ミッション6:休日逢瀬作戦再び!!(2日目)〜イチャラブへの道〜
翌日12:50ーーー
君藤先輩との待ち合わせ場所に、待ち合わせ時間の10分前に到着。
レトロ&とてもかわいいで有名な喫茶店の前に佇む私。とても落ち着かない。理由はただ一つ。待ち合わせ場所(喫茶店)の隣はなんと、いかがわしい雰囲気満載のラブホテルだったからだ。
ソワソワしてる私の隣に、鼻で笑う失礼な人物が近づく。私はその人物の足元から上へと舐めるようにじっくり視線を移す。黒のハイカットスニーカーに膝付近が破れているオシャレジーンズ。そして、裾が長めの黒Tシャツというシンプルオシャンティーな着こなしがため息ものの人物と言えばもうおわかりでしょう。そう。君藤先輩のご登場。
「待った?」
「いいえ。全然。君藤先輩...あのぉー」
不意に視線をいかがわしい場所に向けた。
「あ、まさかお前、昨日の俺とのやり取りからして、冗談じゃなくて本当にラブホデートするんじゃないかって気が気じゃないとか...?」
(うっ...何もかもお見通しの先輩が憎いっ!そして呆れてます?テンション低すぎません?)
...ていうか、心情を隠せない自分を哀れむ。
「タマタマ待ち合わせ場所の隣がラブホだったってだけじゃん。お望みなら入ってやってもいいけど?」
上から覗き込まれている威圧感と、上からの物言いに気圧される私だが、負けじと応戦する。
「私が入るって言ったらどうするんですか...!?望んでるなら入ってくれるんですよね!」
「入るよ」
「じゃあーーー」
「あ、言っとくけど、入ってラブホ見学だけじゃ済まさないからな」
「へ......」
まんまと私の思惑がバレていた...。
私が体を許す相手は、君藤先輩しかいない。だけど、いかんせんまだ心の準備が整っていない。なんの覚悟もできていない尻の青い小娘が、ただ興味本位でラブホという甘ったるさ満載な憧れの場所を覗いてみたいってだけなのです。
「なーんて。冗談だよ」
フフンとまた鼻で笑う君藤先輩は、チキンな私の心情など、容易にお見通しなわけで...。だからいちいちかなわない。
そんな余裕綽々な君藤先輩は、おもむろに私の服の裾を持ち、犬のリードを引くかのごとく、私を引っ張って移動に取りかかった。
動揺することなかれ。これは前にもされたことがあるわけで...。気を許した人間にしかしないやつーって叫びたい衝動を抑え、会話を続けることに専念した。
「するってぇと、また冗談好きさんが悪趣味なことに、反応見たさという名目でほざいたってわけですかい?」
「その言い方くどくてウケる。江戸っ子入ってんじゃん」
鼻で笑いつつも、喜んでいただけて何より。でも、ふざけるのはここまでにして。
ちょうどタイミングよく、先輩と私の逢瀬場所へと到着した。ここは、ものすごく近場の川土手。腰を下ろすよう促され、同時に先輩も私のすぐ隣に腰を下ろした。辺り一面に延々と広がる芝生はまだまだ青みを帯びていた。ここは私の馴染みの近所ではなく、初めて見る景色だった。今日は運良くぽかぽかな陽気。初秋だけに、風が吹くと少しのひんやり感と秋の寂しさまでも運んでくる。
移動で緩んだ気分を一新すべく、真剣な面持ちへと変化した私につられ、君藤先輩の普段より若干程度緩んだ顔が、キッと引き締まった。そして、真剣な眼差しを私に注いだ。
(やっぱり見惚れてしまうほどいい男だ!)
「急に様子がおかしくなってどうした?こんな田舎臭いところ、嫌だった?」
「いえ、落ち着いて話せそうです。...早速ですが君藤先輩」
「ん?」
私は意を決して、最も知りたいことを問うた。
「立ち入ったことをお聞きしますが...。萌香さんとは、どんな関係なんですか?隠れ彼女じゃなかったらなんなんですか?」
「さあな。自分で探偵みたく探ってみろよ」
はい。それはもう推理済みでございます。だから答え合わせがしたいのです。
「S気質はこれだからイヤですよ」
君藤先輩に負けじと、はぁーっとため息をつき、無理矢理余裕ぶる”推理探偵”の私。
君藤先輩はけっこう私の反応を楽しみに、いろんな言葉を発っしてくれる。昨日も今日もーーー。
隠れ彼女ではないとはっきり断言し、一瞬喜んだ昨晩。だが、私は寝る前のひと時、ふと思ったのだ。”隠れ彼女”じゃないのなら...ただの”彼女”なのではないだろうかと。
ただ皆にバレていなくて、隠しているわけでもない。だから、”隠れ彼女”ではなく、本当の”彼女”なのではないでしょうか。
「...俺が望んだ関係じゃないけど、萌香はその関係を望んでたんだと。凛子が言ってた」
「先輩それってやっぱり...」
「そうだよ。近々萌香はうちに引っ越してくる」
(はっ、はい!?!引っ越してくる!?それじゃあさらに悪い展開になってんじゃない!?)
