karma3 寄り道

 6体の機体スーツは外壁を伝いながら滑走していく。その軽やかな走行に人々は何事かと目で追おうとする。

 機体スーツの滑らかな表面は太陽の光を反射し、煌びやかな装甲に華を添える。伝う爽やかな空気を切って走る隊員たちは、一様に困惑する上司の注意を聞いていた。


機体スーツ着用時の不要な行動は慎んでもらえないか」


 司令官の静川蒼梧は苦言を呈する。


「ちょっとくらいいいだろ。ケチいな」


 東郷はぶつくさ言う。


「その代わり、迎えはけっこうです。通学バスに乗らなくても、僕たちはちゃんと帰れますから」


 静川司令官は呆れた様子で観覧席にだらりと座る。


「帰還の際には必ず連絡をよこしてくれ」


「了解」


 通信の最後にかすかに聞こえた嘆息たんそくに、交渉をしていた藤林は肩を揺らして笑う。


「蒼梧君に借りができちゃいましたかね?」


 四海は微妙な笑みを浮かべて尋ねる。


「借りってほどでもないだろ。ちょっと寄り道するだけだ」


 東郷はどこ吹く風という具合に簡単に言う。


「日が暮れないうちに帰ればなんとかなると思うよ」


 丹羽は白い雲が浮かぶ空と同じ高さまで飛び上がる。丹羽の横では並走するように大きな雲が流れていた。


「蒼ちゃんのフォローは任せてくれ。いずな、その時はよろしく」


 藤林は調子よく頼む。


「分かった」


「お、素直だないずな」


 東郷は前を走るいずなに対し、ニタニタと嬉しそうにする。


「それくらいなら協力する。一応隊長の仕事でもあるし」


「あの、隊長」


 氷見野は話に割って入る。


「ん、どうかした? 氷見野さん」


「これからどこへ行くんですか? 任務外のことみたいですけど」


 一瞬間が空いて、藤林の声が漏れる。


「あ、そっか、氷見野さんは知らなかったね。僕ら隊員、つまりウォーリア部隊、特殊機動隊、初動防戦部隊、他ブリーチャー対策の関係者。みんなで大切にしている習慣があるんだ」


「習慣、ですか?」


 田園地帯へやってきた隊員たち。高速で動くことを常とする隊員たちの周囲では、風を切る音が鳴り続けている。そういった音は遮断できる選択的吸音センサを内蔵しているARヘルメットなら気になることはない。

 機体スーツ装着時の隊員たちは、基本的にARヘルメットのマイクを通して話すため、周囲の雑音にさえぎられることはなかった。氷見野たちが風切り音を気にする素振りもない。


「ああ……。別に規則じゃない。僕たち隊員が自主的にやっていることでね。ただ、攻電即撃部隊everでは年に一度くらいのペースで、隊長が必ずおもむく慣例を作ったんだ」


 藤林の声が湿気を含んで伝わってくる。いずなもそうだったが、何か重要な用事でもあるんだろうかと、氷見野は考えを巡らせる。

 その時、いずなが左を一瞥いちべつすると、藤林隊長に声をかける。


「隊長」


「どうした?」


「花を調達してくる」


「ああ、じゃ丘で待ってるよ」


「うん」


 いずなは走る列から逸れて1人違う方向へ走っていく。急こう配の坂の向こうに街が拝めた。


「これから行く場所は、僕たちにとって重要な意味を持っている」


 藤林隊長は氷見野が抱く疑問の返答を続ける。


「僕たちはあの場所を、約束の場所ナルアンダムと呼んでる」


 聞き慣れない名前だった。そんな場所は外国くらいにしかないはずだが、もしかして別名だろうかと頭の中で検索をかけるも、思いあたるものは見つからなかった。


「もうすぐ着くよ」


 氷見野たちは海沿いの道路へ出ると、そのまま道路を走り抜けていく。

 あまりに海に近い道路はブリーチャーたちの侵入を防ぐ一環として、防護壁が建てられている。沖縄の防護壁よりも低いが、堅牢な防護壁であり、水誘導みずゆうどう仕切り板よりも厚く造られている。

 壁の圧迫感に少しの恐怖心を抱きながら、藤林たちの後ろをついていく氷見野。この先に一体何があるのか。興味を持たずにはいられない。鼓動は早鐘ひやがねを打っていく。


 隊員たちが目指す先で待ち受けるは、長らく人が寄りつかなくなってしまった灯台と遊歩道。そして、他の造形物とは違ってまだ新しい謎の石碑。優雅な無数の花たちに囲まれるそれは、無人の岬で待っている。

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