ミッション1:ズッコケ○○○丸出し作戦!!

 ****


 ”低音イケてるボイス”が聞こえてくるようになったのは、昨日のこと。


「おはよ。由紗...さん」


 今日は朝食を済ませ、歯磨き中にイケボくんのご登場。......にしても、私の名前を呼ぶのがぎこちないのはなぜ?

 ていうか......自己紹介すらまだなのにも関わらず、なぜ私の名前をご存知なの!?


「あー。...名前はいろんな人が呼んでるでしょ。だから知ってんの」

「ふーん。そっかぁ......あれ?てことは、姿が見えないだけで、いつも私のそばにいるってこと?」

「その通り。例外もあるよ。トイレやお風呂の時みたいに遠慮した方がいい時は、あんたのそばを離れて遠くに行かない程度に浮遊してる」


 浮遊?もしや...この世の者ではないのだろうか。私はこのイケボくんに、許可を得られることなく取り憑かれているのかもしれない。 (霊なら不要か...。)


 なぜ私に?霊感なんて今までの経験値からして、一切ないはずなのに。


「姿を見せてくれないの?」

「見せれない。あんたを混乱させたくない」


 まさか......私の、いや、女子なら誰もが苦手な大蛇の霊とか?


「やだっ、蛇はほんとに苦手を通り越して、気絶しそうになるんだけど」


 ぷっと吹き出し笑いをされた......。


「人間だよ。多分...俺の容姿を見ると、惚れちゃうんじゃないかな。あんた」


 え。そんなにも君はいい男だと自負しちゃってるわけね。


「それはどうかなぁ。だって、宇宙一好きなのは君藤先輩しかいないから!」

「ふーん。あんたって、ずっと変わらないまま...大人になっちゃいそうだよね」

「は?なんかすごくバカにした言い方が気に触るんですけどォーッ!」


 姿が見えないゆえに、どこに怒りをぶつけていいものか、私はとてつもないもどかしさを持て余していた。


 昨日、私の耳元付近から正体不明の声が聞こえてくるという状況が生まれた。なぜだかわからないが、私の恋のキューピットを買って出てくれたこの異色の人物。最初は疑心暗鬼になったし、いろいろ不可解だ。でも、難攻不落の恋の相手に振り向いてもらうために力を貸してくれるのだ。


 有難い。信じてみてもいいんじゃないかな。


「初日の恋のミッションは、君藤先輩の前で大袈裟にコケるんだ。下着丸出しで」

「ええーっっ!!今日のパンツ、バックプリントに巨大なブタがいるけどイケる?」

「......やれるんだぁ」

「やるよ!先輩が欲しいもん!」

「ものじゃねぇよ。あいつは...」

「あいつって...君、見たの?君藤先輩のこと」

「チラッとな...」

「どうだった?かっこいいでしょー♡私の未来の旦那様~♪」

「...ミッションが成功するまで、浮かれ気分は捨てなよ。全てはあんたの行動次第なんだからさ」


 気のせいなのだろうか。終始彼の声色には、言いようのない悲愴感が漂っているように思えた。


 もしや、呪縛霊?この町で以前不慮の死を遂げて......。結局霊現象の話に辿り着く始末...。


 表情が伺い知れない分、声で心情を読み取るしかないのだ。彼の落ち着いた低音ボイスには、空元気の裏に潜む切なさを、隠しきれていないような気がするのだ。


 彼の本質に関心があるのは間違いないのだが、今はなんと言っても己の恋愛成就が優先だ。


「わかってる?14日間で14のミッションをクリアしないとあんたの恋は実らないってこと。一つでもクリアならずの場合、君藤先輩のことはきれいさっぱり忘れて、他の誰かを好きになって...幸せになりなよ」


 非情だ。なぜに私は、こんなにも酷いことを言われなければならないのだろう。恋愛成就のミッションをクリアできずとも、私は影でこっそり君藤先輩を覗き見して、ドキドキしてたいよ。そんな些細な喜びさえも放棄するよう強制されるなんて......あんまりだよ。


 私はイケボくんへの怒りと哀情を隠しきれず、声を聞きたくないあまり、耳を塞いだ。それなのに、聞きたくない声はどこからともなく聞こえてくる。


「最初に言っとくべきだったけど、俺はあんたを困らせたいわけじゃなくて、あんたの幸せを願ってるってこと、頭の片隅にでも置いといてくれればいいから...」


 どうしてそんなにも切実そうな声で懇願するの?わけがわからないよ...。本当に...!


