karma2 冷たい戦い

 東防衛軍基地関係者の一部で話題となっている実戦訓練は、珍しく観客が多かった。軍関係者であれば、隊員同士が戦う訓練くらい一度は見ているものだ。だが観客の視線は熱を帯びている。


 2人の隊員は猛攻を続けている。青い光が燦々さんさんと散り続け、1人の隊員を撃とうとしている。幾千の矢が向けられようとも、初貝は澄ました顔で攻撃をかわしていく。

 2人は全力を尽くして攻めているが、5分もの間、初貝に一度も攻撃を加えられていなかった。


 初貝はまったく攻撃をしかけてこない。

 屈辱だった。回避も防御もできないくらい畳みかけるように攻撃の数を増やしているのに、余裕な態度は変わらない。

 初貝は手に持った電磁剣だけで2人の攻撃をあしらっている。この程度で充分だと主張するかのように。


 西松の迅雷軽機関銃スタンピードライトマシンガンLT9が烈火を吐く。

 初貝は機敏な動きで駆け抜け、弾丸から逃げおおせる。どこからともなく飛び交う青い電撃を素早い剣さばきで受け流す。そつのない動きは、熟練の戦士と言わしめるものだった。


 勝谷は常に初貝の背後を取りながらしつこいくらいに追いかけ回している。時折、2つ並ぶ口径と反り返るグリップが特徴的なブラスター銃ツインショットF84を連射させるが、着弾した場所には壁面の破片と着弾の際に発生する白い煙が残るばかり。

 何度もアタックしているのに、すんなりかわされる。あきらかに手加減されているにもかかわらず、1つも攻撃を入れらてない。西松も勝谷も、焦りと苛立ちで攻撃が雑になっていた。


 ところが、しびれを切らしたのは初貝であった。

 初貝は突然切り返し、勝谷へ突っ込んでいく。

 勝谷は初貝の俊敏な切り返しを認識するのがやっとだった。

 一瞬で接近され、腹に張り手を食らった。

 吹き飛ばされた勝谷に驚くも、すぐに初貝を捉え直した西松は、突然攻撃に転じた初貝の勢いに押され、電撃を周囲に散らした。

 眩い光が線を描き、波打つ。鈍い音を立てながら阻もうとする蜘蛛の巣のごとく、青い光は意思を伴って標的へ向かう。


 またたく間に断ち切られていく光の網。あまりに速い太刀筋に危険を感じた西松は、すぐさま後退しようとした。

 しかし自分と並走する物体を横目に捉える。息を呑んだ西松が右へ視線を向けると、死んだ目をした初貝の顔があった。

 瞬間、西松の腹に重い痛みが走る。西松は数メートル飛ばされ、床に背中を打った。西松の機体スーツは床に背中を擦りながら滑っていくと、一部くぼんだ床の辺りで止まった。


 戦闘が始まってからずっとやまなかった断続的な発光がなくなり、観覧者たちは無意識に細めていた目を大きくした。

 訓練室にたった1人立っている初貝隊長は、振り上げた足を下ろす。

 その場にいた者なら、この結果はなんとなく予想していた。やっぱり隊長の役に就いているのには理由があったと。


 西松と勝谷は東防衛軍の中でも注目される隊員であったが、2年目の隊員でありながら実力のある隊員だとか、すごい能力を秘めているからとか、彼らの力を評価しているからではない。

 あの最悪の事件にあたった攻電即撃部隊ever5の中で、生き残った2人だから。それ以外になかった。


 初貝は静けさが降りた訓練室で重い息をつき、観覧室を見上げる。


「もういいかな?」


「まだ10分も経ってないぞ」


 車屋は呆れた顔で指摘する。


「あと何分相手をすればいいんだ?」


「もう少し相手をしてくれないか?」


「もう少し……。曖昧な回答だ」


 初貝は疲弊感を纏う瞳を2人の男に注ぐ。

 西松と勝谷は悔しそうに初貝を睨みつける。西松は周囲に視線を散らし、床に落ちた迅雷軽機関銃スタンピードライトマシンガンLT9に目を留める。


「初貝隊長! 本気で来てくんなきゃ訓練にならねえよ!」


 西松は尻餅をついたまま不満を叫ぶ。


「……本気でやると疲れるから嫌なんだ。それに、どう考えても手首を1つ捻れば怯える相手に、本気でやるのは割に合わないよ」


「お願いします! 俺たち、強くなりたいんだよ! みなさんと対等に渡り合える、いえ、それ以上に」


 初貝は唇をゆがめて困り果てる。これ以上、訓練に付き合いたくないと表情に出ていた。


「別に僕じゃなくてもいいと思うんだよね。AIメシアスだって、レベル設定できるだろうし」


「AIメシアスの最高レベルはもう何度もクリアしてる! もっと力をつけるには、メシアスじゃ無理なんだって」


「意気込みはいいけど、この訓練、僕に得ないでしょ」


「は?」


 西松は怪訝けげんな表情を浮かべる。


「久しぶりに粋のいい連中が僕と対戦したいと聞いたから、休日を返上してきたんだ。なのにいざ戦ってみれば、まだ毛の生えた獣。これじゃ訓練にならない」


「んなこと……」


 初貝は西松の言葉をさえぎる。


「とにかく、僕がここにいるのは相応しくない。戦況設定を変えれば、君たちでも手こずるだろう」


 初貝は刀身の細い電磁剣を収め、背を向けて去っていく。

 西松が引き留めようとしたその時、西松の横で猛スピードで駆ける影が入った。

 敵意ある気配を察知した初貝の動き出しは速かった。すでに初貝の背後に迫っていた勝谷は、電磁銃剣を突き出した。目を疑う小さな動きで近距離攻撃をかわした初貝は、フルフェイスヘルメットを被った勝谷の頭を掴み、床に叩きつけた。


