ミッション2:好物プレゼント作戦!!

「.........またお前...。俺になんか用?」


 私は一生分の勇気を出して、また登校中の君藤先輩軍団の前に立ちはだかった。


(朝から真正面でこの綺麗なお顔を拝めるなんて♪...うっ、顔こわいです...。)


 そんな怖い声を出されても、怪訝そうな顔をされても平気...とは言えないが、怯む気持ちを払拭すべく、仁王立ちポーズで君藤先輩軍団の前に君臨する私。


「昨日に引き続きなんかすみません!でも、私君藤先輩に用事があって!」


「なあ子ブタのパンツちゃん。海李に話しかけるって、どんな結果が待ってるかわかんないの?」


 君藤先輩のお友達Aさんが驚いた顔をしてそんなことを言う。お友達Aさんは黒髪短髪の男らしそうな人で。


「知ってますよ。うざがられて嫌われる。でしょ?」


(あの、私子ブタ大好きですけど、私自身は子ブタのパンツじゃありませんよ、お友達Aさん。)


「知ってるならなんで嫌がらせを?」

「嫌がらせ!?いえいえ、好きな人にまさか!うざがられてもなんでも、自分をさらけ出せない人間に心開くなんてことありえないでしょ?」

「正論だけど、変わった子だね。子ブタちゃん」


(パンツはどけてくれたのですね...。もちろん子ブタでもないですけど、布じゃなくなったのでまあいいけどさー。Aさん、正義感強くていい人そうだしね。)


 君藤先輩はいたって怪訝な顔をしているが、もうそろそろ行こうぜと促す他の友達をスルーし、なぜか私の動向を見守っている。君藤先輩と私は取り残され、二人きりで対峙。


(君藤先輩って掴めないなぁ。意地悪なのかいい人なのか。んー......。とりあえず仁王立ちはやめよう。ケンカじゃあるまいし...。)


「...お前が言う自分をさらけ出せない人間って、例えばどんな人?」


 君藤先輩は重く閉じていた形のいいお口を少しだけ開き、そんな意外な言葉を紡いだ。


「先輩の事はなんにも知りません」

「は?答えになってない」

「なんにも知らないけど、知りたいって思ってる女子は私以外にもたくさんいます。その人たちもきっと先輩のことは何も知らないはずです。究極の女嫌いってこと以外は」

「究極の女嫌い?」

「はい。好きな人が女嫌いだと聞いたら、ただ見つめることしかできなくなる。だから誰も君藤先輩に自分たちからは近づかないんです。これ、有名な話ですけど、ご本人は知らないんですか?」

「知らない。騒ぐわりには誰も話しかけてこないんだーって思った程度」

「結構鈍感なんですね」

「は?お前...」

「鈍感なことを知れたのは、うざがられても近づいて先輩とお話をしたからです。私が言う自分をさらけ出せない人間とは、先輩の顔色をうかがって近づこうとしない女子たちのことです。近づけば先輩、意外と話聞いてくれるのに、もったいないことしてますよね」


 この時君藤先輩は、真剣な眼差しを私に向け、ハッと我に返った瞬間、視線を逸らした。


「...凛子の言ってたこと、当たってるかもな」

「え?」

「なんでもない。お前の言いたいことはわかった。ところで、お前の用事って何?」

「え?あー!!」


 ーーーーそうでした。心のうちを明かしたことで、ミッションのことを忘れていました...。


「これ!食べてください!先輩の好物です!」


 ガサガサと鞄の中から取り出したのは、ラッピングされた君藤先輩の大好物。そして、迷いもなくすぐさまリボンを解き、中身を確認する君藤先輩。


「ドーナツ...。なんで好物?誰から聞いた?」

「あゆみくんから...いや、その...」

「ん?あゆみ?」

「いえ、風の噂で...」

「ふーん。まあいいわ、サンキュー」


 少しだけ君藤先輩の表情が緩んでます?


 ...あれ?でもやっぱり...だんだん不機嫌なお顔に...。あれあれ?なぜ??


「けど、ドーナツは好物じゃなくて、正解はなんだと思う?」

「.........好物じゃ足りないほどの大好物?」


 だんだんと近づく綺麗なお顔...。風がヒューッと吹き、サラサラな栗毛の先が私の頬を掠めた。と同時に、シャンプーの甘い香りにクラクラと心地のいい目眩がして。


(やっぱりドーナツは大好物なの?機嫌をそこねた風に見えたのは、ツンデレゆえ?)


 なおも近づき、私の耳元付近でぴたっと止まった。君藤先輩の小さな吐息が漏れ、本格的な眩暈に襲われる。


(朝からこのエロモードは...。鼻から赤いものが出てきそう!)


「大好物じゃなくてぇ~...」


(エッ、エロい口調ー!!&色気ダダ漏れ顔ー!!)


「パサパサしてて嫌いなんだよ」


(出た!時折見せる性悪男の顔...!!色気ダダ漏れ顔は何処へ...。)


 君藤先輩は豹変し、テンションどころか声色まで低くなった。


「...嘘。ドーナツ好きじゃ、ないんですね...』


(え~!あゆみくん情報どうなってんの!?ていうか先輩、不機嫌だったり、ふと柔らかい表情になったり、わざとエロかったり、また不機嫌だったり。どうしちゃったの?ちなみに、ドーナツは私の手作りなのですが、いかが?)



 ここで今日知れたことをおさらいします。


 君藤先輩は、鈍感で意地悪で...今みたいに人を振り回す人みたいですーーーー。


「でも、食えなくもないから貰っとく。じゃーな」


 私に背を向け、人の波にのまれていく君藤先輩。だが踵を返し、波に逆らい、未だ突っ立ったままの私の元へ。


「あのさ、多分この愛想のない顔のせいだろうけど、俺、女嫌いじゃないから。けど、お前みたいなうぜー女は嫌いだけど」


 ニヤリと意地悪に笑うと、再び人の波にのまれていく君藤先輩。ガクッと項垂れる私は力なく歩みを進めた。



「2日目のミッションもクリアだね」



 今日も当然姿なきあゆみくんのご登場だ。


「オイオイちょっとあゆみくん!!大好物じゃないじゃん、ドーナツ!!リサーチミスじゃん!!」

「ごめん。けど貰ってくれたからよかったね」

「ポジティブかよ。まあいいや。ミッションクリアには変わりないしー」

「ポジティブは由紗さんだよ...。そんなにあの人と結ばれたい?」

「こらこら。愚問。そんなの当然でしょ」

「...やめときなよ。あいつなんて」

「ん?今なんて言ったの?急に小声にならないでよねぇー」

「なんでもなーい!」

「はあ?テンション低くなったかと思ったらまたハイテンション?どうした若者よ」

「思春期は仕方ないの知ってんだろ?」

「だね。特に男子はそうだよね。君藤先輩と絡めるのは嬉しいけど、私みたいなうざい女は嫌いだって言うし...。でも、あんなにも意地悪だったり、人を振り回したり、少しだけだったけど笑ったり...。人間らしい先輩見るのは初めてなんだよね。この状況、どう判断したらいいのか。ねえ、あゆみくんはどう思った?」

「さあ。掴めなさすぎてまだわかんないよ」

「だよねぇー」


 私とあゆみくんはこのあとずっと会話をせず、あゆみくんは夜まで話しかけてはこなかった。


 会話が途切れる直前、あゆみくんがぼそっと呟いた言葉は、とても意味不明だったっけ。


『ずっと見てきたつもりだったけど、俺の判断ミスかな』ーーーー


 今もあゆみくんの頭にこびりついている光景は、ニヤリと笑う君藤先輩の意地悪な表情。そして、ある言葉を思い出していた。


『あのさ、多分この愛想のない顔のせいだろうけど、俺、女嫌いじゃないから。けど、お前みたいなうぜー女は嫌いだけど』ーーーー



 私はそんなことなど知るはずもなく、夜に再びあゆみくんが声を発するまで、君藤先輩のことを悶々と考えていた。



 あゆみもまた、知りたすぎて悶々としていた。


【うぜー女は嫌い】と言うわりには意地悪そうに笑ったあの君藤の表情が言わんとする真意を......ーーーー。



 一体、あゆみは何者なのだろうか。


 なぜ由紗のところに来たのだろうか。

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