karma6 安らぎの景色
山を切り開いて作られたゴルフコース。客はおらず、人の寄りつかない場所となった。
廃業したゴルフ場は、今や新たな土地に生まれ変わっている。
まだゴルフ場の名残が垣間見える平地には、いくつもの巨塔がそびえている。なんの変哲もない白の巨塔の周りは、林が生い茂っている。キツネが木陰で休み、その上の木の枝で燕が羽を休めている。
自然の中に建てられた巨塔は、何も
この巨塔が広大な敷地に建てられた意義は、エネルギー製造機といったところだ。ありていに言えば風力発電。しかしブレードらしきものは見られない。代わりに塔のてっぺんに小さな
大きなブレードをこしらえる風力発電よりも、膨大な電力を製造できるとは信じがたい。柱全体の表面をなぞるようにねじまき状に深い切れ込みがあろうと同じこと。
パリパリと電気音を出しながら、器用に登っていく藤林たちに唖然とする氷見野。言われるがままに氷見野も1つの巨塔の前に立っていたが、電波塔くらいの高さまで登れと急に言われても、なかなか足が動かなかった。
数千メートルの高さから飛び降りることには慣れたが、登る方はほとんど経験がない。
街にあるビルの比ではない。いざやるとなると、足がすくんでしまう。いずなによれば、「見せたいものがある」らしい。
氷見野は一度深呼吸をし、巨塔に向かって走り出す。氷見野が異常な速度で走ったことにより、近くの草木が突風に煽られる。
巨塔まで数十と迫った時、氷見野は巨塔に向かってジャンプした。
柱に両足と右手をついた氷見野が見上げる。氷見野の前で光る青筋が横に伸びた。その瞬間、氷見野は電光石火の
氷見野の周りを踊るように電流が舞っている。
氷見野の体は見えない力に引っ張られ、天空へ真っすぐ伸長する塔の頂上にみるみる近づいていく。
空気の膜を突き破るような音が何度も上空に響き渡り、周辺地域にいた人たちはなんの音かと不思議そうに見上げている。
まず空を見上げることなんて滅多になかった人たちは、妙な音が鳴るたびに空を見るようになり、興味を持ち始める人も出てきた。音の正体を知っている人たちは、すぐに大きな塔へ視線を向けている。
現時刻、今や空は焼けつくような茜に染まっている。空に点在する雲さえ日焼けしている。そして、空に近い塔より高く、
氷見野の視線が真下に向けられる。遥か下では緑地が広がっている。だが氷見野は、緑地から伸びている塔のてっぺんだけに意識を集中する。
教えてもらった通り、氷見野は両手を下ろす。腕の筋肉を引き締めると、氷見野の両手から青い光が放たれる。
青い光は円を作り、落下する。いくつもの青いリングは、破裂音を伴いながら輪の中心を通って降りていく。
すると、氷見野の落下速度が少しずつ減速した。パラシュートを開いて浮かぶように、氷見野の体は芯を通したかのように白い塔のてっぺんに着地した。
氷見野はうまくいったことに安堵する。
息をついた氷見野の瞼に、茜色のカーテンがチラチラと目につく。氷見野は目を見開き、前を見据える。
黄昏のレースを纏う海と空。その境界に身の半分を浸からせている夕陽が幻想を映し出していた。
「さすが
ARヘルメットの音声機能を介して、東郷は優しく称える。
「ねじれ発電塔のてっぺんまで登れる隊員は早々いませんからね」
別の塔の上にいる四海は、嬉しそうに笑う。
「どうだ氷見野さん。感想は?」
藤林の声が問いかける。
「……うん、ちょっと怖いけど、風が気持ちいい」
「シールドを上げるといいぜ。その方が直に風を感じられる」
東郷はテンションを上げて提案する。
「周りに
いずなはARヘルメットのシールドを上げる。ヘルメットに隠れていた赤茶色の髪が風になびく。
夕陽の光が映し出す景色は洗練されていた。光源から放たれる
「悪天候だと見られないのがキズだけどね」
丹羽もARヘルメットのシールドを上げ、直接肌で光と風を感じている。
「僕たちの仕事は辛い現実を突きつけられる。どうしようもなく落ち込んだ時、ここに連れて行ってくれた」
穏やかな藤林の表情に夕焼け色が
「いつの間にか、ここに来ることが習慣になっちゃったね」
丹羽は湿っぽく呟く。
「こういうのも悪くないですよね」
四海は伸びをしながらしみじみと言う。
「生きている僕たちしか、彼らの思いは遂げられない。必ず、この戦いを終わらせよう」
藤林の声がそよぐ風のように、柔らかく決意を灯した。
「当たり前でしょ」
いずなは力強く笑みを浮かべ、断言した。
氷見野はあの慰霊碑を思い浮かべる。氷見野が知らない名前の中には、藤林たちともゆかりのある者もいた。
氷見野がいずなの力になりたいと思うように、いずなも誰かのために戦おうとしている。藤林たちもまた、かつて同じ塔の上に立って、夕陽を見た者の顔や交わした言葉を巡らせ、焼けつくような光が沈むのをしばらく眺めていた。
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