ミッション4:デートで困惑大作戦!!

 だけどそうなるとあゆみくんは勘違いをしていることになる。君藤先輩が恋敵ならまだしも、私と君藤先輩は、残念ながらそこまでの関係には至っていない。期待はしつつも一応振られてるわけだし。だから、そんな策士っぷりを発揮されても困ります。


(まあ何はともあれ...このままじゃ、君藤先輩を手に入れられないんですってばぁー!!!...あと1分弱じゃ無理っ!!)


「君藤先輩。私はどうしてもあなたとともに今後を過ごしたいのです」

「は?」

「今は有無を言わず、黙ってダッシュで私についてきてください!!」

「断る」

「先輩...!」

「いや...わけわかんねぇけど、ダッシュしてまですぐにお化け屋敷まで行かなきゃいけないんだろ?」

「はい」

「じゃあ、俺がお前を先導するからついてこいよ」


(...ん?...あー、そういうことか。)


 私が先導するよりも、足が速い君藤先輩が先導した方が、早く志希先輩(あゆみくん)との待ち合わせ場所に到着できるからーーーという君藤先輩の優しくも不器用な思いやりなのでしょう。


 私が返事をする前に、君藤先輩に腕を掴まれ、予告通り先導された。それからはあっという間にお化け屋敷に到着した。


 スマホの時刻を確認すると、ちょうど12:30ーーー。


 志希先輩(あゆみくん)が先に待っていた。


「志希。今度はお前がこいつと二人で行動しろよ。いいよな?」


 そう聞かれても、私は困るのです。


 君藤先輩のことが大好きだから、私はあなたといたいのです。


 本来の志希先輩は、私のことなんて微塵も好きではないのです。あゆみくんが中にいる影響でおかしなことになっているだけですので。


 そんなこと、言えるはずもなく。


「わかりました」

「うん。志希と行ってこい」

「はい。行きます。...でもわかったって言ったのは、まったくの脈ナシだってわかりましたって意味です」

「......」


(君藤先輩はあの日、どういうつもりだったの?ベッドの中で、なぜ私にあんな風に甘えてきたの?少しでも期待した自分が情けない。)



『...蘇るんだ。あの頃の寂しかった記憶が。もう寂しがる歳じゃないけど、恋しい気持ちが込み上げてくる』ーーーー



 今でも不安なくせに...。素直じゃない君藤先輩の闇は、少々深いらしい。


 私のような世間知らずな小娘には、到底計り知ることができない。


「じゃあ海李のお言葉に甘えて由紗ちゃん、俺と二人で観覧車、乗りに行かない?」


(観覧車...。君藤先輩と二人で乗りたかったな。)


 というささやかなる願望を、目で君藤先輩に訴えるも、あからさまに目を逸らされる始末。


 ーー脈ナシーー


 この言葉が重くのしかかる。


 こうなったら、なんとしてでも14のミッションをクリアするしかない。そこまでしてまで、私は君藤先輩が欲しいのだーーーー。


 二人きりの時に甘えて見せたり、かと思えば今みたいに私を遠ざけてみせたり。


 もうこれ以上の深入りは無用と態度で示しているのだと解釈せざるを得ない。これが”難攻不落””観賞専用イケメン”と言われる由縁なのだろう。


 私は、そんな君藤先輩の心の中を覗いてみたいのですーーーー。



 観覧車に乗り込む私と志季先輩(あゆみくん)を、観覧車近くのベンチに座り、無表情で見つめている君藤先輩。そんな先輩を、動き始める観覧車の中から覗き見る。観覧車が徐々に上昇すると、君藤先輩との距離も徐々にひらき、当然先輩が小さく見える。


 ”あなたをこの手の中に閉じ込めてしまいたい”


 そっと小さな先輩に手を伸ばす。



「俺のことなんて眼中になしって感じだよなー」


 声がした後ろを振り返ると、志季先輩(あゆみくん)が、不貞腐れた顔で私をジロリと見ている。


「わっ」

「わっ、じゃねーし。完全に俺という存在を忘れてたよね。由紗さん...」


 志希先輩の顔で”由紗さん”と私を呼ぶ。再び思う。あゆみくんの顔はどんな感じなのだろう、と。


「あゆみくん」

「今は志希先輩でしょ。で?なんだよ。ミッションのことは二の次で君藤先輩のことしか眼中にない由紗さん」

「それは否定しないけど。あゆみくんの企み見破ったりだよ」

「は。何それ」

「本当は私とあゆみくんの仲良しっぷりを君藤先輩に見せつけるために、先輩をデートに誘ったんでしょ?あと、嫉妬させようと間接的に先輩をイラつかせて、私と先輩のイチャイチャを阻止したり...。恋敵には容赦ないタイプ?」

「恋に自信のある女のセリフだよ。それ」

「実はその反対なんだけどなあ。今のところ君藤先輩は私のことを恋愛対象として見てないのに、あゆみくんは勘違いしてない?あの時ベッドで甘えてきたからって、あの難攻不落な先輩を容易に落とせるはずないよ」

