karma4 岬で待っている門番

 どこにでもありそうな普通の道で、機体スーツを着る者たちが闊歩かっぽしている。

 機体スーツを着る隊員と一般市民が出くわすことは珍しくない。だが機体スーツを着る隊員は、たいてい異常な速度で走行する姿が多かった。近づける機会は滅多にない。

 ゆえに通りすがりの小中学生たちが弾ける笑顔で声を上げ、近づいてくる場面もあった。それだけならよかったが、道を塞ぎかねないほど集まってしまい、一時収集に労を割いた。

 撮影に時間を取り、早々に立ち去った。


「大変でしたね」


 四海は苦笑しながら先の出来事を振り返る。


「俺たちは戦隊ヒーローの出演者じゃねえっての」


 東郷はぶつくさと文句を垂れる。


「まあまあ、誰だってヒーローっぽい格好してる人に出会ったら、何かコミュニケーションを取りたくもなるさ。それに悪いことばかりじゃないだろ? ねぇ、氷見野さん」


 藤林に突然同意を求められて困惑する氷見野。


「ふふ……そうですね」


 氷見野は適当に返す。

 前を歩く藤林は坂道に入っていく。坂道の出入り口には、古びたガイドマップの看板があった。

 氷見野もガイドマップの横を通って坂道に入る。


 少し先にある自然に作られた木々の門を抜け、緑の遊歩道を進んでいく。

 手入れされた芝と植木は遊歩道の清涼な景色に一役買っていた。小さな子どもを連れて訪れるにはちょうどいい場所らしく、親子の姿がいくつか散見される。

 遊具などはないが、自然に触れられる自然のアスレチックとして、気軽に訪れやすいのかもしれない。


 そんな中、大きな体を纏う隊員が入ってくれば、物々しい雰囲気に様変わり。何事かと親子共々視線が集まっていく。


「安心してくださーい。ちょっと奥に野暮用があるだけですから。みなさんは引き続き優雅な昼時をお過ごしください」


 藤林隊長は周囲の雰囲気を察して、余所よそ行きの口調で警戒感を和らげようとする。


 芝生の上を駆け回る小さな子どもとペットの小型犬。母親は乳母車うばぐるまのそばでそれを見守っていた。


 氷見野はかつて憧れた姿に胸を突かれた気分になるが、思ったよりも沈んだ気持ちにならない自分が不思議だった。

 完全に吹っ切れているというわけじゃない。

 望んだ理想は脆く崩れた。今では、新たな目標が胸の奥を埋めていこうとしている。


 子どもが舌足らずな口調で攻電即撃部隊everを呼び、手を振っている。

 男の子に氷見野は手を振り返す。ARヘルメットのシールドモニターの向こうで氷見野が微笑んでいるが、男の子には見えない。

 それでも、男の子には氷見野が微笑んで振り返してくれていると信じられた。氷見野が応えてくれたことが嬉しくて、男の子は片手で振っていた手を両手にして、ピョンピョン飛び跳ねた。


 親子の微笑ましい昼時にお邪魔しながら遊歩道を進んでいくと、氷見野たちの行く手を阻む建造物が目と鼻の先に見えた。

 先導していた藤林は立ち止まる。赤茶色の外壁が特徴的な建物だった。建物の外壁はつたが侵食し、一部葉をつけている。

 古めかしい様相をしている石造り感のある建物は城のように高く、圧倒的な威圧感をもって鎮座していた。


 建造物に名称を表すものはなく、鉄の扉に『石川県警所管』のシールだけがあった。

 建物の横に回われば、違う材質の壁となっている。水誘導みずゆうどう仕切り板で拡張されているようだ。


 水誘導みずゆうどう仕切り板は建物の側壁に釘で打ちつけられていた。水誘導みずゆうどう仕切り板は建物よりも高く伸びており、簡単には上れなくなっている。


 実際に昔使われていた門ではなく、侵入を防ぐという1つの目的のために作られた建物のようだ。


 門の鉄扉を開くには電子ロックを解除しなければならない。

 鉄扉のドアハンドルには静脈センサがある。鉄扉が電子ロックにより施錠されていることを知らないまま何度も開けようとすると、けたたましい警報音が15分以上鳴る仕組みだ。


 ドアハンドルの裏側に取りつけられた読み取り部に指先を合わせ、数十秒待つ。登録された者の静脈と合致した場合、鉄扉の施錠が解かれ、門を通ることができた。

 それを知らない氷見野ではあったが、石川県警の文字を見て、どうにかしてカギを開けて入るものだと推測していた。だが氷見野以外ブーストランを解放し始めていることに気づく。

 ストレッチを始める東郷に疑問を持たずにはいられない。


「あの、東郷さん」


「ん?」


「何やってるんですか?」


「何って、ストレッチに決まってんだろ?」


「……いえ、なんでストレッチをしてるんです?」


 横に足を伸ばしていた東郷は立ち上がり、上を指差す。


「あの上を飛び越えるんだ」


 氷見野は困惑を露わにする。何かの間違いかと思ったが、東郷は間違いなく門の上を差していた。門の高さは10メートルはくだらず、常人が飛び越えられる高さではなかった。

 機体スーツを着れば氷見野でも越えられるが、わざわざそんな方法で侵入する必要があるのか。氷見野は疑問を持て余す。


「普通にカギを開けて入った方がよくないですか? 不法侵入になるんじゃ……」


「あんな高さまで飛び上がる人間はいない。あるとしたらドローンくらいなもんさ。ま、敷地内に落下した場合、持ち主に返さず即刻廃棄決定だがな」


 東郷は不敵に笑いながら見上げる。


「大丈夫だよ氷見野さん。僕らは関係者だ。一度機体スーツを脱いでカギを開けてもいいが、ウォーリアであれば飛び上がって入ってもいいことになってる」


 藤林隊長は門から80メートルほど離れたところへ下がっていく。

 四海と丹羽、東郷も同じように下がり出す。氷見野も続いていこうとする。

すると、遠くから背丈の高い人型機械が歩いてくるのが見えた。


「グッドタイミングだね」


 丹羽の和らいだ声が告げる。いずながラッピングされた花束を両手に抱え、ゆっくりと歩いてくる。

 少しずつ近づいてくるいずなは、いつもと違った。どこか幽玄ゆうげんな雰囲気を纏っている。まるで神聖な場所へ参拝するかのように。


 岬に流れた柔らかな風は、優しく彼女たちの体を撫でる。いくつもの死線を越え、戦ってきた鎧の体を。

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