karma4 人体と機体をつなぐ子宮カプセル

「これからお前たちには機体スーツの基本操作を覚えてもらう。体と頭で覚える他ない。実際に着て感覚を掴んでくれ」


 加地隊長が話している間に、小音をかすかに鳴らしながら三日月のような機械の弧の中で傾く大きなカプセル。銅色と白で配色された機体スーツの画像が、カプセルの透明なプラスチック板に表れる。

 重厚感のある胴体と丸っこい頭。寸胴のような胴体と華奢な下半身のアンバランス感が奇妙さを醸し出している。


「これが攻電即撃部隊ever?」


 西松の顔は引きつっていた。着たくなさそうにぼやいた西松の気持ちは、機体スーツのカッコよさに憧れを持つ新隊員たちも同じのようで、がっかりしている新隊員は数名いる。

 カプセルの透明なプラスチックの板にはローマ字が浮かび上がっていた。新隊員の名前がそれぞれカプセルの蓋である透明なプラスチック板に投影されている。


攻電即撃部隊everは出動命令を出されたら必ずここに向かう。ここで機体スーツを着て、機体スーツ着用時の専用のエレベーターで一気に地下1階の航空管理室まで浮上して外へ出る。今回は訓練室を借りて行うから下降することになるがな。それじゃあ機体スーツを着てもらおうか。支給された機体スーツは初期モデルのAPモーティス。攻電即撃部隊everの隊員の誰もが一度は着る機体スーツだ」


 加地隊長は手を軽く広げる仕草をする。


「名前が表示された機着子宮器きちゃくしきゅうきに向かってくれ。機着子宮器は機体スーツを移送するための容器のことだ。装着時に必要な複数の機械とのドッキングを可能にしたマルチタスク変容器でもある。機着子宮器の前にある台にのぼって、機着子宮器に背を向けるように寝てくれ。ああそれと、靴を履いている奴は脱いでくれよ。機体スーツとのを損なう原因になるからな」


 新隊員は駆け足で自分の名前が投影されるカプセルに向かう。靴を脱ぎ、台の横に置く。膝下くらいの高さの台にのぼると、透明なプラスチック板のカプセルの蓋がスライドして開く。

 新隊員は警戒するような素振りを見せながら空のカプセルの中に寝転ぶ。ハッカのような臭いがかすかに香る。金属の上とあって、快適には程遠い。


「腕の位置に気をつけろ。腕を少し広げるんだ。機着子宮器の扉がしまったら楽にしてくれ。動いたら、怪我するぞ」


「は?」


 御園は加地隊長の警告に不穏な感じを受け取る。楽にしろと言っておいて、緊張してしまうことを後になって言う加地隊長に、不満げな顔をする琴海。

 カプセルの蓋はスッと横からスライドして閉まった。氷見野はこれから何が起こるのか不安に駆られる。


 密閉空間になるのはなんとなく察していたけど、空気は? と窒息がよぎってしまう。待ってほしいと訴えても待ってはくれなさそうだ。

 カプセルの中で作動音と微細な震動を感じ取る。カプセル内部で青い横線の光が氷見野の体の上を通過した。


「ウォーリア個体確認。隊員番号アーミーナンバー0641、氷見野優3曹。ボディ計測完了……適合シミュレート、完了」


 女性アナウンサーのような優しい声がカプセルの中で響く。すると、温かな温度が体を包み込むと共に、体が沈むような感覚に囚われる。実際にはまだ変化は訪れていなかったが、密閉空間で微弱な電磁ノイズを耳にしていると、そのような作用を引き起こしてしまうようだ。


機体スーツ装着を実行。機体スーツ装着中は動かないでください」


 注意が促された途端、カプセル内表面から複数の青い光の輪が飛び出した。カプセル内面の左右下から現れた青い光の輪は、まばたきする暇もなく、氷見野の四肢と胴体を次々と輪っかに通していく。青い光の輪はそれぞれ配置についたように静止した。


 氷見野は突然顔の前まで迫ってきた淡い青の光に驚いたが、体をビクッとさせるだけに留まる。他のカプセルでは小さな驚嘆の声が上がったりしていたが、パニックを起こす者はいなかった。

 青い光の輪は各人ごとの体の部位周りの太さによって、輪っかの大きさを1つ1つ整えているようだ。だが、指先などの細い部分には輪っかが配置されていない。氷見野は動くなと注意を受けているため、自分の体にどんな現象が起こっているのか気になっても見れなかった。気になる青い光の輪は次の動作に入る。

