karma5 約束の場所

 風雨、そして塩害、すべてを受け止めて構える門を飛び越えた。

 門は寂れているのに、6人の隊員が踏みしめる岬は、遊歩道と同じく芝生が敷き詰められている。手入れも行き届いており、誰かが定期的に入っているとしか思えない。


 門は人の出入りを制限するために、岬の先端側へコの字を作っている。崖をよじ登って侵入する変人の対処にも抜かりなかった。

 海から来た柔らかな風は、敬意をはらむ尋ね人たちを迎える。装甲を纏い、行進する彼女たちの姿は、あたかも式典に向かう騎士のようだ。


 彼女たちが向かう先に広がる海と地平線。それらをバックに佇む1本の白い柱。その上部には太陽みたいな造形美が堂々と主張している。そして柱の下では台座の上に黒い石碑が眠るように置かれていた。

 1人で持ち上げるには到底不可能な大きさ。いかにも重そうな石碑と白い柱を囲むように、黄色、水色、白など、色とりどりの花が敷き詰められている。


 石畳の道が石碑の場所まで真っすぐ続いている。

 氷見野たちは石碑の前で立ち止まった。よく見ると、石碑にはつらつらと何かが書かれていた。


 いずなは石畳から外れて花畑のそばでしゃがんでいる。包装紙を取った花束を新しく植えていた。


「あの、ここは一体……」


 氷見野は自然豊かな光景を見回しながら不思議な様子で尋ねる。


「ここは日本、いや……世界を守ってきた人たちの慰霊碑だよ。特殊機動隊、初動防戦部隊、日本特殊防衛軍の関係者は、原則誰の名前でも彫られる。亡くなった後にね」


 石碑にはずらりと名前が並んでいる。知らない名前ばかりだったが、中には元攻電即撃部隊ever5の附柴紘大ふしばこうだい蓬鮴刃ほうごりじん隊長、元攻電即撃部隊ever8のXAキス隊長こと、キス・アロウシカの名前もうかがえる。


「ここへ来るたび、余計なことまで思い出しちまう」


 東郷は不快そうな口調でありながら寂しげだった。


「この石碑の下に、ご遺体が眠っているんですか?」


 藤林隊長は首を横に振る。


「遺体は家族の元に返されてるはずだ。そこで知るんだ。自分の家族が、特殊な仕事に就いていたことをね。家族に隠したくない者は、防衛軍基地に住まわせることを条件に、隊員であることを家族に話せる」


 藤林隊長と東郷が家族を持っていることを氷見野は思い出す。

 氷見野が候補生となった日、家族や知人など、東防衛軍基地外の者には隊員であることを一切他言してはならない。

 たとえ隊員だと知った者がいたとしても、隊員であることを認めないようにと。そういう文言が書かれた誓約書にサインした。


 家族の支えがあれば心強いが、心配しながら帰りを待つ立場も辛いものじゃないだろうか。家族に嘘をつきながら毎日を送る人生と、いつでも戦場に向かい、家族に心配をかけていく人生と。どちらが幸か不幸か、簡単に判断できない。


「氷見野さんも知ってる名前があるだろ? 僕たちも、この石碑に刻まれた名前には深い関係がある。かつて共に戦ってきた者たちの言葉は、僕たちの中でずっと生きてる。僕たちは、自分のためだけに戦えなくなった」


 いずなは黙々とガーデニングをしている。ブリーチャーたちと相見える時は、ヘルメットの奥を鬼の形相に変えているが、今のいずなは思い馳せているかのように悲哀の色が滲んでいる。

 石碑の脇に置いてあった片手持ちの小さなスコップを使い、元気のない花を取り、買ってきた花を移植している。


 氷見野はいずなのそばに近寄り、しゃがんだ。


「手伝うよ」


「……ありがとう」


 小さなスコップを借りて、潮風にやられた花を植え替えていく。

 しかし不思議だった。これほど海に近ければ、この辺一帯の花たちは全滅していてもおかしくなかった。


「強いのね。この花たち」


「品種改良された花よ。海の近くでも綺麗な花を長く咲かせることができる」


 いずなは落ち着いた口調で話してくれる。いずなにとっても思い入れのある場所だ。それが妙に落ち着いた様子の裏に隠されているように思えた。


 新しい花を植え終え、戦士を弔った氷見野たちは約束の場所ナルアンダムを後にした。

 日も暮れ始めている。基地に帰還するだろうと思っていた氷見野だったが、まだ行く場所があるらしい。静川司令官の険しい顔が浮かぶが、「すぐに終わるよ」と、藤林隊長は氷見野の心配を軽くかわした。


 藤林隊長はとっさに思いついたようにみんなに向かって、「ついでにあそこも行こうか?」と言い出した。最初はみんなぽかーんとしていたが、いち早くいずなは気づいた。すると、いずなは氷見野に視線を移し、晴れやかな顔をする。


「驚くよ」


 いずなの表情に先ほどの哀愁はない。氷見野はいずなの気分の変わりように呆気に取られた。全員が乗り気だったこともあり、氷見野も流されるままついていくしかなかった。

 だが氷見野も行ってみたい気持ちになっていた。いずなは心なしかはしゃいでいるみたいだ。少しだけ……隊員であることを忘れている気もした。


 6体の機体スーツは色づき始めた海を横目に疾走していく。6人の隊員もまたほんのり茜に染まっている。いずなの走る姿を見つめる氷見野の顔は、柔らかな微笑みが灯っていた。

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