「俺と萌香はもうーーー」
「ストップ!」
私は君藤先輩の口から核心を聞く勇気がなく、先輩の言葉を遮り、推理を一方的に発表するべく、勢いで喋り倒す。
「話の途中失礼します…!つまりこうですね!凛子さんの知り合いの萌香さんが先輩を見初めて、凛子さん経由でアタック。先輩は乗り気にならないものの、大好きなお母さんからの頼みを断る理由はない。よって、”彼女”ではなく、”妻”をめとった。というわけですね...」
そう。ただの”彼女”ではなく、自分の大切な家族と一緒に住むことのできる関係性である”妻”をーーーー。
昨日に引き続き、再び強烈な不安の波が押し寄せてきた。
「はぁ?おい...」
引き続き余裕ぶり、気丈に勢いで喋り倒す。
「この国では男性は18歳から結婚できるけど、先輩はまだ17歳。一年早く関係性だけでも築いておきたかったのでしょうか。先輩と萌香さんはもう...事実上の夫婦なのですね」
「お前さぁ...ドロドロの昼ドラか、一昔前に流行った韓ドラの見すぎじゃねぇ?」
「ドラマは基本月9しか見ません」
「あっそう。...あのさ、今お前が言った見解で合ってたのは、萌香が凛子の知り合いってとこだけだから。萌香に一目惚れもアタックもされてねぇから」
(じゃ、じゃあ...よくわからないけど、萌香さんは凛子さんと繋がっていて、君藤先輩とも仲が良く、家に泊まるほどの関係で...?萌香さんが居候することも許可できる関係性なの...?恋愛感情はないの...?でもでもそれって、少女漫画のあるあるネタじゃん。一緒に暮らし始めてお互いの良さを知り、惹かれ合い、親に隠れて愛を育む日々を送るってやつに発展する可能性だってあるじゃん!?!あ、私今不安な顔してるよね。絶対そうだよね...。これじゃあまた意地悪げに鼻で笑われて、してやったり顔されそうじゃん。...それじゃあ今のこの”失恋したかわいそうな子キャラ”の私がかわいそすぎるじゃないのー!!)
瞬時に考えた結果、君藤先輩に対する今日の感想を、余裕綽々に述べることにした。
私は二カーッと笑い、わざとらしく悪戯めいた視線を送る。
「してやったり」
「...は?なんだよ。...わけわかんねぇ」
君藤先輩はいつも自分を強く見せるために、平静を装う癖がある(と思っている私)。幼い頃からの癖は、なかなか抜けないのだろう。だけど、あきらかに今日の君藤先輩は、いつもと違っていた。
「いつもより口数が多くてムキになってたり、焦ったり、覚悟を感じたり、やや緩んだりっていう風に、コロコロ変化する新しい君藤先輩の顔、発見!」
「はぁ?...フッ...悪趣味だな。お前」
「昼ドラや韓ドラの影響はないにしろ、あらゆる三角関係ものの恋愛小説は読破してるもので。萌香さんとの関係について話してくれた内容で、なんとなく展開が浮かんできたんです。それで調子乗っちゃってたら、いつも無表情の多めな先輩の顔が珍しくコロコロ変化していったものだから、嬉しくてもっと見てたいなぁーって」
はい。これ、強がりです。
そしてこのあと、思わぬ急展開が!
