karma6 光を放てなかった者たち

 江夏は長いこと光の当たらない地面に視線を落とした。


「ウォーリアだって分かったヤツの人生は2つに1つ。理解者に恵まれてまっとうな人生を歩めるか、け者にされていいように利用される人形になるか」


 江夏は目を瞑り、反吐が出る思い出に触れる。


「ウォーリアだとバレたヤツなら一度くらい経験しててもおかしくない。学校でイラつくことがあって、ブチぎれて放電したことがあった。その時さ、自分がウォーリアだって知ったのは。俺に近づくヤツはいなくなったよ。先生も、害虫を見るような目で俺を見てた」


 御園は口を結び、見聞きしてきた冷たい風に思い馳せる。

 あからさまな腫れ物扱いはなかったが、不安がなかったわけじゃない。自分を見る目が、軽蔑を含んでいやしないか。

 もちろん、嫌なことも耳にしてきた。だが彼らに悪気はなかったのだろうと、今では思えていた。ウォーリアに対する中傷も、彼らにとってはただの他愛のない雑談程度でしかない。まさか聞かれていたなんて、思いもしないだろう。

 それでも卑屈にならず、挫けなかったのは、自分と同じ仲間がいて、理解し、同情してくれる人たちがいたからだ。だからこそ、今の自分がいると、心の底から思える。


「俺の居場所なんて、世界のどこにもなかった。親も、友達も、周りの大人も、俺に居場所をくれなかった」


 江夏は立っているのがしんどくなり、諦めて座った。機体スーツが擦れ、ガタリと地面を打つ。


「誰も彼も、殺してやろうかと思ったこともある。けど、それじゃあの化け物と同じなんだよ。自分から化け物に成り下がるなんざ、御免だからな。それから俺は家を出た。案の定、行方不明届も出されてなかった。いなくなってよかったってせいせいしてるだろうよ」


 江夏は左後ろの腰のボタンを押し、アルカリイオン水を取る。ブーストランを起動し、機体スーツの首回りにあるライン状のLEDが発光する。

 シールドモニターを上げ、ステンレスのタンブラーに口をつける。潤した口が息を零す。


「家出ってわけか。よく生きてこられたな」


「簡単じゃなかった。高校中退じゃ、バイトが関の山だ。働けたとしても、まともに放電のコントロールができなかった俺じゃ、遅かれ早かれクビになった」


「ふふっ、とんだ悪ガキだな」


「ほっとけ。まあ、周りの反応もどっかで分かってたしな。近くに電気をぶっ放すヤツを置いておくほどのお人よしが、早々いるわきゃあねぇ」


 見ていたら御園も喉が渇く。アルカリイオン水を取り出し、水分補給をし始めた。


「元高校生ができることなんざ高が知れてる。盗みもしたし、詐欺まがいのこともやった。そんでもって、なんの因果か知らねえが、窃盗グループに勧誘された。そん時は、一時的な食い扶ちをつなぐために引き受けた」


 江夏はまたアルカリイオン水を飲むが、肺に入ってしまい、咳き込む。何度か咳き込んだ口は、濁った息を吐く。


「窃盗グループでの俺の役割は、電子ロックの解除と現場の指示役の護衛だった。窃盗グループの親玉にも、そりゃ大層な護衛がいた。時には同業者やヤクザの脅しにも使わされた。まさに命がけだった」


 江夏は卑しい笑みを浮かべる。


「悪い話ばかりじゃない。裏の世界じゃウォーリアは武器として使える。引き抜きなんてザラだった。おかげで交渉はうまくなった」


「なるほど。傭兵ってのはそういうことか」


「裏切りは日常茶飯事。誰も信用しちゃならねぇ。そうしなきゃ、生きられない世界だった」


 江夏は片膝を立て、タンブラーを持った右腕を膝に乗せる。


「生きるためならなんだってしてきた。俺にとっちゃ、世間で恐れられてるブリーチャーなんて、どうでもよかった。腐った日々を続けてきたが、敵対組織との抗争でヘマをした俺は拘束されちまった。敵対していた組織は、ウォーリアとの戦い方を熟知していたんだ」


「麻酔銃、あるいは指向性パルス銃か」


 江夏は意外そうな顔で目をみはる。

 御園はドヤ顔で微笑み返す。


「昔、そういう連中とやり合ったことがあるんだよ」


「そうか……。俺たちは、そういう非合法な連中を相手に、命のやり取りをしていた」


「でも、それって戦うのはウォーリアだろ?」


「ああ。まあ、ウォーリアだからってわけじゃなかったがな」


 タンブラーをしまった御園は、濃い顔に疑問の表情を浮かべる。


「裏の世界じゃ、露骨な権力闘争が繰り広げられてる。裏の世界から表の世界を牛耳って、安泰を築こうと躍起なんだ。その駒として使い勝手がいいウォーリアは、高値で取り交わされてる」


「傭兵か」


 江夏は意味深な笑みをたたえる。


「使い捨てのな。いなくなっても騒がれねえから、死体処理さえ完璧にすりゃ足はつかねえ」


 御園は首をかしげる。よく知りはしないが、聞く限り待遇の悪いシゴトを素直に聞くような奴には見えなかった。


「そういうのを承知でやってたのか? お前」


「だいたいな。どうにかやっていけると思っていたが、一度失敗したら終わりの世界」


 江夏は過去の自分へ向けた自嘲じちょうを零す。


「覚悟を決めて裏の世界でやっていこうとしたが、結局、地に落ちた食べカスを拾う生活だった。余計にそう思わされたのは、アイツのせいさ」


 江夏の口調がほんのりと優しさを纏う。


「勝谷篤郎。アイツは、裏の世界でうまくやっていた。俺と違ってな……」


「勝谷もそっちの筋か」


「組織のグループ長だった。組織を裏切ったヤツや大きなミスをしたヤツを処分する執行人」


 御園は強張った表情になり、息を呑む。


「あの歳でか?」


「実力がモノを言う世界だってことさ」


 江夏はこもった地下洞窟の空気にやられた喉を整えようと、タンブラーを口につけて大きく傾ける。すべて飲み干した江夏はタンブラーを乱暴に放り投げる。


「おい、てんのはマズいだろ」


「バレやしねえよ」


 御園は呆れてヘルメットの頭を掻く。


「俺はグループの下っ端だった。町戸と羽紅もな」


「つまり、汚れ仕事か?」


「痛手を負うのはいつも下っ端さ。金をチラつかせりゃ、飛びつく連中も少なくないから、代わりはいくらでも補充できる」


「勝谷もそうだったのか?」


 江夏は首を横に振る。


「代わりがいくらでもいることに変わりはない。だが、信用があった。信用があったから、グループ長を任されていたんだろ」


 江夏は立ち上がり、シールドモニターを下ろす。呆けている御園を見下ろす。


「そろそろ行くぞ。話は歩きながらでもできるだろ」


 御園はクスっと笑い、シールドモニターを戻し、腰を上げる。


「そうだな」

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