第1章 面影との邂逅 3
「そんな……なんで姉さんが……」
エリティアが目の前にいる、有り得ない光景に全身に震えが走った。
「死んだ筈だ、あの夜に穢魔に殺されて……」
瞼に焼き付いて離れない光景、エリティアが暴走する人工穢魔に丸呑みにされた瞬間は間違いない現実のはずだ。
だがそれでも、過去と相反する光景が目の前に存在する。
自らの手で倒した黒尽くめの容姿は幼いエリティアの面影を余りに残し過ぎている。髪も瞳も顔立ちに至るまで成長を遂げた彼女だと言われて遜色は無いだろう。
「やっぱり殺さないんだ」
彼女が嘲笑うように喋った、声まで記憶と一致してしまう。
「安心しなよもう全然動けないから、特務のマキナがここまで強いなんて予想外、君さ最初から私を捕まえるつもりだったでしょ?」
(俺のことまで知っている!)
特務師団は公には存在しないとされる集団だ。当然情報など総長と団員にしか知れ渡っていない。
「……薄汚いレネゲートが良よく調べたものだ、軍部を狙う目的を吐け、特務の事を把握しているならば尚更だ、そうすれば減刑の余地を与えてやる」
乱れる内心を隠しながら、渇く口で冷淡に告げる。
「何の見返りも無しに言う訳ないじゃん、君ってバカ? 噂の蝙蝠様も案外オツムが弱いのね」
舌を出しながら舐めた態度の彼女。
「ならば拘束し軍部へ連行するまでだ」
「よく聞きなって、見返りが無いのにって言ったよね」
「取引か、何を要求する」
「聞き分け良いじゃない」
「情報が得られるなら大概は飲んでやる、だが嘘の内容であったならば即座に始末してやるからな」
「こわ~い、じゃあ先に要求を飲んでもらおうかな、条件は二つあるの」
彼女が首を前に倒した。
「私の首筋に術式が刻まれてるでしょ、それを剥いで」
確かに首筋には術式が刺青されている、幅は一センチ、見た事のない種類の物で内容は不明。
「出来ないな、術式を無理やり剥がすのは下手をすれば命を蝕むぞ、情報を得る前に死なれては困る」
「良いからやりなさい、でないと情報はやれないし今ここで舌を噛み切って自害するわよ」
口調からして彼女は本気だろう。
「……」
ダガーナイフを彼女の首筋に当て。
「耐えろ」
彼女が歯を食いしばったのを確認してから、素早くナイフを滑らせ術式の刻まれた皮膚を剥ぐ。
「ぐぅ!」
彼女が体を捩らせ呻き続ける。術式を体に刻めばその力はより強く発動出来るが、肉体だけで無く精神にもリンクし術式に逆に制御されてしまう事例も有る。反応を見るに相当深く刻まれていたらしく、体内で包術が暴れている筈だ。
彼女は全身から脂汗を流し顔面は蒼白、声を押し殺せるだけの精神力がある事は賞賛に値するだろう。10分もして漸く静まり、荒い息を吐き呼吸を落ち着ける。
「は……ぁ……一つ目はありがとう、助かったわ」
「よし次だ、言え」
「優しい言葉くらいちょうだいよ、汗だくで頑張った女の子とはピロートークくらいするものよ」
「ふざけた事を抜かす前にもう一つの要件を澄まさせろ」
「ふん、可愛くないね、まぁいいわ。ねぇ君さ私を匿いなさい」
「はぁ!」
突拍子のない要求に冷静さ欠いた声を上げるトーマ。
「期間は1週間、その間私は逃げないし隠れもしない、貴方を傷つけることもない、軍お得意の拘束術式を私に掛けてくれても良い、但し保護するのは軍ではなくあくまで君個人よ」
「ちょっと待て、そんな要求飲めるはず無いだろ!」
「私を匿いなさい、あらゆる障害から守りなさい、それが終わったら貴方が望む情報を全部あげるから」
彼女の目にふざける様子はない、真剣に願い出ているのだろう。
「……」
トーマは彼女へスッと手を伸ばすとコートを中心に体を探り始める。
「ちょっと、あん、もうこのエッチ、そんなとこ触って!」
「おかしな声を出すな、凶器がないか調べてるだけだ」
どうやらナイフとハンドガン以外に武装は無さそうだ。
「……不本意だが仕方ない、一旦俺の家に連れて行く」
「あら、家に連れ込むなんて大胆ね」
「少し黙ってろ、頭痛がしてきた」
トーマは実際に痛み出す頭を抑える。
「俺からも条件がある、匿う間は完全に管理下に置かせてもらう、それから……」
一旦息を飲む。
「名前は名乗れ」
杞憂と理解していたとしても、もし彼女からエリティアの名が出てきたらと考えてしまうのは致し方ないだろう。
「それくらいなら良いわよ、私はリリス、そう呼んでちょうだい」
リリスの名前を聞いた瞬間、トーマは内心胸を撫で下ろした。
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