君藤先輩らしからぬ、本音暴露へと発展していったのですーーーー。
「...俺、昔から嫌だったんだ...」
「え?」
「表情が慌ただしく変わる人間が嫌いだった。終始一定の表情じゃなく、忙しなく変わるってことは、感情が豊かで、素直で...。俺とは逆の人間だって疎ましく思ってた。その感情は羨ましさと紙一重だってことに気付いていても、気付かないふりをしてた」
「それはどうして?」
「幼い頃の俺は、凛子だけには甘えて駄々をこねることができても、他の人間には、愛情を注いでくれた祖父母にさえも、表情を変えることができなかったんだ。誤魔化して笑うなんて器用なこと、俺にはできなかった」
「でも、最近は友達と笑ってるところをよく見ますよ」
「本当に気を許したヤツにだけな。高校入ってからは友達関係も良好で、徐々に笑ったりはしてたと思う。だけど、明らかにここ最近はおかしい」
やや唇を尖らせ、私に何か言いたげにしている君藤先輩。鋭い視線にいたたまれなくなって、下方に視線を落とす私。
「誰かさんに出会ったせいで。いや、おかげで、今までの自分に喝を入れられたり、言動に振り回されたり、騒がしく巻き添いをくらったり、ここ最近はてんやわんやで鍛えられたわー」
プッと吹き出し笑いをする君藤先輩。数えれる程度で見たような気もしますが...こんな先輩もわりとレアです。(意地悪げに笑ったり、鼻で笑う小馬鹿にした笑いが常なので。)
「誰かさんって私のことですよね...。ほぼけなしてくれてますが...」
「そういう返し大好きだな。俺」
「え?ダイスキ...?返し、ですか...。私のことは?」
またも唐突な質問に、ハァ〜と呆れてため息をつかれたから、後悔先に立たず...。
「嫌いじゃないよ」
「マジですか!?」
照れくさそうにコクンと首を縦に振る君藤先輩は、実にかわいいし素直だ!またもレアものゲットです!!
未だ推理解説の途中で、私のせいで話が脱線して核心に迫れていない。だから、まだ萌香さんのことについては、モヤモヤしちゃってるけれど、君藤先輩の『嫌いじゃないよ』発言に浮かれぽんちな私なのです。
「前にお前が諭してくれたんだ。凛子はいなくても、祖父母はそばにいてくれたし、二人の存在があったから、凛子は安心して俺を預けたんだって」
「あー...そんな大それたことを言いましたか...えらそうですよね。すみません...。」
「いや、別に悪く思ってねぇよ。だって、あの時のお前の見解は憶測だったけど、あの言葉を信じてみたいと思えたから。祖父母の優しさを当たり前に思って蔑ろにしてたんだよな。幼い頃の俺は...。勝手に親に愛されない悲劇の自分を作り上げたばっかりに殻に閉じこもって、凛子の愛情までも蔑ろにしてたのかもなぁ」
「もし先輩が反省してるのなら、誰もが笑って許してくれますよ、きっと」
「その根拠は何?」
「ぶっちゃけ、美形な子供のことは許せますから」
「低レベルな回答、どうもな」
「冗談です。反応が見たかっただけです」
「俺のマネすんな」
「愛する子供を許せない親や祖父母なんて、この世には存在しませんよ」
それを聞いた君藤先輩は、いつものフンッと意地悪げに笑うのではなく、表情を柔らかめにフンッと笑ったのだから、反則です♡
そして、私の頭頂部に大きな手を乗せ、ワシャワシャと髪の毛をもみくちゃに撫で上げたのち、ハァ〜と大きく一度ため息をついた。手が止まったと思い、先輩を見上げた途端、甘い口づけならぬ、甘い?言葉が降ってきた。
「これだから癖になる...」
君藤先輩は、いつも自分が発した言葉の意味を説明しようとはしない。きっと気が向いた時だけだろう。だけど、やっぱり今日はいろいろイレギュラーなことばかりです。
「お前の言葉は、いつも俺に学びと元気をもたらしてくれるから好きだよ」
サラッとそんなことを言ったのです。
よって、お調子者の私は。
「私のことも好きですか?」
「......嫌いじゃ、ねぇって言ってんじゃん。しつこい」
君藤先輩は俯き、足元に小石もないのに地味に蹴る素振りをした。照れ隠しであろうその所作がたまらなくかわいくて、抱きつきたい衝動に駆られるも、萌香さんの顔がちらつく。我慢我慢なのです。
一先ず冷静になろうと思います。
スーハー、スーハー......
大きく深呼吸を数回してみる。これで冷静になった気でいる私を横目に、相も変わらず安定の無表情で君藤先輩がーーーー。
「興奮してる?」
「へ!?ちょっ、違います!深呼吸ですから!!」
「なーんだ。期待したじゃん」
(期待?それってどういう意味なの?)
