karma12 カリブの守護天使

 空気を押し潰すように曇天の空が垂れ下がる。

 ビーチを管理するホテルの警備員がビーチ出入り口付近で一言二言交わし、またどこかへ走り去っていく。


 ジャマイカでは綺麗な海を売りにホテルを経営したり、様々な旅行プランを作って提案したり、旅行客を見込んでビーチ付近に店を始めたり。海はジャマイカにとって重要な資源だった。

 多くの国が海を利用した様々な活動に厳しい制約を施行する中、ジャマイカは比較的緩い制限で抑えている。

 国主導で監視態勢を敷き、運営者に避難計画の作成を義務付ける徹底ぶりは、安全と経済の両立を目指すモデルとして注目されている。


 そうした国のあり方もあり、ビーチの付近にはホテルや店が多く建ち並び、活気があふれていたが、マザービーチ、その他付近の海岸では人気ひとけがなくなった。

 避難指示が出た海岸付近にいた人々は、ブリーチャーたちが確認された海岸から離れようと列を成している。

 ラピは人や車がごった返す道を回避するため、ドローン偵察部隊に交通状況の報告を申請。しかし、避難指示が出された区域は決まって混み合ってしまう。オートバイを街に点在する軍専用の立体駐車場に止め、ビーチにおもむいた。


 ジャマイカでは海の近くに住むことが一種のステータスになる。家と家の間が広く取られ、立派な一軒家が建てられていた。

 緑の葉をつけた木々は、住宅の周りで海風を受けて揺らめいている。抜け殻となった家たちは、周りに漂う物々しい空気に青ざめるように淀んだ色合いに染まっていた。

 マザービーチからおよそ東に2キロ。緑の海を抜けた先に、青い海が広がっているビーチへ、氷見野とラピは訪れていた。

 マザービーチとは違い、周辺に建物はなく、海と森がビーチを挟んでいる場所。綺麗な海が見える森の中から、2人は海へ視線を向けていた。

 氷見野は周りを見渡し、いぶかしげに言葉を漏らす。


「他の人、いないね」


「ここはボクらだけで防衛線を張ってくれ。司令部からのお達しだよ」


「……」


「ふふふ、そんなに不安にならなくても大丈夫だよ。もしこっちに大群が来ることがわかったら、他の人たちも駆けつけてくれる。ボクらは、できるだけここで食い止めよう」


 氷見野は強張った顔をほころばせる。年下の子に励まされ情けなく思うも、「ありがとう」と感謝する。


 ラピはガッツポーズを作って笑ってみせた。


 その時、氷見野の視界に何かが入ってきた。

 音もなく、それは空を飛んでいた。


 最初は鳥かなんかだと思っていた。だがあまりに大きい。氷見野は任務を忘れ、不思議な光景に目を奪われている。

 鍋のような胴長のドームは、2人の後ろで分厚い雲の下をふわふわと浮いていた。

 円柱の上下で1つずつ。建物の一番下と寸胴の上にある輪っかは、互いに違う向きで回転していた。


「あの建物……」


「そうだよ。さっき見たよね?」


 巡回の途中、時々街中にあったドーム型の建物。コンサートをするには小さく、何かの施設のような雰囲気を醸し出していた。


「カリブの守護天使」


「ボクらヘブンエミッサリが着ている機体スーツは、陸地での戦闘を想定して作られている。そうなると、必然的にジャマイカの土地は戦場になってしまう。地下シェルターやウォールハウスにありつけなかったジャマイカは、ああやって国民を避難させるんだ」


「そうなんだ。でも、他にも何か飛んでるような……」


 飛んでいる藍色一色の建物よりも、小さい物体がいる。ARヘルメットはその正体を掴めず、検索に時間がかかっている。


 透過性視覚機能に切り替えると、小さな飛行物体は青緑に染まった。


「あれはジャマイカのSO部隊。正式名はセキュリティオーダーユニット。本当なら空軍の部隊が担当してるんだけど、今はSO部隊が警護担当をしてるんだ」


「もしかして、負傷者が?」


 ラピは首肯し、悲しげに噛みしめて答える。


「見たろ? 基地の中の人たち」


「ええ……」


 氷見野は難しい表情する。


「立て続けにブリーチャーたちが来たんだ。4日間、戦いっぱなしで。どうにかなったんだけど、負傷者も多く出た」


「街を見てる限り、そんな感じはしなかったけど」


「ううん。ジャマイカじゃないんだ」


「え?」


「セントルシア2112大戦」


 氷見野は驚きを露わにする。


「ジャマイカも関わってたの!?」


「カリブ海にある国は大半が島国だ。ブリーチャーたちのかっこうの的になることを懸念して、イギリスが防衛協力を他国に呼びかけたんだ。昼夜問わず、カリブ海を巡回する無人艦隊。監視空膜くうまくを張り巡らせる機能を有し、5000万人が乗船できる迷彩巨大飛行船。神経毒を含んだ針を飛ばせる特攻ドローン。万全の態勢を敷いていたはずだった」


「話には聞いている。むごい大事件だって」


 氷見野は沈んだように声を絞り出す。


「イギリス、アメリカ、そしてカリブ海の国々がセントルシアを防衛するため、襲撃してきたブリーチャーの大群団と交戦した」


「ボクは行かなかったけど、ヘブンエミッサリも派遣された。名だたる部隊がセントルシアを守ろうと、必死に戦った。けど、敵は思った以上に本気だった」


 ラピは拳を握り、海へ強い眼差しを向ける。


「ヤツらは圧倒的な数をセントルシアに向けたんだ。ブリーチャーたちがセントルシアに押し寄せて、ボクらは陸へ押し込まれた。そうして、セントルシアのすべてが戦地になった」


 ラピの口から零れる言葉の端々は、如実に悲しみを帯びていた。


「4日間の大戦が終わった後、跡形もなかった。街も自然も。セントルシアの人たちの大半は助かったけど、何もかも壊された国の有様は、セントルシアの国民に深い傷を残した。ボクらは、ただ謝ることしかできない。仲間も、セントルシアの人の心も、ボクらは守れなかった」


 ラピは瞳を閉じ、浅く息をすると、振り返って氷見野に笑ってみせる。


「もう絶対負けたくないから、もっと強くなれるようにしたい。でも、まだボクは強くなれてないみたいだから、手伝ってほしいんだ。お願い、ヒミノ。ボクと一緒に、戦ってほしい」


「うん。一緒に守ろう。この国を」


 氷見野は優しく微笑みかけた。


「司令部より伝達。マザービーチに向かっていた大群が分かれた。各方面に散らばった隊員は、迎撃態勢に備えよ」


「いよいよだね」


「うん。もう来てるみたい」


 淡い海に白波を立てて岸に向かう巨大な物体。クジラにしてはあまりにも異なった姿をしている。巨大なトカゲ。そう形容するに相応しい。

 他にも違う形状をした生物が海面にうかがえる。


「攻撃する?」


 氷見野は木陰から前のめりになっている。


「いや、少し下がろう。迎撃はビーチから離れた後」


 氷見野は意外そうに反応する。


「まとまっているうちに攻撃した方が逃がさなくて済むんじゃ……」


「海はジャマイカにとって宝も同じ。綺麗な海を守るため、故意に海に向かって銃撃を行ってはならないという法律があるんだ」


「そ、そうなんだ」


 氷見野は戸惑った様子で口をつぐむ。


「さ、ヒミノ。迎撃態勢に入るよ。ビーチから離れたところを一気に急襲するんだ」


「わかった」


 ラピと氷見野は体勢を低くして茂みの中に戻っていく。

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