第1章 面影との邂逅 2
「すっかり遅くなったな」
人影が消え、街灯のみが照らすビル街の夜道を自宅へと歩きながらトーマは零す。
酒気で程よく火照った身体に夜風が涼しく、先程の賑やかな騒ぎのお陰か疲れ切っていた心も軽い。
「……ゴメンなウィルソン、ココウィル、俺はやっぱり……」
レネゲートの追跡を諦めるつもりは無い、これは捨てられない感情だ。
「姉さん……俺は間違ってないよな、皆んなを守る為に戦ってるんだ、レネゲートを完全に根絶やしにすれば穢魔だって止められる、俺はそう信じる……」
本心では自分のエゴを通そうとしているのは理解している、都市防衛に重点を置くならば薄い可能性よりも目先の障害に対処すべきだろう。だがそれでもトーマにも譲れないものがある。
(あの日もこんな夜だった、物音一つしない静けさで……皆んなが穏やかに寝静まっていたホームに、レネゲートが……)
軽くなった心に怨敵への憎しみが胸中を焦がし始め、ズキリと痛む。
(俺の新しい家族を、姉さんを奪った奴らを絶対に叩き潰してやる)
そう簡単に憎しみの炎は消えはしない、重くなり始めた足取りでビル間の路地に滑り込み壁へ体を預けた。
(戦わないと……それだけが俺が生きている事が許される方法だから、だけど、畜生……)
両頬を涙が伝う。
(戦いたくないなんて言えないよな、大丈夫、俺は戦える、だから……)
足下に鈍色の方陣が出現。
「穢れなき世界の為に」
術式詠唱により隔離結界が発動、半径1キロメートルの空間を侵食する。
「神を裁く業を背負おう」
自身を人から機械へと変貌させべく詠唱する。
神殺しの業が完成、トーマの精神を殺しリミッターから解き放ち一人の戦闘機械へと作り変える。
銃声が鳴ると同時にトーマは右へ路地の奥へ向かい跳躍、立っていたポイントに銃痕が刻まれた。
(銃弾の方向から敵の位置を推測、上方と判断する)
上方から気配を感じ、ホルスターから抜きはなったダガーナイフで敵を迎え討つ。
ギンッ。ダガーナイフと相手のナイフがぶつかり合い鈍い音が響いた、衝撃で互いに弾かれ距離が出来る。
トーマはダガーナイフの切っ先を敵に向け淡々と言い放つ。
「先程から付きまとっていたようだが何者だ、抵抗せず投降しろ」
「……」
敵は無言を貫くらしい、ナイフを胸部のホルスターに収めると両大腿部からハンドガンを二丁引き抜く、中距離戦に持ち込むつもりだろう。
相手はフード付きのコートに皮手袋、ブーツ、統一された黒尽くめで頭部もフードで覆っているため顔は疎か性別すら判断が付かない。
(敵の無力化を優先、接近戦によりリーチを相殺……)
黒尽くめが地面を蹴った。
(対処)
あろうことかハンドガンを用いて打撃、それも手数重視のラッシュで攻め込んで来る。 ダガーナイフ一本では捌ききれず、右上腕と左大腿部に打撃を喰らってしまう。
(離脱)
バックステップで距離を置くが、その瞬間ハンドガンが二丁同時に火を噴いた。
胴体を狙う弾丸は弾き、下肢を狙うものは姿勢を反らして回避する。
トーマの体勢が崩れた所を再び距離を近付けて来る黒尽くめ。
「砕ける大地」
ダガーナイフを地面に突き立て術式を路地の幅に限定して展開、トーマから黒尽くめに向かって地割れが走る。
「縛れ、瓦礫の楔」
黒尽くめが足下をすくわれた瞬間、瓦礫で結ばれた鎖により両腕両足を縛り上げトーマは眼前へと接近、腹部目掛けて肘鉄を叩き込む。
「ぐはぁ!」
敵が呻き、ガクリと項垂れ、気絶したのかピクリとも動かない。
トーマは確認の為敵のフードへ手を掛ける。
「猛れ……」
ポツリと落ちた詠唱、それは黒尽くめのフード奥から聞こえてきた。敵の足下に橙色の方陣が展開。
「烈火陣」
トーマと黒尽くめを囲うように火柱が立ち上がり、二人を完全に閉じ込めた。
黒尽くめを縛る鎖も熱でドロリと溶かされ敵は自由になる。
「ハァ!」
敵の掛け声。逃げ場の無い近距離戦、銃が、蹴りが、容赦無い打撃の雨に絡めての射撃がまた的確にこちらの回避を潰していく。
先程の気絶はフェイク、追い詰めたつもりが逆に相手の領域へと引き込まれてしまった。
トーマは身を縮め防御に徹するも確実にダメージは蓄積していく。
(炎により脱出不能、ダメージなおも増加、よって……)
トーマは痛覚を無視して相手へ飛び込んだ。
(超近距離戦から短期決戦に持ち込む)
距離を取る為に足掻くだろうと予測していた相手は意表を突かれ、右腕を取られそのまま一思いに投げ飛ばされる、炎を突き破りビル壁に叩きつけられ、術者のコントロールが乱れ炎も消え失せる。
「穿て、瓦礫の礫」
鈍色の方陣が展開し術式、瓦礫の礫による集中砲火を食らわせた。
黒尽くめの全身に容赦なく御見舞される礫、コートを破き至る所から出血が飛び散る。
礫から逃れようと立ち上がろうとする黒尽くめ。
(フィニッシュ)
先の肘鉄を食らわせた腹部へ蹴りをぶつけた。
黒尽くめは全身を痙攣させ動かなくなり、力尽きた様にダラリと地面へと座り込んだ。
今度は演技の気配は無い、蹴った瞬間に起きた痙攣まではフェイクだとするならばそうとうな道化と言うことだ。
炎は消えたが熱に侵されていた体からドッと汗が噴き出す。恐怖が死んでいてもダメージや体力が奪われない訳ではない。
「神への罪禍を償おう」
戦闘終了と判断し神殺しの業を解除する。遅れて襲ってきた痛みと疲労感に眩暈を覚えながら黒尽くめへと近づく。
(捕獲は面倒だな、随分喰らってしまった)
ただ相手を殲滅するならいざ知らず、命を奪わず拘束する方が難易度は高い。だが仮にトーマを軍人として知りながら襲撃したならば反乱分子はただ処分するだけで無くある程度の情報は採取すべきだ。
念の為に黒尽くめからハンドガンを二丁とも没収する、そしてトーマは信じられないと目を見開く事となるのだ。
「レネゲートのエンブレム!」
二対の刀剣が重なり合ったエンブレム。10年前にほぼ壊滅し、トーマが今尚追い続けるテロ組織の痕跡が正に目の前にある。
(こいつを突き出せば総長を説得して特務も動ける、ようやくチャンスが……)
逸る気持ちを抑えながら黒尽くめのフードへ手を伸ばす。
胸の高鳴りから震える手で捲った矢先、フードから溢れたのは太陽の様なオレンジの長髪。
「……ま……さか……」
胸の高鳴りが激しく膨れる。
相手の顔には見覚えがあった。幼い頃殻に閉じこもっていた自分の世界に色をくれた人、姉と慕い、失った悲しみを繰り返さないよう戦う事を決意する切っ掛けになった女性、年を重ねていようと見間違えるはずが無い。
「うっ」
女性が意識を取り戻したのか薄っすらと瞼を開いた。透き通る翡翠の瞳が間から覗く。
「ね……さ……」
自分の声は渇いていた、それでもその名を口にせずにはいられない。
「エリティア、姉さん……」
見間違えるはずのない女性、エリティア・エーヴェルスがそこに居た。
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