「随分弱気だね。...あのさ、難攻不落だって決めつけるのはよくないよ。いくら難攻不落って言われてても、相手次第じゃ陥落しちゃうものなんだからさ」

「知ったふうなこと言ってくれちゃって」

「そう。知ってるよ。いろいろとね」


 いろいろとって、意味深だから気になって仕方がない。


「1つだけ教えて。あゆみくんは私の元に来る前、何に情熱を燃やしてた?」

「突拍子もないよね、わりといつも...。んー、情熱ねぇ...。多分、ダンスだな」

「えっ。オールバックに胸はだけさせた衣装ーーー」

「社交ダンスじゃねぇよ!ヒップホップダンスだから!」

「すごいっ!!見たいっ!!」

「無理だよ、もう...」


 またもデリカシーに欠ける発言をする私...。そんなにも意気消沈させてしまうほどのバックグランドを知りたい。どうして私の元に来たのかということはさることながら、ぶっちゃけ、幽霊かそうじゃないか。いや、これもすこぶるデリカシーに欠ける気もする。これ以上は聞けない。



「あっ、観覧車の頂上だ!」


 話を現実世界に戻すことにしよう。それに、確かめたいこともあるし。


「俺高いとこ大好きだから、怖がらせても無駄だよ」

「あれあれ?好きな女の子と一緒にいるのにそんな幼稚なこと言ってんの?」

「ふーん。”恋に自信のある女”の次は”余裕綽々女”のフリ?眼中にない男の前じゃやりたい放題だね」

「ひどい言い草だね...。だって、観覧車の頂上って言ったらさ、好きな子とキスしたくなるのが普通だよ。私だって今すぐにでも君藤先輩をお迎えに行ってーーー」

「あーっ、聞きたくない!変態女!!」

「そう。変態になってもおかしくないんだよ。このシチュエーション」

「そうだね。せっかく生身の人間に憑依したんだし、キスしとかなきゃもったいないね......て、煽ってる?」

「うん。思いっきり煽ってます」

「君藤先輩じゃないのに、バカじゃん」

「重々承知ですが」


 私の肩に向かって、志季先輩(あゆみくん)の手が伸びてくる。震える手がーーー。


「口先だけで、恋には臆病と見た」

「そうだよ。実際恋愛には臆病だったし、由紗さんには...できない」


 私には(キス)できないとか、臆病だったーーーと過去形で言ってる時点で、やはりそうかと納得した。


「本当はあゆみくん、私に恋してないよね」


 突拍子もなく私に告白してきた時も、なんだか不自然な気がしていた。あゆみくんの姿が見えない分、声で相手の感情を判断する研ぎ澄まされた感覚が優れてしまったのか、ただの勘なのかはわからない。


「何を言い出すかと思えば。...叶わないなあ。由紗には」


 ”由紗さん”ではなく、突然”由紗”と呼び捨てにされたが、そこは別に問題ではない気がする。親近感と言えばそうだし、仲が悪くはないからか、嫌な気分にはなってはいない。


 だけど、あゆみくんは私への恋心を肯定も否定もするわけではなく、話を逸らした。


「そろそろ到着するね」


 なんだかモヤッとするけれど、多分すぐにfeel so good!でしょう!


 なぜなら帰還する地上には、愛しの君藤先輩があの場所で......って、あれ?君藤先輩が......いない!?


 もしかして、私たちが地上に帰還する前に、君藤先輩が自宅に帰還しちゃった!?


「帰っちゃうなんてぇ...」


 焦っている私に志希先輩(あゆみくん)がぼそっと呟くも、私の耳には届かない。


「ほっとけるはずないと思うけど」


 もうすぐ約15分ぶりに地上に到着する。なのに、君藤先輩はーーーー


( ......ええ!?いるじゃないですか!!!)


 君藤先輩は、観覧車近くのベンチにはいなかっただけで、観覧車を降りたすぐ目の前で待っていてくれていた。


 私は観覧車の扉が開く直前に、君藤先輩を確認していた。よって、扉が開いた途端、尻尾を振って君藤先輩へとまっしぐら。


「君藤先輩〜!!」

「うるせー。近い」

「ひどい。でも、待っててくれたんですね」

「寒いし、もう帰るぞ」

「...はい」


 ん。と言って君藤先輩が小さな紙袋を私に差し出した。


「え!私に!!」

「ホントうるせーな、お前は。...そうだよ。やるよ」

「ありがとうございます!!」


 君藤先輩に中身の確認の許可を得て、早速開封した。


 ーーブタのぬいぐるみマスコットーー


 私が学校鞄に付けているのはピンクのブタのぬいぐるみマスコット。そして、君藤先輩からのプレゼントは、水色のブタちゃん!


