karma20 作意は地を揺らす

 なんの建物だったのかわからないほどに崩れ去った残骸は、あちこちに横たわっている。


 築き上げてきた年月は数知れず。それらが一瞬にして残骸となった現実を前に、画面を見つめて固まっていた。

 そうした者の多くは、未だ避難命令が出ていない地域にいた。このまま仕事や家事などをしていていいものなのか、伝染するように迷いが移ろい、落とされた視線にある掌の携帯画面に代弁させていた。

 本音に近い言葉の数々で、画面はみるみる一色に塗りつぶされ、開設された避難所に人々が殺到する現象も見られた。


 15分前、ジャマイカ西の近海では激しい戦いの音が響き渡っていたが、すべてを飲み込んだ津波により、静かな時が支配していた。

 しかし、これで戦いは終わったなどと考えた戦士たちは、ほとんどいなかった。

 戦いが終わったのならその方がいいに決まっている。海底火山の噴火により引き起こされた大津波は決して喜べるものではないが、別の恐怖も飲み込んでくれた。これが天の救いであるなら、甘んじて受け入れようとしたかもしれない。


 海抜の低い場所では道路など見えるわけもなく一面泥水。流れてきた太い木や車、小さな建物、広告看板。流れは弱まってきたが、危険な状況にあることに変わりはない。


 人が立って歩くことすらままならない地区では、横断歩道の信号機がかろうじて顔を出している状況だ。

 一見頑丈そうな3階建ての建物は流れ着いてきたあらゆるものがひしめき合い、覆い隠されようとしていた。


 空ではレオネルズの第二陣が救助隊のヘリを警護している。また、SO部隊アーマークロウも救助活動に加わり、順調に進んでいた。

 救助した民間人は、緊急回線で駆けつけてくれたイギリスの護送飛行船プレシアFK3に移送された。搭乗していた医療チームが運ばれてくる怪我人の治療に忙しなくあたっていく。


 そうした現状もあるが、時間を追うごとに流れてきた海水もようやく引き始めていた。津波に遭ったトレローニー教区では、再び雷鳴のような響きが轟いていた。

 攻電即撃部隊ever機体スーツとヘブンエミッサリの機体スーツは、水を弾いて細い触手を振り回す害獣に出くわしていた。不用意に近づけば、強固な機体スーツであろうとも無傷では済まない。触手の1つは先端が鈍色に変質している。綺麗に腕を斬られた銅像が、刃の鋭さを証明している。


 膝下まで海水に浸かる中、高速の戦いを展開する彼らの動きに、ミミクリーズたちはついていけてなかった。

 他の部隊がわざわざ援護するまでもない。丹羽は死角から襲ってきたミミクリーズに、変わった銃器を向けて撃ち放つ。赤い閃光火花スパークがミミクリーズの体を吹き飛ばす。

 水面に落ちる前に丹羽の機体スーツの左手がミミクリーズを掴み、地面に叩きつけた。その瞬間、強力な電撃がミミクリーズを穿うがった。ゼロ距離で電撃を受けたミミクリーズは水面に浮かび、どこかへ漂っていく。


 たった3体だけではウォーリアの足元にも及ばない。ものの数分でミミクリーズは倒されてしまった。

 丹羽は一息つくが、その表情は浮かない。レトローニー教区のキャンプ場に続く道路には、キャンプ場に向かう客の入りを見込んだ店が並んでいた。

 すでに人のいなくなった店は外観こそ保たれているが、中にあった商品が流れ出し、散乱している。


「ダイキ。ここはクリアだ。他を当たろう」


 テッド隊員は通信をつないで呼びかける。

 だが丹羽は真剣な表情のまま、水浸しの光景を見つめて反応しない。


「おい、ダイキ」


 丹羽の肩に手をかけてもう一度呼びかける。

 右肩に伝った軽い圧迫に、別のところへ向かっていた思考が現実に戻される。丹羽の顔が振られ、黄色を基調とした赤いまだら模様の機体スーツが視界に入る。


「気を抜くな。まだ任務中だ」


 丹羽は薄く笑いかける。


「ずっと気を詰め続けるのも、メリハリがないと思わないかい?」


 テッド隊員は丹羽の言うことにも一理あると言葉を飲み、苦々しい口調で話し出した。


「セントルシアのこともあるから、みんなピリピリしてるんだ。いつあの再来が来るのか。気が気じゃない」


 テッド隊員は銃身が平たい銃を太ももにあるホルスターにしまい、辺りに残る見慣れた道の面影を頼りに、慎重に道路を進んでいく。

 丹羽も案内人の道しるべに従い、水面に波紋を立てながらテッド隊員の話に聞き入る。


「司令部の報告だと、海底火山の多発的噴火らしい。もしそれが事実ならせない」


「というと?」


「俺の記憶じゃ、あの一帯の海底火山が噴火したなんて一度もなかった。あったとしても、60年も前だそうだ。それも蒸気が上がってる程度のものだった」


 丹羽は厚い雲に山頂を隠された大きな山を見据える。地震の被害により、一部剥げた部分が目視できる。山の上ならば津波から逃げられただろうが、土砂の津波という危険性がある。

