karma22 整理する時は束の間こと
混乱駆け巡るジャマイカの地を、颯爽と駆け抜ける氷見野とラピ。モーターサイクルで移動したいと思ったが、モーターサイクルでは地震の影響により悪くなった路面を通れない可能性があった。
多くの国民がカリブの守護天使に避難していたが、中には政府や軍を嫌う人もいた。再三の避難命令も無視した結果、地震による倒木や火災に慌てて救難を求める通報が、警察や消防署に相次いでいる。
氷見野とラピは、地震の二次被害で身動きの取れなくなった民間人や警察関係者、同僚の捜索を行っていた。
ヘブンエミッサリと
当然、もしブリーチャー種を確認すれば、殲滅行動に移行することをラピと氷見野で事前に示し合わせていた。
怪しげに空を覆う灰色の厚い雲は、どこへ向かっているのか。未だ、切れ間は見えない。泣くこともなく、ただ空で漂うばかり。
この空に、晴れ間はいつ覗くのだろうか。しかし照らし出されたとして、
諦めるにはまだ早過ぎる。氷見野もラピも、その瞳には覇気がみなぎっている。氷見野のARヘルメットが通信を受け取った。相手は藤林隊長だ。
氷見野は通信をつなぐ。
「こちらみんなの隊長。藤林健太だ。みんなどうだい?」
「どうって何が?」
丹羽の声が割り込んできた。どうやら通信は複数つながっているようだ。
「息してるかってことさ」
「縁起でもねえこと言うな」
東郷は苦々しく意見する。
「ああ、そうだ。一応伝えておくよ。今この通信は、ジャマイカ軍と分断された回線だ」
「え、なんでそんなめんどくさそうなことしてるんですか?」
四海が素朴な疑問をぶつけると、藤林は困惑気味に微笑んだ。
「なんでも、通信技術のテストと、
「で、何か用?」
いずなは素っ気なく尋ねる。
いずなの声が聞こえ、少し安心する氷見野。
「いやね、ここらで
「らしくないことを言うんだね」
テッドと救助作業を終え、休憩がてら歩きながら森の中を散策していた丹羽は、薄暗い木々の上から見下ろすサルを捉えると、クスリと笑う。
サルはテッドと丹羽をじっと見つめながら様子を
「この不気味な曇り空も、健太のテンションのせいだと思えば、納得がいく」
いずなの失礼な言い草にげんなりしつつ、藤林は話を進める。
「……まあ、このように隊長の扱いが雑になっている君たちに、隊長の威厳を改めて示さないと、僕の気が収まらないから各自状況を教えてよ」
氷見野は少し拗ねる藤林に和む。
「お前の威厳に興味はねえが、情報共有はしておいた方がいいだろう」
東郷は気乗りしないようだったが、隊長の案に賛同する。
「トレローニー教区コックピットカントリー山でミミクリーズの捜索している」
「大丈夫かい? まだ余震も何度かあるし、土砂崩れも起きかねないよ?」
丹羽は微笑を浮かべて心配する。その微笑は東郷なら大丈夫だろうという信頼があったからに他ならない。
「地上はあらかた探し回ったからな。偵察ドローンの監視から逃れられるとしたら、山くらいなもんだからな。無理はしないつもりだ」
「じゃあ次は僕が行こうか。僕はロング湾の海岸に向かっているところだよ。シャル司令官にグリーン小隊の手伝いをしてくれと頼まれてね。ジャマイカ南東から接近している第二群のブリーチャーたちの迎撃に備えてる。とは言っても、僕らは補佐といったところだけどね」
「補佐?」
藤林は木製の柵にもたれかかりながら首をかしげる。
「南東はグリーン小隊と
その時、テッド隊員が丹羽と視線を振り、指し示す。ここで待機しようと気持ち声を小さくして言い、丹羽は口を閉じたまま首肯する。
「そこで、SO部隊が迎撃に配置されたわけだど、SO部隊に手に負える敵かどうかわからないからね。というわけで、僕らに白羽の矢が立ったってことさ。SO部隊は前線、僕らは援護に回る」
「了解。大樹はそっちに専念してくれ。で、