 もしやこれは、俺の身代わりとしてお前の鞄に付けておけ!というメッセージが込められてます?いや、込められていないとは思いますが、そう都合よく解釈したいのは恋する乙女ゆえーーーなのです。


「まーた俺の存在を忘れてない?今度は海李もー」

「あー、いや、ごめんなさい。つい嬉しすぎちゃって」

「俺はお前の存在を忘れてたわけじゃねぇよ。むしろ、お前らが観覧車に乗ってる間、志希。お前のことで頭いっぱいだったけどな」


 心なしか君藤先輩の無表情が、いつものそれではなく、いつも以上に冷酷さを増しているような気がした。


「え。俺、バイセクシャルにはなれねぇよ?」

「そんな趣味、俺にもねぇけど...」

「おー、ビビったわー。驚かせんなよ、海李!」

「...お前、今日はどうした?ふざけてんのか?」

「え?どうした海李」


 いつもと志季先輩の様子がおかしいと疑う君藤先輩だが、そう言う君藤先輩の様子もいつもとは違っていて。


「そんなに、浮かれるほどこいつに惚れた?」

「だったら何?海李は由紗ちゃんのことなんとも思ってないんでしょ?」

「誰がそんなこと言ったよ...」


(え?...それじゃあ脈ナシではないと!?)


 君藤先輩のその言葉の真意はわからないまま、その後話は逸れていき、私が関わる話は残念ながら終了してしまった。


「いや、その話は今はいいだろ。とにかく今日のお前はいつものお前じゃねぇよ」

「え...?いつでも俺はこんなじゃん?」

「全然そんなことねぇよ。いつもわりと落ち着いた雰囲気醸し出してる方じゃん。なのに今日はテンションいつもより若干高めだし、語尾のばして話すお前見るの初めてで違和感しかねぇよ」

「は?自分のことわかんねぇわけないって、海李」

「そうそれ。それもおかしいじゃん。お前はいつも俺のことを”海”って呼んでる。海李って呼ばれたことなんて一度もねぇからな」

「ごめん。俺、いろいろで疲れてんだわ。あそこのベンチに座って休みたい」


 志希先輩(あゆみくん)が指差したベンチとは、先程まで君藤先輩が座っていたベンチ。


 座った途端、志希先輩(あゆみくん)からふっと力が抜けたのがわかった。そして、眠る志希先輩(あゆみくん)が力なげに寄りかかったのは、君藤先輩の体だった。


「うっ...まじか...。こいつ相当疲れてたんだな。にしても、今日のこいつ...。まあいいか。おかげで、初めての感情に気付けたわけだし」


 前を見据えて独り言のようにそう呟く君藤先輩の表情に、とても力強い意思を感じた。


 ”初めての感情”とはどのような感情なのか知りたすぎたが、とても聞けるような雰囲気ではなかった。つまりは、君藤先輩の強すぎる眼差しに怯んだ私の負けとでも言っておこう。


「観覧車、楽しかったか」

「なんだか、いろいろと感情が忙しかったです」

「なんで感情が忙しかったわけ?...志希となんかあった?」

「結論から言いますと、頂上でキスするなんてロマンチックな展開にはなりませんでした。ていうか、そんな展開になるはずがありません!」

「なんで?」

「まだわかってもらえてないんですね。私が頂上でキスしたいのはーーー」


 そこまで言うと、君藤先輩が私の口元を手で覆った。


 そして。



「くどい。喋んな。キスしたいのはーーーー俺だけなんだよな?」



 はい、その通りです♡♡


 もういい加減思い知っていただけたようでーーーー。


 私は小さく頷いた。


(う、うわぁっ。今の私超がつくほどオンナじゃない?ハニカミの頷きって、計算したわけじゃないんだけどね。)


 意を決して顔を上げ、再び君藤先輩の顔を拝める。


 悠然と落ち着き払ったその表情は、今までのような、感情を内に秘めた無表情とは違い、生き生きとした溌剌感に満ち溢れていた。つまりは、自信満々、余裕綽々といったとこだろうか。




 帰宅後ーーー


「あーあ。俺とのデートのはずだったのに、結局最後先輩に持ってかれてるし。ダッセー。俺...」


 耳元から聞こえる心地のいい、いつもの君の声ーーー。


「全然ダサくなかったよ。宿なしのあゆみくん、おかえりなさい。憑依のご感想は?」

「やっぱ志希先輩の体で由紗さんに手ぇ出しとけばよかった」

「リップサービスだと受け取っておくね。ところであゆみくん」

「ん。何?」

「志希先輩のリサーチ、怠ったでしょ。”海希”って呼んだ件」

「...あー。でも確かにあの人、”海李”って呼んでたんだ。”海”なんて、呼んでなかったのに...」


 それはいつの話?と聞いても、あゆみくんは答えてはくれなかった。そんなにも答えづらいことなの?


 とりあえず本日のミッション【あゆみくんとデート】をクリアしました!!



 さて。明日のミッションはーーーー?

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