karma3 変貌

「願いはあった。僕だけのものじゃない、願いが。共に戦ってくれる仲間や家族と一緒に夢を追いかけ、情熱を捧げてきた」


 初貝の様子が変わった。

 淡々と自身の能力を振るう冷徹さ。一貫して落ち着いて場を自分のものにする。

 西松と勝谷を軽くあしらった初貝が、仮にも訓練中だというのに静かな感傷に浸るのは奇妙だった。


「このままずっと、仲間や家族と一緒に階段を上がっていけると思っていた。だが、身に覚えのない汚名を着せられた僕を、信じてくれる人はいなかった。仲間も、家族さえも」


 西松と勝谷は隊員として1年やってきた。同じ職に就く者同士であるなら、話題に上がっても不思議ではない。初貝茂粂の過去に、何があったのか。


「僕たちが築き上げた居場所に、留まる術はなかった。こんな電気人間になっても、過去に戻ることはできない。どんなに願ったところで、僕の願いは叶うことはないんだ」


「だからって、他人の願いを踏みにじっていいってのか」


 西松は反論するが、迷いが顔に表れている。


「僕に踏みにじられたからって、誰かの願いが消えるわけじゃないだろう。君たちの願いがそうであるように」


 西松と勝谷は初貝の言っていることをうまく噛み砕けず、疑念が移ろう。


「戦いはいい。勝つか負けるか。それだけがすべてだ。僕の生きられる場所は戦いしかないと、再び戻ってそう思ったよ。戦いたい場所じゃなかったが、すべてを失った人間がえり好みできるわけもない。多大なリスクを背負ってでも、選択できる道の中で好む居場所に身を置くことにした。それ以外は、僕の知るところじゃない」


「なら、戦えよ」


 勝谷は野犬のように歯をむき出しにして呟く。


「くどいな。戦うに値しない。何度も言わせないでくれ」


 押し問答は一向に平行線を辿る。


「また、逃げんのか?」


「逃げる……?」


 初貝はジトリとした瞳を向け、西松に問い返す。


「何もかも知ってるわけじゃない。あんたの境遇には同情する。でも、あんたの大切な人たちはまだ生きてんだろ。だったら、まだ願いは壊れてねえんじゃねぇのか」


 西松の言葉に、勝谷は疑問をはらんだ瞳を投げる。


「あんたは、もう一度願いを叶えようとするのが怖いだけじゃないのか? 拒絶されても、大切な人たちにくらい、真実を伝えることはできただろ」


 初貝の左の眉尻がかすかに上がる。


「それができる時間はあったはずだ。なのに、ずっと誤魔化して、戦って憂さ晴らししてるだけじゃねぇのか! あんたは自分の気持ちから逃げ続けてる。そう言ってんだよ!」


 その時、突然西松の体が吹き飛ばされた。西松は壁に体を打ちつける。

 壁に打ちつけた体が床に落ちようとする最中、わずかに開けた瞳は初貝の姿を捉えた。いつの間に移動したのか。西松がいた場所で右足を振り上げている。


 勝谷はいきなり仕掛けてきた初貝の速さに驚愕し、固まっていた。

 さっきまでとは比べ物にならない。あきらかに本気を出した。変化したのはそれだけじゃなかった。

 初貝は腰に携帯する電磁剣に手をかけ、振り抜いた。柄から伸びた青い剣は横薙ぎに振られ、バチバチと唸る斬撃が勝谷へ飛んでいく。


 勝谷は電撃を放って斬撃と衝突させる。衝突の衝撃で目の前で閃光がまたたく。目の前の光がやんだ時、勝谷の息が詰まった。

 初貝は勝谷の正面で身を屈め、光の剣を突き出していた。細い剣身は勝谷の腹を貫通し、勝谷は膝をついてしまう。


 初貝の口が不気味に微笑む。


「ヌフィフィフィフィ……お前ら、ゴチャゴチャウルセエんだよ」


 観覧室と記録室にいた者たちは、突然攻撃を仕掛けた初貝に目をみはった。

 訓練室で戦いの監視役をおおせつかった石赤、灰坂かいさか鹿熊かぐまの3人は身構えた。

 初貝はなおも淀んだ声で呟いている。


「他人から聞いた話だけで知った気になりやがって。小バエの羽をむしり取ることなんざぁ、指先で弾くくらい容易たやすいってのに。何も知らねえヤツァ、幸せなもんだなあぁ」


 肩を震わせ、不気味に笑う初貝は目をギラギラさせていた。


 鹿熊乙美は耳を疑った。

 あの初貝茂粂が笑っている。

 だがどこか不自然だ。

 肩を上下させ、両目を大きく開いている。


 初貝茂粂が笑っているところなんて、記憶になかった。

 精神を侵されている彼だから、気質的に笑わない男なんだろうと気にもしていなかった。


 灰坂は通信を行う。


「車屋隊長、止めようか?」


「いや、まだいい。合図したら止めてくれ」


「了解した」


 灰坂は息を呑んで通信を切る。


 西松は体を起こし、頭を押さえて異様な雰囲気を発する男を捉える。

 口端からよだれを垂らし、口の両端を上げる初貝は振り返り、西松に不気味な笑みを投げる。瞬間、初貝の姿が目の前まで迫る。

 西松は間一髪で初貝の突きを交わす。一瞬で間合いを詰められた西松は、すかさず距離を取ろうとする。初貝は妖しげな気を纏い、ブーストランで逃げる西松を追いかける。


 鹿熊乙美は耳を疑った。

 あの初貝茂粂が笑っている。

 だがどこか不自然だ。

 肩を上下させ、両目を大きく開いている。


 初貝茂粂が笑っているところなんて、記憶になかった。

 精神を侵されている彼だから、気質的に笑わない男なんだろうと気にもしていなかった。


 灰坂は通信を行う。


「車屋隊長、止めようか?」


「いや、まだいい。合図したら止めてくれ」


「了解した」


 灰坂は息を呑んで通信を切る。


 西松は体を起こし、頭を押さえて異様な雰囲気を発する男を捉える。

 口端からよだれを垂らし、口の両端を上げる初貝は振り返り、西松に不気味な笑みを投げる。瞬間、初貝の姿が目の前まで迫る。

 西松は間一髪で初貝の突きを交わす。一瞬で間合いを詰められた西松は、すかさず距離を取ろうとする。初貝は妖しげな気を纏い、ブーストランで逃げる西松を追いかける。


「戦いが望みだろう? 地獄から帰還した攻電即撃部隊ever5の両刃りょうばだぁ!? 戦場で負けてノコノコ帰ってきただけの付け焼刃に、僕を倒せるワケがないんだよ!」


 西松は初貝の気迫に戸惑い、引け腰になる。

 素早い剣さばきをかわし、電撃で弾くも、次の一手がたちまち西松に襲いかかかる。

 西松は困惑していたが、周囲への警戒を怠っていなかった。周囲には初貝が散らした細い電撃の筋が見える。


 幾多の経験からして、あれはウォーリアが強い電撃を放つ前の予兆。張り巡らされた細い光の筋に近づけば、即座にエネルギーは注がれ、子は大人に成長する。実った青い電撃は敵を定めて襲いかかる。

 同じ電撃でぶつければ防ぐことはできる。しかし、少しの隙も許さず、捕捉ほそくしてくる初貝の前では、剣の対処を優先するしかなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る