karma5 機体の感覚

 心が休まるいとまがない。各隊員も目まぐるしい機械の腕に興奮冷めやらぬ者、困惑に終始している者など、反応が混交こんこうしている。

 宙ぶらりんになって装着を待っていた氷見野は、突然背中を押された気がした。すでに機体スーツに覆われている体が感じ取ったのは、機体スーツの外からではなく、内側からだった。

 4つの出っ張りが伸びて背中を軽く押してくる。先端に丸みがあり、強さも比較的軽めとあって気になるくらいで痛くはなかった。

 未完成だった手足はこれまた光の輪が腕と脚を通り、行ったり来たりを繰り返しているうちに、指先まで形成してしまった。


 機体スーツを形成し終え、氷見野の体が下ろされる。腰を固定されたまま数本のアームが手足の関節部にレーザーを当て終えると、大きなアームは枝分かれした腕を収納し、拘束を解いて天井に入った。

 新しく形成された両腕が体の横につく。すると、機体スーツの内側にある手に、何かが当たった。普段着ている布服のように機体スーツの中を覗くことはできない。


「なんかあるぞ?」


 西松もそれは感じたようで、手探りで手の位置にある何かを触ってみる。丸い棒のようだ。ゴム製のグリップの触感に似ていた。再びアームが現れ、隊員の体の横につける。アームの手には頭がすっぽり入るヘルメットがあった。


「アームからARHを受け取り、被ってください」


 女性のアナウンスがそう指示するが、手を動かせない。どうしろというのか。あたふたとシールドモニター越しに忙しなく視線を動かしながら、機体スーツ内の両手に当たったグリップを握った。

 その時、痺れるような感覚が体を駆け巡った。氷見野はとっさに離してしまう。


 氷見野は何が起こったのかわからない。周りを見回すと、続々と隊員たちが腕を動かしている。本当にわずかだが、電気が体に流れてくるような感覚があった。痛みはないけど、油断したら意識が持っていかれる気がする。

 氷見野は息を呑み、覚悟を決めておもいっきりグリップを握った。機体スーツ内に赤い光がほのかに灯る。シールドモニターに『すべての操作をアンロック』と出る。すると、急に体が軽くなった。

 両腕から指先にかけてジンジンとした感覚が伝う。氷見野は確認しようと視線を下げる。そこに機械に覆われた両手が返され、掌が見える。

 そこで素朴な疑問が西松の頭に駆け巡った。

 

「え、あれ? 動いてる?」


 アームからヘルメットを受け取る。アームはお役御免となり、天井に入っていった。

 氷見野は自分の体の感覚にむず痒い違和感を覚えながら、ヘルメットを頭に被せる。首元まですべて隠れると、機体スーツとARヘルメットの接合部が勝手にカチカチと音を立ててはまった。

 視界は大きく取られているが、シールドは薄い黒幕に覆われていた。シールドモニターに文字や記号、数字などが羅列されていく。それはすぐに消え去り、周りの様子が見渡せた。


「指示があるまでその場を動かないでください」


 他の隊員たちも自分と同じ機体スーツを着ている者で見合い、感動している者もいる。


「みんな着れたようだな。これから第一訓練室まで上昇する」


 加地隊長の音声がARヘルメット内に聞こえてくる。マイクを通したような音だ。

 これからのぼると言われても恐怖がなくなることはない。隊員たちの気持ちが整理つく暇もなく、床板は扉の開いた天井へのぼり出す。

 バランスを崩さないように踏んばりたいが、足がおぼつかない。それを考慮した設計になっているのだろうか。床板がのぼるスピードは思ったよりもゆっくりだった。

 待っている間を感じないほど、新人隊員たちはまた別の部屋に着いた。

 広がる室内には見覚えのある機体スーツの人たちがいる。白と紫のデザインはおなじみの攻電即撃部隊ever機体スーツだ。


機体スーツの操作は解除できたようだな。解除方法はグリップを握れば自動で電子測定が行われる。しっかりグリップを握らないと、解除認定されないからな」


 加地隊長の声が機体スーツ内に聞こえてくる。氷見野は訓練室中央で機体スーツを着た数人の隊員を捉える。シールドモニターの左端には『0141. ever2 sigou kaji』の文字が出ていた。


機体スーツは言わば乗り物と同じだ。難しく考える必要はない。移動は自分の体を動かすようにすればいい。機械的に言うと、電気信号を機体スーツに送るということだ。つまり、念じるだけで移動が可能になる。ただし、受信機であるグリップに触れてなければ意味がないからな」


 氷見野は加地隊長のアドバイスに従い、グリップを握る。本当に機械に念じるだけで伝わるのか。半信半疑だったが、嘘をつく理由がない。とりあえず念じてみる。

 動け。

 体が少しずつ熱くなっていく。氷見野は足元に顔を向ける。シールドモニターの向こうの片足が、一歩を踏みしめた。すると、氷見野の足が異変を感じ取る。

 異変。それは機体スーツを着ているから感じる異変だ。自分の体はすべて機体スーツに覆われている。機体スーツ内の生身の足は床に届いておらず、機体スーツの足が代わりに床を踏みしめる。


 氷見野の足裏と床の間には50センチもの開きがある。床をしっかり踏みしめる感覚などあるわけがない。だが、確かに感じるのだ。歩いている時に感じる床の硬さを。

 氷見野は前を見据えた。新隊員は続々と機体スーツを操り、歩き出している。


「いいぞ。少しぎこちないが、最初はみんなそんなもんだ。慣れてくれば、普段歩くのと大差ない感覚で歩けるようになる。自分の体として自然に歩く。それが機体スーツを使いこなす上で重要なことだ」


「そんなこと言ったってよ」


 西松は歯がゆさを噛みしめるようにぼやく。一応歩けてはいるが、昔の低スペックロボットの動きになっていた。


「こんなデカぶつ着て、普段と同じように歩けるわけないでしょっ、うあっっ!!」


 琴海も歩くことに苦戦している。

 他の新隊員もぎこちない歩き方をしていたり、平衡感覚が掴めず片側に傾いて歩いていたり、方向を変えることなどに四苦八苦しているようだ。訓練室は機体スーツを着た隊員たちが右往左往する荒場あればとなってしまう。


「いつ見ても壮観ですね。これだから攻電即撃部隊everの基本演習担当はやめられないんですよ」


 部下の隊員の楽しそうな様子に呆れる加地隊長。


「みんな、とりあえず俺の前に集まってくれ」


 加地隊長の指示に従いたくても思うように行動できない。統制の微塵もない訓練室は、緩み切ったお楽しみ会と化していた。

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