7. 政党と貴族院のいろは

 私は資料の「貴族院の種類」の項目を指して説明を始めた。


「貴族院議員には大きく分けて3種あります。

 1つ目が皇族議員で、皇太子、皇太孫を含む皇族男子が自動的に就くというものです。皇族方を政争に巻き込まないため、形式化していますが、主に式典の際などに当院されます。

 2つ目が勅選議員です。官僚や財界の上役、や帝国大学の学長などが就くもので、内閣の輔弼により天皇陛下が任命します。現代では基本的に民間から登用された大臣が就く場合がほとんどでね。

 3つ目が華族議員です。爵位のある者が選ばれるものです」


「なるほど。それで、僕は貴族院議員の華族議員に分類されるわけですね」


 そう言って、左門さんは紅茶を口に含んだ。


「はい、その通りです。更に、華族議員にも爵位ごとに制度がやや異なります。公爵議員、侯爵議員は満30歳に達したら、貴族院令第3条により、自動的に議員になり、定数も歳費もありません」


「サイヒって何ですか?」


「簡単に言えば、議員の給料のことです。侯爵議員と公爵議員は無給の代わりに選挙もない、そんな感じです。一応、勅許を得て辞職することも可能です。

 一方で、貴族院令第4条第1項により、伯爵議員と子爵議員、男爵議員には同爵位の者の互選による選挙があります。任期は7年。伯爵議員は18名、子爵議員と男爵議員はそれぞれ66名です。制度としては『中選挙区制限付連記投票制』となります」


「え、えっと、互選ってことは僕は他の子爵の人に投票してもらうってことですよね?」


「はい。そうです」


「それで、中選挙区制限付き何とかって何ですか?」


「中選挙区制限付連記投票制、ですね? 『中選挙区』というのは、日本をいくつかの地域に分けて、各地域あたりの議席数、即ち当選者数が2名以上いる、という制度です。

 小選挙区だと地域で当選するのは1人です。衆院の選挙制度が小選挙区制です。

 大選挙区は地域分けをしないで日本全体で選ぶという仕組みです。

 ちなみに、左門さんが出馬する選挙区は近畿選挙区で、子爵議員の定数は10です。

 そして、制限付連記投票制とは投票所に行った人が6人の候補者の名前を書いて投票する制度です。『制限』というのは、この数が10より小さい数に制限されている、という意味です」


「なるほど。ということは、近畿選挙区に住む子爵の有権者が投票する6人のうちの1人に僕の名前を書いてくれれば当選する、ということですね?」


「大雑把に言えば、そうなりますね。会派ごとの候補者の数など、戦略的には色々ありますが、今は大丈夫でしょう」


「それで、僕は当選したらどこの政党に所属することになるんですか?」


「うーん、難しいところですが、形式的には貴族院議員は政党に属してはいけないことになっています」


「形式的には、とは?」


「貴族院には衆院の政党の代わりに、会派が存在します。ですが、この会派が衆院の政党と連携しているために、事実上、貴族院議員も政党に属しているような形になります」


「ほう」


「例えば、衆院与党である『自由公民党』、いわゆる自公党ですね。これを支持して支援するのが、

 貴族院第二会派の『誠和政策倶楽部せいわせいさくくらぶ』と、第三会派の『廣池倶楽部こうちくらぶ』のほか、

紫水会しすいかい』『水無月会みなづきかい』そして、『日本改新にっぽんかいしんの会』です。お祖父様の左門先生はこの『日本改新の会』に所属されていたので、左門楽吉さんは同じくそこに所属する、ということになります」


「なるほど。そういえば、貴族院第一会派の名前は挙がってませんが、衆院野党の『民主共生党』を支持ということですか?」


「はい。貴族院第一会派である『立憲政策研究会』は民主共生党を支援する会派です。他にも民共党支持の会派はありますが、非常に小さな会派ですね。

 貴族院では、自公党支持の会派が合わせて約180議席ありますが、民共党支持の会派は合わせても約70議席程度です。

 特に自公党支持の『誠和政策倶楽部』と『廣池倶楽部』だけで約100議席あるので、自公党は貴族院でも盤石な体制といえるでしょう」


 私は資料の貴族院と衆議院の会派構成の欄を指しながら説明した。


「貴族院議員選挙においても、基本的に会派ではなくこの支持政党で選挙区調整をします。

 左門さん、新しく紅茶を淹れましょうか?」


「あ、はい。ありがとうございます。

 概ね、貴族院議員の制度や会派についても理解しました。説明いただき、ありがとうございます」


 左門さんが注いだ紅茶に砂糖を2杯分ほど入れたのを見て、一瞬驚いたが私は話を続けた。


「いえ、これが私の仕事ですので」


「そうか。西村永蘭さんは僕の秘書ということになるんでしたね」


「はい。公設第一秘書です!」


「これから色々と頼りにしますね。

ただ、茶道のことは僕から教えなきゃいけないことが多そうですがね」


そう言って左門さんは笑った。


「え? 何か茶道について間違ってました?」


そう訊くと、左門さんは苦笑いした。


「えぇ、まぁ、お客さんの所作の間違いをあげつらうことはよくないですが、先日の大学の茶室でのときは幾つかありましたね。例えば......お菓子を頂くのは、亭主が茶杓を持って抹茶を茶碗に入れる直前に『お菓子をどうぞ』と言われたときであって、菓子器を前に置かれたときではないですよ?」


「え、あ、あー。久しぶりで、忘れていました」


「ですが、過去に茶道をしていたようですね。それなら早いでしょう。貴族院議員ともなれば、恐らく茶会に呼ばれることも、茶会を開くことも幾多とあるでしょう。祖父がそうでしたからね」


「左門先生の場合は特別かもしれませんが、左門......楽吉さんの場合も呼ばれることはあると思います」


「その時までに、共に研鑽を積みましょう」


そう言って、左門さんは私に力強く握手した。


「は、はい」


「で、ところで、僕のことを『左門さん』と呼ぶのはちょっとややこしくないでしょうか? ほら、西村さんは祖父の秘書もしていたでしょう?」


実際には私は秘書というより、秘書見習いという感じだったのだけど。


「確かにそうですね。では、何とお呼びしましょう?」


「友達からは『らっくん』って呼ばれてるけど......」


「らっくんさん? 楽さん? 楽吉さん? でしょうか?」


「まぁ、いいや。その辺の感じで呼んでもらえれば大丈夫です! ありがとうございます」


そう照れながら『らっくん』先生はそう言った。


「では、今後の選挙対策への流れをご説明致しますね」


「はい、永蘭さん、宜しくお願いします」


何気に、楽吉さんが私を『永蘭さん』と呼んでいることはさておき、次の資料を説明することにした。

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