やはり萌香さんの顔がちらつき、いろんな気持ちを少しだけセーブする癖がついている。
「じゃあ私が興奮して変態な吐息を漏らしていたとします。先輩は期待して何をするのですか?」
「教えない。...でも、一つだけヒントを言っとく」
それはありがたい。
「俺は期待して...お前に”ヨロコビ”を感じてもらえるように、施したくなるだろうなー 」
徐々に私へと近寄り、『ヨロコビ』のところだけ私の耳元で囁くという、エロテクニックを披露した。
「そ、それって...私も期待しちゃうような”ヨロコビ”ですか?」
「だと思うけど、実際はどうだか」
(ほらほら、また意地悪げに笑ってるし...!先輩はあたふたする私の反応をまた楽しんでるのよね。で、また期待させておいて突き放すんでしょ、どうせ...!)
ーーーピロンッ♪
君藤先輩のスマホから軽快な通知音が鳴った。SNSに目を通す。君藤先輩は、スマホに視線を落としたまま、なぜがフリーズしている。
SNSの内容が気になった私は、君藤先輩がスマホを隠す素振りを見せないことをいいことに、SNSを覗き見た。
スマホ画面の一番上に記載されている名前が【萌香】だったことに、チクリと胸が痛んだ。
が、更なる胸の痛みを味わう覚悟が、この時私にはできていなかった。
萌香さんからのSNSには、一言だけこう記されていた。
【祝・妊娠!!!】
まじですか...。
やはり覚悟が不十分で、奈落の底へと突き落とされる始末。
ところで、そんな若さで二人は親になる覚悟はできているのですか?
ていうか、やっぱり二人は...お熱い仲なんじゃん...。
さっき君藤先輩は、萌香さんに一目惚れもアタックもされてないって言ってたけど、そっか...。意地悪な君藤先輩らしいや。本当は、君藤先輩から萌香さんに一目惚れしてアタックしたって意味だったのかな。
君藤先輩との会話に、深読みは必須だな。
じゃあ、あなたに好意を寄せる私と二人きりで会おうとしちゃダメじゃないですか。
私の心を弄び、萌香さんを裏切ってる罪は重いですよ。
胸が苦しくて息ができないよ。
このままじゃ死ぬ。君藤先輩を人殺しにしちゃうかもしれません...。
自分の中で言葉が生まれては苦しみ、フリーズする君藤先輩の隣で、私も同じくフリーズしてしまった。
「君藤先輩。今日はもう、帰りますね...」
私はそう告げ、重い腰を上げた。
すると、すぐに君藤先輩も立ち上がって私の腕を掴みーーー私が帰宅することを阻止した。
「待てよ。......頼むから今は俺のそばから離れないで」
今までにない君藤先輩の切実な訴えだった。
君藤先輩は私が萌香さんのメッセージを見てしまったことに、気付いていないのかもしれない。何も聞いてこない。気が動転しているからだろう。君藤先輩の一大事だからこそ、私は君藤先輩のそばにいたいけれど、それはただ虚しく、先輩のためにはならないと判断した。
「そのセリフ、キュン死にしちゃうじゃないですか!......でも、先輩は今私といちゃいけない。今すぐに大切な人のそばに行ってあげてください」
私はみっともない姿を見せる前に、善人ぶることに徹したのでした。
君藤先輩は未成年にして父親になることに対し、膨大な不安を抱いているのだろう。だから、現在すぐそばにいる私にすがりたくなったのかもしれない。
だけど、気が緩んで君藤先輩を抱きしめたくなる前に萌香さんのもとへ行かせてあげなきゃいけない。君藤先輩を引き止める前に、私から離れないといけない。
それからほどなくして、君藤先輩は『ごめん』と言うとすぐに私に背を向け、駆け出したのだった......ーーーー。
願っていたことだけど、やっぱり虚しさは残るものです。
【祝・妊娠!!!】
あのSNSメッセージの感じからして、萌香さんは妊娠を心待ちにしていて、喜びに溢れている様が、容易に想像できる。
だからそのメッセージを見て駆け出した君藤先輩の行動とリンクしてーーーー。
そりゃそうだろう。歳が若いとかは関係ないのかもしれない。好きだからこそ愛し合い、自分の分身を身ごもりもすれば、不安など吹き飛ばし、 即駆け出すという流れは自然だろう。
たとえ気の迷いで一瞬弱みを見せた私に対し、後ろめたさを感じたとしても。
私は気が付けば、若干ゴツゴツしたやや暖かいアスファルトに身を横たわらせていた。
(...ん?あれ??人が忙しなく歩いてるところ、私は寝っ転がって何やってんの?)
