karma2 火の中の戦士たち
本日は真っ白な雲が空一面を覆い尽くそうとしていた。太陽の光にあてられた白い雲が多めに湧いている。
見る方向によっては、その白い雲が虹色に輝いていた。そんな世にも奇妙な現象に出くわし、高鳴る興奮を画角に収めようとする者も現れた。
続出した結果、各媒体で虹雲の名で賑わっている。しかしある場所では、そんな白い雲を拝めない状況に陥っていた。
なんてことない住宅地内にある映像工房は、現在見学者が殺到している。
見学を受けつけている工房ではなかった。外で、しかも100メートル離れた場所に見学者はいた。
映像工房は大きな火柱に立ち上がらせていた。黒い煙を振り
ここで活躍するのはオレンジの服を身に纏い、耐熱性の高いヘルメットを被る者たちだったが、なぜか機械を着る者たちも借り出されていた。
最初は1台の車による単独事故だった。電柱にぶつかった反動で映像工房に突っ込み、ボンネットから火を噴かせた。事故の衝撃により、ガソリンが漏れ出したため、噴き出していた火が引火して広がった。
更に消防の遅れも災いし、たちまち火が回った今では、複数の建物を巻き込む大規模火災に発展している。
昼時に起こった大規模火災とあって、中継で大きく報道されていた。画面に釘づけになりながらオードブルをつつき合う。
工房の近くに自宅のある人々はほぼ避難していたが、火に行く手を阻まれてしまった者もいた。消防だけでは燃え盛る火の山に対応しきれず、救出も遅れる。消防は特例制度による応援を要請。巡回中だった
消防は消化活動に専念し、
火にあてられた建物は時間を追うごとに少しずつ崩れ、物が散乱している。いずなは進路を塞ぐ瓦礫を押しのけながら、建物内を進む。
すべてが赤く染まっている。
熱気に耐えつつ逃げ遅れた人を探すが、当然火の中の捜索は困難を極める。透過性視覚機能を持ったARヘルメットと、熱と衝撃に耐性のある
特定周波数帯を広範囲にサーチし、人を識別するも、高温度下などの特殊な状況においては、範囲が縮小されてしまう。迅速に救助を行うには住人の安否の確認が最も有効だった。
「こちら四海。居住者確認できません。別の建物に移ります」
四海はできるだけ煙を吸わないよう姿勢を低くしながら周囲を見回す。怯えた様子でゆっくり進む。
四海が怖かったのは炎じゃない。爆発だ。爆発に巻き込まれた場合、
こんなことならブリーチャーたちと戦った方がマシと愚痴を零したくなるいずな。どんどん
1体の
「っ……もういねえんじゃねぇか?」
東郷は瓦礫が落ちている場所を通りながら通信で仲間に声をかける。
「安否確認が終わっていない住人もいる。もう少し捜索を続けよう」
藤林隊長に提案を断られ、東郷は表情を渋らせる。
東郷は火事の熱気で温まってしまったアルカリイオン水を口にする。生温かい水が舌を伝い、喉を通っていく。
薄いスポーツドリンクの味。キンキンに冷えていたらと思うが、贅沢も言ってられない状況だ。
「みんな、無理をせず捜索をしてくれ。こまめに外に出るんだぞ?」
藤林の注意喚起を耳に挟みつつ、氷見野も辺りの捜索を行う。
煤けた臭いに目を細め、一歩一歩慎重に進んでいく。火の勢いが収まりつつある場所で、黒くなった内装に囲まれる氷見野。額に汗粒を作りながらくまなく目を散らす。
熱で溶けてしまった自動販売機やロードバイク、大きな観葉植物は形も残していない。
白煙が立ち込める和室はタンスや机の片割れと、ずぶ濡れの男性がいた。氷見野は男性に近づく。
「大丈夫ですか! 大丈夫ですか!」
体を揺さぶって声をかけるが、床に横たわったまま動かない。
「こちら氷見野。50代または60代の男性を発見。意識なし。中等度の火傷。位置を送る」
氷見野は男性の口元に耳を近づける。
呼吸がない。
氷見野は男性を抱えて移動する。火の気から遠ざかった道に仰向けにさせ、講習通りに気道を確保する。
心臓の位置に手を置き、心臓マッサージを始めた。
そうしている間に救急隊員が駆けつけ、氷見野と交代する。
あとは任せればいい。氷見野は場所を移す。透過性視覚機能を使い、周辺に検索をかけるが、人影らしきものはなかった。
「周辺住民全員の安否の確認ができた。僕たちはお役御免だ」
「はあっ……やっとか」
東郷は安堵するように呟く。
「早くシャワー浴びたいね」
丹羽もサウナから出てきた人みたいに欲求を漏らす。
「アイスも食べたいですね」
そう言いながら四海は東郷や藤林隊長と合流する。
3人の横では未だ放水がされており、飛沫が降り注いでいる。
氷見野は煙を立ち昇らせる住宅街から離れていく。息も詰まる緊張状態を脱し、白い雲を流す空が映える景色を横に他の隊員を探す。
「氷見野さん、お疲れ」
丹羽も煤っぽい仕上がりで現れ、氷見野をねぎらう。
「お疲れ」
「大変だったね」
「こういうことってよくあるの?」
氷見野は歩きながら尋ねる。
「たまにだよ。人員が足りない場合や規模が大きくなる場合が多いかな」
「そうなんだ」
氷見野たちの前で藤林隊長たちが待っていた。
「さ、俺たちの巡回時間はとっくに終わってる。帰って休もう」
東郷は肩を回しながら促す。
「あれ? いずなは?」
四海はそう聞くも、誰も知らないみたいだった。
「おーい、いずな。帰るよ~」
通信をつないでいずなを呼ぶ。
「健太」
「ん?」
「今日、行こう」
「へ?」
藤林隊長はいずなが言わんとすることが分からず
「あ、そういえば、今年はまだ行ってなかったね」
丹羽は微笑んで遠い空を見つめる。煤の臭いが風で煽られ、街の遠方へ流れていく。
「そういや色々あって行く機会を逃してたなー」
東郷も自身のヘルメットを撫で、頭の片隅にあった慣例を思い出す。
「そうだな。これから予定もないし。いいだろう。外せない用事があるなら別だけど」
藤林が視線を左に投げると、同じ
ARヘルメットのシールドモニターからわずかに感じ取れる悲哀の念は、氷見野へ如実に伝わってきた。
「そういうことなら断れないですよ」
四海はガッツポーズを見せて笑う。
「決まりだね」
丹羽も同調するように笑みを浮かべる。
「じゃ、行こうか」
氷見野はわからず顔に疑問を這わせる。
氷見野たちの横でもうすぐ消え去ろうとする火事場から立つ煙は、どんどん1つの方角へ流れていく。
耳を澄ませば必ず聞こえてくる。遠い岬にいる同士たちの声が。
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