karma5 迷子の2人

「なんでお前が……」


 江夏は警戒心を解き、電磁銃の銃口を下ろす。


「お前こそ、こんなところで何サボってんだ?」


 江夏は不愉快と言いたげに顔をしかめる。


「サボってねえよ! 訳が分からず変な穴に落ちたんだ。上がりたくても曲がりくねったモグラ穴じゃ、生き埋めになるかもしれなかったから、出口を探してたんだ」


 江夏は罰が悪そうに御園から視線を逸らして事情を話す。

 穴に落ちたという滑稽な話をしたくなかったのだろう。気持ちはわからんでもないと、御園は苦笑する。


「とりあえず、無事で何よりだ。あ、そうだ。連絡してなかった」


 御園はcccと念じようとした。


「無駄だ」


 力なく言葉を零す江夏。


「この洞窟の中じゃ、電波は届かない」


 江夏の言うように、シールドモニターの左下には小さな電波アイコンにスラッシュがかぶっている。


「戻るしかないのか……」


「出口があるのか!?」


 御園は期待の眼差しを向けてくる江夏から渋い顔を背ける。


「あるにはあるが、戻れるかどうか分からん」


「は?」


 御園は言いにくそうに細い声で告げる。


「戻る道が分かんねぇんだ」


 江夏は御園の思わぬ返答に一瞬表情をゆがめ、湧き上がった怒りをぶちまけた。


「何やってんだよ! 非常時はその場を動かないって習わなかったのかぁ!?」


 江夏に怒鳴られ、御園も怒りを焚きつけられた。


「やっちまったんもんはしょうがないだろ!」


「クソッ、最悪だ」


 江夏は唾を吐き捨てるようにぼやく。


「うだうだ言っても始まらない。まったく憶えてないわけじゃないからな」


 江夏は険しい顔をして御園を見据える。


「大丈夫だろうな?」


「これでも運はいい方だからな。ついてこい。この御園様が脱出ゲームの出口まで送ってやる」


 御園は調子よさげに先導を始める。

 江夏は気だるげに小さくため息をつき、不安を背負って御園の後をついていく。


 モグラ穴を進んでいく2人の隊員。むき出しの硬い岩の洞窟の中は、飽和する湿気でジメジメしている。


 今日だけじゃない。地下に染み込んだ雨水がこの洞窟の湿気をもたらしていた。隊員が着る機体スーツもまた、この場所と同じく空気がこもりやすい。更に機体スーツの諸々の部品も熱を持ってしまう。隊員の体は汗と地下特有の湿気でぐっしょりと濡れていた。


 夏の高い気温と雨が重なる日に、上下揃えたレインコートを着て出かけてみるといい。ウォーリアでなくとも、同じ感覚が得られることだろう。

 そして、御園と江夏はひたすら歩き続けている。


 江夏の不安は的中した。かれこれ20分は歩いているはずだった。

 何度も、いつになったら着くのかと御園に尋ねるが、『もうちょっと』しか返してこない。重要なナビゲーターを得意げに気取っていたくせに、ロールプレイングゲームのNPCの台詞しか吐かない御園に対して、だんだん怒りを募らせていた。


 だがもう諦めた。この男に怒ったところで、何も状況は変わらないのだ。

 ただ、御園聡一といういい加減な男と、詳細不明の洞穴で一緒に迷子になってしまう不運に見初みそめらてしまった。それだけのことだ。


 御園は突然立ち止まった。

 江夏は鬱陶しげに御園の背中を睨む。


「どうした? 何か見つかったか?」


 そう問いかけると、数秒の沈黙。


「ふーん……」


 御園は考える素振りを見せると、地べたに座り始めた。


「何をしてる?」


「何って見れば分かるだろ? 休憩だ」


 江夏の顔がより険しくなる。


「馬鹿か、お前」


「馬鹿は言い過ぎだろ」


「今頃、司令室じゃ大騒ぎだ。少しは物を考えて行動しろ」


 御園は苦笑する。


「お前、案外真面目なんだな。誤解してたよ」


「お前がふざけ過ぎなんだよ」


「でもよ、迷子になってる状況じゃ、どんなに急いだって変わんねえぞ?」


「よく平気でいられるもんだ」


 江夏はやる気なさげな御園に侮蔑ぶべつの眼差しを向けながら、壁にもたれる。


「ジタバタしたってしょうがねえって思ってるだけさ」


 御園は立てた膝の上で頬杖をつく。


「しかし、なんなんだろうなここは」


 御園はぼやくように問いかける。


「さあな」


「妙だと思わないか?」


 一転して、御園は真剣な表情で仄暗い洞窟の奥を見つめる。


「人がいた痕跡もないし、自然に崩落してできたにしては、作りが綺麗過ぎる。俺たちが歩いてきた距離も短くないはずだ」


 江夏も同様に疑問を抱いていただけに、滑らかに口が走る。


「ここまで巨大な地下空間が自然にできるとは思えないが、人の痕跡がないからといって、人工的なものじゃないと断定はできないんじゃないのか?」


「心当たりでも?」


 江夏は自分たちが進んできた方向に視線を投げる。今まで進んできた道は、高さも幅も、例外なくほとんど同じだった。それこそ、人が作るトンネルに似ている。


「機械ならいくらでも大規模地下空間を形成できる」


「んじゃ何か? ここはシェルターか軍の地下施設の建設するはずだった洞窟だって?」


「軍の建設予定地だったなら、間違いなく司令部の情報網に引っかかる。無許可で建設しようとした民間企業のシェルターってとこじゃないか?」


 江夏の言うことには一理あるが、御園は腑に落ちない様子だった。


「でも土地所有者がまったく知らないってのはおかしくないか?」


「政府の監視も完璧じゃない。いくらでも抜け目はある」


 御園は後方にいる江夏にほんの少し顔を向け、江夏の言い草をいぶかしむ。


「まるで知ってる風だな」


「そうだな……。少なくとも、お前より詳しい自信はある」


 江夏は不快そうに顔をしかめ、くぐもった声で言い切った。


「お前ら、元傭兵だっけか? 軍に来る前は」


 江夏は自嘲するように笑う。


「傭兵ね……。聞こえはいいが、実態は使い捨てのボディガードさ」

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