karma25 アンノウン「I」

 カン隊員は振り向きざまに大きな翼で自身を覆った。

 レオネルズの翼は、対ヴィーゴ用に設計された反射武器だ。戦闘機体でもあるため、多少の強度を誇る防備としても機能する。

 その盾に対し、いかつい拳が突き刺すように振り下ろされた。鈍い重低音が天上で炸裂すると、カン隊員の機体は目にも止まらぬ速さで落下した。

 レオネルズの機体は激烈な衝撃を伴いながら地面に粉塵を立てる。

 落下していく怪物に火の刃を撃ち立てるが、またしても生物は空中で消えてしまう。


「離れろ!」


 ネタル隊長代理の声でレオネルズたちはすぐさま急加速する。また背後を取られ、機体を破壊される危険があると察知した。

 幸か不幸か、その予測は外れた。怪物は地上に現れ、空飛ぶ大型の鳥を仰いでいた。


 遠隔操作室の操作筒そうさとうの1つにいるカン隊員のギプス機械は、同期を停止する。黒いギプスはピピーと電子音を立て、操作筒そうさとう内の浮力が少しずつ低下していくと、カン隊員の体は仰向けのまま操作筒の床にゆっくり落とした。


「う……」


「大丈夫か? カン」


 カンは体を起こし、悔しげに言葉を漏らす。


「一撃で強制停止かよ」


「うちらの機体、そんなにヤワじゃないのに、ほとんど砕けてるよ」


 長い黒髪を束ねるフェーリル隊員は、驚愕した表情で地面に横たわる機体を見下ろす。翼もそうだが、守ったはずの胴体も砕けていた。


「それで、どうする? 隊長代理」


 クラン隊員は頬に一筋の冷や汗を垂らしながら尋ねる。


「そうだな……。あいつの動き、どうもひっかかる」


 怪物は厄介な飛行機体を気にするも、どこかへ歩いていってしまう。


「あんな図体ずうたいでどうやって飛んだんだ?」


 戦線復帰したユーティ隊員が疑問を投げかける。


「でも、あいつが純粋な脚力で飛び上がったようには見えなかった」


 フェーリル隊員もネタル隊長代理たちと同様、どう対応するか困惑している。

 その時、ゴーグルの視界の隅に、司令部からの連絡を告げるCCTの白い文字が表示される。


「レオネルズ。その生物……」


「ああ、司令官。聞いてくれよ。あのいかついデカブツ、想像以上に厄介でさあ。困ってんだよねぇ」


 ネタル隊長代理は呑気な口調で現状を報告する。


「しかもけっこう速い。何か情報はないのか?」


 カン隊員は険しい表情で情報を求める。

 問われたシャル司令官は、宙に浮かんだ複数のモニターの中の一番左隅を見つめながらおもむろに語り出す。


「デストラだ」


「デストラ?」


 ネタル隊長代理はてんで記憶になかった。


「デストラには少々きな臭い話があってな。今まで、ただの噂話だった」


「どういうこと? 噂話って」


 クラン隊員の表情に動揺がうかがえる。


「最初にデストラの報告があったのはSNSだ」


「は!?」


 遠隔操作室にいる隊員はもちろんのこと、エンジニアの顔が驚愕に染まった。


「いやいや、なんで軍の一部の人しか知らないブリーチャーの新種のことを一般人が知ってんだよ」


 ユーティ隊員は困惑気味に訴える。


「一般人かどうかはわからない。画像と共にSNSに投稿されていた。某国がブリーチャーの細胞を使った生物兵器の開発に成功したとの触れ込みでな」


「ふーん、確かにきな臭いですなぁ」


 ネタル隊長代理は、シャル司令官のぼやかした言い方に疑問を感じつつも相槌を打った。


「真偽は不明だ。調査も行われたが、証拠もない。なにせ、姿を捉えたことしかないのだからな」


「もしあの生物による被害があれば、少なからず情報が洩れるのは必至だろう」


 操作筒そうさとうから出ていたカン隊員は、窮屈なギプスを取り外しながら話す。


「それにSNSからの投稿となれば、政府が放っておかないでしょ」


 フェーリル隊員は当然と言わんばかりに付け加える。


「防衛に関わることであり、ブリーチャーの件と言えば、いち企業は公開せざるを得ないだろうなぁ」


 ネタル隊長代理も意見に同調する。その間もレオネルズは警戒を怠らなかった。

 デストラはケミカルアクションテクニカの敷地の出入り口へ向かっている。背後を見せるも、そこにレオネルズに対する警戒心は感じられなかった。

 絶対に負けないと確信しているからか、それとも獲物としての興味がないか。あるいはその両方か。いずれにしても現状、国に被害が及ぶような行動をする素振りはない。とはいえ、このまま野放しというわけにもいかないが、デストラとかいう未知の生物を無力化する方法がない以上、自分たちには打つ手がなかった。


