karma23 業火より現れた怪物

 地震と津波が一気に押し寄せる大災害に見舞われたジャマイカは、すでに多大な被害が出ている。だが時間を追うごとに海水は引いてきており、押し流された物で動けなくなったカリブの守護天使も復旧し、避難も進んでいた。


 ブリーチャーたちの殲滅も粛々と遂行され、危機は脱せられるだろうという空気がメディアを中心に漂っていた。

 そうした中で起こった大きな爆発。戦場と化した場所であるなら、1つ2つ爆発が起こっても気に留める者はいなかっただろう。

 爆発地点から半径3キロ以内にあった建物が衝撃で崩落し、木々は折れてなぎ倒されていた。3キロより外では例外なく建物の窓が割れるほどの大きな爆発だった。


 ケミカルアクションテクニカ第4管理区画ブロックの制御タンクが爆発を起こしていた。

 地震に誘発される事故を警戒したケミカルアクションテクニカがモニターし、牙買加化学安全調査委員会ジャマイカ・ケミカルセーフティ・インヴェスティ・ゲイティブ・コミッティーへ報告したのが地震発生から2時間後。安全が確認されたと胸を撫で下ろして20分も経たず、爆発が起こった。


 最初は確認ミスかと思ったが、第4管理区画ブロックでかろうじて作動していた防犯カメラの1つが、爆発の原因と思われる正体を捉えていた。

 映像を見た職員の誰もが、例に漏れず言葉を失った。爆発により大きく破損し、燃え盛る制御タンクがあった場所から、ゴツゴツした濃い紫の怪物は正面玄関方面へ向かっている。

 強大な爆発により、近くのタンクも綺麗な球体を留めていられなかったようだ。そうして密閉されていたはずのタンク内に空気が入り込み、連鎖的に爆発していた。


 最初の爆発に比べれば生易なまやさしいものであったが、制御タンクに入っていた液体は第4管理区画ブロックの大部分を覆い尽くしている。

 火の海にいても動じることのない怪物は、正面玄関近辺にいる者の殺気を感じ取った。


 ケミカルアクションテクニカの通報を受けたSO部隊は、迅速に配置を取り、万全の態勢で怪物と対峙していた。横3列に並び、前方は膝をついて盾を隙間なく配し、2列目は盾を敷く者の背中を支える。後方はバファルトCQ.22の銃口を向けている。


 複数の銃口を向けられても、艶めいた紫の肌をした怪物は恐れる素振りを見せない。SO部隊に近づいてくるたび、怪物の解像度が増していく。

 最初は頭部のない生物が歩いているのかと思った。しかし正面から見た場合、頭があるのかわからないほど薄い板のような頭部だったと気づく。

 鼻や口らしきものはなさそうだ。横から頭部を捉えると、やっと直角三角形の頭部を認識できる。ガタいのいい体と簡素な頭部のアンバランスな形状の生物を知る者は、少なくともその場にいなかった。


 やっても無駄だろう。わかってはいたが、小隊長は形式上の警告をした。


「そこの者、ただちに止まりたまえ! お前には3つの容疑がかけられている。止まらなければ発砲する!」


 足を止めない怪物の肩や背中の一部が波打つ。すると、怪物の周りで草のように立ち上る火の先が自分を巻き込むように傾いた。

 まるで怪物の体から火が離れようとしているみたいだ。信じられない挙動に目を疑っていると、怪物の背後にうっすらと浮かび上がるものが、SO部隊のいくつもの瞳に映った。


 紫の翼が怪物の背中より生えていく。というより、浮かび上がった。SO部隊の見たことを正確に表現するなら、そう言葉にする。片側3つずつ。光の翼が真っすぐ伸ばされている。

 小隊長は唇をゆがめた。


「撃て!」


 小隊長を含め、SO部隊の隊員は怪物から目を離してはいなかった。

 小隊長が号令を出した瞬間、怪物は姿を消した。

 煙にかすむ視界より外で、この世の者とは思えぬ気配がのそりと歩いた。

 小隊長は肝を冷やしながらゆっくり後ろを振り返る。怪物は待ち構えていた隊員を素通りし、どこかへ向かおうとしている。


 消防車のサイレンが近くなっていた。興味を示さない怪物の様子もしかり、漂わせる雰囲気もしかり、ブリーチャーたちとはまるで違う。何が違うのかわからなかったが、感じたことのない、嫌な感覚だった。

 不快な元凶を払うべく、小隊長のげきが飛んだ。激しい銃撃音と緑の閃光が辺りに散らされた。

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