karma24 最速の怪物

 大きな空を覆う厚い雲が腹の虫を鳴らすように鈍い音を響かせていた。

 ジャマイカ国内で起こるいくつもの火災により、煙が立ち上っている。有害な煙は厚い雲に吸い込まれ、また厚く、そして濃さを増していくようだった。

 特に制御タンクの火災は大きかった。消火活動を始めようにも、奇怪な怪物が暴れまわっていて消防車は近づけない。上空からのヘリコプターやSO部隊のアーマークロウによる放水、今はそれでなんとか消火を試みている。


 住民の避難は着々と進んでいるが、環境への悪影響は逃れられないだろう。

 周囲に漂う煙は、霧のように視界も悪くしている。

 制御タンクの大きな爆発による衝撃波で、目も当てられない有様になった森林と動物たち。ジャマイカ国民の目にはいたましい限りであった。


 そうした森林の間に通った道路の端で、機体スーツが横たわっている。

 たまたま近くにいた氷見野は爆発の衝撃波を受け、吹き飛ばされていた。

 激しい衝撃波を受けた氷見野の体が地面を打ちつけ、気絶していたのだった。時間にして15分。氷見野の瞳がゆっくり開く。

 重たく感じる頭を起こし、両手に力を入れる。

 少しずつ自分がやっていたことを思い出し、それから氷見野はある懸念に頭を使う。


 氷見野は立ち上がり、彷徨い始める。

 15分前まで閉塞的な森林の迷路だったのに、今では木々がぽっきり折られ、重なるように地面に倒れている。

 氷見野は通信を試みようとした。ARヘルメットは通信機能を起動するも、いつもより起動に時間がかかる。

 まさかと思っていたその時、氷見野の視界に見慣れた機体スーツが入ってきた。氷見野は小走りで駆け寄っていく。


「ラピ!」


 ラピは「大丈夫」と小さく答えて体を起こす。2人は黒煙でかすんでいる辺りを見渡した。


「一体、何が起こったんだ?」


 氷見野はシールドモニターの画面に注視する。通信は『no signal』になっていた。


「通信が途絶えてる」


「ボクのもだ。たぶん、ヘルメットの通信機能に障害が出たんだ」


機体スーツアクティビティは?」


 ラピは、元気はつらつといった風に微笑を灯す。


「全然問題ないよ!」


「そう。よかった」


「でもどうしようっか」


「とりあえず、爆発地点に行ってみようか?」


「いいね。何か協力できるかもしれない」


 やることを見定め、2人は黒煙を吹き飛ばす勢いで駆け出した。



 ケミカルアクションテクニカはジャマイカ国内でも有数の大企業だ。工場は国内にいくつかあり、そのうち4地点に制御タンクが設置されている。そのうち3つがほぼ同時に爆発した。その1つ、セントトマス教区プア・マンズ・コーナーの河川付近にもあった。

 攻電即撃部隊everとヘブンエミッサリのグリーン小隊は、ブリーチャーの第二群と交戦していた。態勢を整えていたため、優勢で進められていたが、制御タンクの爆発による衝撃波が一部の隊員の意識を一時的に奪った。

 しかし、それはブリーチャーたちも同じだ。制御タンクの爆発は周囲の建物や山々に大きな影響を与え、20分前とは景色があきらかに異なっている。それほど大きな爆発による衝撃波は、旧態のブリーチャーやベルリースコーピオンなどの体の重い種すら吹き飛ばした。


 陸地では白と黒が混ざった煙と共にしばし落ち着いた空気が漂っていた。だがそれもほんの束の間であった。

 爆発はあきらかに地震や津波のせいではなかった。必要以上に最悪の大災害を想定して強固に作られた制御タンクは、一撃で風穴を空けられてしまった。


 そういえば、日本のウォーリア部隊が来ていた!

 きっと彼らがやったんだ!

 第3管理区画ブロックの管理棟にいるケミカルアクションテクニカの研究職員が努めて明るい声を張り上げた。

 日本のウォーリア部隊はブリーチャー殲滅という大義名分を全面に押し出して、やや横暴な行いをすると聞いていた。だとしても、わざわざ危険な化学物質を管理する場所にやってきて戦闘を行うほど、命知らずとは到底思えない。

 正体が日本の隊員であるのなら、怒りの矛先を日本政府に向ければ済む話になるが、猛火もうかを悠然と歩く影は人なのかどうか怪しい身なりをしていた。


 職員はおろか、ほとんど軍関係者ですらその姿を知る者は多くなかった。

 先んじてプア・マンズ・コーナーの制御タンク第3管理区画ブロックに到着したレオネルズは、爆発してまだ間もない戦地にて、ただ1体五体満足で歩いている者をしかと捉えた。


「なんだよ、あいつ……」


 クラン隊員は地上にいる大柄の体をした怪物に幼い顔をひきつらせた。


「ふーん、俺たちの味方……ってことはなさそうだけどな」


 ネタル隊長代理は丸縁のゴーグルを通して怪物を見下ろし、不敵に微笑んだ。怪物も空を浮かぶレオネルズに気づいたようで、直角三角形の底辺部が少し上へ向いた。


「なんにせよ、爆発はあいつが犯人でいいだろ」


 カン隊員を含めてレオネルズは、異様な姿からしてブリーチャーたちの仲間と即座に判断した。

 カン隊員は黒翼こくよくの片側の端を向け、赤い三日月を射出する。怪物は悠長に物騒な月華を見上げ、その熱い斬撃をまともに受けた。

 ゴツゴツした体にぶつかり、月華は花のように散った。


 カン隊員は目をみはる。怪物の上半身に大きな傷をつけた。怪物は緩慢かんまんとした動作で頭らしきものを下げて、体についた傷を見つめる。

 カン隊員は顔をしかめ、怪物に手をかざす。薄緑の半球が怪物を覆い隠そうとした時、怪物の姿が忽然と消えた。そう認識した時————「カン!」と緊張感のある声が飛んだ。しかしその前に、カン隊員は背後に狂気的な気配を感じ取った。

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