karma9 雷翼
中島たちのような人は、氷見野がいる近くでたくさんいた。
早く助けにいくべきだ。
道路を埋め尽くそうとする死体。死体の傷口から緑の液体が流れ、車線を塗り潰していく。築かれる死体の山もできそうな頃だが、もはや生物たちの数が減っているのかどうか分からない。
手応えがないのは当然。どこからともなくやってくるエンプティサイとカリヴォラは、未だに氷見野たちのところへ増援されている。ようやく航空自衛隊の加勢がやってきたが、圧倒的なまでの生物たちの勢いには敵わない。
必死に戦う氷見野にも疲れの色が滲んでいた。切迫する声の場所まで早くいかなければならない。突き動かす衝動に任せて戦う氷見野は、やっと建物の屋上に立つことができた。
生物たちも逃げようとする氷見野を追い、屋上に上ってくる。氷見野と羽紅がいるエリアに集まってきた生物たちは、氷見野に数をかけていく。
灰色の屋上で青い刀が唸り、エンプティサイとカリヴォラの体が引き裂かれる。
死体が道路を埋め尽くす前に移動したのは正解だったかもしれない。カリヴォラとエンプティサイが地面に転がっている状況じゃ足場は悪く、ブーストランにも影響が出る。
だが氷見野は救助を求めている人の下へ行こうとする一心だった。
氷見野が感じ取る声たちは、時間を追うごとに激しさを増していく。
そして、声が1つ、悲鳴を残して消えた————。
頭の中で叫ぶ誰かの声。その1つが消えたのだ。
幻聴であればどれだけよかっただろうか。氷見野が聞いた声は実在する人の声だ。その声が悲鳴を残して消えた。一度経験した不可解な現象に覚えがあるからこそ、確信できた。
それにどんな意味があるのか。まだ理解が追いついていない氷見野でも、なんとなく想像できた。
声が1つ消えたことをはっきり認識した氷見野は動きを鈍らせた。エンプティサイの刃が氷見野の肩を斬る。油断した氷見野はよろけ、カリヴォラの蹴りが氷見野の脇腹を捉えた。吹き飛ばされた氷見野の
生物たちは宙に舞った氷見野に飛びかかっていく。仰向けになった氷見野の視界は、みるみる生物たちの影に覆われようとする。
また1つ、また1つ……。
声は消えていった。
氷見野の肩や足、腹と生物が掴みかかり、落下していく。
声が消えるたびに、不快感と助けられなかった自己嫌悪が頭の奥で巡る。今、目の前で降りかかる生物たちの群れより、声が消えていくことに刺されるような強い痛みを覚えた。
ヴィーゴはドアレバーに手をかける。
中島たちは外から勝手にレバーが下がっていくのを捉えてしまった。恐怖のあまり、涙声を押し殺す人。死を覚悟した職員は、友人や家族に感謝をつづった文を送り、すすり泣いていた。
ドアレバーが爆破し、煙を立てる。ドアレバーが取れて、床に落ちた。
ゆっくりドアが開く。軋んだドアの向こうから、灰色の表皮をした生物が現れ、中島たちを大きな目で見定めた。
眼前に広がっていた青い空は、生物たちが降ってくるせいで見えなくなっていく。
手を伸ばしても、どんどん離れていく。カリヴォラの手がシールドモニターの左半分を隠す。
誰も死なせたくない。それがどんなに甘えた理想かも分かっている。だとしてもこの瞬間、消えていく声の中に、共に不安を抱えながらも歩み出した仲間が含まれているなら、何がなんでも死なせたくなかった。
交わした約束も、希望も、儚く散ろうする。
落下する氷見野。真下にいた生物たちが仰ぐ。堕ちてくる獲物に喜々として雄叫びを上げる。
残り3メートルで地面に叩きつけられる寸前、氷見野の体が急速に熱を帯びた。
一瞬だった。氷見野の体から四方八方に電撃が放たれる。氷見野に飛びついていた生物たちは衝撃により吹き飛ばされる。
羽紅は後方で起こった轟音に視線を弾いた。大きな波のようだった。ブリーチャーたちの猛攻の波よりも、遥かにデカい。
青い電撃は道路を
「っ……!?」
羽紅は反射的に電磁シールドを張ったが、衝撃に耐えられず羽紅の体は飛ばされていく。
電撃は大きく刀身を伸ばすように街を駆け、窓を貫く。
何が起こったか分からない各部隊の隊員たちは、大きな光と衝撃に体を押され、建物の壁や護送車にぶつかってしまう。
道路上で
街の奥から伸びてきた電撃が来る前に、
建物の中を散策していた生物も電撃を浴び、熱傷して動けなくなった。
電撃は街を呑み込み、狂い
わずか数秒で、街にいたブリーチャー属が死に
電撃が止んだ後、街は静けさに包まれた。
かろうじて気を保った者たち同士で無事を確認する。街は砂煙が舞い、埃っぽい匂いが立ち込める。
ビルの小さな倉庫にいた中島たちは、部屋の隅で怯えていた。激しい閃光と揺れに襲われるも、なんとか無事だった。
窓ガラスの破片を払い落としながら、お互いに生きていることを確認し合う。倉庫内の壁にいくつかの焦げ跡が見られ、一部では小さな煙が立っている。
その中で一番大きな煙を立てるものを、中島たちは目に留めた。うつ伏せに倒れたヴィーゴは、ピクリとも動かなかった。
突然
生島は真顔で倒れた生物たちを見渡す。革新的な建物より遥かに高い背丈だったメガモーターソルジャーは、今や地面に野垂れている。
「生島隊長、何が起こったんだ?」
ARヘルメットにも一部影響が残った。シールドモニターがうまく表示されていないが、少しのノイズがあるだけで通信はできるみたいだ。生島は悠々と歩み出す。
「
芝町は寒気を覚え、眉間に皺を寄せる。
「な、馬鹿な!?」
「間違いありません」
「あんな大規模な放電、国家兵器並みだぞ……」
「
志部は街の有様に呆然と立ち尽くし、琴海と藍川は意識を失った初動防戦部隊の隊員の救護を手伝っていた。
各々状況が呑み込めない中、できることをやっていたが、1つだけ分かっていたことがある。街全体に走った電撃が、誰によって振り撒かれたものか。
羽紅は少し怯えながらゆっくり近づいた。
すえた臭いがしそうな煙が立ち昇っている。異様な光景だった。ブリーチャーたちの死体が大量に転がっている地に、
羽紅のARヘルメットが氷見野の
倒れている氷見野を見下ろしているが、羽紅は一向に手を貸そうとしなかった。
羽紅は氷見野を恐れていた。一番近くであのすさまじいエネルギーを感じた。
氷見野から放たれた電撃はまさに雷。電撃は建物を貫き、
氷見野の電撃は激しく、目を開けていられないほどだったが、わずかに見えた氷見野の電撃を見た羽紅には、あれがただの電撃とは思えなかった。
言うなれば翼。いくつもの羽がついた翼に見えた。
傷が目立つ2体の
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