karma11 ドライブ

「さ、どうぞ」


 ラピはドアをいっぱいに開けて押さえながら、氷見野を招き入れる。

 氷見野が恐る恐る中に入ると、予想とは違った内観が氷見野の視界に広がった。

 駐車場にしても薄暗く、狭い。車1台分が入ってしまえば、埋まってしまうぐらいの広さだ。


 天井一面がぼんやりと青い光を下ろし、室内を照らしてくれている。シャッター以外、四方囲まれた壁に一切の装飾はない。

 無地の壁に囲まれながら漠然とした不安をおろおろと落とすように視線を彷徨さまよわせる。


 他に変わったところがあるかと言えば、床にある円形のマークだろう。円の部分だけ、少し床がせり上がっているようだ。

 目を凝らせば、円の中に文様が入っていることがわかった。円に沿って適当な長さに伸びる長方の形。それらが円の中でパズルように組み合わさっている。

 円の中心ではまた小さな円があり、そこから薄い膜のように表れた逆円錐状の形を伴い、赤い光を放っている。


 ラピは赤い光に機体スーツの手を差し入れる。

 機体スーツの手と反応した赤い光の膜は、一瞬機体スーツに触れた部分のところだけ強く光った。


 その時、ブーンという鈍い音が室内に響いた。


「なに、この音?」


 氷見野は素早く壁の向こうへ視線を投げ、ラピに尋ねる。


「運んでくれてるんだよ。最高にカッコいいバイクを」


 ドアに近い壁が上にスライドし、壁の向こう側が氷見野にお披露目された。

 どでかい棚に並んだ二輪のバイクがずらり。遥か上にも同じバイクが幾層にも棚に並んでおり、その様は壮観の一言に尽きる。


 床の円が突然半回転し、収納エリアへ支柱を伸ばしてバイクの棚に移動し始めた。

 下から一段目の棚の前に円盤が向かい、棚の車輪止めに差し込まれたようにしまわれたバイクを、棚の上で待機するUFOキャッチャーのようなアームが、円盤にそっと置いていく。


 円盤の表面から浮かび上がるようにいくつもの極細ワイヤーが飛び出し、前後輪のタイヤに絡まって固定した。

 グググと軋む束の糸。完全にロックしたバイクは、平たい円盤が動いてもピクリとも動かない。


 平たい円盤が氷見野とラピのいる部屋に戻ってくる。元の位置で収まり、床と一体になった。


 氷見野は口を半開きにして、固まっていた。

 収納エリアを隠すように壁が下り、また質素な部屋となった。

 ラピは円の中に入り、オートバイクにまたがる。


「さ、後ろに乗って」


 艶やかな銀色をあしらうメタリックなバイクの後ろには、人が乗れそうな座席が設けられていた。その後部座席にもハンドルはあるが、掴むためにあるだけのようだ。


「これ、2人用バイク?」


「そう。誰もが運転免許を持ってるわけじゃないでしょ? 国によっては、標識も交通ルールも異なってる。隊員になってスムーズに任務にあたれるよう、ハード面でも対応してるんだ」


 氷見野は後部座席に乗り、ハンドルを掴む。

 オートバイクに一度も乗ったことはない。それだけに不安はよぎる。


「さ、出発しましょう」


 ラピは運転席のハンドルを握り、左グリップを外側へ引っ張る。

 左ハンドルがカチっと音を鳴らして1センチほど伸びた。

 ラピのヘルメットのモニター画面でオートバイの車体略称名『HM3αエイチエムスリーアルファ』の表記と、その下にlordingの小さな文字が表れる。ローディングバーが左から黄色へ染まろうとしていた。


