味なのだろうか。
「気付いてる?俺が寂しかったのは、お前が帰るっつったからなんだけど…」
「くどいようですが、凛子さんからの愛情が4等分されることが寂しいんじゃ...なくて?」
「もう俺高2じゃん。さすがに平気になってる」
若干、強がっているように思えるのは気のせいなのだろうか。新しい環境に身を置く戸惑いプラス、私が帰宅することを寂しいと思ってのあの幼気な表情なのだろうか。
萌え死にそうです。
期待しても...いいのでしょうか。
コンコンーーー
ドアを叩く音とともに、二人は密着していた体を慌てて解放した。
名残惜しかったけれど、仕方がありません...。
何?と、君藤先輩が返事をすると、そぉーっとドアが開き、ひょこっと萌香さんが顔を覗かせた。
「大丈夫だったかな?お取り込み中だったらごめんなさい。はい、さっき海くんが買ってきたジュース!あ、すぐそこの棚に置いて去るから続きをどうぞ〜」
かわいい嵐は、滞在時間数秒で颯爽と去って行った。
んなことできるか...と、呆れたご様子の君藤先輩。このアンニュイ美形男子を前に、再びハグ魔にでもなってこちらから襲うという作戦を思いついたが、いよいよ本格的に嫌われそうなのでボツとします...。
ーーーーところで私、あゆみくんのミッションクリアしなくても、君藤先輩と両思いだったりします?
いや...一瞬調子に乗りました。断じてそれはない。勘違いも甚だしい。即座に猛反省。
だって、あゆみくんのミッションがなければ、私は今でも”観賞専門イケメン”を遠巻きに観賞して、ハァ〜...と、乙女な吐息を吐く日々を送っていること間違いなし。
それはそれで楽しかったけれど、やはり物足りなさを感じていたのも確かだ。
消極的な私の悲痛な叫びをキャッチし、君藤先輩と接触するチャンスと勇気を与えてくれたのは、君藤先輩似のイケボのみの登場で、正体不明且つ姿のない観賞不可能な”あゆみくん”だった。
そんな恩人の彼に、無理なミッションを課せられたって、結果的に多大なる感謝しかないのです!!
だから私はやり遂げます!!
残り8つのミッションをクリアするために!!!
それに。
『あんたには幸せになってほしいから、俺の言う通りに動いて。必ず...』ーーーー
そうあゆみくんが初めに言ってたことだし、義理を大事にしたい私には、今後も残りのミッションを果たす義務がある。
その後、再び萌香さんが登場するのではないかと、音がする度に二人揃って体をビクッと動かすという落ち着かない時間が続いた。
本日、イチャイチャできたようで、それではもの足りなくて。けれども二人だけの空間が、やけに緊張してしまうのは、私だけではなかったらしい。
君藤先輩はアンティークの椅子に腰掛けたまま動かない。床に座ってその辺に転がっていたファッション雑誌を読んだふりをしている私を意識し、近づくことはなかった。
「なんか、萌香がいたんじゃなんも...」
と言いかけてやめたが、萌香さんの突然の再来を危惧し、諦めがついているようにも見えた。
そして結局思う存分イチャつけず、私は帰宅の途に着いたーーーー。
「ねえ、あゆみくん!」
「何?」
いつも半信半疑だった。あゆみくんはいつも私のそばいにるようで、ひょっとしたらいないんじゃないだろうか。
ふと思いつき、あゆみくんを呼んでみた。結果はやはりそばにいた模様。
なんなんだろう、この安心感は。
「今日もいろいろあったんだ」
「当然見てたから、報告はいらないよ」
私はなんだか違和感を覚えた。
「この頃あゆみくん、元気ないね。自発的に話しかけてこないし」
「指令者も疲れる日々だっつーの。だからもうそういうの期待しないで」
なんだかもう見捨てられてしまったような、空虚感を感じた。だけど、そっとしておくことにした。明日は嫌でもまたあゆみくんからミッションの指令が下る。その時にはまたいつものようにケロッとした口調で無理難題を言いつけるはずだ。そう。いつものように。
あゆみくんの傾向として、私がミッションクリアした直後、若干だが気分が落ち込みがちになっているような気がするのは気のせいだろうか。気のせいならいいのだが、声色的にそう感じてならない。
次の日には何もなかったかのような、元気な声になっているからほっとするのだけれど。
当然私の心の声を聞くことができるあゆみくんには、私のその一連の心情はお見通しだろう。
(私ね、あゆみくん。明日も、元気なあゆみくんの声が聞きたいな。という切なる願いも、あゆみくんには届いていないとか?)
少しだけ待ってみたが、返事をしてくれる気は毛頭ないらしい。
(はいはい。届いてますよー。...と言ったところで、由紗には俺の心の声は聞こえない。ところでなんでそこまで俺のことを気に病むわけ?俺はね由紗、聞こえないことをいいことに暴露するけど、先輩が置いて行ったスマホの着信画面に表示された【萌香】の文字を由紗が見た瞬間、俺は萌香ちゃんと先輩の関係性を知っておきながら、それを由紗に知らせなかった。先輩と萌香ちゃんが深い仲かもしれないと疑う由紗を放っておいた悪人なんだよ。志希さんにまた憑依した俺は、その罪悪感からくるストレスで...無性にダンスをしたくて由紗を強引に外へと連れ出して、偶然先輩と萌香ちゃんが会ってるのを目撃した。ダンスでストレス発散したところで、罪悪感はともかく、ダークサイドは消えない。仲睦まじい二人の姿を見て傷付く由紗に対し、これでいいんだよと言い聞かせたんだから。...だけど、なんであの時、先輩と萌香ちゃんはベッタリくっついて...萌香ちゃんは変に甲高くて甘えた感じの声で先輩に話しかけてたんだ?まあそれで二人は深い仲だと決定づけることになったんだろうから、俺にとっては好都合だったわけだけど...。てなわけで、俺は俺の目的を果たすために、善人ぶった悪魔でい続けなきゃいけないんだ。......由紗の未来に、邪魔者を存在させないために、俺が今、悪人にならなくちゃいけないんだよ......。ごめん、由紗。許してーーーー。)
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