「あんたはあまりのショックで気を失って、そんなことになってんだよ」
こんな緊急事態にも関わらず、君藤先輩の声とよく似るイケボくんは、私の身に起こった事態を冷静に報告してくれた...。
(体に力が入んないよ...助けて...あゆみくん......。)
「あ ーあ...また上手くいかないみたいよ、俺」
(え...?あゆみくんがうまくいかない...?)
「リターンズ」
あゆみくんの言葉の意味を理解できないまま、意識を手放しそうになったその時、”リターンズ”と言ったあゆみくんの言葉の意味を理解したのだった。
ふわりと雲の上へと身を置いているような摩訶不思議な心地の良さに、再び意識を手放しそうになるも...。
「おい、大丈夫か?」
(ん......雲の上に君藤先輩の声?......まさか!?)
そこで完全に意識を取り戻した私は、おずおずと声の主へと視線を向けた。
そこには、私を見下ろす君藤先輩がいたーーーー。
再び私のもとへと戻ってきれくれたのだ(リターンズ)。
そして、心配そうに私を覗き込んでいるではないですか。
私は雲の上ではなく、君藤先輩にお姫様抱っこをされていることに気付いた。
「俺が戻ってきたからには目ぇ覚ましてくれねぇと困るんだけど」
「...へ?」
「お前がどんな顔してんのか振り返ったら、倒れてたからやりすぎたなぁって」
(...へ?いやいや。まったく言ってる意味がわかりませぬが...?私、あなたのことでぶっ倒れたんですけど!?)
「子供の名前、なんにしようかなー」
「あの...なんか言い方がわざとらしいですけど...」
「やっぱお前の顔見たら俺、やりすぎる性分らしいわ」
「さっきから頭がクラクラして、また意識失いかける手前なんですけど...」
「まあいいよ。この状態ならお前がぶっ倒れてもこのまま支えてられるから」
嬉し恥ずかしお姫様抱っこは継続中。
ていうか、この状態で移動するのですね...。道行く人たちの視線はお姫様(役)の私を通り越し、もちろん美形王子様(役)の君藤先輩に向けられた。
大勢の人に羨望の眼差しを送られている君藤先輩は、それに気付いていただろうに、目もくれず、涼しい顔して颯爽と私を連れ去る。
いったいどこへ向かっているのだろうーーーー。
(幸せ〜♡あゆみくん...これって)
「夢じゃないよ」
「え、本当に?あゆみく...あっ」
(...あーあ。由紗さんまた声出ちゃってるし...。)
チラリと君藤先輩の顔色を伺う。
前方を見据え、顔色も変えず、いつもの無を貫いている。特に反応なしだったことに、こっそりと胸を撫で下ろす。
「由紗さん。行ってらっしゃい...」
少し沈んだ声だったけど、あゆみくんの声は、精神安定剤のように効果があるらしい。少し気持ちが落ち着いたせいか、眠気が...。
「君藤先輩、私重いですよね...。でも、落とさないでくださいね」
「...落としてたまるか」
その言葉に安心した私はへへっと微笑し、心地のいい揺れも相まって、君藤先輩の腕の中で、意識を手放したーーーー。
「ホントは何者?あゆみくんって」
スースースー...。
私は君藤先輩の問いかけに答えることなく、気持ち良さそうな寝息を立て、挙句の果てにーーー
「んーん...君藤先輩...だーいすき...」
「ふっ、知ってるっつーーー」
「わーっ!...やっぱすっごい上手だなぁ...あゆみくん。キレる腰の動きがイイ〜」
「は?あゆみ...じょーず?腰の動きって...夢の中でお前ら何やってんの?」
夢の中で君藤先輩は髪を靡かせ、颯爽と走っていて、志希先輩の顔をしたあゆみくんもなぜか同じ場面に登場し、キレッキレのヒップホップダンスをキメていた。
そう。とても清々しく、爽やかな青春群像の一部分を夢の中で見ていたのです。
が、多感な時期の健全なる男子・君藤先輩は、私のその寝言で卑猥な場面を想像してしまったらしく...。
あゆみくんは私の心の声しか聞こえない。だから今君藤先輩が心の中でどんなことを思っているのかなんて、当然窺い知ることはできない。
しかし、君藤先輩が初めて見せる殺気立つ表情から、きっと由紗に怒りの感情を抱いていると察したあゆみくんなのです...。
「イイ顔してる。男の影が、恋愛成就を脅かす。これ、イイ展開じゃん?」
夢の中の世界を堪能している私には、そんな性悪男の声は聞こえない。
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