 どこも安全とは言い難い状況にあるジャマイカの土地を踏みしめるたび、疑念がどんどん膨らんいく。


「お前も、なんとなく察しているんだろう?」


 丹羽は足元に浮いている写真立てをまたがり、すました顔で周囲に視線を散らす。透過性視覚機能を作動させるが、ブリーチャーらしき影は見えない。


「とは言っても、ただの憶測だ。そんなことができる連中かどうか、疑問は残ってるよ」


「偶然噴火が起きて、偶然津波が襲ってきたってのか?」


「もしだよ? 仮に津波を起こすために複数の海底火山を噴火させたのだとしたら、地面の奥の奥に干渉したってことになる。一歩間違えれば、自分も噴火の犠牲になると思うけど」


「あいつらならやりかねない」


 テッド隊員は憎悪を宿らせた瞳を鋭くする。


「もう1つ。マグマだまりに干渉する方法だ。いくら彼らがスーパーエイリアンでも、簡単にはいかないでしょ」


「……」


 テッド隊員は押し黙ってしまう。


「ただ……」


 テッド隊員の足が止まる。

 奥まった道先にあるレンタルサイクルショップに反応があった。

 丹羽のARヘルメットには青緑の人型のシルエットが映っていた。


「結果的に、彼らはジャマイカの上陸に成功した。あらゆる防壁を突破してね」


 丹羽とテッドは一度顔を見合わせる。テッドは反応があったレンタルサイクルショップの方へ首を傾ける仕草をすると、2人はショップに向かい始めた。


「彼らだって、いつも襲撃を成功させているわけじゃない。むしろ、上陸できずに退散するしかないことの方が多いはずだ。そこで、彼らの課題ができる」


「どうやって人間の土地に侵入するか」


「ブリーチャーがこの地球に現れて21年くらいか。彼らだって、生きるための策は練るだろうさ。学習する脳はあるみたいだし」


「つまり何か? ヤツらは噴火させる方法を学んだってのか?」


「噴火、地震、津波。起きたことを整理すれば、彼らのやったことは想像できるかもしれないよ?」


 テッド隊員は2つの角が生えたヘルメットの側頭部を掻いて首をひねる。


「彼らが手を入れたのは、必ずしも海底火山じゃないってことさ」


 丹羽は人差し指を立てて得意げに語る。


「わかるように言ってくれ」


「つまりだね。彼らが直接干渉したのは海底火山じゃない。地震の方さ」


 レンタルサイクルショップは土砂に押され、天井が崩れていた。

 ARヘルメットに反応があった対象は複数。さっきまで薄い反応であったが、今では細部の動きまでわかる。頭がわずかに動いている。


「おーい!! 誰か!」


「そこにいるんだろ! 助けてくれ!」


 苦しそうだが、助けを呼ぶ元気はまだあるみたいだ。


「ヤツらが地震を起こした?」


「常識外れの生命力と能力に裏打ちされたエネルギー量は、僕らの想像を超えてくる。地震を起こす規模くらい、造作もないんじゃないかな?」


 2人は瓦礫の除去作業の準備に入る。


「巨大な津波を起こせるほどでもか?」


 テッド隊員のARヘルメットが内部の瓦礫の位置をサーチする。そのうえで、隊員の命綱となっている1つ1つの瓦礫がどう支え合っているのかを計算し、救出のパターンをARヘルメットが提案する。


 2、3提案された救出のパターンにはそれぞれ確率が提示され、目の当たりにしているレンタルサイクルショップの有様に重ね、最初の手順を提示してくれた。

 テッドが指示を出しながら効率よく瓦礫を除去し、隊員の救助を始める。


「ギミックはわからない。でも思うんだ。僕らは、んじゃないかな?」


 丹羽とテッドは今回が初めてのコンビで任務に就いていた。だがテッドはほんの少しの異変を感じ取り、丹羽の表情をうかがった。

 スマートな雰囲気を常に放っていた丹羽が、はぐらかすように微笑んだような気がしたのだ。意味深な言葉とその裏に隠された燃えたぎる意志が、わずかに漏れ出した瞬間だった。

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