6. 決心
左門楽吉さんを訪ねた次の日。
左門さんのほうから電話がかかってきた。
「少しお会いして話がしたいのですが、ご予定はいかがでしょうか?」
私はゆっくりと時間の取れる次の土曜の午前とした。場所は左門飴也先生の京都事務所。
この機会を逃すわけにはいかない。
ここで左門楽吉さんに議員になるよう決心してもらわねば、私は路頭に迷うことになる。なんとしてでも。
土曜の朝9時30分。
待ち合わせの時刻の30分前。
私は暖房で部屋を温かくして、紅茶を淹れる準備を整えた。
貴族院議員選挙法の必要項目をまとめた資料も2部印刷した。
さて、他に準備すべきことは......
10分前。そろそろ来られるだろうか。
私は事務所の前に出て、待つ。
「おはようございます。お待たせしました」
左門楽吉さんがいらっしゃった。
「おはようございます。どうぞ、中にお入りください」
事務所入口のすり硝子の扉を開けて、中に誘導した。
「寒いのに外で待たせてしまっていたようで、申し訳ないです」
「いえいえ、大丈夫です。紅茶をお入れしますので、どうぞそちらの椅子にお掛けください」
そう言って、私は事務所の台所に準備した薬缶に水を入れて火にかけた。
「ありがとうございます。ですが、その前に1つお話したいことがあります」
左門さんは上着を脱いで、椅子にかけてそう言った。
「......はい、かしこまりました」
これは断られる感じかな。
僕には政治家は無理です、と。
やはりここは、先輩秘書に教わった『絶対に失敗しない交渉術』を使うべきか......
「先日は、僕の大学まで足を運んでいただき、ありがとうございました。その際の話についてなのですが、」
「紅茶をお飲みになって、落ち着いてからお話ししませんか? 結論を急ぐことではありませんから」
「いえ、僕にとってはこの話の後のことが大事なので、そのときに紅茶を嗜みながらゆっくり西村さんにお話を聞きたいんです。続けてもよろしいですか?」
仕方ない。例え今日は無理でも......
「承知しました」
「祖父の後を継ぐ、即ち貴族院子爵議員としての祖父の地盤を引き継ぐという件についてなのですが」
「はい」
「是非、お受けしたいと思います」
えっ?
「本当ですか!」
「はい、宜しくお願いします。差し当たって、今後の予定や選挙制度などについてお聞きしたいと思うのですが、そこからは紅茶を一服といかがでしょう?」
「分かりました。ありがとうございます」
左門さんが私に差し出した手を握る。
「改めて、選挙までとそれからも、西村永蘭は全力で左門楽吉さんの第一秘書を務めさせていただきます。宜しくお願い致します」
ちょうど薬缶の湯が沸いたらしく、私は台所に行った。
「それでは、林檎の紅茶を飲みながら、貴族院議員選挙法の概要について、簡単にご説明致します」
そう言って、私は準備した資料を硝子机の上に置いた。
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