karma6 親和律

 先輩隊員たちのサポートもあって、なんとか加地隊長の前に留まることができた。


「まだ動きに慣れない部分もあるだろうが、乗りこなすうちに身についてくるはずだ。時間もないことだし、次に進めさせてもらう」


「……もう疲れた」


 小言を呟く西松。脱ぎたくて仕方がないようだ。


「ちょっと暑いですね」


 藍川はわずかに息を湿らせて呟く。

 機体スーツに全身を覆われているせいもあるだろう。氷見野もそれを感じていた。


機体スーツの動作はほとんど生身と一緒だ。問題は指先の動作。生身の両手は機体スーツの両手まで届いていない。両手の感覚はシグナル伝達モジュールで機体スーツ内のグリップにつながれている。物を掴む際の力加減や1つ1つの指先の動作などは、感覚で掴んでもらうしかない。その感覚を掴むのに重要なのがだ」


 加地隊長は胸元まで手を上げ、自分の手を見る。5本の機械の指が滑らかに動く。1本1本、少しだけずらしながら指を折り曲げて拳を作ってみせた。


機体スーツを着る前に、操縦者の体の電流の性質を見極め、機体スーツが合せてくれる。更に個人に合わせてカスタムすることで、操作性はより向上する。1秒の間で決まるスポーツがあるように、戦闘の勝敗も決まる。1つの隙が自分の生死を分けるんだ。機体スーツの不具合で亡くなる奴もいるが、操作のお粗末で亡くなってしまうこともある」


 胃がキリキリと痛む。死と隣合わせの状況は体験しているが、巻き込まれるのと、自ら身を投じるのでは感覚が違う気がする。


「動作の簡略とスピードは戦闘実技でも学んだと思うが、機体スーツを着ると、対象との距離感などの感覚は変わってしまう。それを補うのは感覚的な経験と親和律だ。親和律、機体スーツと生身の体との感覚には少なからずタイムラグが生じる。それは10分の1秒というわずかなものだ。だが、親和律が高ければ、それを縮めることができる。機体スーツがまるで自分の体のように感じることだろう」


 加地隊長はそう言うが、まったくそんな風になるとは思えない。暑いし、動きにくい。違和感ばかりが体を満たしている。


「親和律を高めるには、体になじむようになるまで機体スーツを着ていく必要がある。そして、己から発せられる電気をどれだけの時間流せるかにかかっている。さ、話はこれくらいにして、早速実践だ」


 不安ばかりが残る中、加地隊長が意地悪い微笑みを浮かべる。


「お前たちも訓練でやっただろ。走り込みを」


 加地隊長は腕組みをしながら訓練室の真ん中へ行くと、自然な動作でさっと振り返って告げた。


「しょっぱなから並んで走るのはきついだろうから、各自壁際50周な」


 訓練室の壁際を回るとなれば、おそらく1周400メートルはある。新隊員はいきなりゾッとするメニューを告げられ、呆然とする。

 静まった訓練室。加地隊長が不敵に笑いながら目を瞑ると、大きく息を吸い。


「返事はっ!?」


「はい!!」


 あまりの大きな声に、新隊員は飛び起きたような声で反応する。

 新隊員は機体スーツを着たまま走らされたのだった。



 コミュニティ棟のファミレス店。夕食時の忙しさを終え、まったりとした空気が流れている。時折楽しげな会話があちこちの席でされているが、2つのテーブル席で生気もなくぐったりしている氷見野たちがいた。


「あー……なんもやる気起きね」


 西松はテーブルに突っ伏していた。


「俺たち、ブリーチャーに殺される前に死ぬな」


 御園もすべてを使い果たしたかのようにぼやく。


 結局、訓練が終わったのは午後8時。途中水分補給をしながら4時間ずっと走りっぱなし。機体スーツの操作がおぼつかない中、隊員同士の体がぶつかってよろけ、倒れることがしばしばあった。

 1人倒れたら巻き込まれる隊員もおり、あちこちで事故が起こるようなカオスと化す訓練。お遊戯会としては上出来じゃなかっただろうか。とりとめもない思考が頭をつつく。


 氷見野も何度か倒れては起き上がりを繰り返してなんとか完走できた。機体スーツの硬い表面に覆われていたために怪我はしなかったものの、倒れた時の衝撃と機体スーツの中にこもる暑さで心身共にやられてしまった。


 興梠は持ち込んでいたスポーツドリンクを飲み、生き返ったかのように息を零す。


「どうやら俺たちが巡回に出るのは、早くても1ヶ月と半月した後らしいな」


「まあよかったじゃん。ただの人数増員のための使い捨てじゃないってことだろ」


 御園は苦笑いを浮かべる。そんな風に思っていた御園に内心驚く氷見野。その真意を問うかどうか迷う。


「また訓練か。せっかく攻電即撃部隊everになったのに萎えるね」


 そう言った葛城の表情は余裕ある笑みを浮かべていた。

 琴海も西松と同じような顔でソフトドリンクの氷をストローで突く。氷見野と藍川がいる席で肘をついている琴海のテンションは低い。西松たちの隣の席には仕切りを挟んで氷見野たちがいる。仕切りはそれほど高くなく、顔が仕切りの上から出てしまっている。


「でも着実に進んでる」


 氷見野がそう呟いた。全員の顔が氷見野に向く。

 氷見野は微笑んで続ける。


「本当に少しずつだけど、私たちは進んでる。大変だけど、私たちは攻電即撃部隊everになるんだから、これくらいどうってことないでしょ」


「さすが氷見野さん。年の功ってやつだね」


 葛城はいつものように何か察しているような笑みで褒める。


「年のことは言わなくていいから」


 氷見野は目を細めて睨む。


「氷見野さんの言う通り、俺たちは進んだんだ。やっと、俺たちが目指している場所に行ける」


 御園の声は噛みしめているように聞こえた。


「そうですね」


 藍川が同調するように応える。

 そう、これから。これから始まるんだ。

 氷見野も今この状況にいる奇跡をしみじみと感じ、胸に宿した想いを確認するように心で唱えた。あの子の夢を叶えよう。

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