「てことは、その真偽不明の投稿をしたアカウントの素性はわかったってことだろ? なんで真偽不明なんだ?」


 シャル司令官は椅子に腰かけ、足を組んで小さく息を落とす。


「画像は本物だった。問題は、画像に映った対象物の正体がなんなのか、だ」


「生物兵器って話? なんていうか。ありがちな話じゃない、それ?」


 クラン隊員は気のない腑抜けた声で言う。


「まあ、ブリーチャーが現れてからずっと出回っていた噂だしな。今更って感じもある」


 ユーティ隊員は離れていくデストラの後ろ姿を見ながら顔をしかめる。

 あれが生物兵器かどうか、見ただけじゃ判断しようがない。だが一度も見たことのない生物であることに変わりはないし、危険な生物であることもしかり。

 シャル司令官は遠く離れたモニターに左手をかざす。空中に浮かぶ複数のモニターの1つの画枠が白く光る。


「そう。しかしただの噂で、政府は動かない。有力な情報と判断したからこそ、某国の政府は第一ソースのアカウントの管理者とコンタクトを取ったんだ」


 シャル司令官は説明しながらかざした左手を手前へ引き寄せる。遠く離れたモニターが小さくなり、シャル司令官の顔の前までやってくる。手早く操作するシャル司令官の手の動きに従って、画面が次々と切り替わっていく。


「今じゃ、その第一ソースのアカウントは消え、複製・拡散された情報だけがネット上に残っている」


 シャル司令官の手が止まり、下ろされる。デストラの報告書をまとめた電子データがシャル司令官の前にあるモニターに表示されていた。テキストの右隅には、レベル3シークレットの文字が躍っている。


「つまり、人工的な生物兵器説を否定できない証言があった。調査した複数の機関は、そう結論づけている。ってことか?」


 ネタル隊長代理は微笑をはらんだ口調で尋ねる。


「断言できるものではなかったらしいがな。ただ、聞く耳を持つ価値はあった」


「へぇ、どんな?」


 クラン隊員の問いかけられたシャル司令官の言葉に、意識を向けるレオネルズたち。


「私たちもそこまで把握できていない」


「なんだよ」


 期待外れだった。不満げな雰囲気を察し、シャル司令官は言いづらそうに咳払いをしてから言う。


「あの国は情報に関して徹底的な秘密主義をとるからな」


「政府側の対応としては真っ当だとも言えるね」


 フェーリル隊員は神妙な口調で淡々と語る。


「他の勢力から身の安全を守る代わりに情報を教えろって脅すのが真っ当な政府なのかぁ?」


 ユーティ隊員は卑しい雰囲気を醸し出す声色でフェーリル隊員に投げかける。


「悪い話じゃないでしょ」


 シャル司令官は目の前に浮かぶ画面を掌で押す仕草をする。画面はシャル司令官から離れていき、元の位置に戻る。


「とにかくだ。名指しされた国にとっては、変な噂が信ぴょう性を持ってしまうことにカンカンってことだ。友好国である国やブリーチャー殲滅に関わる協力において、足かせになりかねない。だから、どの国もその投稿はフェイクニュースか、あるいはわからないとか現在真偽のほどを調査という談話を出している」


「んで、結局のところ。名前くらいしかわからないってことなのか?」


 素っ気ないカンの口調は、どこかシャル司令官の政治色が滲み出た話につまらなそうだった。

 その時、カン隊員の肩をクラン隊員の機体がつつく。カン隊員の機体が後方へ向くと、クラン隊員が指を差す。


「まあ待て。仮にデストラが生物兵器だったとしてだ。一番有力で、きな臭い説が、開発した生物兵器がコントロールを奪われた可能性なんだ」

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