 オートバイクにカギ穴は見当たらなかった。数秒の間、ハンドルを握っていると、エンジンが静かに稼動する。


 円盤の中心で光っていた赤いランプが消える。バイクを固定していた糸の束が緩み、パラパラと粒状に変化して埃となった。

 シャッターはカタカタと音を立てながらゆっくり上がっていく。

 密閉された空間から1つ、外へ通じる出入り口が解放された。自然の光が部屋に注がれ、氷見野の体がより強張る。


「ヒミノ、モーターサイクルに乗るのは初めて?」


「え、ええ……実は」


 氷見野はおずおずと答える。


「大丈夫。簡単だから。ボクの姿勢に合わせてバランスを取るだけでいいよ。しっかり掴まって」


 左のクラッチレバーを引いたまま、車体左下のギアチェンジペダルを押し下げる。

 ヘルメットのモニターはオートバイとの接続窓を表示していた右下中央に、オートバイのギア数と速度メーター、半個体水素燃料計を枠線に収めて表示する。

 ラピの動作により、ギア数が2へと変化した。

 前方向へ右のグリップを慎重にひねると、オートバイがゆっくり前進し始める。


 車道へ出たオートバイは少しずつ速度を上げて走り出した。


 山を1つ2つ越え、銀の馬はどんよりとした空気を裂いて疾走していく。

 氷見野は頬の横を掠める風を感じながら、意識して周囲に視線を散らしていた。最初は不安だったが、数分もしないうちにオートバイでの乗り心地に少し慣れることができた。


「快適でしょ? 走るより楽だし、ドライブも楽しめる」


「え、ええ、そうね」


 強いてわがままを口にするなら、シートベルトがあればドライブ気分になれるくらい余裕を持てそうなのに、と思考でポトリと浮かぶ。


「日本はなんでモーターサイクルを作らないの?」


「さあ? 予算が足りないから……じゃないかな」


 氷見野は自信なさげに答える。


「ふーん。ま、ジャマイカも、ただ隊員の移動を楽にするとか、いつ何時なんどき、戦闘に移るかわからないから体力の温存に手を打っている。それだけで、隊員専用のモーターサイクルを配備したわけじゃないけどね」


「どういうこと?」


「ジャマイカも他国と競り合う高い科学力を有している国の1つ。その力を誇示するために、新たな軍用物を製造して、あわよくば他国に売り込む。高水準まで科学に力を入れてきたジャマイカにとって、製造者たちは生命線なんだよ。彼らに仕事を入れて、高い科学力を保ちたいってわけ」


「技術者を増やして、国民の生活に還元する……」


 氷見野は頭を整理するように呟く。


「軍用の物が国民生活の利便性に転用される例もあるからね。まあ、今更モーターサイクルの最新版なんて、軍用から取り入れる必要もないだろうけど。ん?」


「どうしたの?」


 ラピはヘルメットのモニター左上を一瞥いちべつし、確認する。氷見野のシールドモニターにもCCTとの記号で通知が入る。


「司令部からだ。ヒミノ、ボクたちの出番のようだよ」


 氷見野が言葉の意味を理解できずにいると、けたたましいサイレンが国中へとどろいた。


「なに、この音」


 氷見野は不穏なサイレンに当惑する。


「日本にも同じようなものがあるでしょ?」


 ラピがそう答えた後、司令部の音声通信が入る。


「各隊へ伝令! 自動偵察ドローンがマザービーチ近海にブリーチャー属らしき影を確認。担当部隊はただちに急行し、襲撃に備えろ」


「じゃ、速度を上げるよ。準備はいい? ヒミノ隊員」


 ラピは微笑しながら確認する。


「いつでもいいわ」


 氷見野の顔に覚悟が表出する。

 ラピの表情も引き締まる。


「我が意志と、無念に死した神の戦士の願いをここに顕現させる。神よ。弱き我らの苦難へ挑む姿を見守りくださいませ」


 ラピは心に囁くように呟いて、右グリップを前へひねる。


 銀の馬が林道を抜け、丘を下る道へ入る。視界は広がり、左へ視線を移せば街を一望できる。その街の奥でエメラルドに染まる海もうかがえる。

 空は曇るも、豊かな自然と供する街は、慎ましやかに美しい情景を映している。

 露店通りブースストリートにいたジャマイカの人々。厳しい現実があれど、目の前で確かにある喜びを拾い上げ、分け合うように過ごしていた。

 まったく知らない人々ではあったが、今こうして隊員である自分がここにいる。その意味を深く考えるまでもなく、単純で明確に氷見野の心を奮わせていく。

 2人は互いに守るべきものを今一度確かめるように、闘志の火の温度を上げて、銀の馬が走る先を真っすぐ見据えた。

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