「ウェストモアランド教区ピーターズフィールドで、津波で流れてきた物を取り払っています。カリブの守護天使を囲んだ残骸を撤去したいのですが、まだ完全に海水が引いていなくて、撤去作業が難航しています。システムのトラブルも重なっているようで、僕らは作業員とジャマイカ警察の安全を確保するため、警護に努めています」
東郷は深い茂みの奥から警戒しているクマと目が合ったが、クマは何度も
東郷は驚かせて申し訳なく思いながら尋ねる。
「手は足りてるのか?」
四海はちらりと後方を振り返る。
銃をしまった人や歩行機械が行き交い、ドーム型の建物の周りに残留している漂流物をせっせと運んでいる。
「はい。ブラック小隊、
「そうか。ならよかった。いずなはどうだい?」
「瑛人と同じよ。ハノーバー教区サンディベイのカリブの守護天使の復旧作業を手伝ってる。こっちはもうすぐ終わりそうだから、この後南東のブリーチャー群の迎撃に加わる予定よ」
「なるほどね」
藤林は考えるような仕草をして数秒、黙り込んだ。
その間、メエーという声が聞こえ、氷見野は頭に疑問を浮かべる。四海が口を挟もうとしたが、藤林の声が遮った。
「わかった。それで、氷見野さんは?」
氷見野は木々に挟まれた道路を駆けながら答える。
「ヘブンエミッサリの隊員とセント・アン教区のワットタウンから西に向かっています。地震の被害調査と怪我人の有無の確認を行ってます」
「そうか。みんな無事なようで何よりだね」
「そういうお前はどうなんだ?」
「ん?」
藤林は東郷の問いかけの意図がわからないようだ。
「
「ああ! そうだったそうだった。えっとね。僕は————」
ぷつんと糸が切れたような音が藤林の耳の近くで聞こえた。不思議に思い、声をかけようとした時、空を揺るがす強烈な破裂音が何度か遠くで鳴り響いた。
聞こえた方角へ視線を向けると、薄黒い雲と青々しい木々の間で赤い火が明滅したのを捉えた。
シールドモニターの右下隅では、『no signal』の文字がゆっくり点滅している。通信を切り、木の柵から背中を離す。かまってくれと言わんばかりにヤギが柵の上にめいいっぱい首を伸ばしている。
藤林は微笑を向け、ヤギの頭を数回撫でると、スッと真剣な表情になって足を運ぶ。1匹のヤギはその機械の背中をじっと見送る。
放牧場から少し離れたスペースでは、垂直離着陸輸送機
「どうやらまた物騒なことが起きたみたいだ」
ブリンジ隊員は森の奥から立ち上る煙を見据えて真面目な調子で語る。
「ああ」
「仲間は大丈夫そう?」
「さあね。ま、そう簡単にやられる玉じゃないから、心配するだけ無駄だと思うけど。さっきの爆発と同時に通信が切れちゃったよ」
藤林隊長はおどけるように肩をすくめる。
ブリンジは微笑する。
「余裕だね」
「そうでもないよ。これでも隊長だからね」
先ほどの爆発音といい、どこからか物々しい音が聞こえてくる。ブリーチャーが暴れている音か、それとも武装した兵が銃撃をしている音か、または全身硬質の機械を纏う者が雷撃を打ち鳴らす音か。
何かが、起ころうとしている。長年に渡り、戦士としてやってきた藤林の第六感が、焦げつくように頭の中で脈打っていた。
「……早く終わらせて、状況を把握しよう」
「ああ」
その時、藤林とブリンジは犬の鳴き声を聞く。
放牧場の裏手から出てきた犬が勢いよく駆け出してきた。
放牧場の出入り口にいた従業員の下へ駆け寄ると、従業員は出入り口を開ける。
犬は放牧場に入り、黒と茶色の毛をなびかせながら群がっているヤギへ走っていく。吠える犬に急かされるヤギたちは逃げ惑う。
少し冷たい風が放牧場に流れ吹く。落ちていた牧草が強く吹いた風に宙を舞ってさらわれる。
怪しい雲行きの中、さらわれた牧草はなすがまま。どこへ向かっているかもわからない。ジャマイカという国の命運は未だ暗雲の空模様と同じく、誰にも見えなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます