karma10 カリブのウォーリア

 先日はのどかで陽気な人々と風光明媚ふうこうめいびな自然が見渡す限りに映していたが、今日はあいにくの曇り空。地面は昨晩の雨で濡れており、幾分か過ごしやすい気温となった。

 氷見野は慣れない土地を注意深く見回していく。


「ヒミノ。次の場所に行こう」


 赤いまだら模様の機体スーツを着る青年は、氷見野を促す。


「でもこっちは?」


 氷見野が左を指差して尋ねると、橋を挟んで見えるレンガ調の建物が並ぶ通りを一瞥いちべつして青年は微笑む。


「そっちはSO部隊の管轄だから、巡回エリアから外れてるんだ」


「そう」


「それじゃ、ついてきて」


 ヘルメットのシールドが濃くなり、青年の顔を隠した。

 車の間を縫うように走っていく。氷見野は青年の後についていきながら、通信音声をつなぐ。


「それにしても、ジャマイカの機体スーツは斬新ね」


「そう?」


 氷見野は首肯する。


「うん。なんか忍者みたい」


 青年は軽やかに笑う。


「そりゃいいや! ね、忍者って今でもいるのかな?」


「え!? ど、どうだろう……」


 氷見野は質問に困り、口を濁す。


「もし日本に行く機会があったら、ホンモノの忍者、見てみたいなぁー」


 期待に胸を膨らませる青年の夢をわざわざ打ち砕くこともないだろう。それに忍者の格好をして街を駆けている人もいると聞く。街おこしの一貫だったと思うが、氷見野もそこまで詳しくはなかった。


 黄色を基調とした赤いまだら柄と古代遺跡から舞い戻った戦士のようなゴツゴツとしたフォルムをしている。だがその一方で、走りは軽快だった。軽い身のこなしでスイスイと車やスクーターをかわしている。


 今日は攻電即撃部隊ever4がジャマイカの地理に詳しくないため、ジャマイカのウォーリア部隊、ヘブンエミッサリと巡回を共にしていた。

 日本とは防衛体制が異なることもしかり、国民の自衛手段もそうだ。街のいたるところにいくつか配置されたドーム型の建物。住宅街、商業地、工業地などにひょっこり存在している。


 国の威信をかけて作られたカリビアンエンジェル。通称カリブの守護天使。

 避難指示が発令されると、国民は各地のカリブの守護天使に向かうそうだ。ジャマイカは地震に見舞われる国であり、火山被害も少なくない。噴火により、地下に流入するマグマを防ぐ手立てがないと判断し、地下シェルター建設計画は断念したという経緯がある。


 その代わりとなるのがカリブの守護天使。ヘブンエミッサリの青年、ラピ・チュートンにカリブの守護天使のことは聞いたが、こじんまりした建物に見える。あれで避難してきた国民を守れるのか問うたが、ラピは不敵に笑い、「その時になればわかるよ」としか答えてくれなかった。


 時刻が昼へ近づくと、気温が少しずつ上がり始め、霧は晴れてきた。しかしジメジメとした空気は変わらず、ジャマイカ国内を覆っている。

 整然とした歩道を歩きながら、時々ジャマイカの人たちに握手を求められつつ、ラピの話を聞いていた。


「ジャマイカにある軍関係の基地の中で、ウォーリアが常駐している基地は3つです。白兵戦はくへいせんに特化した精鋭部隊を要するラウンド・ヒル基地。ジャマイカの国防の発展に一役を買った防衛科学推進機構DSAがあって、ジャマイカの首都キングストンを警護区域に含むゴールデン・グローブ基地。そして、空の守護神ジャマイカ空軍の主要格納庫を保有するセント・アンズ・ベイ基地。定められた3つの郡に分け、警護区域を分割しています。ボクらセント・アンズ・ベイ基地のヘブンエミッサリは、ミドルセックス郡が警護区域となっています」


 ラピはどこか興奮気味に話す。日本人と話すことに高ぶってしまっているのかもしれない。だが楽しそうに話すラピは微笑ましくあった。


「そうそう。トウゴウに聞いたんだけど、日本の部隊は巡回で全国行脚あんぎゃするってホントウ?」


 氷見野は面食らう。東郷がどういう風に説明したか知らないが、尾ひれがついている気がした。


「全国は回らないけど、ジャマイカと同じよ。防衛する場所が部隊ごとに決まってるの。それに従って巡回しているけど、日本の半分を走っているのは本当よ」


「へぇー! でも日本の半分を走ってるんだ。意外とアナログだね。あ、悪い意味じゃないよ?」


「ふふ、気が利くのね」


「ボクらヘブンエミサッリの機体スーツの整備士は、日本みたいに充実してるわけじゃないんだ。物資の面でも技術の面でもね」


 ラピは飲食店やホテルなど爽やかな雰囲気の通りにある縦に長い建物に近づく。

 氷見野は青緑のドアの取っ手に吊るされた小さな看板に書かれた文字を見下ろす。「military motor cycle access point」という文字にARヘルメットが反応する。

 ARヘルメットが自動読み取りを行う。ラピいわく、どうやら立体駐車場らしいが、おそらく車体が出てくるであろう出入り口は、いかにも分厚いシャッターが下りている。

 どうするの? と声をかけようとした時、ラピはドアノブを掴んでドアに話しかけ始めた。


「ヘブンエミッサリ。イエロー小隊。ラピ・チュートン隊員。ハイドロモターサイクルの使用を申請」


 数秒待機していると、ラピのシールドモニターに窓枠とその中に文字が次々と重なるように表示され、最後に『アクセス権限を許可』との表記が出た瞬間、ドアがカチンと小気味こぎみいい音を立てた。

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