「不意打ちを嫌っていた者が不意打ちを狙うか。戦場において正々堂々などありはしない。心得ているのは君だけじゃない」


 勝谷のARヘルメットは初貝に強く握られ、ミシミシと鳴っていた。あまりに強い握力のせいで、シールドモニターに亀裂が入る。


 勝谷は血走った目で初貝を射貫いぬき、頭を押さえつける初貝の腕を掴んだ。弾けたような音と共に散乱する光は初貝の体をのけ反らせた。その隙に、勝谷は初貝の手から逃れる。

 初貝は気が立っている勝谷を気だるげに見据える。


「テメェの事情なんか知ったこっちゃねえんだよ。お前がどれだけ強かろうが、所詮政府の1匹でしかねえだろ! テメェだけでブリーチャーを相手にできると思い上がるほど、お前の頭は腐ってんのか?」


「……」


「そもそも、戦場に立ってあんたになんの得がある? 不自由なうえに報われねえことだってたくさんあるってのに」


 初貝は神妙な表情になり、物思いを煩わせた口で答える。


「僕には、ここでしか生きられる場所がない」


「あ?」


「君も同じだろう」


 勝谷は忌々しい記憶をよぎらせ、表情をゆがませる。


「社会から一度外れた者は、誰であろうが拒まれる。仮面をつけられるこの仕事は、僕たちには好都合だろう」


「一緒にすんじゃねえよ……」


 勝谷は歯をむき出しにし、ドスの利いた低い声で呟く。


「俺は隠れるためにここにいるわけじゃねぇ! 立ち上がるために戦ってんだ! テメェみてぇに仕方なく戦ってるわけじゃねえんだよ!」


 勝谷は電磁銃剣の切先を初貝に向ける。

 観覧室と記録室でやり取りを聞いていた者たちは、古株の初貝隊長に向かって喧嘩腰の勝谷に、どうなることかとハラハラしていた。


「威勢だけは一人前だな。先の10分ほどの戦闘で、実力の差は知れた。時間をかけたところで、僕に得がないのは変わらない」


「得ならあるだろ!」


 床に転がっていた迅雷軽機関銃スタンピードライトマシンガンLT9を拾い、西松が咆える。


「……一応、聞いておこう」


「あんたらの助けになる」


 西松の返答にあからさまな嘆息が鳴いた。


「つまらない回答だ」


 初貝はめんどくさそうに重たい口で零す。


「思い違いをしているようだからこの際言っておこう。僕はこの世界がどうなってもいいと思ってる」


 初貝の発言は少なからず動揺を誘った。

 平和な世界を望む。完全な平和など遠い夢のまた夢。どんな時代であろうと、どこかで戦場が存在する。消えない哀しみが、幾度も地に刻まれ続けるかもしれない。

 だとしても、どこかに平和と思える場所があるなら、それは人々の希望となるだろう。世界中のすべての人に、望んだ未来が訪れないとしても、誰かにとって希望の光が見せられるならと、少しくらい心に持っている者はいるはずだ。


 静かな動揺が彷徨さまよう。不快感が初貝へ向けられている。事実として紛れもなく存在した。

 だが隊長である事実と、これまでの戦歴が物を言う。彼が実績を積み上げてきたのは、彼の力とそれを認めている部下たちがいるからこそ。彼の考えがどうであろうと、結果的に望んだ世界をもたらすのなら、頼らない手はなかった。


「僕は僕の戦いをする。たいそう崇高な信念だろうが、私利私欲だろうが、死んだら誰かの思い出になるしかない。思い出は、一時の逸楽いつらくふけるただの道具だ」


「その言葉、仲間の墓の前でも言えんのか……」


 西松の眼光が鋭く一点へ注がれる。

 彼らの最期を見てきた瞳は、思いをはらんで熱を発していた。


「これっぽっちも、誰かの幸せを願ったことはねえのかって聞いてんだよ!!」


 初貝は何度かまばたきをし、不気味な瞳にわずかな悲哀の色が浮かんだ。


「かつては、僕も君のような生き方をしていた」


 西松の真っすぐな瞳と交わした視線は、胸の奥深くにしまわれたセピアの心を脈動させた。初貝の胸に残る、ほんのかすかな純真。過去の自分。今、目の前に立ちはだかる2人は、あの頃の自分に似ていた。

 もう戻ることはできない、あの時の自分が、そこにいたのだ。

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