karma21 霞んでいく美しい国

 ブリーチャーによる襲撃は津波や地震で人々の意識から一時掻き消えていた。

 脱出避難艇のカリブの守護天使にいた民間人は、立て続けに生じている混乱に身を小さくしている。どこか遠くから響き渡る低い爆発音は、ドームの中にも届いていた。そのたびに人々の視線が右往左往する。


 ライトがゆっくり点滅し、元に戻る。避難所に閉じ込められてからすでに5回ほど繰り返されていた。

 不安を抱えて大勢の人がドーム内にいるという状況は、しばしばいさかいが起こりやすい。数人単位でテントが設けられているが、いたって簡素なものだ。周りの音は筒抜け。中には小さな子供もいる。

 周りのピリピリした雰囲気に恐怖を覚えた赤ちゃんが泣けば、やかましいと腹を立てる者も出てくる。未だ飛び立たないカリブの守護天使に業を煮やした者たちが、係員に詰め寄っていく姿も散見される。


 津波に流されてきた様々な物体に囲まれたカリブの守護天使は、自動飛行制御システムの異常を示していた。幸い、カリブの守護天使の防壁は完全に浸水を防いでくれていたが、噴火に地震、そして今もなお続いている不穏な音と振動。これらを感じながら監禁状態に相成れば、じっとなどしていられない。

 理不尽であろうが、我がままであろうが、不安を紛らわすには文句の1つや2つでも言わなければ、心が持たなかった。


 ジャマイカ西部。今や極端に人のいなくなった土地となっている。見かける人と言えば、決まって物騒な装備をする隊員くらいなものだ。


 ジャマイカ西部の地は湖のように水辺が大半を占めている。今なら大群のフラミンゴが降り立てば、惨劇の光景はほんの少し華やぐかもしれない。しかし、現在ジャマイカの上空にフラミンゴどころか、鳥の姿は見受けられない。

 空の王者とも呼ぶべき鷹ですら尾を向けて逃亡するほど、空は激戦の狂騒が繰り広げられている。


 黒い翼を羽ばたかせる人型の機械と、人の姿によく似た不気味な生物は、空を駆け回りながら互いにぶつかり合う。

 反射空戦機体レオネルズにレーザーが効かないことを知ってか、ヴィーゴは接近戦を仕掛けていた。

 レオネルズは小賢しく死角を狙ってくるヴィーゴに手こずっている。建物の陰をうまく利用しながら横に素早く移動されては、圧流活性指向界トラスタクティブポイントも無力に等しい。


 だがレオネルズもやられっぱなしではなかった。自分の死角に入り込んでくるとわかれば、どこから攻めてくるかは目を瞑っていても避けられる。

 攻撃方向を見切ったネタル隊員はヴィーゴの殴打をかわしたのち、首根っこを掴み、圧流活性指向界トラスタクティブポイントをゼロ距離で照射した。


 現状、津波によりユーティ隊員を戦闘から一時離脱させ、陸に侵入させることに成功したものの、ヴィーゴは依然劣勢だった。ヴィーゴは4体となり、もはや結果は見えていた。だが真っ黒な瞳には確かな戦意が感じられた。


 ネタル隊長代理を含むレオネルズは、ここまで意欲的なヴィーゴの態度に違和感を覚えるが、負けるわけにはいかない。

 陸地の上まで到達された時点で、ベストとは言い難い結果であるが、これ以上被害が及ぶ前に、何がなんでも仕留めようと、羽の刃に殺意を込めて飛ばす。上空に飛翔した赤い刃を避けたヴィーゴは不意に距離を取り、あからさまに銅鐸どうたくの先端をクラン隊員に向ける。すぐさま光弾が発射された。

 反射的に黒い翼で自身を覆い隠し、光弾を跳ね返す。青い光が高速で切り返し、ヴィーゴへ迫る。


 ヴィーゴの飛び道具は通用しない。たとえどれだけ知能が低くとも、理解するのは難しくないはずだ。苦し紛れに撃った光弾だろう。瞬間的にそう納得したが、ヴィーゴは光弾の軌道から動かなかった。その代わり、動いたのはヴィーゴの臀部から生えた尻尾だった。

 いかにも機械めいた細長い尻尾の先端は6つの爪のように鋭い。尻尾の先端は花開き、回転し出した。


 青い光の弾がヴィーゴの手前で迂回し、再びクラン隊員へ飛んでいく。

 クラン隊員は目をみはる。クラン隊員は間一髪で回避する。光弾がジャマイカの森林地帯に着弾し、激しい閃光と音が放散した。

 クラン隊員は着弾付近を一瞥いちべつし、顔をゆがませる。森林もまたジャマイカの幻想的な風景の一端を担っている。希少種も多く住んでおり、生物学者や植物学者がたびたび訪れている。

 現時代で、これほど大きな森林は早々にない。だからこそ海上で仕留めておきたかったが、今や後の祭りだ。


 上空で花火でも上がっているかのような音が轟く中、残りのミミクリーズの駆除と津波による被害者の捜索が続けられている。また、カリブの守護天使が飛び立つための瓦礫の撤去とやることは山積している。できることなら猫の手も借りたいところであった。

 1つでも問題を解決しておきたいと、シャル司令官は独り言をブツブツと呟いていた。


 不安なのはシャル司令官だけではない。宙に浮かんだどの画面も、目も当てられないジャマイカの光景は、自分の知るジャマイカとは思えない。テキーラ缶2杯分を飲み干したゲール技術総官は背にしたデスクに肘をかけ、画面を食い入るように見つめている。

 ゲール技術総官の後ろで作業をしていたオペレーターは、邪魔くさそうに困惑している。


 すでにセントルシアの悲劇に匹敵する被害が、国の西側を中心に広がっている状況だった。ここまで来たら、これ以上最悪になることはないと思いたかった。

 今こうしてシャル司令官が懸念すべき事項を呟いている姿は、言わば神に願いを乞う迷える子羊のようでもあった。しかしシャル司令官、いや、全ジャマイカ国民の願いはまだ届いていない。そう解釈できる現状にある。


 シャル司令官は現在抱える問題を解決するべく、ジャマイカ陸軍との通信網の代わりを敷くようSO部隊に指示を出した。

 一刻も早く、最悪状況を少しでも改善したいところだが、女性オペレーターが淡々と悪いしらせをもたらした。


「報告。南東沖10キロの地点にブリーチャーの大群を確認。ジャマイカ領土に真っすぐ向かっています」


「ゴールデン・グローブ基地のグリーン小隊と攻電即撃部隊ever2に協力してもらうしかないな。数は?」


「最低でも30体は」


「ゴールデン・グローブ基地には、私から連絡しよう」


「お願いします」


「引き続き、イエロー小隊、及び攻電即撃部隊ever4は、怪我人の救助とブリーチャーたちの殲滅に従事させる。全部隊は、ブリーチャー種を確認次第、逐次報告せよ」

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