 あなたは私にとってーーーー何なの?


 明らかにただ事じゃない雰囲気を醸し出す彼の声。応援されているのか、そうじゃないのかわからなくなるけれど...。


「とりあえず...頑張ります...」

「頑張れ。困った時は声に出して伝えてくれたら、いつでもアドバイスできるようにしとくから」


 この優しさが、私の胸中に混乱を生む。

 だが、わりと切羽詰まった状況だ。今日のミッションをクリアすることだけを考えなければならない。


 イケボくんに、スポットライトを当てるわけにはいかなかった。



 **


 いた。君藤先輩発見!!


 登校中、土手を歩く私の数百メートル先を数人の友達と歩く君藤先輩を発見!!


 その後ろ姿を毎朝見当てる。これが毎朝の日課の一つ。そして当然、私の心臓は早鐘を打つというのが、毎回先輩観賞時のルーティンとなっているのは言うまでもない。


 私は先輩の形がいいスラリと伸びた足がたまらなく好きだ。ガニ股でも、内股でも、O脚でもない足に見惚れてしまう。そして肩に髪がつくかつかないかぐらいのやや長めの栗色ツヤツヤサラサラヘアーも、その対象の一つだった。


(あ~...あの素敵な君藤先輩にバックハグできたらなぁ~...♡)


 そこで、はっ!と我に返る私。


 課せられたミッションの重圧が重くのしかかってきたのだ。どう考えてもこの現状では、ミッションをクリアできたとしても、パンツを見せて派手に転ぶわけだから、その代償は大きい。赤っ恥をかいて、今後後ろ指をさされることになりかねない...。怖気づいてしまった。先程イケボくんに『先輩がほしい』発言をしていた野獣化した私は、どこかへと姿をくらましてしまっている。そして、どのタイミングで先輩の目の前で転べばいいものか、考えあぐねいているとーーーー。


 街の喧騒にどよめきと悲鳴が混じり合い、トコトコ...と少々迫力のある音が、私の後方から迫っていることに気付いた。当然危機感を覚え振り向いた。が、その存在を確認するとすぐにその”小さな生き物”は、私の横を通り過ぎた。が...どうしたものか!なぜにこんなことになるの!?っていうか、なんで巻き込まれてんだ?私~~~っっ!!!


 私の急展開の現状を説明します!


 後方から突進してきたのは、首輪のついたミニブタちゃん!!


 首輪の金具に、私の学校指定鞄についている小さなブタのぬいぐるみが引っかかってしまったのだ。よって、私は鞄ごと引っ張られ、ブタに散歩させられてる女子高生の絵が成立していた。


(これはまずい。これじゃあ友達数人と登校している君藤先輩軍団にも笑いものにされちゃうよ...。どうしたらいいのぉ~...!!)


 すると、私の後方からまたしてもただならぬ気配を感じたと同時に、罵声のような迫力のある声が聞こえてきた。


「待ちなさ~~い!」


 その人物は、長い黒髪を靡かせ、私とミニブタ(ぺア)に颯爽と走り迫る長身モデル風美女。


 小さいくせにすごい勢いで私を連れていくミニブタに戸惑いつつも、おそらくミニブタの飼い主であろうこの美女が横に並んだところで、苦情を申す。


「ちょっ、ちょっとすみません!この子が私のブタのぬいぐるみを意図的ではないのですが誘拐してしまって...!」


 二人してハアハアと息を切らしているが、美女は綺麗すぎるあまり、色気さえも漂っているのです...。


(同じ人間なのに不公平だよ...。)


「あらごめんなさい。でも、もうすぐ彼らが立ち止まるから大丈夫よ」


 彼らとは…?


 走る速度を弱め、前方を見据える美女は、なぜか自信ありげにそう言った。だが、ミニブタの走る速度は一向に弱まるどころか、さらに加速するから厄介だ...!


「キャーッ!!...ええっ!?」


 衝撃的展開のせいで、ほんの一瞬忘れていた。


(そっち方向は君藤先輩たちが優雅に登校してるのにーーーっ!!!)


「止まってぇぇぇ~!!ミニブタちゃん!!マジでお願いーーーっ!!」


 迫り来る”厄介ペア”の迫力ある気配に気付いた若干名の我が校男子生徒や、サラリーマンたちが皆ハテナ顔で振り返り始めた。


 その中には当然、君藤先輩たちもいてーーー。


(キャーッ!初めて私のことを見てくれているではないですか!!!なのにこのザマだよ...!)


 なんて、喜んでいる場合ではないということを、すぐに痛感することとなる。


(先輩の方に...え?...ちょっと!?)


「は?クルミ!?なんでここにいんだよ...おい、来んな...ちょっ、おぉーーーっ!!」


(え?クルミ?ていうか先輩の声かっこいい!...って、いやいやそれどころじゃ......え?...ちょっと?ま、マズいってばぁーっ!待ってミニブタちゃん!このままじゃあーーーっ!!)


 ミニブタちゃんが宙を舞ったと認識したのち、あろうことか君藤先輩のお腹へとダイブしたのだった。


「キャーッ!!」

「うぐっ...」


 先輩が発した”クルミ”という名前は、今の一連の流れからしてこのミニブタちゃんの名前なのだろうと察しがついた。そして、クルミちゃんはきっと、君藤先輩のペットだということも。


 だとすれば、クルミちゃんを追ってきた美女は?すごく大人っぽいから...お姉さん?いや...ひょっとして......年上の彼女かも、しれません......。


 落ち込んでいる場合ではなかった。私は今自分が置かれている状況を把握できずに物思いに耽っていた。微かに開いた虚ろな瞳に映ったのは、いつも先輩の周りにいるお友達たちで。何やら私を覗き込んでいる


(つ、冷たい...痛い......え。なんでこの人たち...見てんの?)


 そう。正気の沙汰ではないらしい私は、君藤先輩んちのクルミちゃんが君藤先輩のお腹にダイブした瞬間のこと。クルミちゃんに引きずられている私も必然的に体勢を崩してしまい、うつ伏せに転げて脳しんとうを起こしていたのだ。


「キミ、大丈夫?海李も腹平気か?」

「うわっ!か~わいいっ♪」

「つーか、○○三昧ならぬブタ三昧じゃん!」

「マジウケる~!!」


(ああそっか。ブタ三昧って、本物のブタに、私のブタのぬいぐるみに、私のパンツのブタ.........へっ?私のパンツ?)


 ここで朦朧としていた意識が完全に戻った。


「ギャーーーッ!!!」

「うっぜーよ。ブタ女」


(......は?)


 私はゾンビのようにひょこっと立ち上がり、その抑揚のない声が聞こえた後方へと向き直った。


 すると、ミニブタちゃん改めクルミちゃんを抱いた、普段麗しいはずの君藤先輩が、怪訝そうな顔で私を見下ろしていた。


「俺、もっと色っぽい下着の方が好みだから論外だわー」


(え...?声の主は先輩の友達の一人だと勝手に思っていたけど、君藤先輩だったなんて...!もしや君藤先輩って...性格悪い!?だから彼女いないとか!?っていうか私、あれよあれよという間にミッション1クリアしてるしーっ!)


 ミッションクリアは嬉しいけれど、まだ1つ目なだけに、君藤先輩のだいぶ難アリの性格を思えば萎えてしまいそうだ...。


 だが、元々切り替えが早く、あり得ないほど打たれ強い私は、 自分を奮い立たせた結果ーーーー。


「まず最初に言っておきます。私は君藤海李先輩のことが大好きです。あわよくば、真剣交際を望んでいます!1年B組相川由紗。相川由紗のこと。どうぞお見知りおきを! 」

「は?...頭おかしいんじゃない?お前」

「はい。君藤先輩のことが好きすぎて、頭イカれまくってます!!」

「...そのテンションマジうぜー」


(あーあ...。やってしまった...。ますますうざがられてショックなんですけど...!)


「あー...なんかヤバい雰囲気だから、俺ら先行ってるわー、海李...」


 君藤先輩のお友達集団や、周囲の野次馬たちは、各々何かしらを察し、再び歩みを進め始めた。すると後方から、女性の声が聞こえてきた。


「いいねぇ由紗ちゃん。朝からセンセーショナルな愛の告白、なかなかできないわよ。しかも、私の海李に」


(私の海李......。美女さん、それってやっぱそういうこと、ですよね?)


「それはそうと、ごめんね。うちのクルミがあなたに迷惑かけちゃって~」


 ”うちの海李”の次は”うちのクルミ”ですか。ひょっとしてクルミちゃんは、君藤先輩のペットではなく、美女のペットなのかもしれない。


(あー...モヤモヤする...。)


「あ、いえ...。大丈夫です」

「よね?海李とのハプニングにつながったんだもんね。ラッキーだったじゃな~い!」


 美女の言動に振り回される私。


「余計なこと言うなよな」


 君藤先輩からお叱りを受ける美女は、肩を竦め、おどけてみせる。


『もうすぐ立ち止まるから大丈夫よ』ーーーー


 美女の予言通り、本当に立ち止まった君藤先輩。というか、立ち止まらざるを得ない状況、いわゆる、子ブタちゃん衝突事故になることを美女は早々と察知していた。大人っぽくて美形な君藤先輩のことだから、美女と付き合うことなんて、おちゃのこさいさいなのよ。美女の飼ってるクルミちゃんが、時折やってくる君藤先輩に動物の垣根を越えて恋心を抱いた。そして朝の散歩中にイケメン臭漂う飼い主の恋人である先輩を発見!!性的興奮を覚えたクルミちゃんは、一目散に先輩めがけてダイブ!!これがきっと真実だろう。


「じゃねぇわ。さっきからアホなのか。お前は...」

「え!?」


(ええーーーっ!?心の声のはずが、思いっきり口に出して言っちゃってたのね......トホホ...。)


「あら海李、おもしろくて素直そうないい子じゃない」

「......初めてかも。俺のパーソナルスペースにズケズケと入ってくる女...」


 声色から判断すると、機嫌が悪いのは確かだ。究極の女嫌いで有名だもんね...。でも、人気はあっても観賞専門イケメンって...。


 もったいないにもほどがありませんかーーーー!?


「あんたはさ、誤解されやすいのよ。もっとパーソナルスペース広げてもいいんじゃない?」

「そんなの必要ない」

「もうっ!その頑固は誰に似たのかしらねぇ」

「......」


 君藤先輩はじとーっと冷たい視線を美女に向けると、しらじらしくそっぽを向いて鼻歌を歌う美女。

「...けど、貴重な女の子が現れてくれて、私は安心したけどね」

「ふざけたことほざくのも大概にしろよ、凛子」


(凛子...かぁ~。素敵な名前。その名前をイケメン彼氏が冷たく呼ぶ...。あ~、しびれる...って、なんでなの?なんで私、二人の関係を羨ましがってる感じなの?憧れてる感じになっちゃってるの?)


 絵に描いたような長身美男美女カップル。

 本当にお似合いだ。二人の間に私のようなちんちくりんが入る隙などありゃしない...。


「ん?表情が暗くなっちゃってるけどどうしたの?」

「お二人が...素敵なカップルすぎて...。妬けちゃいます」

「は...?」

「あ。やっぱり誤解させちゃった?おもしろーい!由紗ちゃん」


(え...。違うの?ていうか、凛子さんは確信犯ですよね?自分を君藤先輩の彼女だと思わせようとしてましたよね?)


 だからまんまと術中に嵌った私を嘲笑ったのだ。


「じゃあ、お二人の関係は...姉弟ですか?」

「...バカバカしい。俺行くわ」


(なぜに怒ってばかり?無口でクールで愛想が悪いのは知ってたし、覚悟もしてた。けれど、あまりにも嫌われすぎると萎えてしまいます。先輩...。)


 君藤先輩は、自分の体に密着しておとなしくしていたクルミちゃんを凛子さんに預けると、早歩きで元々の進行方向へと向かって歩き出した。


「ふふっ。あの態度は動揺を隠すためのカモフラージュだからいい兆候よ。母親が言ってるんだから、信憑性あるでしょ?」

「え...」


 凛子さんは、君藤先輩の彼女でも、姉弟でもなく、なんと、お母さんなのでしたーーーー。


「あのー、不躾なことをお聞きしますが、凛子さんはママ母さんですか?だって、見た目がお若すぎてとてもじゃないけど実母とは思えなくて」

「自慢だけど、よくそれ言われるー。 18才で産んだから、多少若いお母さんかもね」

「ですよね。それにお綺麗ですもん。失礼しました。ママ母さんかと思ってお聞きしてしまって...」

「気にしてないから大丈夫よ。私さぁ、シングルマザーだから、恋愛し放題で、女磨きもぬかりないのよ」


 普通なら鼻につく発言だが、モデル風美女様の発言ゆえに説得力があって圧巻だ。


「だからね、現在も若い彼氏とラブラブ中~♪でさ、話変わるけどね」


 今日初めて会った人で、まだ出会って数分しか経ってないけど、凛子さんは君藤先輩とは真逆でずっとハイテンションのままなのかと勝手なイメージを作り上げてた節がある。だからか、急に真剣な顔に変化すると、動揺してしまうのだ。


「海李が女の子に興味がないのは、私のせいなのよ。海李は幼い頃、ずっと私にベタベタでさ。そんな海李を突き放してしまった理由は、海李の父親と離婚して以来、私に恋人ができては別れるを繰り返してきたからなの」


 凛子さんは私の登校時間を気にしてくれたが、少しだけなら大丈夫と言うと続きを話してくれた。


「ほら、若い時って一つのことに熱上げちゃうと、他のことはいい加減になっちゃうじゃない。ひどい話、その対象の一つが海李だった。仕事とデートの往復で、あの子を祖父母に預けてばかりいた時、幼いながらに悟ったのよ」


 ーーー恋をすると女は厄介な生き物ーーーだって。


 私は今日初対面の凛子さんからそんな貴重な話を聞くことができた。でも、なぜ?

 なぜ出会って間もない小娘の私なんかにそんな大事な話をしてくれたのだろう。


 凛子さんとお別れし、物思いに耽って、てくてく歩く私。女嫌いで、毎日不機嫌が常な君藤先輩”を形成したという凛子さんの話の続きを回想していた。


『だからね、自分のことを色眼鏡で見てくる女の子を見ると、あの頃の色ボケした私を思い出して嫌悪感をあらわにしてしまうんだと思う』ーーーー


 君藤先輩は色気と憂いを纏ってて、顔はもちろん、雰囲気も超絶級にかっこいい。

 でも、なぜだろう。なぜそれだけで人は人を好きになるのだろう。正確な性格など知らずに。私はもっともっと、君藤先輩のことを知りたい。理解してあげたい。今日のあの感じだと、「余計なお世話」とバッサリ拒絶されるだろうけど...。私は決して折れたりはしない。


(あーあ。先輩が知らないうちに心ごと抱きしめられたらいいのに。)



「1日目のミッション、クリアしたね」



 私の耳元で少々ご無沙汰気味の低音イケメンボイスがこだまする。


「わっ!久々の登場だね、イケボくん」

「あのさ、今更だけど俺にも名前あるんだけど」

「え!知りたい知りたい!!」

「あゆみ」

「へぇ~。かわいい名前じゃん」

「よく言われた。気に入ってたけど...今はどうでもいい」


 気に入ってたのになぜ今はどうでもいいのだろう。声しか聞こえないあゆみくんがこれまで実際どんな人生を送ってきて、どんな表情で喜怒哀楽を表現するのか、知りたい衝動に駆られた。


(ミッションに集中したいところだけど...聞いたらダメかな。やっぱり君のことも知りたいよ。あゆみくん...。)


「そんな深刻そうな顔しないでよ。それより、2日目のミッションを発表するよ」

「待って!心の準備するから」

「うん。した方がいいかも」

「へ?」



 肉体的にも精神的にも、ミッション1はなかなか骨が折れた。


 にも関わらず!!次のミッションも困難を伴うことになるのだろうか。無論、ミッションとはそもそもそういうものだ。


(なんか...やっぱりあゆみくんのことが気にかかって、すごくモヤモヤして仕方がない。一体何者なの??)




「俺のことなんて、何も知らない方がいいよ。由紗」ーーーー

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