22章 嘆き笑う者

karma1 基地内の騒ぎ

 約束の場所ナルアンダムから帰った攻電即撃部隊ever4は、休息へ向かう頃だった。氷見野といずなはシャワーを浴びて自宅へ戻ろうとしていた。

 廊下を歩いていると、真向いからはやし立てる声が聞こえる。


「おい、早くしねえと終わっちまう」


「そんなに急いだってもう見られないって! 観覧室はいっぱいって、先に行った連中がしょげてたじゃん」


「ふ、甘いな。記録室なら見られる。ほら、覚えてないか? 入校前の見学会に行ったところ! あそこなら訓練室の様子をライブしてくれる。今、先輩が特別につないでくれてるってさ!」


 T字路ですれ違う2人の男性は、白いパンツスーツの服装からして、どうやら情報総括員じょうほうそうかついんのようだ。2人はT字路を曲がって走っていった。


「何かしら?」


「さあ?」


 いずなと氷見野は同じ方向の通路へ曲がる。

 十字路へ差しかかると、右から賑やかな声が入ってくる。

 気になった氷見野といずなが右へ視線をやった。ちょうど興奮した様子の女性たちが記録室へ入っていくのが見えた。


 氷見野といずなの真正面から3人の技術士が駆けこんできた。氷見野といずなの前を通り過ぎようとした時、いずなが引き留めた。


「ねえ」


 不意に声をかけられた若い女性たちは、体をビクッとさせて立ち止まる。


「は、はい……」


 女性たちはおそれと困惑を交じらせたような顔を強張こわばらせる。


「こんな夜に研修でもあるの?」


「いえいえ! 今から訓練が始まるとかで、みんなで見に行こうと」


「自主学習ですか?」


 氷見野も気になり、質問を投げる。


「えっと……面白いものが見られるかもしれないって、先輩たちが観覧室につないでくれてるんです」


「ちなみに訓練をしてるのは誰?」


攻電即撃部隊ever5の両刃りょうば攻電即撃部隊ever3の隊長さんです」


 後ろで話を聞いていた女性がニコッと微笑んで答える。


「そう……ありがとう」


 いずなは相槌を打つが、どこか神妙な様子だった。


「それでは失礼します」


 3人の女性は頭を下げて去っていく。

 氷見野はいずなの顔を覗き込むようにうかがう。


「興味あるの?」


 いずなは横から覗き込んだ氷見野を一瞥いちべつすると、真面目な口ぶりで答える。


「見たいわけじゃないんだけど、ちょっと心配なことがあるだけ」


 氷見野はいぶかしむ。


「心配?」


「まあ、木城室長がついてるはずだから、大事にはならないと思う」


「え?」


 いずなは張りつめた雰囲気を緩める。


「でも、ふたりともよく立ち上がってくれたと思う。ここで逃げ出したって、誰も責められないのに」


 ポーカーフェイスのいずなの表情は、約束の場所ナルアンダムで見せた時と似ていた。隠された悲哀が強い香りとなっていずなの心を表していく。


「人が死んでいく光景が平然と転がっている。もっと自分に力があれば。あの時、ああしていれば……。私たちは、後悔に苦しみ続ける呪いを飲み干して、戦う役目を自ら選んだ。ここから立ち去れば、少しは楽になれるかもしれないのに、あの2人は最も辛い道を選んだ。たとえ、あの2人の未熟さが招いた結果が、攻電即撃部隊ever5の崩壊だったとしても、もう一度戦うことを選んだ彼らを、私は誇りに思う」


「うん……」


 いずなは目を閉じて小さく吐息を零す。


「行きましょう。明日も巡回があるし」


「ええ」


 氷見野といずなは観覧室の扉がある通路を横切り、去っていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る