 一度静止した青い光の輪は四肢と胴部の首元に集まった。1つ1つの輪の感覚が狭まると、淡い青だった色が濃くなった。ジジジジと鈍い音を立てながら、青い輪の中から現れていく物質。赤みがかった茶色の表面が氷見野の体を覆い始める。


 それは氷見野の体にも伝わってきた。肌に吸いつくような密着感が優しく撫でる。機体スーツの内側では、長時間使用を見据えた緩衝材に特殊な半導体ラバーで保護されており、着用の不快感を最低限抑えた仕様となっていた。

 10秒もかからず、新人隊員の体を機体スーツである程度覆うと、光の輪は消失した。しかし、まだ未完成だ。原寸大では、機体スーツの体格は2メートルから3メートルになる。

 それに合わせ、四肢も調整されている。氷見野の手足は機体スーツからはみ出したままだった。「下降します。動かないでください」と女性のアナウンスが再び促した。


 下降という言葉にひっかかる新隊員たち。斜めに立てられていたカプセルが真っすぐになる。新人隊員たちは強引に立たされた。カプセルの真下の床が四方に切り取られ、下降し出す。

 カプセルの外を唯一見ることができる蓋窓から、昇降路シャフトの壁に取りつけられた、小さな白い光を灯すLEDライトが明滅しているのを捉える。

 ほどなくして降下が止まり、カプセルは前に運ばれていく。

 薄暗い通路を抜け、視界が開けた。トンネルの壁面を模した部屋が横に長く広がっている。そう、形だけは。


 内壁は銀青ぎんじょう色、天井付近から色は変わり、基調となる白に重ねて黒のストライプが5本入っていた。床は輝きを持った銀色をしている。

 そして銀青ぎんじょう色の壁の下には、丸マークの中にバツ印が描かれた扉が等間隔にいくつも並んでいる。氷見野が入ったカプセルもそこから出てきていた。

 三日月を運んできた黒い床板が1本のレールの上を進み、所定の位置で止まる。透明なプラスチックの蓋がスライドして開き、赤い金属の機着子宮器の中に入ってしまう。


「子宮器から出てください」


 氷見野はおずおずと機着子宮器から出る。左右を見ると、3メートル間隔で離れたところに他の新人隊員がいた。

 目の前にも同じように並ぶ新人隊員がおり、部屋の中では中央通路を挟んで人の列が2つあった。密閉空間から解放されて不安は多少和らいだが、また何か始まるらしい。


「これより、エクスペリエンスオーダー、APモーティスの機能を実装します」


 女性のアナウンスがそう告げると、天井から1本の太い多関節アームが下りてきた。

 アームは龍の如く伸ばし、機着子宮器の三日月の支柱を掴んだ。すると、大きなアームから多くの腕を生やした。

 新人隊員数人は、その数と異様な迫力に怯えた顔をする。アームは機着子宮器を黒い床板から取り外し、天井へ回収していく。


「危ないので着用者は前を向いて動かないでください」


 不安は拭えないが、新人隊員は渋々女性アナウンスの指示に従う。新人隊員の動きが小さくなり、アームが再び下りてくる。

 長く太いアームにはいくつもの関節があり、その中にはひと際太い箇所がある。アームはそこから枝を生やすみたいに大小様々なアームを出した。


「装着時の安全と利便性のため、着用者の体を拘束します。なるべく体の力を抜いてください」


 アームは手先の太い2本指で新人隊員の腰を掴み、軽々と持ち上げた。とはいえ、床から30センチから50センチ程度であり、狼狽うろたえるほどではない。むしろ、ロボットに拘束されていることの方が恐怖心を煽っている状況であった。

 隊員たちの後ろで複数のアームが忙しなく動き始める。3本指の手を持つアームが大きな腕に装備した工具を取って運び、ヒト型と同じ5本指の手に渡す。更に先端をノズルにしたアームやスポイトのような先端を持つアーム、たくさんのアームが同時に機体スーツを作り上げていく。


 周りで様々なアームが働く中、特に異様なアームが氷見野の目を引いた。先端に繊維状の手を持つアームだ。

 アームだけは機械っぽいが、手となる部位は羽毛のような性質をしていた。丸い掌の周囲に8つの線毛が伸びており、掌の中心に小さなピンクの球体が埋め込まれている。その異質なアームは、機体スーツの一部に手をかざす。機体スーツの形は変わらないが、基本システムの処理テストをしたり、搭載武器と機体スーツの通電が正常に行われているか検査していた。

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